第17話 十年前の妖怪拾い
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**長野県上田市・妖異対策本部臨時指揮所**
**午前九時二十六分**
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「これが……十年前の資料です」
政府職員が机の上に置いたのは、一冊の古びたファイルだった。
表紙には、現在の政府組織が使うものとは違う形式の管理番号が記されている。
蓮は椅子に座ったまま、そのファイルを見つめていた。
試験体・零七。
妖魂移植。
適合率二十三パーセント。
そして、黒い札に刻まれていた「拾」の文字。
どれも偶然とは思えない。
「十年前の妖異災害に関する資料は、ほとんどが機密扱いになっています」
女性が言った。
「特に、当時の妖怪討伐士に関する情報は一般公開されていません」
「どうして?」
「当時は、今のような討伐士制度そのものが存在していませんでしたから」
蓮はファイルを開いた。
最初のページには、十年前の日付が記されていた。
――二〇一六年六月十二日。
その日の午前十時三分。
東京都心部で、最初の妖異災害が確認された。
死傷者。
行方不明者。
妖怪の種類。
被害区域。
当時の記録が淡々と並んでいる。
蓮はページをめくった。
そして。
ある一枚の写真で手が止まった。
「……この人」
写真には、一人の青年が写っていた。
年齢は二十代前半。
黒髪。
細身の身体。
服装は今の討伐士とは違い、普通の作業服に近い。
その青年の手には、何か黒い球体のようなものが握られている。
写真の横には、手書きの文字があった。
『妖怪拾い・暫定認定』
蓮は息を呑んだ。
「この人が……」
「はい」
女性が頷く。
「十年前に確認された、最初の妖怪拾いです」
蓮は写真をじっと見つめた。
不思議な感覚だった。
初めて見る顔なのに。
どこか似ている。
目元。
立ち方。
妖魂を握っている手。
自分と重なる部分があった。
「名前は?」
「記録には――」
女性がページをめくる。
その瞬間、表情が変わった。
「……ありません」
「ない?」
「名前の欄だけ、完全に削除されています」
蓮は資料を受け取った。
名前の部分だけが、刃物で切り取られたように失われている。
それだけではない。
住所も。
所属も。
年齢も。
すべて消されていた。
「何者かが意図的に消した?」
「可能性は高いです」
「それで、この人はどうなったんですか?」
女性は少し黙った。
「行方不明です」
「いつ?」
「最初の妖異災害から――三日後です」
蓮はファイルを閉じた。
三日。
最初の妖怪が現れてから、たった三日で消えた。
「その後の記録は?」
「ありません」
「本当に?」
「……一つだけあります」
女性が別の資料を取り出した。
こちらは一枚の紙だった。
「最後に確認された場所です」
地図が描かれている。
東京。
そこから北へ伸びる線。
途中で長野県に入っている。
そして。
上田市。
「ここ?」
「はい」
蓮は顔を上げた。
「十年前の妖怪拾いは、最後に上田市で目撃されています」
蓮は何も言わなかった。
今日、自分が戦った場所と同じだ。
偶然ではない。
明らかに何かが繋がっている。
「……あいつは」
蓮は小さく呟いた。
「俺をここへ呼んだんじゃない」
女性を見る。
「十年前の妖怪拾いが、ここに何かを残したんじゃないですか?」
「私もそう考えています」
女性は一枚の写真を机に置いた。
そこには、古い建物が写っていた。
「この建物は?」
「現在は廃屋です」
「何の施設だったんですか?」
「十年前は、民間の研究施設だったそうです」
蓮は写真を見つめる。
建物の壁には、小さく黒い印があった。
――「拾」。
蓮の手が止まった。
「……ここだ」
「はい」
女性が頷く。
「零七の映像に出てきた研究施設と、構造が一致しています」
蓮は立ち上がった。
「行きましょう」
「今からですか?」
「今だからです」
蓮はファイルを閉じた。
「誰かが俺を監視してるなら、ここにも先回りしてる可能性があります」
「危険ですよ」
「分かってます」
蓮は刀を腰に差した。
「だからこそ、行く価値がある」
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**東京都・妖異対策本部**
**午前十時十二分**
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一方、その頃。
巨大なモニターの前で、佐伯蓮司は腕を組んでいた。
画面にはニュース映像が流れている。
『長野県上田市で発生した未知の妖異について、政府はAランク相当と発表――』
その画面に映った名前を見て、佐伯の眉が動く。
『討伐にあたったのは、先日の大鬼討伐でも話題となった神谷蓮氏――』
「また、こいつか」
高橋豪が鼻で笑った。
「Aランクを二体って、さすがに出来すぎじゃねえか?」
隣にいた美咲は何も言わない。
玲奈だけが画面を見つめていた。
「出来すぎ、ね」
「何だよ」
「私には、むしろ当然に見える」
高橋が振り返る。
「は?」
「蓮は最初から何かを隠していた」
「まだ言ってんのかよ」
「第六話の時に見た光を忘れてない」
玲奈は静かに答えた。
「鬼の死体に触れた時、蓮の身体に妖気が流れ込んだ」
佐伯が黙った。
その記憶は、彼にも残っている。
「もし、あの時から能力が変化していたとしたら?」
「……」
「私たちは、とんでもないものを捨てたことになるかもしれない」
高橋が笑った。
「今さら何言ってんだよ」
その言葉を聞いた佐伯は、ゆっくりと画面を見た。
「いや」
低い声だった。
「玲奈の言う通りかもしれない」
高橋が目を丸くする。
「リーダー?」
「神谷がAランクを一人で倒した」
「それは……」
「しかも短期間で二体」
佐伯は拳を握った。
「偶然で説明するには、もう無理がある」
美咲が不安そうに尋ねる。
「蓮司……どうするの?」
「調べる」
「蓮を?」
「そうだ」
佐伯の目が鋭くなる。
「神谷蓮が何を手に入れたのか。何者なのか」
その声には、以前までの余裕がなかった。
「もし、本当に俺たちが知らなかった能力を持っているなら――」
佐伯は言葉を切った。
「放っておくわけにはいかない」
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**長野県上田市・旧研究施設**
**午前十一時四十八分**
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山道を抜けると、古びた建物が見えてきた。
三階建て。
窓は割れ、壁には蔦が絡みついている。
人の気配はない。
それでも。
蓮には感じられた。
「……いる」
妖気感知が反応している。
建物の地下。
そこに、弱い妖気が残っている。
「中へ入ります」
女性が銃を構えた。
二人は慎重に建物へ入った。
床には埃が積もっている。
研究室。
事務室。
倉庫。
どこも十年前から時間が止まっているようだった。
蓮は妖気感知を使いながら進んでいく。
やがて。
「ここです」
壁の前で足を止めた。
「何もないですよ?」
「地下への入口があります」
蓮が壁に手を当てる。
わずかに妖気が流れている。
押し込む。
ガコン。
壁が動いた。
その奥から階段が現れた。
「……こんなものが」
二人は地下へ降りていく。
階段を下りるほど、妖気が濃くなる。
そして。
最深部。
そこには巨大な部屋があった。
中央には、空になった水槽。
周囲には壊れた機械。
壁一面には、無数の記録が残されている。
蓮はその一つへ近づいた。
そこに書かれていた文字を見て、息を呑む。
『妖魂適合実験』
その下に数字が並んでいる。
五パーセント。
八パーセント。
十二パーセント。
十九パーセント。
そして。
――二十三パーセント。
「……俺と同じだ」
女性が震える声で言った。
「神谷さん」
「はい」
「この施設は……妖怪を研究していたんじゃありません」
彼女が壁の奥を指差す。
「人間を、妖魂に適合させる研究です」
蓮は黙っていた。
胸の奥が冷たくなる。
自分の能力は、生まれつきだったのか。
それとも。
誰かに作られたものなのか。
その答えが、目の前にある。
さらに奥へ進む。
すると、一台だけ電源の入ったモニターがあった。
「まだ動いてる……?」
蓮が近づく。
画面には一つのファイルが表示されていた。
――**適合者一覧**。
蓮は画面を開いた。
そこには数十人分の名前が並んでいる。
ほとんどが失敗。
適合率は一桁から十数パーセント。
そして、一番下。
そこに。
たった一人だけ、二十三パーセントと記録された人物がいた。
名前は――。
「……神谷」
蓮の名前だった。
女性が息を呑む。
「そんな……」
蓮は画面から目を離せない。
自分は、この研究施設を知らない。
ここへ来たこともない。
それなのに。
十年前の記録に、自分の名前がある。
しかも。
記録の日付は――十年前。
蓮が十一歳だった頃だった。
「俺は……」
その瞬間。
施設全体に、低い機械音が響いた。
――ブゥン。
モニターが切り替わる。
画面いっぱいに、一人の男の顔が映し出された。
白衣。
細い目。
そして。
見覚えのある黒い札。
「神谷蓮」
男が画面越しに呼びかけた。
「ようやく、ここまで来たか」
蓮の目が細くなる。
「……誰だ」
男は笑った。
「君が十年前に忘れてしまったことを、私はすべて知っている」
画面の奥で、男が一枚の写真を取り出す。
そこに映っていたのは。
十一歳の蓮だった。
そして、その隣には――。
黒い札を持った、もう一人の青年が立っていた。
「彼の名前を知りたいか?」
蓮は画面を睨みつけた。
男は静かに告げる。
「君が最初に拾った妖魂は、鬼ではない」
蓮の表情が凍った。
「君が最初に拾ったものは――」
画面が暗転する。
「**十年前の君自身だ**」
通信が切れた。
地下室に、静寂だけが残った。
蓮はしばらく動けなかった。
やがて。
ゆっくりと自分の手を見る。
今まで拾ってきた妖魂。
鬼。
餓鬼。
河童。
大百足。
天狗。
ろくろ首。
大鬼。
百目鬼。
そして、試験体・零七。
そのすべてが、自分の知らない過去へ繋がっている。
妖怪拾いとは何なのか。
自分は何者なのか。
そして。
十年前に消えた、もう一人の妖怪拾いは誰なのか。
答えはまだ見えない。
それでも蓮は思った。
――もう、逃げる理由はない。
自分の過去なら。
自分で拾い上げればいい。
そのためなら。
どんな妖怪でも。
どんな敵でも。
全部、拾ってやる。
そう決意した瞬間。
蓮の妖気感知が、地下室のさらに奥に存在する――**もう一つの妖気**を捉えた。
「……まだ、誰かいる」
蓮が振り返る。
暗闇の奥で。
何かが、ゆっくりと目を開いた。




