第20話 地下施設の妖怪たち
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**長野県上田市・旧研究施設地下**
**午後九時十七分**
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重い音を響かせながら、地下の巨大な扉が完全に開いた。
その向こうに広がっていたのは、広大な地下空間だった。
天井は見えないほど高く、床には無数の配管が走っている。
そして、その奥から。
ずるり。
ずるり。
何かを引きずる音が、いくつも重なって聞こえてきた。
神谷蓮は、倒れている兄・神谷零を背後に庇いながら、ゆっくりと刀を構えた。
妖気感知が警告を発している。
一体や二体ではない。
十体。
二十体。
それ以上。
正確な数すら分からないほどの妖気が、地下空間の奥から押し寄せていた。
「……これ全部、実験体なの?」
政府職員の女性が息を呑む。
蓮は答えなかった。
視界の先で、最初の妖怪が姿を現したからだ。
四本の腕を持つ異形。
その隣には、首が異常なほど長く伸びた妖怪。
さらに後ろには、巨大な口だけを持つ黒い影。
どれも自然に生まれた妖怪には見えない。
身体のあちこちに白い縫い目があり、皮膚の下には人工物のような管が走っている。
「……作られた妖怪」
蓮が呟く。
その瞬間だった。
一体が地面を蹴った。
「来る!」
政府職員が叫ぶ。
蓮は踏み込んだ。
真正面から振り下ろされた拳を、刀の腹で受け止める。
凄まじい衝撃が腕を痺れさせた。
「くっ……!」
後ろへ飛ばされながら、蓮は風を纏わせる。
「風刃!」
放たれた斬撃が、妖怪の肩を切り裂いた。
黒い血が噴き出す。
それでも妖怪は止まらない。
傷口から新しい肉が盛り上がり、数秒もしないうちに塞がっていく。
「再生まで……!」
蓮の目が細くなる。
その妖怪が腕を振り上げた。
今度は受けない。
蓮は横へ滑り込み、そのまま懐へ入った。
「鬼腕!」
拳が腹部へ叩き込まれる。
巨体が浮き上がった。
そのまま壁へ激突し、地下空間全体が揺れる。
一体目が動かなくなった。
蓮はすぐに妖気感知を広げる。
次が来る。
右。
左。
正面。
「三体!」
同時に襲いかかってきた。
一体の爪を伸縮でかわし、伸びてきた腕を逆に掴む。
そのまま引き寄せ、二体目へ叩きつけた。
二体が絡み合った瞬間、蓮は風刃を放つ。
二体まとめて吹き飛ばされた。
残った一体が背後から迫る。
蓮は振り返らない。
妖気感知が、その動きを正確に捉えていた。
「そこだ!」
刀を逆手に持ち替え、背後へ突き出す。
刃が妖怪の胸を貫いた。
妖怪が呻き、身体を震わせる。
そして、その身体から黒い光が浮かび上がった。
妖魂。
蓮の目の前に、見慣れた表示が現れる。
《妖魂を確認しました》
《対象――人工妖異》
《妖魂の取得が可能です》
蓮は手を伸ばしかけて――止めた。
先ほどの兄の姿が脳裏に浮かぶ。
魂を取り込む。
力を得る。
それだけが、自分の戦い方ではない。
「……今は拾わない」
手を引く。
すると妖魂は消えず、その場に留まった。
《妖魂取得を保留》
《対象妖魂を保護状態へ移行します》
蓮は一瞬、目を見開いた。
妖魂保護。
兄を救ったときに生まれた力が、今も働いている。
「これなら……」
蓮は拳を握った。
すべてを力に変える必要はない。
守るために拾う。
そんな選択肢もある。
「蓮!」
背後から零の声が飛んできた。
「上だ!」
蓮が顔を上げる。
天井から、巨大な妖怪が落下してきた。
全身に目が埋め込まれている。
百目鬼に似ている。
けれど、以前戦った百目鬼とは明らかに違う。
その身体には無数の管が繋がっていた。
そして中央の目が、蓮を見つめる。
「……神谷……蓮……」
機械のような声だった。
「お前は……また……拾うのか……?」
蓮の表情が険しくなる。
「お前も、俺を知っているのか」
妖怪は笑った。
口元だけが、不自然に歪む。
「知っている……」
「十年前から……ずっと……」
その言葉を聞いた瞬間。
蓮の頭の奥で、何かが弾けた。
――白い部屋。
――泣いている自分。
――血だらけの兄。
――そして。
幼い自分の手の中にある、黒い魂。
『蓮、それを捨てろ!』
兄の叫び声。
『それはお前の力になる!』
別の声。
研究員の声だった。
『拾え。神谷蓮』
『その魂を拾えば、お前は完成する』
蓮の呼吸が止まる。
「……違う」
頭を押さえる。
「俺は……そんなこと……」
記憶の奥で、幼い自分が何かを拾おうとしていた。
その瞬間。
零が叫んだ。
「蓮!」
現実へ引き戻される。
巨大な妖怪の腕が迫っていた。
蓮は反射的に横へ飛ぶ。
床が砕ける。
「今の……記憶は……」
考えている暇はなかった。
目の前の妖怪が再び腕を振り上げる。
蓮は刀を構える。
「今は、お前を倒す」
踏み込む。
鬼腕。
金剛体。
風刃。
伸縮。
これまで拾ってきた力を一つずつ繋げていく。
拳で腕を弾き、伸縮で距離を詰め、風刃で管を切断する。
妖怪の身体から黒い煙が噴き出した。
「そこだ!」
妖魂解析を発動する。
無数の妖気が絡み合う身体の中心。
そこに、ひとつだけ異質なものがある。
白い核。
人工的に作られた妖魂。
蓮は刀を構え直した。
「終わりだ!」
風刃が走る。
白い核だけを正確に切り裂いた。
巨大な妖怪が膝をつく。
そして、その身体から大量の黒い妖魂が溢れ出した。
《複数の妖魂を確認》
《取得可能》
蓮は手を伸ばす。
けれど、今度は吸収しなかった。
「保護する」
黒い魂が、蓮の周囲へ集まっていく。
《妖魂保護を実行》
《対象妖魂を保護状態へ移行します》
無数の魂が、静かに蓮の周囲を漂い始めた。
それを見て、零が小さく笑った。
「……そうか」
蓮が振り返る。
「兄貴?」
「お前は……あの頃とは違うんだな」
零は弱々しく笑った。
「十年前のお前は、誰かを救うために……自分の力を犠牲にしようとしていた」
「……俺が?」
「ああ」
零は壁に背を預けながら、ゆっくりと続ける。
「だから俺は、お前を逃がした」
その言葉に、蓮は息を呑んだ。
「じゃあ……俺は十年前、何を拾ったんだ?」
零の表情が変わった。
「それは――」
その瞬間。
地下施設全体に、男の声が響き渡った。
『いいところまで思い出したね、神谷蓮』
蓮が顔を上げる。
スピーカーから流れてくる声。
あの男だ。
『君が十年前に拾ったもの』
一拍の沈黙。
『それは、妖魂じゃない』
施設の照明が一斉に赤く染まる。
『君自身の――』
そこで音声が途切れた。
直後。
地下のさらに奥から。
ドン。
巨大な衝撃音が響いた。
続いて、二度。
三度。
何かが壁を叩いている。
蓮は刀を握り直した。
妖気感知が、これまでに感じたことのない巨大な反応を捉えていた。
「……まだいる」
零が顔を上げる。
「何が?」
蓮は暗闇の奥を見る。
「この施設で一番強い妖怪が」
暗闇の中で、二つの赤い目が開いた。
『――ようやく、会えるね』
知らない声だった。
そして。
地下深くから、巨大な足音が響き始めた。
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