中級試験
中級昇級試験の集合場所は、迷宮入口横の協会詰所だった。
開始時刻の20分前に着いたのに、判定役はもう全員揃っていた。
壁際に5人。
大きな盾と長槍を持った男。細身の杖を携えた女性。治療具の入った腰鞄を下げた男。軽装で魔力銃を腰に差した若い男。そして、その4人の真ん中で紙コップを持っていた男を見て、俺は足を止めた。
向こうも俺を見た。
「……あれ?」
見覚えのある顔だった。
地下へ来て間もない頃。新人センターで適性検査の場所が分からず迷っていた俺に声をかけて、途中まで案内してくれた関西弁の男。
「あの時の人?」
「お前かいな!」
紙コップを持ったまま、怜司がこっちへ来る。協会職員が咳払いした。
「久我さん。試験前です」
「分かってる分かってる。いや、でも偶然やなあ」
そこで怜司の視線が俺の腰の魔力銃と、腕につけた支援術式用の簡易計測環へ落ちた。
「ん? お前、何担当?」
「支援術士ですけど」
1拍。
「お前、支援なん!?」
さっきより声が大きかった。ナギが少し驚いて、シズルが怜司を見る。
「そんな驚く?」
「驚くわ。あん時なんも知らん新人やったやろ。何使えんの? 身体補助? 制御? 複数いける?」
急に質問が増えた。
また協会職員が咳払いする。
「久我さん」
「……はい。あとで聞きます」
怒られた学生みたいな返事だった。
ナギが小声で俺に言う。
「水原さん、本当に知らなかったんですね」
「道教えてくれた人としか」
ナギは怜司の後ろにいる4人へ目を向けた。
「あの人たち、上級パーティの《北極星》です。久我さんは支援術師」
「《北極星》?」
「地上の星の名前らしいです、って水原さんは知ってるか。地下では結構有名ですよ」
今度は俺が怜司を見た。
「支援術師?」
怜司がにやっと笑う。
「せや、先輩やで。怜司先輩って呼んでくれてええで」
「うーん、怜司さんで」
怜司さんは親指で後ろを指した。
「盾と槍がリーダーの橘宗吾。杖持ってんのが鷹宮朱音。治療担当が相良湊 。1番若いのが斥候の榊原透 。で、俺が支援」
紹介された4人が、それぞれ軽く会釈する。
地下へ来て初めて会った地上人が、まさか同じ支援職の上級探索者だったらしい。
◇
試験内容は思っていたより単純だった。
指定区域内に3つの確認地点がある。順番は自由。各地点に設置された認証板へパーティ端末を触れ、最後に入口へ戻る。
ただし地図には、現在確認されている魔獣、通行注意箇所、崩落の可能性、湧水量などの情報が書かれているだけで、最適ルートは示されていない。
制限時間は6時間。
判定役の《北極星》は少し後ろから同行するが、質問しても原則答えない。怪我をしても、試験範囲内の危険なら自分たちで対処する。
「見るのは速さだけではありません。途中で危険だと判断した場合、確認地点を残して撤退しても構いません」
協会職員の説明に、俺は少し意外だった。
「全部回らなくてもいいんですか?」
「理由が妥当なら、それ自体で即不合格にはなりません。中級は、達成不能な状況でも帰還できることが前提です」
なんとなく、この試験が何を見たいのか分かってきた。
説明が終わると、怜司さんがそれまでの軽い顔を少しだけ引っ込めた。
「ここから先、俺らは基本おらんと思って動いてな。助言もせえへん」
声はさっきまでと同じなのに、目だけが違った。
「ただしほんまにヤバい時は止める。その時は試験どうこうより、俺らの指示優先。ええな?」
3人で頷いた。
「分かった」
「はい」
俺も端末を閉じる。
「了解です」
試験が始まった。
◇
1つ目の確認地点までは2本の道があった。
近いのは北側。ただし昨夜から湧水量が増え、岩殻蟹の目撃も3件。南側は10分ほど遠回りになるが、直近の危険報告はない。
「南でいい?」
「北でも行ける」
シズルは地図を見ながら言った。戦えないという意味ではない。
「時間はあります。最初から濡れた足場を選ぶ必要もないと思います」
ナギが落ち着いた様子でそう話す。
俺も同意だった。
「じゃあ南にしよう」
後ろの《北極星》は何も言わない。
最初の確認地点までに角兎が3匹出た。
昔なら3匹でも少し緊張した。今はシズルが1匹を引き受け、ナギが2匹の進路を水でずらす。それだけで形ができる。
【加速補助】
シズルの1歩。
【水縛】
2匹の角兎の踏み込みがずれる。
1匹だけが俺へ向く。
銃を抜く。
1発。
真正面ではなく角の根元へ当て、突進の軸を逸らす。
すぐ銃を下げる。
【制御補助】
ナギの水弾が1段締まり、横から角兎を転がした。
最後の1匹をシズルが処理する。
戦闘後、後ろを振り返りそうになってやめた。
試験官の顔色を見ても仕方ない。
1つ目の認証板へ端末を触れる。
『第1確認地点 通過』
まだ1時間も経っていなかった。
ここまでは順調に進んでいる。
◇
2つ目は、幅の狭い岩橋の向こう側だった。
下は3メートルほどの水路。落ちても即死はしないが、流れが速い。
橋の中央に新しい亀裂が1本走っている。
地図の情報にはない。
「昨日まではなかったんでしょうね」
ナギがしゃがみ、水を細く流して亀裂の深さを見る。水が途中で消えた。
「結構亀裂入ってる?」
「はい。3人なら渡れると思いますけど……1人ずつですね」
シズルが向こう岸を見る。
「私から」
俺は頷いた。ただし加速補助は使わない。速く渡る必要はない。
シズルが重心を低くして渡る。問題なし。次にナギ。最後に俺。
中央を踏んだ瞬間、岩の下で小さく音がした。
止まる。
焦って走らない。
足を戻し、体重を分散させる。
向こう側からシズルが手を伸ばしかけたが、俺は首を横に振った。
1歩ずつ進み、渡り切る。
背後で《北極星》も橋を渡ってくる。ただし1人ずつ、俺たちとは別の場所へ足を置いていた。たぶん通過を見て、亀裂が広がった位置を避けている。
怜司さんと目が合った。
何も言わない。
少しだけ口元が上がっていた気がした。
2つ目の認証を終えたあと、俺たちは橋の亀裂を協会へ速報した。
試験中でも、見つけた異常を報告するのは普段と同じだ。
残りは1地点。
時間は十分。魔力も半分以上残っている。ナギもシズルも余裕がある。
◇
3つ目へ向かう通路は、これまでより少し広かった。
そこで最初の違和感があった。
魔獣がいない。
地図上では、この辺りは鉤爪猿が出やすい。なのに姿どころか、岩を引っかく音もしない。
シズルが歩みを遅くした。
「静か」
「……ですね」
少し先で、ナギが足を止める。
地面に黒い欠片が落ちていた。
小指の先くらいの大きさ。石に見えるのに、表面だけ妙に光を吸う。
ナギは触らず、端末で記録した。
「鉱石?」
「分かりません。でも、この辺の壁にはない色ですね」
後ろで、それまで黙っていた《北極星》の空気が少し変わった。
俺が振り返るより先に、奥から低い音が響いた。
鳴き声ではない。
岩の奥を、何か重いものが擦った音。
シズルが剣へ手をかける。
その瞬間、怜司さんが初めて試験中に口を開いた。
「《暁》。止まれ」
軽さの消えた声だった。




