第13話 妖怪に狙われた妖怪拾い
―――――――――――――
**東京都八王子市・高尾山麓**
**午前二時三十四分**
―――――――――――――
黒い妖気が、山全体を覆っていた。
木々の葉がざわめき、地面には無数の亀裂が走っている。
討伐士たちは距離を取っていた。
誰も攻撃しない。
攻撃するほど、あの妖怪は強くなる。
すでにそれを全員が理解していた。
蓮は刀を構えたまま、目の前の妖怪を見つめる。
「お前……俺と同じって言ったよな」
「ああ」
妖怪は楽しそうに笑った。
「喰らえば強くなる。お前もそうだろう?」
「俺は妖怪を倒して、妖魂を拾っているだけだ」
「それを喰らうと言うんだ」
妖怪の身体にある無数の目が、一斉に蓮へ向いた。
「お前の中には、いくつもの妖怪がいる」
その言葉に、蓮の表情が険しくなる。
鬼。
餓鬼。
河童。
大百足。
天狗。
ろくろ首。
そして、大鬼。
確かに自分の中には、倒した妖怪たちから得た力が存在している。
「どうして、それを知っている?」
「匂いだ」
妖怪は自分の鼻を指差した。
「妖魂を喰らった者には、普通の人間とは違う匂いがする」
「……俺以外にもいるのか?」
「少なくとも、俺は初めて見た」
妖怪の笑みが消える。
「だから、お前が欲しい」
「俺を?」
「そうだ」
妖怪の身体が低く沈んだ。
「お前を喰らえば、俺はもっと強くなれる」
次の瞬間、姿が消えた。
「っ!」
蓮は反射的に横へ飛ぶ。
直後、地面が爆発した。
巨大な拳が地面を砕き、土砂が周囲へ飛び散る。
蓮は木の幹を蹴って方向を変えた。
そのまま妖怪の背後へ回り込む。
「風刃!」
風の刃が走った。
妖怪の背中が裂ける。
黒い血が飛び散った。
妖怪は振り返らない。
その背中にあった目が、蓮を捉えていた。
「見えているぞ」
「なっ!」
背中から腕が生えた。
蓮は刀で受け止める。
凄まじい力で押し込まれる。
「くっ……!」
蓮は鬼腕を発動した。
互いの力がぶつかる。
地面が沈む。
「その力……鬼か」
「……!」
「なら、こうだ」
妖怪の腕が突然膨れ上がった。
筋肉が盛り上がり、赤黒い皮膚へ変わっていく。
その腕には、鬼のような角まで生えていた。
「鬼腕……?」
蓮が目を見開く。
妖怪は笑った。
「お前の力を見た」
拳が振り抜かれる。
蓮は金剛体で受けた。
それでも身体が吹き飛ぶ。
「ぐあっ!」
木を三本ほどなぎ倒し、地面を転がる。
身体を起こした蓮は、口元の血を拭った。
「……能力まで真似るのか」
「完全には無理だ」
妖怪は自分の腕を見つめた。
「俺が見た力を、一時的に取り込むだけだ」
「それなら――」
蓮は刀を握り直した。
「使わせなければいい」
風刃を消す。
鬼腕も使わない。
金剛体だけを残す。
妖怪が首を傾げた。
「どうした?」
「お前は俺の能力を真似るんだろ?」
「ああ」
「なら、俺が何をするか分からない状態ならどうだ?」
蓮は走った。
妖怪も迎え撃つ。
拳が迫る。
蓮は身体を沈めてかわした。
続けて伸縮を使い、腕を伸ばす。
妖怪の足を掴む。
「なに?」
そのまま一気に引いた。
妖怪の身体が傾く。
蓮は地面を蹴って飛び上がった。
空中で身体をひねり、妖怪の首へ刀を振り抜く。
「――そこだ!」
刀が首へ食い込む。
妖怪の動きが止まった。
「ぐ……!」
蓮はさらに力を込める。
ところが。
妖怪の身体中にある目が、すべて蓮を見た。
「覚えた」
「……!」
妖怪の首から、別の口が開いた。
「伸縮」
次の瞬間。
妖怪の首が異様な長さまで伸びた。
蓮の身体が持ち上げられる。
「うわっ!」
そのまま地面へ叩きつけられた。
土煙が舞う。
「これで、お前の力は俺のものだ」
妖怪が笑う。
「鬼も、風も、伸びる力も」
蓮は地面に手をついた。
身体中が痛い。
自分が使ってきた能力を、目の前の妖怪が次々と再現している。
このままでは勝てない。
「……参ったな」
蓮は小さく呟いた。
そのとき。
頭の中に声が響いた。
《所持妖魂との共鳴を確認》
《対象妖異が、所持能力の模倣を開始》
《特殊条件を満たしました》
《新規機能を解放します》
蓮の目の前に、新しい表示が浮かんだ。
《妖魂解析》
「妖魂解析……?」
その言葉を口にした瞬間。
目の前の妖怪の身体が、まるで透けたように見えた。
「……なんだ、これ」
皮膚の下に流れる黒い妖気。
無数に存在する妖魂の欠片。
そして、その中心。
胸の奥にある巨大な黒い核。
蓮には、それがはっきり見えていた。
「核……」
妖怪の動きが止まった。
「何を見ている?」
「お前の弱点だよ」
妖怪の顔から笑みが消えた。
「……!」
蓮は立ち上がった。
身体の痛みは消えていない。
それでも、今までとは見えている世界が違う。
妖怪の攻撃。
妖気の流れ。
力の中心。
すべてが分かる。
「そういうことか」
蓮は刀を構えた。
「お前は俺の能力を真似している」
一歩踏み出す。
「でも、それは表面だけだ」
さらに一歩。
「本物の妖魂が、どこにあるのかまでは分からない」
妖怪が咆哮した。
「黙れ!」
巨大な腕が振り下ろされる。
蓮は動いた。
拳をかわす。
伸びてくる首を避ける。
背中から生えた腕を、身体をひねって回避する。
攻撃のすべてが、手に取るように分かった。
「そこだ!」
蓮は妖怪の懐へ潜り込む。
刀を逆手に持ち替えた。
そして。
妖怪の胸へ突き刺す。
「ぐ……!」
刀が深く入った。
妖怪の身体から黒い血が噴き出す。
蓮は刀を抜かない。
代わりに、妖魂解析で見えた中心へ力を集中させる。
「これで終わりだ」
「やめろ!」
妖怪が叫ぶ。
初めて、その声に恐怖が混じった。
「お前は……俺を喰うのか!」
蓮の手が止まる。
「……そうか」
蓮は妖怪を見つめた。
「お前も分かっていたんだな」
妖怪は答えない。
蓮は刀を押し込む。
「だったら、拾わせてもらう」
刀が妖魂の核を貫いた。
黒い光が爆発する。
妖怪の身体が大きく揺れた。
「ぐおおおおおおっ!」
山中に絶叫が響き渡る。
無数の目が一斉に閉じた。
そして。
巨大な身体が崩れ落ちる。
静寂が戻った。
蓮は刀を抜いた。
目の前に、これまでとは比べものにならないほど濃い妖魂が浮かんでいる。
「……これを拾えば」
手を伸ばす。
黒い魂に触れた瞬間――。
《Aランク妖異の討伐を確認》
《妖魂の取得に成功しました》
《固有能力『妖魂解析』を獲得しました》
《特殊能力『模倣耐性』を獲得しました》
さらに。
《対象妖異の記録を解析します》
《名称――百目鬼》
蓮は目を見開いた。
「百目鬼……」
妖怪の正体が判明した。
その直後。
《警告》
《対象妖異の妖魂に、特殊な干渉痕跡を確認》
蓮の表情が変わる。
「干渉痕跡?」
新たな表示が浮かぶ。
《自然発生した妖魂ではありません》
「……え?」
蓮は固まった。
百目鬼が、ただの妖怪ではなかった。
誰かが。
何かが。
この妖怪の妖魂に手を加えていた。
その事実に、蓮が気づいた瞬間。
遠くから女性職員の声が聞こえた。
「神谷さん!」
蓮は振り返る。
「どうしました?」
女性職員が端末を持ったまま駆けてくる。
「今、政府の監視システムが妙な反応を――」
そこで彼女の言葉が止まった。
蓮の周囲に漂う黒い妖気。
そして、倒れた百目鬼。
「……また、一人で倒したんですか?」
「はい」
「Aランクを……?」
「たぶん」
女性職員は頭を抱えた。
「あなた、一晩でAランクを二体って……」
蓮は苦笑する。
けれど、その視線は倒れた百目鬼から離れなかった。
妖魂解析。
模倣耐性。
そして、誰かによって干渉された妖魂。
「……妖怪を倒せば強くなる」
蓮は自分の手を見つめた。
「それだけじゃないのかもしれないな」
妖怪がなぜ現れたのか。
妖魂とは何なのか。
そして――。
自分の「妖怪拾い」という職業は、いったい誰が与えたものなのか。
新たな疑問が、蓮の中に生まれていた。
その答えを知る者は、まだ誰もいない。
ただ一つ。
蓮が妖魂を拾い続ける限り、少しずつその謎へ近づいていくことだけは確かだった。
―――――――――――――
そして同じ頃。
東京のどこか。
暗い部屋の中で、一人の男がモニターを見つめていた。
そこには、百目鬼の討伐記録が表示されている。
「……失敗か」
男は小さく呟いた。
画面には、神谷蓮の名前。
その横には、
**【妖怪拾い】**
という職業名が表示されていた。
「まさか、あれを拾うとはな」
男は笑った。
「神谷蓮……」
「お前がどこまで拾えるのか、見せてもらおうか」
モニターの光だけが、暗い部屋を照らしていた。




