第25話 第二号
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**長野県上田市・地下研究施設**
**最深部**
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重い扉が、ゆっくりと左右に開いていく。
その向こうから流れてきたのは、冷たい空気だった。
長い間、誰にも触れられていなかったような、古い薬品の臭いが混じっている。
神谷蓮は刀を構えたまま、暗闇の奥を見つめていた。
隣では、兄の零が壁に手をつきながら立っている。
「……来る」
蓮が呟いた。
妖気感知が、これまでにない反応を示している。
妖怪ではない。
少なくとも、これまで戦ってきた人工妖怪とは違う。
もっと静かで、それでいて強い。
人間の気配に近い。
政府職員の女性が息を呑んだ。
「蓮さん……あれは?」
「分かりません」
蓮は答えながら、もう一歩前へ出た。
暗闇の中から、足音が聞こえてくる。
一歩。
また一歩。
やがて、白い服を着た人影が現れた。
少女だった。
年齢は十六、七歳ほどに見える。
長い黒髪。
白い肌。
裸足のまま、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その姿だけなら、普通の少女にしか見えない。
ところが。
蓮の中で、何かが大きく震えた。
《特殊妖魂――反応》
《対象との共鳴を確認》
《適合率――24%》
蓮は思わず胸を押さえた。
「……何だ、これ」
少女が立ち止まる。
そして、蓮を見る。
その瞳には恐怖も敵意もなかった。
ただ、どこか寂しそうな色が浮かんでいる。
「……神谷、蓮?」
その声を聞いた瞬間。
蓮の頭の中に、映像が流れ込んできた。
白い部屋。
十年前の研究施設。
幼い自分。
そして――。
ベッドの上に横たわる、同じくらいの年齢の少女。
『この子も適合候補だ』
『神谷蓮とは違う反応を示しています』
『第二号として記録しろ』
映像が途切れた。
「……今のは」
蓮が息を整える。
少女はじっと蓮を見つめていた。
「あなた……覚えてないの?」
「何を?」
「私のこと」
その言葉に、兄の零が反応した。
「……まさか」
少女が零を見る。
そして、小さく首を傾けた。
「あなたも……神谷零?」
零の顔から血の気が引いた。
「お前……俺を知っているのか」
「うん」
少女は静かに答えた。
「ずっと、見てたから」
その一言で、地下室の空気が変わった。
零は拳を握る。
「十年前から……ここにいたのか?」
少女は頷いた。
「私は、眠らされていた」
「なぜ?」
「起こす理由がなかったから」
少女は自分の胸に手を当てる。
「私には、妖怪の力がほとんどないから」
蓮は目を細めた。
「じゃあ、どうして俺に反応している?」
少女は答えなかった。
代わりに、蓮へ一歩近づく。
その瞬間。
《警告》
《特殊妖魂の共鳴率が上昇しています》
《24%――25%》
蓮の適合率が、初めて上昇した。
「……25%?」
蓮自身が驚く。
今まで、どれだけ妖魂を集めても23%から24%になるのが精一杯だった。
それが、この少女に近づいただけで変化した。
少女は蓮を見上げる。
「やっぱり……」
「何が?」
「あなたは、まだ持ってる」
「何を?」
少女は自分の胸を指した。
「私と同じもの」
蓮の心臓が、大きく脈打った。
「……適合核?」
少女が頷く。
「そう」
兄の零が声を上げる。
「待て。適合核は、蓮から分離されたはずだ」
少女は静かに零を見る。
「全部じゃないよ」
「何?」
「分離されたのは、第一号になる部分だけ」
蓮の背筋に寒気が走った。
第一号。
それは、先ほど戦った「もう一人の神谷蓮」。
では。
第二号とは何なのか。
少女は蓮を見つめながら言った。
「私は、あなたの魂から生まれたんじゃない」
その言葉に、蓮は息を止める。
「じゃあ、お前は……」
少女は初めて、少しだけ笑った。
「私は、あなたの魂を守るために作られたの」
――その瞬間だった。
地下施設全体に、警報が鳴り響いた。
赤いランプが一斉に点灯する。
『警告。第一号の活動を確認』
『第二号の封印状態を解除します』
『実験最終段階へ移行します』
蓮が振り返る。
「第一号……?」
倒したはずの、もう一人の蓮。
その名前が施設内に響いた直後。
遠くから、何かが壁を叩く音が聞こえた。
ドン。
ドン。
ドン。
零が顔を上げる。
「……まだ生きてる」
蓮も妖気感知を広げる。
確かに感じる。
第一号の妖気。
そして、その奥には別の巨大な気配があった。
「二つ……?」
蓮が呟く。
少女が首を横に振った。
「違う」
「え?」
「今、目を覚ましたのは一人じゃない」
少女の表情から、初めて余裕が消えた。
「ここには、私たち以外にもいる」
蓮の目が鋭くなる。
「何人?」
少女は答える前に、研究施設の奥を見た。
そして、小さな声で言った。
「全部で七人」
蓮の背後で、零が絶句する。
「七人……だと?」
少女は頷いた。
「私たちは、番号をつけられていた」
その直後。
地下のさらに奥から、複数の扉が開く音がした。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて、暗闇の中に次々と人影が現れる。
蓮は刀を握り直した。
「……まだ実験は終わってなかったのか」
少女が蓮の隣に立つ。
「ううん」
彼女は静かに首を振った。
「実験は、これから始まるの」
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その瞬間。
蓮の中で、眠っていた特殊な魂が再び脈動した。
《特殊妖魂――第二段階へ移行》
《適合率――25%》
そして。
暗闇の奥から、聞き覚えのある声が響いた。
「ようやく会えたな、神谷蓮」
蓮はその声を聞いて、目を見開く。
それは。
十年前の自分が、最後に聞いた声だった。




