第30話 完成体
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**東京都北区・旧妖異対策研究センター**
**地下研究区画**
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ゴゴゴゴゴ――。
地面の奥から響く振動が、建物全体を揺らしている。
天井から細かな埃が落ちてくる。
蓮は刀を構えた。
「第四号……」
第一号が低い声で呟く。
「俺たちが失敗した時のために作られた」
第二号の少女が続ける。
「第一号は魂の適合」
「第二号は魂の保護」
「第三号は魂の補完」
蓮が三人を見る。
「じゃあ第四号は?」
少女は答えなかった。
代わりに、地下への階段が大きく崩れた。
ドンッ!
土煙の向こうから、巨大な腕が伸びてくる。
壁を掴み、そのまま引き裂いた。
現れたのは、人間の姿をしていた。
身長は二メートルを超えている。
黒い髪。
白い肌。
顔立ちは整っている。
一見すると、ただの大柄な青年だ。
けれど。
蓮の妖気感知は、異常な反応を示していた。
「……何だ、これ」
目の前の青年から感じる妖気は、これまでの実験体とは比較にならない。
それなのに。
妖気がまったく乱れていない。
完全に制御されている。
第一号が呟く。
「これが……完成体」
青年が蓮を見る。
赤い瞳。
そこには感情がない。
「対象を確認」
機械のような声だった。
「神谷蓮」
蓮は刀を握る。
「お前も俺を知っているのか」
「当然」
青年が一歩踏み出す。
「私は、あなたを倒すために作られた」
次の瞬間。
姿が消えた。
「速い!」
蓮が反応する。
拳が目の前に迫る。
鬼腕で受け止める。
ドンッ!
衝撃で蓮の身体が吹き飛んだ。
壁に叩きつけられる。
「蓮!」
零が叫ぶ。
蓮はすぐに立ち上がった。
「……痛いな」
鬼腕を見れば、腕が痺れている。
金剛体を使っても、完全には受け止められなかった。
「なら、遠距離だ」
蓮は風刃を放つ。
鋭い風の刃が第四号の身体を切り裂く。
ところが。
傷口が一瞬で塞がった。
「再生能力……」
蓮が呟く。
第四号が手を伸ばした。
その瞬間。
空気が歪む。
「これは……」
蓮の身体から、妖魂が一つ引きずり出されそうになる。
《警告》
《妖魂保護への干渉を確認》
「俺の魂を……!」
蓮は咄嗟に妖魂保護を強化する。
十二の妖魂が周囲に現れた。
第四号の手が止まる。
「保護能力を確認」
「解析開始」
蓮は驚いた。
「こいつ、能力を解析してる?」
第一号が叫ぶ。
「違う!」
「第四号は、能力そのものを食べる!」
蓮が目を見開く。
第四号の手から黒い光が伸びる。
妖魂だけではない。
蓮が持つ能力そのものへ干渉している。
鬼腕。
風刃。
金剛体。
水中呼吸。
毒耐性。
それぞれが、引っ張られるような感覚を覚える。
「くっ……!」
蓮は後ろへ下がった。
「こんなの、まともに戦ったら……」
第三号が静かに言った。
「だから完成体なんだ」
「俺たち三人の能力を、全部壊せる」
「なら……」
蓮は一度、目を閉じる。
妖魂解析を発動。
第四号の内部を見る。
「……見えた」
中心に、一つの核。
その周囲に無数の妖魂。
けれど。
今までの実験体とは違う。
魂同士が争っていない。
すべてが一つに繋がっている。
「こいつは……」
蓮は気づいた。
「一人の魂なんだ」
第一号が驚く。
「何?」
「妖魂を大量に入れられてるのに、全部が一つになってる」
第四号が蓮へ向かってくる。
蓮は風刃を放つ。
かわされる。
鬼腕で殴る。
受け止められる。
伸縮で距離を取る。
追いつかれる。
一撃。
二撃。
三撃。
すべての攻撃が通らない。
第四号の身体能力は圧倒的だった。
蓮の身体に傷が増えていく。
「蓮!」
零が叫ぶ。
「もういい! 逃げろ!」
蓮は答えなかった。
第四号の拳を受け止めながら、妖魂解析を続ける。
「……こいつは、壊れてない」
「だから強いんだ」
第四号の拳が蓮を吹き飛ばす。
床を転がる。
口元から血が流れる。
それでも立ち上がる。
「でも……」
蓮は第四号を見る。
「こいつ自身は、苦しんでる」
第四号の動きが一瞬止まった。
「……苦しい?」
「お前の中にいる魂は、全部お前のものじゃない」
「それでも、お前は全部抱えてる」
第四号の赤い瞳が揺れた。
「理解不能」
「なら、俺が教える」
蓮は刀を下ろした。
戦う構えを解く。
零が驚く。
「蓮、何をするつもりだ!」
「助ける」
蓮は第四号へ歩いていく。
「俺には、妖魂保護がある」
第四号の腕が振り上がる。
それでも蓮は止まらない。
「こいつの中にいる魂も、助けられる」
第四号の拳が振り下ろされた。
蓮は避けなかった。
代わりに。
妖魂保護を最大まで広げる。
《妖魂保護――強制接続》
《対象――第四号》
《保護可能な魂を検索》
大量の黒い光が蓮の周囲へ集まり始める。
「……多すぎる」
数え切れない。
十。
二十。
三十。
それ以上。
第四号に取り込まれていた妖魂が、次々と反応する。
「お前たち……」
蓮は両手を広げる。
「もう、誰かの中に閉じ込められなくていい」
「ここから出ていいんだ」
第四号の身体が大きく震えた。
「やめろ」
初めて。
感情のある声が出た。
「何で……」
第四号が頭を抱える。
「何で、俺の中から……出ていく」
蓮は答えた。
「お前が一人になりたいからだ」
第四号の動きが止まる。
「……一人?」
「違うか?」
長い沈黙。
やがて。
第四号の目から、一筋の涙が流れた。
「……分からない」
蓮は静かに近づいた。
「それなら、一緒に考えればいい」
蓮の妖魂保護が、さらに強く輝く。
第四号の身体から、無数の黒い光が抜けていく。
一つ。
また一つ。
蓮の周囲へ集まり、静かに浮かぶ。
第四号の身体が小さくなっていく。
巨大な妖気も消えていく。
最後に。
一人の青年が床に膝をついた。
「……俺は」
青年が自分の手を見る。
「俺は……誰なんだ?」
蓮はその前にしゃがみ込んだ。
「名前は?」
青年は首を横に振る。
「知らない」
蓮は少し考えてから言った。
「じゃあ、これから決めればいい」
青年が蓮を見る。
その目に、初めて人間らしい感情が宿った。
「……そんなこと、できるのか?」
「できる」
蓮は頷く。
「俺たちはもう、実験体じゃない」
第一号が静かに目を伏せる。
第二号の少女も微笑んだ。
第三号は何も言わなかった。
ただ。
少しだけ笑っていた。
その時。
研究室のスピーカーから、研究者の声が響いた。
「……興味深い」
蓮が顔を上げる。
「まだ見てたのか」
「第四号まで救うとは」
男は笑う。
「君は本当に、私たちの想定を超えてくれる」
「何が目的なんだ」
「もう分かっているだろう」
男の声が低くなる。
「第四号は完成体ではない」
蓮の表情が変わる。
「……何?」
「第四号は、君を完成させるための器に過ぎない」
「そして、最後に必要なのは――」
そこで通信が切れた。
研究室に沈黙が戻る。
蓮は自分の胸へ手を当てた。
特殊な魂が震えている。
《特殊妖魂――反応》
《未確認因子を検出》
そして。
新たな文字が表示された。
《適合率――26%》
蓮は画面を見つめる。
25%から26%。
初めて、自分の意思で誰かを救ったことで適合率が上がった。
第一号が蓮を見る。
「……始まったな」
「何が?」
第一号は答えなかった。
代わりに。
地下施設のさらに奥。
今まで存在しなかった扉が、ゆっくりと開き始めた。
その向こうから聞こえてきたのは。
人間の声だった。
「……蓮」
蓮の表情が変わる。
その声は。
兄でも。
第一号でも。
第二号でも。
第三号でもない。
蓮自身が、十年前に聞いたことのない声だった。
「誰だ……?」
扉の向こうから、ゆっくりと人影が現れる。
そして。
その人物は、蓮と同じ顔をしていた。
ただし。
その姿は――
**現在の蓮ではなく、十一歳の頃の蓮だった。**




