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FXで破産した俺、地下40kmから人生をやり直す  作者: 旗良北 九内
地下で生きる

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4/26

適正検査

 翌朝。

 昨日の疲れが残っていたのか、目を覚ましたのはいつもよりずっと遅かった。

 身体を起こしても、まだ少しだけ重い。19時間の移動に、着いたその日に仕事までしたのだから当然かもしれない。


 顔を洗って身支度を済ませ、寮を出る途中でコンビニに寄った。

 朝食代わりに買ったのは、岩鱒の塩焼きおにぎり1つ。

 岩鱒。地下水路や地底湖で養殖されている、鮭や鱒に近い魚らしい。

 歩きながら包みを開けて1口かじる。


「……うま」


 昨日から、こんなことばかり言っている気がする。

 味は鮭に近い。でも少し脂が強くて、塩気の向こうにちゃんと魚の旨味がある。米との相性もいい。

 ただのコンビニのおにぎりなのに、普通に美味い。

 地下に来てから、食べ物の当たりが妙に多い。

 そんなことを考えながら歩いているうちに、時計は11時前になっていた。



◇



 俺は中央駅の近くにある新人センターへ来ていた。

 地上から来た人間向けの窓口をまとめた施設らしく、建物は思っていたより大きい。

 入口を入ると、『生活相談』『就労案内』『魔素順応相談』『資格登録』『探索者案内』と案内板が並んでいる。

 目的の魔法適性検査も表示されていたが、矢印を追うと1度2階へ上がり、そこから連絡通路を渡って別棟へ行くらしい。


「……分かりづらいな」


 案内板とスマホを交互に見ながら、右へ行って、やっぱり左へ戻る。


「兄ちゃん、何探してんの?」


 後ろから声をかけられた。

 振り返ると、俺より少し年上に見える男が立っていた。使い込まれた探索用の上着に、小さな肩掛けバッグ。手には薄い端末を持っている。

 そして何より耳に残ったのは、軽い関西弁だった。


「魔法適性検査です」

「ああ、それならこっちちゃうで」

「え」

「この階段上がって、奥の連絡通路渡るんや。別棟の2階。案内ちっちゃいから初見やとだいたい1回間違う」


 やっぱり俺だけではなかったらしい。


「助かります。案内見てもよく分からなくて」

「新人センター言うくせに、新人に優しくない造りしとるやろ」

 男が笑った。


「俺もそっち行くから、途中まで一緒に行こか」

「ありがとうございます」


 並んで階段を上がる。


「昨日来たばっか?」

「分かります?」

「歩き方が観光客やもん」

「そんなに?」

「嘘や。靴が綺麗やったから」


 笑われた。

 妙に距離が近い人だ。


「何日前?」

「昨日です」

「昨日!? ほな、まだ何見てもおもろい頃やな」


 その言い方に少し引っかかった。


「もしかして、地上出身ですか?」


 男が少しだけ目を丸くしたあと、笑った。


「お、分かる?」

「喋り方でなんとなく」

「せやで。地上から降りてきた組」


 地下へ来てから、初めて会った地上出身者かもしれない。それだけで少し親近感が湧いた。


「地上組見つけると、ちょっと嬉しなるんよ。ここ、慣れるまで何でも変やろ」

「変というか、まだ全部珍しいです」

「それでええねん。そのうち慣れる」


 連絡通路の手前で、男が足を止めた。


「ここ渡って右。床の青い線追ったら検査受付や」

「ありがとうございます」

「ほな新人、頑張りや」


 そう言って、男は別の廊下へ曲がっていった。名前も聞かなかった。何の仕事をしているのかも分からない。ただ、地下で普通に暮らしている地上出身者がいる。その事実が、少しだけ心強かった。

 教えられた通り青い線を辿ると、今度はすぐに見つかった。


【魔法適性検査 受付】


 受付で登録証を出すと、職員が画面を確認した。


「地下就労支援で入域された方ですね。初回検査は無料です」

「無料?」


 思わず聞き返した。


「はい。案内メールにも記載があります」

「……そうですか」


 また案内メールだった。昨日、寝る前にちゃんと読もうと思っていたことを思い出す。読んでいない。


 受付を済ませると、小さな検査室へ通された。

 机の上には透明な板と、両手を置ける大きさの黒い測定盤。

 その向こう側には、紙コップを片手にした女性が1人立っていた。


 30代前半くらいだろうか。少し長めの髪をラフにまとめ、動きやすそうな上着を着ている。気取らない格好なのに、こちらを見る目だけは妙に鋭かった。


「水原圭さん?」

「はい」

「鳴海トウカ。基礎魔法の講師。今日は検査と結果の説明を担当するわ」


 ものすごくざっくりした自己紹介だった。


「先生なんですか?」

「失礼ね。これでも一応」


 一応なんだ。

 鳴海先生は紙コップを机の端へ置き、黒い測定盤を指した。


「じゃ、両手ここ。力まなくていいから」


 言われるまま掌を載せると、黒い板の中を細い光が走った。白、青、赤、緑。何色もの筋が指の下から広がっていく。


「おお……」

「そんなに楽しい?」

「ちょっと」


 それだけで少し楽しい。俺の身体の中にある何かが、魔素と反応している。その事実だけで妙にわくわくした。


 数分後、机の端末に結果が表示された。


【魔力量 やや高】

【魔素親和性 標準】

【制御適性 高】

【基本属性(火、水、風、雷、氷) 適性なし】

【回復属性 適性なし】

【特殊属性 支援魔法:突出】


 鳴海先生が俺の隣へ来て、画面を覗き込んだ。

 近い。


 ラフな格好に気を取られていたが、こうして横顔を間近で見るとしっかり美人だった。すっと切れ長の涼しげな目元に、通った鼻筋。ふわりと、甘すぎない香水の匂いがした。

 一瞬だけ心臓が跳ねる。俺がわずかに身体を引いたことにも気づいていないのか、鳴海先生は画面へ顔を近づけたまま数字を追った。


「魔力量はやや高め。制御もいい。親和性は普通」

「おお」

「基本属性は……なし。回復もなし」

「……マジか」


 昨日、ナギさんが宙に浮かべていた水球を思い出す。あれを自分でもやってみたかった。


「水球は?」

「無理ね」

「指から火とかも?」

「それも無理」

「……結構楽しみにしてたんですけど」

「残念だったわね」


 容赦がない。思っていたより、普通にショックだった。

 その横で、鳴海先生の指が最後の項目で止まる。さっきまで淡々と結果を読んでいた目が、そこで初めて少しだけ変わった。


「……あら」

「なんです?」

「ちょっと待って。これ、面白いわ」


 画面を指で拡大し、何か別の数値を確かめ始める。俺には似たような波形にしか見えないが、鳴海先生は数秒見比べてから小さく頷いた。


「支援魔法……突出」

「そこだけ綺麗に跳ねてる。制御も高いし、魔力量も悪くない。支援術士として見れば、かなりいい結果よ」

「かなり?」

「少なくとも、結果だけ渡して帰すのはもったいないくらいには」


 基本属性が全滅した直後なので、喜んでいいのか少し分からない。それでも『突出』という文字を見直すと、さっきよりは気分が上向いた。


「……支援魔法かあ」

「不満そうね」

「いや、魔法使えるなら嬉しいですけど。火とか水とか、もっと分かりやすいの想像してたんで」


 鳴海先生は「ああ」と納得したように紙コップへ手を伸ばした。


「分かる。支援魔法ってはっきりいって地味なのよね」

「先生がそれ言うんですか」

「派手じゃないのは事実だから。でも、地味なのと弱いのは別」


 そう言ってから、鳴海先生は一度だけ端末から視線を外した。


「私も昔、探索者やってたの。剣を振り回してたこともあるし、攻撃魔法も使える」

「先生が?」

「その反応、失礼ね」

「いや、今の格好から全然想像できなくて」


 呆れたように言いながらも、本気で怒ってはいないらしい。口元が少しだけ笑っている。


「支援魔法って、あると違うんですか?」


 聞くと、鳴海先生は少し考えた。長い説明を探すような間ではなく、昔の感覚を思い出しているように見えた。


「そうね。前衛なら、あと半歩踏み込める感じ」

「半歩」


 半歩、と言われると大したことがないようにも聞こえる。でも魔獣と向かい合っている最中の半歩なら、たぶん意味は全然違う。


 鳴海先生はもう一度検査結果へ目を落とし、最後の『支援魔法:突出』を指先で軽く叩いた。

「まあ、これが当たりか外れかは、今ここで決めなくていいわ」

「そうなんです?」

「自分で1回使ってみた方が早い。数字見ながらイメージで色々言ってても分からないでしょ」

「使えるんですか、今日?」

「そのつもり。午後、時間ある?」


 一瞬考えるまでもなかった。


「あります」

「即答ね」

「昨日初めて魔法を間近で見たんですよ。自分でも使えるなら、そりゃやりたいです」


 さっきまでちょっと残念に思っていたのは本当だ。

 でも、支援魔法とはいえ、自分で魔法を使ってみたい気持ちは本当だった。


「じゃあ13時。昼食べてから訓練室に来て。何を覚えるかは、それまでにこっちで決めとく」

「今教えてくれないんですか?」

「待てない子ね」

「気になるじゃないですか」

「13時まで待ちなさい」


 取りつく島がない。

 鳴海先生は検査結果を閉じ、空になった紙コップを片手で潰した。


「本当に支援魔法の才能があるのか、午後に確認しましょう」


 時計を見ると、12時を少し回っていた。

 火も水も使えない。その残念さはまだ少し残っている。でも、あと1時間もしないうちに、自分で魔法を使えるかもしれない。


 その前に、まずは昼食を食べよう。

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