第12話 倒されるほど強くなる妖怪
―――――――――――――
**東京都八王子市・高尾山麓**
**午前二時二十七分**
―――――――――――――
山の中から、爆発音が響いた。
蓮は木々の間を駆け抜けながら、前方へ視線を向ける。
夜の山を照らしているのは、討伐士たちが放つ魔術の光だった。
「見えた」
木々の向こうに、複数の人影がある。
政府が派遣した討伐隊。
人数は十人以上。
その全員が、一体の妖怪を取り囲んでいた。
「全員、距離を取れ!」
誰かが叫ぶ。
直後、山肌が大きく揺れた。
「ぐあっ!」
「うわぁっ!」
討伐士たちが次々と吹き飛ばされる。
蓮は足を止めた。
「……あれが今回の妖怪か」
闇の中に立っているのは、人間によく似た姿をした妖怪だった。
身長は二メートルほど。
黒い長髪。
青白い肌。
そして、身体中に無数の目が開いている。
顔。
腕。
胸。
背中。
まるで身体そのものが目で覆われているようだった。
その妖怪が、ゆっくりと討伐士たちを見回す。
「また……強くなった」
低い声だった。
その言葉に、蓮は眉をひそめた。
「強くなった?」
「神谷!」
後ろから声が飛んできた。
先ほどの女性職員だった。
「来てしまったんですね!」
「緊急通知を見たので」
「すぐに離れてください! あれは普通のAランクではありません!」
「どういう意味です?」
女性職員は苦い顔をした。
「討伐隊が一度、首を落としたんです」
「……それで?」
「再生しました」
蓮は妖怪を見る。
確かに首元に傷跡がある。
「その後、腕を一本切り落としました」
女性職員が続けた。
「すると、次に生えてきた腕が以前より強くなったんです」
「……」
「攻撃するたびに、耐性を獲得している可能性があります」
その言葉を聞いた瞬間。
蓮は目を細めた。
「倒されるほど、強くなる……」
「はい」
妖怪がこちらを向いた。
身体中の目が一斉に蓮を見る。
「お前は……違う」
「何が?」
「お前から、妖怪の匂いがする」
蓮の表情が変わった。
「……俺が?」
「たくさん喰らったな」
妖怪が笑う。
「いくつもの妖魂を」
蓮は刀の柄へ手を添えた。
どうして、この妖怪が妖魂のことを知っている。
その疑問が頭をよぎる。
けれど、今は考えている場合ではない。
妖怪が動いた。
「来る!」
討伐士の一人が叫ぶ。
妖怪が地面を蹴った。
蓮は横へ飛んだ。
直後、木が数本まとめて吹き飛ぶ。
「速い……!」
蓮が着地すると、妖怪の腕が伸びてきた。
蓮は鬼腕を発動させ、刀で受け流す。
金属を叩いたような音が響いた。
「重い!」
そのまま後ろへ飛び退く。
妖怪は追ってこない。
代わりに、身体中の目が赤く光った。
「来るぞ!」
蓮が叫ぶ。
次の瞬間、地面から黒い棘が突き出した。
「うっ!」
足元をかすめる。
一本。
二本。
三本。
まるで蓮の動きを読んでいるかのように、棘が次々と追いかけてくる。
「風刃!」
蓮は風の刃を放った。
黒い棘が切断される。
そのまま妖怪へ向かって風刃を飛ばす。
――ズバッ。
胸元が切り裂かれた。
妖怪が後退する。
「効いた……!」
蓮が構える。
その直後だった。
切り裂かれた傷口から、黒い肉が盛り上がった。
傷が塞がっていく。
そして。
妖怪の胸に、新しい目が一つ開いた。
「……!」
その目が蓮を見つめる。
「風を覚えた」
妖怪が呟く。
蓮の背筋に嫌な感覚が走った。
「まさか……」
もう一度、風刃を放つ。
妖怪は避けなかった。
風刃が身体を切り裂く。
ところが。
今度は傷口から風が吹き出した。
「なっ……!」
妖怪の身体を覆っていた黒い肉が、風をまとっていく。
「覚えたぞ」
妖怪が笑った。
次の瞬間。
猛烈な突風が吹き荒れた。
「くっ!」
蓮は地面へ刀を突き刺し、身体を支える。
木々が次々と倒れていく。
「こいつ……俺の能力を!」
女性職員が叫んだ。
「神谷さん、攻撃を止めてください!」
「分かりました!」
蓮は風刃を解除する。
妖怪が首を傾げた。
「なぜ使わない?」
「教える必要はないだろ」
蓮は刀を構え直した。
妖怪の目が細くなる。
「面白い」
再び突進。
蓮は鬼腕で迎え撃つ。
拳と拳がぶつかった。
「ぐっ……!」
蓮の身体が押される。
力では互角。
いや、少しずつ押し負けている。
蓮は伸縮を使い、腕を伸ばして距離を取った。
そのまま木の幹を掴み、一気に身体を引き寄せる。
妖怪の頭上を飛び越えた。
「そこだ!」
背後から刀を振り下ろす。
妖怪の肩が大きく裂けた。
黒い血が飛び散る。
その傷口から、また目が生まれた。
「また覚えた」
「……厄介だな」
蓮は着地する。
攻撃すればするほど相手が強くなる。
風刃は使えない。
同じ攻撃も繰り返せない。
それなら。
「一撃で終わらせるしかないか」
蓮はゆっくりと息を吸った。
鬼腕を最大まで引き上げる。
さらに金剛体を発動。
身体の奥から力が湧き上がる。
「神谷さん!」
女性職員が叫ぶ。
「危険です!」
「分かっています」
蓮は拳を握った。
これまで拾ってきた力を、一つずつ思い出す。
餓鬼。
鬼。
河童。
大百足。
天狗。
ろくろ首。
そして大鬼。
自分は妖怪を倒して、妖魂を拾ってきた。
その力を、自分の力として使っている。
なら――。
「こいつに覚えさせる力がなければいい」
蓮は走った。
妖怪も同時に踏み込む。
拳が迫る。
蓮は避けなかった。
金剛体で受け止める。
「ぐっ……!」
身体が軋む。
それでも前へ進む。
妖怪の懐に入る。
「これで――!」
鬼腕。
金剛体。
伸縮。
すべてを重ねる。
伸ばした腕を限界まで引き、反動を利用して拳を叩き込んだ。
――轟ッ!
妖怪の身体が宙へ浮いた。
そのまま十メートル以上吹き飛び、大木を何本もなぎ倒していく。
地面へ叩きつけられた妖怪は、しばらく動かなかった。
「……倒した?」
誰かが呟いた。
蓮も息を整えながら見つめる。
妖怪の身体が、ゆっくり起き上がった。
「やっぱり、そう簡単にはいかないか」
蓮が刀を構え直す。
ところが。
妖怪は蓮を見たまま、突然笑い始めた。
「面白い」
「……?」
「お前は、俺と同じだ」
妖怪の身体から、黒い妖気が噴き出す。
「喰らって、強くなる」
その言葉と同時に。
蓮の身体の奥で、妖魂が震えた。
五つ。
これまで拾ってきた妖魂が、一斉に反応する。
《警告》
《高濃度妖気を検知》
《所持妖魂との共鳴率が上昇しています》
「また……妖魂共鳴?」
蓮は自分の胸元を押さえた。
心臓が激しく鼓動している。
その瞬間。
妖怪の背後に、巨大な黒い影が浮かび上がった。
それは妖怪の姿ではなかった。
人間のようにも見える。
鬼のようにも見える。
そして、その影には――。
蓮と同じように、いくつもの黒い光が集まっていた。
「……なんだ、あれ」
女性職員が呟く。
妖怪は笑う。
「ようやく見つけた」
「何を?」
「俺と同じ器を持つ人間を」
蓮の表情が凍った。
妖怪の身体から、さらに強烈な妖気が溢れ出す。
そして――。
その姿が、ゆっくりと変化を始めた。
まるで何か別の存在へ、進化するように。
蓮は刀を握り直した。
「……こいつを倒したら、何を拾えるんだ?」
自分でも気づかないほど、その声には興奮が混じっていた。
妖怪が笑う。
「来い、人間」
「お前がどこまで喰らえるのか――」
「俺が確かめてやる」
高尾の山に、再び轟音が響き渡った。




