2.outburst
私たちは駅へ向かって歩いていた。
「やっと覚悟ができたのに……。」
彼女が、ぽつりと口を開く。
「何の覚悟?」
瑠璃が聞く。
「死ぬ覚悟に決まってるでしょ。」
「死にたかったの?」
「幸せな人には分からないんだよ。私の辛さが……。」
「私には幸せそうに見えるけどね。」
「……は?」
「あなたより不幸な人は死ぬほどいるよ。」
「そんな決まり文句、聞き飽きた。」
「ちゃんとした事実だよ。頭では理解してるんでしょ。
でも、相対的に見れなくなるよね。
自分が、絶対的に不幸だと思ってしまう。」
「……。」
「色々教えて。私たちが解決してあげよう!」
「なに“解決”とか舐めたこと言ってるの。」
「それはごめんなさい。」
怒るのも当然だし凄いドヤ顔なのも納得がいかない。
〝私達〟に私まで入っているのも。
「仲良くなったなぁ。」
とりあえず私は、近所のおじさんみたいなフォローを入れておいた。
暫くして彼女が言う。
「私、今日も誰とも話さなかったの……。
あなたたちの会話が初めて。」
「……。」
瑠璃は、黙っている。
「親とかの顔も覚えてないし友達もいないの……。
昔、いじめられたりもしたし。」
「……。」
「自分的には空気読んでるつもりなんだけどね。
親の機嫌も学校の子たちの機嫌もとってるつもりなんだけどね…。」
そう言って、彼女は無理に笑った。
「普通のことをしてるはずなのに、
それでも、どこか浮いてる気がして。
嫌われてるんじゃないかって……。」
一度、言葉が途切れる。
「もう何がダメなのかも分からない…。」
「ねぇ……。
どうしたら普通の人になれるのかな……。」
それは問いかけというより、
胸の奥に溜めていたものが零れたものの様だった。
涙声だったが涙は出ていない。
引きつった笑顔のまま、視線を落としていた。
「普通の人だと思うけどな、十分。」
瑠璃がようやく口を開く。
「もう普通だよ。
苦しかったらこうやって話せてるじゃん。」
「……。」
彼女は何も言わなかった。
代わりに、力が抜けたみたいに、
瑠璃の胸に、そっと額を預けた。
私たちは、道の途中で立ち尽くした。
その間、視線や音は意味をなさなかった。
そして彼女は口を開く。
「……もう、嫌だ。」
掠れる声が私たちだけに響いた。
「大丈夫だよ……。」
瑠璃はただ、彼女の頭を撫でていた。
少しして、
「ほら。まず、ご飯を食べに行こ。」
瑠璃は、彼女の手を引いて言う。
「食べ物は、すべての根源だよ!」
彼女も同じ足取りで前へ進んだ。
暫くして私たちは駅に着いた。
改札前で、
「お金、ある?」
瑠璃が聞く。
「定期なんで。」
「進んでるねぇ……。」
「私も、定期だけどな。」
「あ、そうだったの?」
そんなやり取りをしながら、改札を通る。
「電車、すぐ来るね。あと二分だって。」
「おぉ。いいね。」
「……。」
彼女は、黙っている。
改札を通った後、エスカレーターではなく、みんなで階段を降りた。
「喋らないの?」
「人と会話するの、久しぶりすぎて。何を話せばいいか分からなくて……。」
「適当に会話に入ってくればいいんだよ。」
「頑張る……。」
瑠璃のコミュ力には、いつも驚かされる。
「学校、ちゃんと行ってるの?」
「一応……。」
「偉いのね。
私だったら、全然サボるけどなぁ……。」
「ダメだろ。ちゃんと行けよ。」
思わずわたしがツッコミを入れた。
その時彼女の口元に、少し笑みが零れた。
「名前、なんて呼べばいい?」
「みおなでいいよ。」
「下の名前で呼んでいいの!?」
「……うん。」
視線を、少し逸らす。
「嬉しい!
澪奈ね! 澪奈。」
「……そんな呼ばなくていいんじゃない?」
「ねぇ、澪奈。
何食べる? 澪奈。」
「だから……。」
彼女は表情には出てないが、照れ臭そうに言った。
「定期って、どんな感じなの? 見せて!」
「どうもこうもないと思うけどな。」
そう言いながら、澪奈は瑠璃に手渡した。
「すごっ。いろいろ書いてあるよ!」
そう言って、今度は私にも見せてくる。
「だから私もそれだって。」
「あぁ、そっか。」
当然、ただの定期だ。
しかし、そこに並んでいる個人情報は思ったよりも多かった。
名前は清坂澪奈。
都内の高校に通っていること。
定期一枚でそれが見て取れた。
「もう、いいでしょ。
ほら……。」
「あぁ、ごめんごめん。」
そのとき、列車接近のアナウンスが鳴った。
「電車、来るね。
どこ行く?」
「隣の駅でご飯でいいんじゃない?
澪奈は何か食べたいものある?」
「私はなんでも大丈夫です。」
「えぇ!? もったいないよ!?
この人の奢りなんだよ!?」
「おい。」
彼女は少し笑みを浮かべた。
私たちは、到着した電車に乗り込む。
「肉と魚だったら、どっちが好き?」
「魚かな……。」
「私も! じゃあ、寿司にしよう。」
「そんなに高いところは行けないからな。」
「わかってる、わかってる!」
電車の中の時間はあっという間に過ぎていき、
やがて私達は隣の駅に着いた。




