第11話 日本中に知られた妖怪拾い
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**東京都江東区・臨海工業地帯**
**午前零時十二分**
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サイレンの音が、次第に近づいてきた。
蓮は倒れた大鬼を見つめながら、荒くなった呼吸を整えていた。
身体のあちこちが痛む。右肩から流れた血はまだ止まっていない。それでも、立っていられる。
先ほどまで自分を圧倒していたAランク妖怪は、もう動かない。
「……本当に倒したんだな」
口に出してみても、実感が湧かなかった。
数日前まで、蓮は妖怪の死体を回収するだけの男だった。
勇者パーティの最後尾で、戦闘が終わるのを待つ。
仲間が妖怪を倒せば、その死体を拾う。
それが自分の仕事だと思っていた。
ところが今は、自分一人でAランク妖怪を倒している。
「変な話だな……」
蓮は苦笑した。
そのときだった。
「神谷蓮!」
大声が響いた。
振り返ると、妖異対策本部の討伐隊が現場へ駆け込んでくる。
先頭にいたのは、数日前から蓮の記録を追っていた女性職員だった。
「無事ですか?」
「一応」
「一応って……」
女性職員は蓮の身体を見て、それから大鬼へ視線を移した。
巨大な死体。
そして、その前に立つ一人の青年。
彼女は何度か瞬きをした。
「……本当に、あなた一人で?」
「はい」
「討伐隊が到着する前に?」
「そうなります」
女性職員は言葉を失った。
彼女はこれまで、蓮の記録を何度も確認してきた。
餓鬼。
河童。
大百足。
天狗。
ろくろ首。
そして、Aランク大鬼。
普通の討伐士なら、どれか一つを倒すだけでも大きな実績になる。
蓮は、それを短期間で連続して成し遂げている。
「……あなた、本当に妖怪拾いなんですか?」
思わず口から出た言葉だった。
蓮は少し考えてから答える。
「登録上は、そうなっています」
「登録上は……?」
「俺も、よく分かっていません」
その答えに、女性職員の表情が変わった。
「分かっていない?」
「妖魂を拾えることも、最近知りました。金剛体も、さっき初めて使った力です」
「妖魂……」
女性職員はその言葉を聞いて、すぐに記録端末へ目を落とした。
「やっぱり……」
小さく呟く。
「どうしました?」
「いえ。こちらの話です」
彼女は端末を操作しながら、蓮を見た。
「神谷さん。これから、かなり忙しくなると思います」
「忙しく?」
「今回の討伐は、政府発表の対象になります。Aランク妖怪の単独討伐ですから」
「……そうですか」
「おそらく、明日には全国であなたの名前が知られることになります」
蓮は空を見上げた。
夜空には、まだ大鬼が放った妖気の残滓が漂っている。
「俺の名前が……」
「はい」
少しだけ嫌な予感がした。
今まで蓮は、誰にも注目されていなかった。
それが楽だった。
妖怪を倒しても、素材を拾うだけの男だと思われていたからこそ、余計なことを考えずに戦えた。
これからは違う。
「……面倒そうですね」
「でしょうね」
女性職員は苦笑した。
「ですが、あなたにはもう一つ問題があります」
「問題?」
「ランクです」
蓮は端末を見る。
現在の表示は、
【討伐士ランク:C】
だった。
「Aランクを倒したのに、Cランクのままなんですね」
「ランクは討伐実績だけで即時変更されるわけではありません。審査や能力確認も必要です」
「なるほど」
「ただ……」
女性職員が少し困ったような顔をする。
「次の審査で、かなり上がる可能性があります」
蓮は大鬼の死体を見た。
「俺は、強くなっているんでしょうか」
「え?」
「自分では、よく分からなくて」
数日前の自分なら、Aランク妖怪を前にした時点で逃げていただろう。
今は違う。
恐怖はある。
痛みもある。
それでも、戦える。
そして勝てる。
「……強くなっていると思います」
女性職員は、はっきり答えた。
「少なくとも、数日前のあなたとは別人です」
その言葉を聞き、蓮は黙って自分の手を見つめた。
鬼腕。
風刃。
伸縮。
そして、金剛体。
妖怪を倒すたび、自分の中に新しい力が増えていく。
この先も妖怪を倒し続ければ、さらに力を得られるのだろう。
その考えは、今までなら嬉しいだけだった。
けれど、今日初めて別の疑問が浮かんだ。
(…俺は、どこまで強くなるんだ?)
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**東京都内・ニュース速報**
**午前一時三十分**
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『本日午後十一時過ぎ、東京都江東区で発生したAランク妖異について、政府は討伐が完了したと発表しました』
テレビ画面に、大鬼の映像が映し出される。
『今回の妖異を単独で討伐したのは、妖怪討伐士の神谷蓮さん、二十一歳』
『神谷さんは現在Cランクですが、短期間で複数の妖怪を単独討伐しており――』
そのニュースを、蓮は自宅のテレビで見ていた。
「……俺、二十一歳って全国放送されるんだな」
思わずため息が出る。
スマートフォンを見ると、通知が止まらない。
政府からの連絡。
討伐士協会からの連絡。
知らない番号からの着信。
さらにSNSには、
『Aランク単独討伐って本当?』
『この人、元勇者パーティのメンバーらしいぞ』
『妖怪拾いって何?』
『追放されたって話もある』
『勇者パーティから追放された男がAランク討伐?』
そんな書き込みが次々と増えていた。
「……広まるの、早すぎるだろ」
蓮はスマートフォンを伏せた。
そのままソファへ身体を預ける。
疲れている。
今日はもう何も考えたくなかった。
ところが。
画面に、一つのニュース記事が表示された。
『元所属パーティ・勇者チームの佐伯蓮司氏、神谷蓮氏についてコメント』
「……佐伯?」
蓮は記事を開いた。
そこには、元仲間である佐伯蓮司の写真が掲載されている。
『神谷とは以前、同じパーティで活動していました』
『彼がAランク妖怪を倒したことについては、正直驚いています』
そこまでは普通だった。
蓮は記事を読み進める。
『ただし、今回の討伐だけで彼が我々Sランクと同等になったとは考えていません』
「……まあ、そうだよな」
蓮は特に腹を立てなかった。
むしろ、その先に書かれていた一文に目が止まった。
『彼には以前から、戦闘以外の部分で優れた能力がありました。今回の結果も、何らかの特殊な要因があった可能性があります』
「特殊な要因……」
その言葉を、蓮は何度も読み返した。
佐伯は知らない。
自分が何を拾っているのか。
そして――。
蓮自身も、まだ分かっていない。
「妖魂って、一体なんなんだ?」
部屋の明かりを消す。
暗くなった部屋の中で、蓮は自分の右手を見つめた。
すると。
手のひらに、一瞬だけ黒い光が浮かんだ。
「……また?」
光はすぐに消えた。
蓮が眉をひそめる。
今までとは違う。
妖魂を拾ったときの感覚ではない。
もっと深いところから何かが反応したような――。
その直後。
スマートフォンが鳴った。
政府からの緊急通知だった。
【緊急妖異情報】
【発生地域:東京都八王子市】
【対象:不明】
【危険度:Aランク相当】
【現在、複数の討伐士が交戦中】
蓮は画面を見つめる。
そして、最後の一文に目を奪われた。
【現場より報告】
【対象妖異が、討伐士の攻撃によって能力を変化させている可能性あり】
「……能力を、変化させる?」
蓮はゆっくり立ち上がった。
疲労は残っている。
それでも、胸の奥では何かが騒いでいた。
妖怪を拾えば、力を得られる。
もし逆に――。
妖怪のほうも、倒されるたびに強くなるのだとしたら。
「面白いな」
蓮は刀を手に取った。
そして、再び夜の街へ向かう。
Aランクを倒したばかりの青年に、休む時間は与えられなかった。
次の相手は――。
これまでの妖怪とは、何かが違う。




