第16話 試験体・零七
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**長野県上田市・市街地外縁**
**午前八時一分**
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轟音とともに、黒い妖怪が地面を蹴った。
巨体からは想像できないほど速い。
蓮はとっさに横へ飛んだ。
直後、さっきまで立っていた場所を四本の腕が薙ぎ払う。
アスファルトが砕け、道路に深い溝が刻まれた。
「……速すぎるだろ」
蓮は着地すると同時に刀を構えた。
妖怪――試験体・零七。
その身体から放たれる妖気は、これまで戦ってきたAランク妖怪とは明らかに違っていた。
強い。
単純な妖力量だけなら、大鬼を上回っている。
しかも厄介なのは、それだけではない。
「また来る……!」
妖怪が四本の腕を広げた。
次の瞬間。
黒い腕が伸びた。
「っ!」
蓮は刀で受ける。
ガキンッ!
金属を叩きつけたような音が響く。
腕を受け止めたはずなのに、蓮の身体が後ろへ滑った。
「重い……!」
鬼腕に力を込める。
どうにか押し返した瞬間、別の腕が横から迫ってきた。
蓮は身体を沈めてかわす。
その腕は道路標識を根元からへし折った。
「腕まで伸びるのかよ!」
蓮は距離を取った。
妖魂解析を使う。
視界の中で、妖怪の妖気が複雑に流れていく。
中心にある黒い核。
そこから四本の腕へ大量の妖気が送られている。
「……なるほど」
蓮は小さく呟いた。
「身体そのものが武器ってわけか」
なら、狙う場所は一つ。
核。
蓮は地面を蹴った。
風刃を発動する。
刀から放たれた風の刃が、妖怪の胸元へ飛ぶ。
――ザンッ!
黒い毛が切り裂かれた。
その奥から黒い血が噴き出す。
『……風』
妖怪が呟いた。
『天狗の力』
「知ってるんだな」
『知っている』
妖怪の胸元の傷が、ゆっくりと塞がっていく。
「再生まで……」
蓮が目を細める。
大百足よりも速い。
しかも妖気の消費がほとんど見えない。
普通の妖怪とは根本的に違う。
『次は、これだ』
妖怪の腕が伸びた。
蓮の目の前まで迫る。
咄嗟に伸縮を使って腕を伸ばし、建物の壁へ刀を突き刺した。
そのまま身体を引っ張る。
紙一重で拳をかわした。
妖怪の拳が建物へ突き刺さる。
コンクリートの壁が崩れ落ちた。
「……伸縮まで知ってる」
蓮の表情が険しくなる。
百目鬼とは違う。
あの妖怪は戦いながら蓮の能力をコピーしていた。
零七は最初から知っている。
つまり、こいつは蓮自身を調べている。
「だったら……」
蓮は刀を構えた。
「こっちも調べさせてもらう」
妖魂解析を最大まで集中させる。
妖怪の身体を覆っている妖気が、さらに鮮明になった。
黒い核。
そこから伸びる四本の太い妖気。
そして――。
胸の奥。
核のさらに内側に、小さな光がある。
「……何だ、あれ?」
蓮が目を凝らす。
人間の心臓ほどの大きさしかない。
黒い核とは違う。
白い光。
そこには、何かの文字が刻まれている。
「番号……?」
読めない。
日本語でもない。
英語でもない。
もっと古い文字。
その瞬間、妖怪が咆哮した。
『見るな!』
今まで冷静だった妖怪が、初めて取り乱した。
四本の腕が一斉に振り下ろされる。
「うわっ!」
蓮は後方へ飛んだ。
地面が次々と陥没していく。
「そこに何かある!」
蓮は確信した。
「隠したいものがあるんだな!」
『黙れ!』
妖怪が突進してくる。
蓮は正面から迎え撃った。
「鬼腕――!」
右腕に妖力を集中させる。
「風刃!」
刀から放った風刃を、鬼腕でさらに押し出す。
巨大な風の刃が妖怪へ突き進んだ。
そのまま正面からぶつかる。
――ドォン!
妖怪の身体が吹き飛んだ。
蓮も反動で後ろへ下がる。
「効いた……!」
妖怪は数十メートル先まで転がった。
ゆっくりと立ち上がる。
身体中に傷が走っている。
再生が始まるが、再生が遅いことに、蓮は気づいた。
さっきより明らかに遅い。
妖気の流れも乱れている。
「核にダメージが入ったんだ」
なら、あと一撃。
蓮は走った。
妖怪も同時に走る。
互いの距離が一気に縮まる。
四本の腕が迫る。
蓮は一番上の腕をかわし、二本目を刀で受け流した。
三本目が迫る。
身体をひねる。
四本目。
――伸縮。
腕を伸ばし、刀を持ったまま身体を横へ飛ばした。
妖怪の頭上を通過する。
蓮は空中で身体を反転させた。
「ここだ!」
刀を逆手に持ち替える。
妖怪の胸へ向かって落下する。
――ズンッ!
刀が胸部へ突き刺さった。
『グッ……!』
「妖魂解析!」
妖気の流れが見える。
核。
その中心。
さらに奥。
白い光。
「見えた!」
蓮は鬼腕へ力を込めた。
「これで――終わりだ!」
刀を深く押し込む。
黒い核が砕けた。
『――――!』
声にならない叫びが、上田の街へ響き渡った。
次の瞬間。
妖怪の身体から大量の黒い妖気が噴き出した。
蓮は吹き飛ばされながらも、地面に着地する。
目の前で、試験体・零七の巨体が崩れ落ちた。
静寂が戻る。
数秒後。
蓮の前に黒い魂が浮かび上がった。
これまで拾ってきた妖魂とは違う。
黒い魂の中心に、白い光が混ざっている。
蓮は慎重に手を伸ばした。
指先が触れた瞬間。
――ビリッ。
頭の中に映像が流れ込んできた。
暗い部屋。
無数の機械。
並べられた妖怪の死体。
一人の人間。
白衣を着た男が、巨大な水槽を覗き込んでいる。
『試験体・零七、妖魂移植を開始します』
別の声が聞こえる。
『適合率は?』
『二十三パーセント』
蓮の身体が固まった。
二十三パーセント。
自分と同じ数字だ。
映像の中で、白衣の男が振り返る。
顔は見えない。
それでも。
その男が誰かを知っているような気がした。
『器は、まだ足りない』
映像が途切れる。
蓮は息を呑んだ。
同時に、頭の中へ機械音声が響く。
《Aランク妖異の討伐を確認》
《妖魂の取得に成功しました》
《特殊な妖魂を確認》
《固有能力――『妖気感知』を獲得しました》
蓮の視界が一瞬だけ白く染まる。
次の瞬間。
周囲の妖気が、はっきりと感じ取れるようになった。
建物の中。
道路の下。
遠くの山。
そこに存在する妖気が、まるで空気の温度のように伝わってくる。
「……妖気を感じられる」
蓮は拳を握った。
その能力があれば、妖怪を探すだけではない。
妖怪がどこにいるのか。
どれほど強いのか。
そして――。
人間の中に妖気が存在するかどうかまで分かる。
「神谷さん!」
政府職員が駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか?」
「俺は平気です」
蓮は倒れた零七を見る。
その巨体は、もう動かない。
けれど、 蓮の頭には、さっきの映像が残っていた。
二十三パーセント。
十年前。
妖魂移植。
試験体。
そして、白衣の男。
「……あいつらは」
蓮が呟く。
「妖怪を作ってる」
「え?」
「百目鬼も、こいつも自然に生まれた妖怪じゃない」
蓮は政府職員を見る。
「誰かが、妖怪の魂を弄ってる」
女性の顔から血の気が引いた。
そのとき。
蓮の新しい能力――妖気感知が、何かを捉えた。
「……待って」
「どうしました?」
蓮は振り返る。
数百メートル先。
民家の屋根。
そこに、微かな妖気がある。
妖怪ではない。
人間だ。
けれど。
普通の人間とは明らかに違う。
「誰かいる」
「討伐士ですか?」
「分からない」
蓮は目を細める。
屋根の上にいた人影が、ゆっくりと立ち上がった。
黒いコート。
顔は見えない。
その人物は蓮を見下ろしている。
そして。
口元だけを僅かに笑わせた。
「……見つかったか」
次の瞬間。
人影が消えた。
「待て!」
蓮は走り出す。
けれど、屋根にはもう誰もいなかった。
残されていたのは、一枚の黒い札だけ。
蓮が拾い上げる。
そこには、たった一文字。
――**拾**。
蓮の背後で、政府職員が息を呑んだ。
「神谷さん……」
「何ですか?」
「その文字……」
彼女の声が震える。
「十年前の妖異災害で、政府が回収した資料に――同じ印が残されています」
蓮は黒い札を見つめた。
十年前。
最初の妖怪拾い。
そして今。
自分の前に現れ始めた、謎の妖怪たち。
すべてが、同じ場所へ向かっている。
その先にいるのは。
一体、誰なのか。
蓮は黒い札を握り締めた。
「……行くしかないな」
妖怪拾いとしてではない。
自分自身の過去を知るために。
そして。
十年前に消えた、もう一人の妖怪拾いを探すために。
蓮は歩き始めた。




