第22話 目を覚ます魂
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**長野県上田市・旧研究施設地下最深部**
**午後九時二十四分**
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ドクン。
蓮の胸の奥で、何かが脈打った。
一度。
二度。
まるで心臓とは別の何かが、身体の中で目を覚まそうとしている。
「……何だ、これ」
蓮は胸元を押さえた。
熱い。
痛いわけではない。
むしろ逆だった。
身体の奥から、力が溢れ出してくる。
《特殊妖魂の活動を確認》
《適合率――24%》
《警告》
《対象妖魂の覚醒を確認》
「覚醒……?」
蓮が呟いた瞬間。
目の前の零号が動いた。
四本の腕が同時に振り下ろされる。
「蓮!」
兄の声。
蓮は反射的に横へ飛んだ。
轟音とともに床が砕ける。
そのまま転がり、すぐに立ち上がった。
「兄貴、離れて!」
「分かってる!」
政府職員に支えられながら、零が後退する。
零号は追撃してこなかった。
ただ蓮を見ている。
赤い目が、じっと蓮の胸を見つめていた。
「……起きたか」
「何?」
「その魂だ」
零号が低く笑う。
「十年間、眠っていたものが」
蓮の表情が険しくなる。
「お前は知っているのか」
「知っているとも」
零号は自分の胸を叩いた。
「俺たちは、そのために作られた」
「そのため?」
「お前の中にあるものを目覚めさせるためだ」
蓮の背筋に寒気が走る。
「……俺を利用するつもりだったのか」
「違う」
零号は首を横に振った。
「利用するのは、お前自身だ」
意味が分からない。
蓮が問い返そうとした、そのとき。
零号の身体から大量の妖気が噴き出した。
床に残っていた妖魂が、一斉に浮き上がる。
「まずい!」
政府職員が叫ぶ。
妖魂が零号へ吸い込まれていく。
一つ。
二つ。
十。
数え切れないほどの魂が、黒い渦となって零号へ集まっていく。
身体が膨張する。
角がさらに伸びる。
四本の腕が六本へ変わった。
「兄貴!」
蓮が叫ぶ。
零は歯を食いしばった。
「蓮……逃げろ!」
「嫌だ!」
「俺はもう大丈夫だ!」
「そんなわけないだろ!」
零の身体はまだ弱い。
戦える状態ではない。
それでも零は立ち上がろうとしていた。
「俺は……十年前もそうだった」
零は蓮を見つめる。
「お前だけでも逃がそうとした」
「……」
「今度は、お前が逃げろ」
蓮は首を横に振った。
「もう逃げない」
その言葉と同時に、蓮の胸がまた脈打った。
ドクン。
今度は、強く。
《特殊妖魂が反応》
《戦闘行動への干渉を確認》
《一時的な能力変質が発生する可能性があります》
「能力変質……?」
蓮の視界に、新しい表示が浮かぶ。
《鬼腕》
《変質条件を確認》
《特殊妖魂との共鳴率――3%》
蓮は目を見開いた。
「共鳴……?」
次の瞬間。
右腕が黒い光に包まれた。
鬼腕。
これまで使ってきた力とは違う。
黒い光が腕を覆い、その表面に赤い線が走る。
蓮は拳を握った。
「……これなら」
零号が突進してくる。
巨体が迫る。
蓮も走った。
真正面からぶつかる。
拳と拳が衝突した。
ズドンッ!
巨大な衝撃音。
今度は――。
零号の身体が後ろへ吹き飛んだ。
「なっ……!」
零号が壁へ叩きつけられる。
蓮自身も驚いていた。
「俺が……押し勝った?」
右腕を見る。
黒い光は、まだ消えていない。
「これが……俺の中の妖魂……?」
零号がゆっくり立ち上がった。
「違う」
「え?」
「今のは、お前自身の力だ」
零号は笑った。
「その魂は、お前の力を奪ったんじゃない」
「引き出しただけだ」
蓮は黙り込む。
すると。
施設全体に、あの男の声が響いた。
『素晴らしい』
蓮が天井を睨む。
『ようやく第一段階が始まった』
「第一段階……?」
『適合率24%』
男の声には、明らかな喜びが混じっている。
『予想より早い』
「お前は何を知っている!」
蓮が叫ぶ。
『全部だよ』
『君が十一歳だった頃からね』
蓮の拳に力が入る。
「姿を見せろ!」
『まだ早い』
通信の向こうで、男が笑う。
『君には、もう少し思い出してもらわなければならない』
「何を……」
『君が自分で選んだことを』
その言葉が、蓮の胸に刺さった。
自分で選んだこと。
十年前。
研究施設。
兄。
妖魂。
蓮の記憶が、また一瞬だけ揺れる。
――幼い自分。
――床に転がる黒い魂。
――研究員たち。
――そして、零。
『蓮、拾うな!』
兄の声。
けれど。
その直後。
幼い蓮は黒い魂へ手を伸ばしていた。
「……俺は……」
蓮の顔から血の気が引く。
「自分から……拾った?」
零が目を見開く。
「思い出したのか?」
「少しだけ……」
「そうか」
零は苦しそうに目を伏せる。
「なら、いつか全部思い出す」
その瞬間。
零号が咆哮した。
「グオオオオオオッ!」
施設全体が揺れる。
蓮は顔を上げた。
零号の身体から、これまでとは比較にならないほど大量の妖気が噴き出している。
黒い妖気が天井まで達した。
「……まだ強くなるのか」
零号の六本の腕が、一斉に構えられる。
蓮も刀を握り直した。
右腕には、まだ黒い光が残っている。
妖魂保護で守られた魂たちが、その周囲を漂っていた。
蓮はそれらを見る。
今までなら、力に変えていた。
けれど今は違う。
「俺は……全部を力にする必要はない」
蓮は静かに言った。
「守るために拾う」
黒い魂が一斉に輝いた。
《妖魂保護――反応》
《保護対象との共鳴を確認》
蓮の身体に、無数の光が集まってくる。
そして。
《新たな使用方法を確認》
《保護妖魂の一時貸与が可能です》
蓮の目が見開かれた。
「……貸与?」
能力を奪うのではない。
魂を消費するのでもない。
守ったまま、一時的に力を借りる。
蓮は一つの妖魂へ手を伸ばした。
その魂が、手の中へ入る。
次の瞬間。
全身を冷たい風が駆け抜けた。
「これは……」
風刃とは違う。
自分が取り込んだ力ではない。
誰かの力を、ほんの一瞬だけ借りている感覚。
《保護妖魂――一時貸与》
《能力――風刃》
《使用可能時間――10秒》
蓮は笑った。
「これなら……」
零号が迫る。
六本の腕が一斉に振り下ろされる。
蓮は真正面から踏み込んだ。
「十秒あれば十分だ!」
右腕に黒い光。
左手に風が集まる。
鬼腕。
そして、保護した妖魂から借りた風刃。
二つの力を重ねる。
蓮は零号の懐へ飛び込んだ。
「これで終わらせる!」
黒い拳と風の刃が、同時に零号の胸へ叩き込まれた。
――ズガァァァン!
巨大な身体が吹き飛ぶ。
壁が崩れ落ちる。
その向こうに、さらに地下へ続く階段が現れた。
蓮は目を細める。
「……まだ下がある」
零が呟いた。
「この施設に……こんな場所が?」
蓮の妖気感知が、階段の先を捉える。
そこには。
今までとは比較にならないほど巨大な妖気が、一つだけ存在していた。
そして、その妖気の中心には――
人間の気配があった。
蓮は刀を握り直す。
「行こう」
零が驚く。
「蓮、まだ戦うつもりか?」
「違う」
蓮は階段の先を見つめた。
「確かめるんだ」
十年前。
自分が何を拾ったのか。
そして。
なぜ兄が、自分を逃がしたのか。
その答えが、地下のさらに奥で待っている。
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階段の先。
暗闇の中で、誰かが目を開いた。
「……やっと来たか」
その声は。
蓮の声と、よく似ていた。




