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FXで破産した俺、地下40kmから人生をやり直す  作者: 旗良北 九内
地図のその先

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24/26

昇級したのはいいけれど

2章、始まります。

 中級になって3日。俺たちは、また探索者協会の依頼端末の前にいた。

 昇級したばかりだというのに、シズルはもう完全に次へ行く気らしい。


「はやく第5標識行く」

「シズル、ちょっと落ち着け」


 シズルが端末を操作する。表示された中級依頼は、初級の頃とは金額からして違っていた。


 晶灰鉱採取が82万円、鉤爪猿群の個体数調整が110万円、第5標識方面の測量杭再設置が145万円、地脈蒸気孔の2日間継続観測が170万円。


 全部パーティ報酬とはいえ、見慣れない数字が並んでいる。


「……桁、間違ってない?」

「合ってますよ」

「初級の時、5万円とか10万円とかで喜んでたよな?」

「中級ですからね。その代わり、普通に死ぬ仕事も混ざってます」

「……まじ?」


 ナギが地脈蒸気孔の依頼を開く。


 毒性ガスの可能性、耐性装備必須、帰還経路の確保。

 さらに鉤爪猿群の依頼には、最低確認数20体と書いてある。1匹ずつなら慣れた相手でも、群れになれば話が違う。


「なるほど。100万円もらえるんじゃなくて、100万円もらわないと割に合わない仕事なのか」

「そういうことです」


 その横でシズルが別の案件を開いた。


 未確認支路の魔獣排除と最奥確認、基本報酬220万円。危険度は中級上位。


「これ」

「お前絶対、報酬じゃなくて危険度で選んだだろ」


 シズルが迷いなく頷く。


「却下です」


 ナギが呆れた様子で否定する。

 結局その場では受注せず、候補をいくつか端末へ保存して協会を出た。



◇



 向かったのは青灯亭《ブルーランプ》。いつもの席が空いていたけれど、今日はナギが奥の4人掛けを選んだ。

 テーブルに置いた端末を3人で覗けるし、何より今日は少しだけ景気をつけたいらしい。


「中級になったんですし、今日はちょっといいの頼みません?」

「これから借金返す作戦会議なんだけど」

「だからこそですよ。ちゃんと稼ぐ作戦を立てるんですから」

「お肉頼む」


 最初の皿を両手に載せてやってきたミオが、テーブルの上を見て少し目を丸くした。


「あれ。今日はずいぶん頼むんですね」

「そんなに違う?」

「違いますよ。皆さん、いつもはもうちょっと慎重じゃないですか」

「今日は作戦会議なんです」

「へえ。お祝いじゃなくて?」

「借金返すための作戦会議」


 ミオは岩牛の皿を置きながら、残りの料理が来る場所まで空けられたテーブルを見回した。


「……借金返す人のテーブルには見えませんね」

「それ私もちょっと思いました」

「でも肉は必要」

「はいはい。じゃあ景気よく稼いできてください」


 そう言ってミオが笑いながら離れていく。

 しばらくして残りの皿も運ばれてきた。厚切りの岩牛を炭火で焼いたステーキ、地下鱒の香草バター焼き、発光茸と熟成チーズのグラタン。それに黒麦パンと、3人で分ける小さな前菜盛り。皿が並ぶだけで、いつもの夕食より明らかに豪華だった。


 まず岩牛を切る。焼き目のついた表面から肉汁がにじみ、口に入れると強い旨味のあとに炭の香りが残った。柔らかいのに脂っこくなくて、噛むほど味が濃い。


「……うま」


 思わず端末から目が離れた。ナギもグラタンを1口食べて、さっきまでの真面目な顔が分かりやすく緩む。シズルはすでに2切れ目の肉へ行っていた。


「おいしいですね」

「借金返済会議、毎回これにしたら返済遅れそう」

「毎回はだめです」

「毎回がいい」

「シズルはわがまま言わない」


 少し贅沢な夕食を挟んだせいか、依頼表の数字も昼間ほど怖く見えなくなった。

 俺は自分の端末で銀行画面を開き、2人へ見えるように置く。


 借入残高は346万2000円。地下へ来た時から50万円以上減っているとはいえ、まだ笑って済ませられる額じゃない。


「前よりは減りましたね」

「とはいえ、あらためて見るとまだ結構あるよなあ」


 俺の魔力銃はまだ新人向けの貸与品。防具も最低限に毛が生えた程度だ。

 ナギは昔の装備を手入れしながら使っていて、シズルの剣にも細かな傷が増えている。

 中級区域へ進むなら、装備を後回しにするわけにもいかない。


「しばらく、稼ぐ期間にしない?」


 2人が顔を上げる。俺は保存していた依頼一覧を開いた。


「3週間くらい。第5標識の先へ急ぐ前に、中級の仕事を何本か回す。借金を終わらせる。それと、3人とも装備をちゃんと中級用にする」

「高額報酬の依頼受けるつもりです?」

「それはやらない。俺たちが安全に完遂できそうな中で、報酬と追加素材がいいやつをどんどん回す」


 口にしてから、自分で少し変な感じがした。以前なら、どうせ潜るなら1番大きく取れるところへ行きたいと思っていたはずだ。


「いっぱい潜れる?」

「そこは保証する」

「じゃあ、いい」

「私も賛成です。だったら最初は晶灰鉱ですね。想定魔獣も鉱牙鼠と岩殻蟹が中心ですし、指定量を超えた分は買い取ってもらえます」


 端末に表示された基本報酬は82万円。シズルが選んだ220万円案件と比べると地味に見えるけれど、俺たちが何度も戦ってきた相手が中心で、収入の上振れもある。


「地味だけど、金策としては優秀か」

「稼ぐんでしょう?」

「はい」



 その時、カウンターのほうから聞き覚えのある声が飛んできた。


「へえ。なかなか探索者らしくなってきたじゃない」


 声のした方を見ると、カウンター席にトウカ先生がいた。

 仕事帰りなのか、髪が少しだけ崩れている。

 飲みかけのコーヒーを置いて席を立つと、そのまま俺たちのテーブルまで歩いてきた。


「トウカ先生」


 その名前を聞いた瞬間、ナギが目を瞬いた。

 隣ではシズルも、珍しく食事の手を止めて先生の顔を見ている。


「……え。水原さんの先生って、トウカさんだったんですか?」

「知ってるの?」

「そりゃ知ってますよ。昔、かなり有名だった探索者ですよ」

「私も知ってる」


 俺が先生を見ると、本人は露骨に面倒そうな顔をした。


「はいはい、昔の話は終わり。今は新人センターの先生です」

「やっぱり有名人だったんじゃないですか」

「そんなことより……噂は聞いたよ。試験中にとんでもないのが出たんだって?」

「まあ、俺たちが倒した訳じゃないですけどね」

「そこは聞いてる。ちゃんと逃げて、援護に徹したんでしょ? 偉い偉い」


 軽い言い方なのに、トウカ先生は笑いながら俺たち3人の装備を順番に見た。


 俺の腰の魔力銃、ナギの腕当て、最後にシズルの剣。

 目線だけで1周したあと、少し呆れたように息を吐く。


「で、その格好のまま中級依頼を回す気?」

「今まさに装備更新の金を稼ごうって話を」

「なら正解。借金あるからって全部返済に突っ込まないこと。中級からは、防具1枚ケチったせいで治療費の方が高くつくなんて普通にあるから」


 言われると痛い。俺なら少し前まで、装備を後回しにして1円でも多く返済した方が得だと考えていたかもしれない。


「今後しばらく金策期間にする予定です」

「いいんじゃない? 戦い方も固められるし」


 トウカ先生はそう言ってから、俺だけを見た。軽かった目が少しだけ観察するものに変わる。


「君は特にね。今まで1人をちゃんと見る練習ばっかりしてきたでしょ」

「まあ……はい」

「次は2人見なさい」

「2人同時に支援するってことですか?」

「まだそこまでしなくていい。支援をかけるのは1人ずつでいいから、視界と意識からもう1人を消さないこと。」


 簡単に言うけど、想像すると難しい。俺は支援を使う時、相手の姿勢や呼吸、魔力の流れまで追おうとしている。その意識を2人へ広げるとなると、今までと同じやり方では頭が追いつかない。


「優秀な支援術士って、魔法をかけるのが速い人じゃないんだよ。常に戦況全体が見えてる人」


 なるほど。

 頭では理解できるが実際にやるのは難しそうだ。


「……とりあえずやってみます」

「うん。失敗していい依頼からね。いきなり難しい依頼選んだら怒るから」


 その言葉に、3人の視線が同時にシズルへ向いた。


「……選んでない」

「選ぼうとはしました」

「あはは。元気でよろしい」


 トウカ先生は帰りかけて、ふと俺たちのテーブルを振り返った。そして店員を呼び止めると、何やら追加で注文する。


「先生?」

「中級祝い。先生から1皿くらい奢らせなさい」


 追加の料理が出てくるまで、トウカ先生は中級としての心得を教えてくれた。


 暫くして出てきたのは、温かい焼き菓子に冷たい乳蜜アイスを添えたデザートだった。溶け始めたアイスが焼き菓子へ染み込み、食欲をそそらせる。3人分の小皿まで一緒に置かれた。


「わ、これ結構高いやつですよ」

「だから祝いなんでしょ。じゃ、明日からちゃんと稼いで」


 言うだけ言って、トウカ先生は今度こそ帰っていった。シズルは見送るより早く、デザートを3等分し始めている。


「……そんなにすごい人だったの?」


 俺が入口の方を見ながら聞くと、ナギが少し呆れた顔をした。


「水原さん、本当に何も知らずに教わってたんですね」

「本人、昔は探索者だったくらいしか言わないし」

「鳴海トウカっていったら、前衛も後衛もできる万能型で有名だった人ですよ。どっちも一流だったって」

「前に出て斬ってると思ったら、次の戦いでは後ろから魔法撃ってる」


 シズルが淡々と言いながら、切り分けたデザートを俺の前へ滑らせる。


「記録映像、何本か残ってる。すごい」

「シズルがそこまで言うなら相当だな……」

「昔は天才とか、万能探索者とか呼ばれてたみたいです」


 普段のトウカ先生を思い浮かべる。

 紙コップのコーヒーを持って、いつも軽口を叩いていて、実演で施設を破壊する人だ。

 どうにも『天才探索者』という言葉と結びつかない。


「じゃあ、なんで今は新人センターで先生やってるんだ?」

「そこまでは私も知らないです。いつの間にか第一線から退いてた、ってくらいで」

「でも、たぶん今も強い」

「だろうな」


 あの人の教え方が妙に実戦的なのも、支援される側の動きまで細かく知っているのも、少しだけ腑に落ちた。何を教わっているのかは変わらないのに、さっき言われた「2人を見る」という課題が、急に少し重く感じる。


 一旦仕事のことは忘れることにして、デザートに手を伸ばす。

 香ばしい甘さに少しだけ塩気が混じり、味のバランスがあまりに完成されている。

 地下に来てから食べた甘味の中でもかなり上位だ。

 

「今日ほんとに借金返済会議だよな?」

「今日は前祝いってことにしましょう」

「普段からこれでもいい」

「駄目です」



 ◇



 デザートを完食したあと。

 俺はその場で受注手続きをした。

 特段危険度が高いわけでもない、今の俺たちにあった依頼だ。


 その時、シズルが最後の肉を口に運びながら俺を見る。


「お金稼ぎ終わったら、第5標識」

「忘れてなかったか」


 俺は残高画面をもう1度だけ見た。346万2000円。

 少し前までなら何年かかると思っていた数字なのに、今は3週間後にゼロになっていてもおかしくない気がする。


 明日からは潜って、仕事をして、帰ってくる。それを繰り返す。

 そして俺は、支援をかける相手だけじゃなく、俯瞰して戦況全体を確認できるようにする。

 《暁》の金策期間が始まった。

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