第26話 十年前の声
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**長野県上田市・地下研究施設**
**最深部**
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「ようやく会えたな、神谷蓮」
その声を聞いた瞬間。
蓮の脳裏に、十年前の記憶が鮮明によみがえった。
白い天井。
消毒液の臭い。
小さな身体を押さえつける金属製のベルト。
そして、白衣を着た男。
幼い蓮は、その男を見上げていた。
『神谷君。怖がらなくていい』
『お兄さんを助けたいんだろう?』
『だったら、もう一度だけ妖魂を拾ってくれ』
十一歳の蓮は、震えながら手を伸ばしていた。
その先にあったのは、黒い光だった。
けれど。
その記憶には、もう一つの場面があった。
兄の零が、研究員たちに殴られている。
『やめろ!』
幼い蓮が叫ぶ。
『弟には触るな!』
零が叫び返す。
その直後。
誰かの声が聞こえた。
『神谷君。君が選べばいい』
『弟を助けるか』
『お兄さんを助けるか』
蓮は目を見開いた。
「……あの時の声」
目の前にいる男は姿を見せていない。
それでも間違いない。
あの声だった。
「お前が……あの研究者なのか」
地下施設のスピーカーから、男の笑い声が響いた。
「よく覚えていたな」
零が蓮の前へ出る。
「蓮、下がれ」
「兄さん?」
「こいつは危険だ」
零の声には、明らかな怒りがあった。
「十年前、俺たちをここで実験していた連中の一人だ」
その言葉に、蓮は拳を握る。
「名前は?」
「……知らない」
零は苦しそうに首を振った。
「研究員は全員、名前を名乗らなかった。番号で呼び合っていた」
「なるほど」
スピーカーの向こうで男が言った。
「私は名前など必要としない」
「必要なのは結果だけだ」
その直後。
研究室の奥で、巨大なモニターが点灯した。
そこに映し出されたのは、十年前の映像だった。
幼い蓮。
そして、その隣にいる零。
さらに、ベッドの上で眠っている少女。
第25話で現れた第二号だ。
蓮は画面を見つめた。
「……あの子も、十年前からここにいたのか」
「そうだ」
男が答える。
「第二号は、君を守るために作られた」
「どういう意味だ?」
「君の適合核には、重大な欠陥があった」
画面が切り替わる。
そこには幼い蓮の検査記録が映し出された。
【神谷蓮】
【妖魂適合率――23%】
【精神安定性――異常】
【魂の侵食率――上昇】
【長期生存――困難】
蓮の表情が険しくなる。
「……俺は、失敗作だったのか」
「違う」
少女が初めて口を開いた。
「あなたは、失敗しなかった」
蓮が少女を見る。
少女は静かに続けた。
「あなたの魂は、妖魂を受け入れるだけじゃなかった」
「拒むこともできた」
「だから、研究者たちは怖がった」
男の声が割り込む。
「余計なことを話すな、第二号」
少女は男の声を聞いても怯えなかった。
「私は、もうあなたの命令を聞かない」
「……そうか」
スピーカーから低い声が響く。
「ならば、第二号も失敗作だ」
その瞬間。
施設の壁が爆発した。
「危ない!」
蓮が少女を抱えて横へ飛ぶ。
巨大な腕が、さっきまで少女が立っていた場所を叩き潰した。
床が大きく陥没する。
瓦礫の向こうから現れたのは、異形の人間だった。
全身に黒い線が走り、両腕には妖怪のような巨大な爪が生えている。
その数は――四本。
零が息を呑む。
「……試験体か」
蓮は妖気感知を使う。
「こいつ……」
違和感があった。
妖怪ではない。
人間でもない。
その中間。
しかも、内部に複数の妖魂が存在している。
「何個の魂を入れてるんだ……」
蓮が呟いた瞬間。
怪物が四本の腕を振り上げた。
「来る!」
蓮は鬼腕を発動する。
正面からぶつかった瞬間、地下施設全体が揺れた。
ズドンッ!
蓮の身体が数メートル後ろへ吹き飛ばされる。
「蓮!」
零が叫ぶ。
蓮は床を滑りながら体勢を立て直した。
「……強い」
腕が痺れている。
今まで戦った人工妖怪とは、明らかに違う。
怪物が再び突っ込んでくる。
蓮は伸縮を使って身体を後ろへ引き、同時に風刃を放った。
鋭い風が怪物の肩を切り裂く。
普通なら、そのまま傷口が開く。
ところが。
傷が閉じた。
「再生……」
百目鬼や零号と同じだ。
蓮は妖魂解析を発動する。
視界が変わった。
怪物の内部に、七つの光が見える。
「七つ……?」
その瞬間、少女が叫んだ。
「違う!」
蓮が振り返る。
「何が?」
「あれは七人じゃない」
少女は怪物を見つめていた。
「一人の人間に、七人分の魂を無理やり入れてる」
蓮の顔が強張る。
怪物の中にある七つの光。
それぞれが別々の意思を持っている。
苦しんでいる。
叫んでいる。
「……助けて」
「ここから出して」
「痛い」
小さな声が、蓮の中へ流れ込んでくる。
蓮は刀を握り直した。
「お前……」
怪物が動きを止めた。
そして、四本の腕を下ろす。
「……タスケテ」
蓮の目が見開かれる。
「喋った……」
怪物の口から、かすれた声が漏れる。
「オレハ……ダレダ……」
その瞬間。
蓮の中の特殊な魂が、大きく震えた。
《特殊妖魂――共鳴》
《対象――実験体》
《魂構造を認識》
蓮の脳裏に、一つの答えが浮かんだ。
この怪物もまた。
救うことができる。
「兄さん」
「何だ?」
「俺、この人を倒さない」
零が蓮を見る。
「……そう言うと思った」
零は弱々しく笑った。
「なら、俺も手伝う」
蓮は頷いた。
その瞬間、スピーカーから男の声が響く。
「面白い」
「やはり君はそうする」
「だからこそ、第二号を作った意味がある」
蓮が顔を上げる。
「どういう意味だ?」
男は答えなかった。
代わりに、施設全体の照明が消える。
完全な暗闇。
そして。
どこからともなく、機械音声が響いた。
『実験体第一号――起動』
蓮の表情が変わる。
「第一号……?」
暗闇の奥から、足音が聞こえた。
ゆっくりと。
一歩ずつ。
そして。
聞き覚えのある声がした。
「蓮」
蓮は息を止めた。
「……お前」
闇の中から現れたのは。
先ほど倒したはずの、
**もう一人の神谷蓮だった。**
彼の身体には無数の亀裂が走っている。
それでも、その目だけははっきりと蓮を見ていた。
「今度は、俺が助ける番だ」
第一号がそう言った瞬間。
蓮の中の特殊な魂が、これまでで最も強く脈動した。
《適合率――25%》
《特殊妖魂、第二段階へ移行》
地下研究施設の戦いは、まだ終わっていなかった。




