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FXで破産した俺、地下40kmから人生をやり直す  作者: 旗良北 九内
地下で生きる

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20/26

中級試験

 中級昇級試験の集合場所は、迷宮入口横の協会詰所だった。

 開始時刻の20分前に着いたのに、判定役はもう全員揃っていた。


 壁際に5人。


 大きな盾と長槍を持った男。細身の杖を携えた女性。治療具の入った腰鞄を下げた男。軽装で魔力銃を腰に差した若い男。そして、その4人の真ん中で紙コップを持っていた男を見て、俺は足を止めた。


 向こうも俺を見た。


「……あれ?」


 見覚えのある顔だった。

 地下へ来て間もない頃。新人センターで適性検査の場所が分からず迷っていた俺に声をかけて、途中まで案内してくれた関西弁の男。


「あの時の人?」

「お前かいな!」


 紙コップを持ったまま、怜司がこっちへ来る。協会職員が咳払いした。


「久我さん。試験前です」

「分かってる分かってる。いや、でも偶然やなあ」


 そこで怜司の視線が俺の腰の魔力銃と、腕につけた支援術式用の簡易計測環へ落ちた。


「ん? お前、何担当?」

「支援術士ですけど」


 1拍。


「お前、支援なん!?」


 さっきより声が大きかった。ナギが少し驚いて、シズルが怜司を見る。


「そんな驚く?」

「驚くわ。あん時なんも知らん新人やったやろ。何使えんの? 身体補助? 制御? 複数いける?」


 急に質問が増えた。

 また協会職員が咳払いする。


「久我さん」

「……はい。あとで聞きます」


 怒られた学生みたいな返事だった。

 ナギが小声で俺に言う。


「水原さん、本当に知らなかったんですね」

「道教えてくれた人としか」


 ナギは怜司の後ろにいる4人へ目を向けた。


「あの人たち、上級パーティの《北極星》です。久我さんは支援術師」

「《北極星》?」

「地上の星の名前らしいです、って水原さんは知ってるか。地下では結構有名ですよ」


 今度は俺が怜司を見た。


「支援術師?」


 怜司がにやっと笑う。


「せや、先輩やで。怜司先輩って呼んでくれてええで」

「うーん、怜司さんで」


 怜司さんは親指で後ろを指した。


「盾と槍がリーダーの橘宗吾。杖持ってんのが鷹宮朱音。治療担当が相良湊 。1番若いのが斥候の榊原透 。で、俺が支援」


 紹介された4人が、それぞれ軽く会釈する。


 地下へ来て初めて会った地上人が、まさか同じ支援職の上級探索者だったらしい。



◇



 試験内容は思っていたより単純だった。

 指定区域内に3つの確認地点がある。順番は自由。各地点に設置された認証板へパーティ端末を触れ、最後に入口へ戻る。

 ただし地図には、現在確認されている魔獣、通行注意箇所、崩落の可能性、湧水量などの情報が書かれているだけで、最適ルートは示されていない。


 制限時間は6時間。

 判定役の《北極星》は少し後ろから同行するが、質問しても原則答えない。怪我をしても、試験範囲内の危険なら自分たちで対処する。


「見るのは速さだけではありません。途中で危険だと判断した場合、確認地点を残して撤退しても構いません」


 協会職員の説明に、俺は少し意外だった。


「全部回らなくてもいいんですか?」

「理由が妥当なら、それ自体で即不合格にはなりません。中級は、達成不能な状況でも帰還できることが前提です」


 なんとなく、この試験が何を見たいのか分かってきた。

 説明が終わると、怜司さんがそれまでの軽い顔を少しだけ引っ込めた。


「ここから先、俺らは基本おらんと思って動いてな。助言もせえへん」


 声はさっきまでと同じなのに、目だけが違った。


「ただしほんまにヤバい時は止める。その時は試験どうこうより、俺らの指示優先。ええな?」


 3人で頷いた。


「分かった」

「はい」


 俺も端末を閉じる。


「了解です」


 試験が始まった。



◇



 1つ目の確認地点までは2本の道があった。

 近いのは北側。ただし昨夜から湧水量が増え、岩殻蟹の目撃も3件。南側は10分ほど遠回りになるが、直近の危険報告はない。


「南でいい?」

「北でも行ける」


 シズルは地図を見ながら言った。戦えないという意味ではない。


「時間はあります。最初から濡れた足場を選ぶ必要もないと思います」


 ナギが落ち着いた様子でそう話す。

 俺も同意だった。


「じゃあ南にしよう」


 後ろの《北極星》は何も言わない。



 最初の確認地点までに角兎が3匹出た。

 昔なら3匹でも少し緊張した。今はシズルが1匹を引き受け、ナギが2匹の進路を水でずらす。それだけで形ができる。


【加速補助】


 シズルの1歩。


【水縛】


 2匹の角兎の踏み込みがずれる。

 1匹だけが俺へ向く。

 銃を抜く。


 1発。


 真正面ではなく角の根元へ当て、突進の軸を逸らす。

 すぐ銃を下げる。


【制御補助】


 ナギの水弾が1段締まり、横から角兎を転がした。

 最後の1匹をシズルが処理する。


 戦闘後、後ろを振り返りそうになってやめた。

 試験官の顔色を見ても仕方ない。

 1つ目の認証板へ端末を触れる。


『第1確認地点 通過』


 まだ1時間も経っていなかった。

 ここまでは順調に進んでいる。

 


◇



 2つ目は、幅の狭い岩橋の向こう側だった。

 下は3メートルほどの水路。落ちても即死はしないが、流れが速い。

 橋の中央に新しい亀裂が1本走っている。

 地図の情報にはない。


「昨日まではなかったんでしょうね」


 ナギがしゃがみ、水を細く流して亀裂の深さを見る。水が途中で消えた。


「結構亀裂入ってる?」

「はい。3人なら渡れると思いますけど……1人ずつですね」


 シズルが向こう岸を見る。


「私から」


 俺は頷いた。ただし加速補助は使わない。速く渡る必要はない。

 シズルが重心を低くして渡る。問題なし。次にナギ。最後に俺。


 中央を踏んだ瞬間、岩の下で小さく音がした。


 止まる。

 焦って走らない。

 足を戻し、体重を分散させる。

 向こう側からシズルが手を伸ばしかけたが、俺は首を横に振った。


 1歩ずつ進み、渡り切る。


 背後で《北極星》も橋を渡ってくる。ただし1人ずつ、俺たちとは別の場所へ足を置いていた。たぶん通過を見て、亀裂が広がった位置を避けている。


 怜司さんと目が合った。


 何も言わない。

 少しだけ口元が上がっていた気がした。



 2つ目の認証を終えたあと、俺たちは橋の亀裂を協会へ速報した。

 試験中でも、見つけた異常を報告するのは普段と同じだ。


 残りは1地点。

 時間は十分。魔力も半分以上残っている。ナギもシズルも余裕がある。



◇



 3つ目へ向かう通路は、これまでより少し広かった。

 そこで最初の違和感があった。

 魔獣がいない。

 地図上では、この辺りは鉤爪猿が出やすい。なのに姿どころか、岩を引っかく音もしない。

 シズルが歩みを遅くした。


「静か」

「……ですね」


 少し先で、ナギが足を止める。


 地面に黒い欠片が落ちていた。


 小指の先くらいの大きさ。石に見えるのに、表面だけ妙に光を吸う。

 ナギは触らず、端末で記録した。


「鉱石?」

「分かりません。でも、この辺の壁にはない色ですね」



 後ろで、それまで黙っていた《北極星》の空気が少し変わった。

 俺が振り返るより先に、奥から低い音が響いた。

 鳴き声ではない。

 岩の奥を、何か重いものが擦った音。

 シズルが剣へ手をかける。

 その瞬間、怜司さんが初めて試験中に口を開いた。


「《暁》。止まれ」


 軽さの消えた声だった。

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