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FXで破産した俺、地下40kmから人生をやり直す  作者: 旗良北 九内
地下で生きる

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18/26

初依頼

 翌日。俺たちは探索者協会の依頼掲示板の前にいた。

 正確には掲示板というより、大きな壁面端末だ。探索者証をかざすと、自分たちが受けられる依頼だけが一覧に残る。


『パーティ:《暁》』

『等級:初級』


 その下に、数件の依頼が並んでいた。


『角兎の角 5本納品』

『第3標識西側 白脈草8束採取』

『第4標識東支路 救難備蓄箱補充・破損確認』

『鉤爪猿 指定区域3体以上討伐』


 シズルの指が迷わず1番下へ伸びた。


「やっぱりシズルは討伐が気になるんだ」


 ナギはその横から救難備蓄箱の依頼を開いた。


「こっちのほうがよくないです?」

「箱に物入れて帰るだけ?」

「それだけなら依頼になってないですよ」


 詳細を読む。

 第4標識から東へ伸びる支路に、探索者協会が設置した救難用の備蓄箱がある。水、簡易止血材、発光筒、非常食などを置いておくためのものだが、2日前の巡回記録で外装破損が確認されたらしい。


 依頼内容は、交換用の補給物資を運ぶこと。破損状況の確認。原因が分かれば記録。危険が大きければ無理に対処せず帰還。

 報酬は2万4000円。道中で得た魔石や素材は通常通り俺たちのものになる。


「3人で割ったら8000円か」

「またお金のことばっかり」

「借金の話をした翌日なんだから許してくれ」


 ナギは少し笑った。


「初めての協会依頼ならこれがいいと思います。討伐依頼はもう少し慣れてからでいいかと」


 中級認定には、第4標識以遠での安全な探索実績だけじゃなく、協会依頼の達成実績も必要になる。


「じゃあ、今日はこの依頼にしよう」


 俺がそう言うと、シズルは討伐依頼を名残惜しそうに1度だけ見たあと、素直に頷いた。


「これは次にする」


 聞き分けがいい。



◇



 受付で受注処理をすると、俺たちは灰色の防水袋を1つ預かった。

 中身は密封された飲料水、止血布、消毒剤、栄養食、発光筒。それと、破損した留め金を交換するための金具と工具。


「これ、原因まで倒してこないと未達成になるか感じです?」


 聞くと、受付の女性は首を横に振った。


「いいえ。補給と破損確認が主目的です。危険な魔獣が原因なら種類と数、可能なら痕跡を記録してください。追跡は依頼内容に含まれません」


 その言い方に少し引っかかった。


「追わなくていい、じゃなくて、追跡は含まれない?」

「はい。依頼にない危険を増やさないことも評価対象です」


 なるほど。

 強ければ何でもやっていいわけじゃないらしい。


 ナギが俺とシズルを交互に見ている。


「ちゃんと聞きました? 追わないんですからね」

「圭くん、分かった?」

「俺だけじゃなくてシズルも言われてるぞ」


 

◇



 第4標識までは、もう道に迷わなくなった。

 そこから東支路へ入る。前回俺たちが進んだ道より狭く、天井も少し低い。壁のあちこちに灰色の鉱脈が走っていて、光る苔は少ない。

 ナギが地図と壁の番号を照らし合わせる。シズルは先頭。俺は補給袋を背負い、その後ろを歩いた。


 途中、角兎を1匹だけ倒した。


 それ以外は静かだった。

 目的の備蓄箱を見つけるまでは。


 岩壁の窪みに、腰ほどの高さの金属箱が固定されている。正面には探索者協会の印。けれど、蓋がわずかに浮いていた。


「……結構やられてますね」


 近づく前に周囲を確認する。

 箱の右側面に細長い傷が何本も走っていた。留め金の片方は歪み、周囲には細かな金属粉が落ちている。

 ナギがしゃがみ、傷へ指を近づけた。


「噛み跡です」

「……金属なのに?」

「たぶん鉱牙鼠ですね」


 その名前を聞いた直後だった。

 箱の奥。岩と岩の隙間から、硬いものを擦る音がした。


 シズルの手が剣へ行く。


「いる」


 1匹。

 2匹。

 3匹。


 灰黒い毛の小さな魔獣が、低い姿勢で岩陰から出てくる。大型の猫くらいの身体に対して、前歯だけが妙に白く大きい。


 4匹目。

 5匹目。


「思ったよりいるな」

「箱から離しましょう。壊されたら依頼失敗です」


 ナギが1歩前へ出た。


【水弾】


 小さく固めた水の塊が、先頭の鉱牙鼠の胸へぶつかった。

 吹き飛ばされた1匹が後ろの2匹へぶつかり、群れが左右へ割れる。

 その横から2匹が回る。


「右、2」


 シズルが動く。


【加速補助】


 1歩。


 右から抜けようとした1匹の前へ先回りし、剣の腹で進路を変える。そのまま2匹目の首元へ刃を走らせた。


 中央の3匹が立て直そうとする。

 ナギが両手を低く広げた。


【水縛】


 床を這う水が3方向へ分かれる。


 1匹の前脚。

 もう1匹の後脚。

 3匹目の進路、その少し前。


 全部を完全に止める必要はない。走る向きをずらすだけでいい。


 1匹が俺の方へ流れてきた。


 銃を抜く。

 ナギとシズルの位置を見る。

 射線は空いている。


 1発。


 魔力弾が肩へ当たり、鉱牙鼠が横へ転がった。

 2発目は撃たない。

 起き上がる先へシズルがいた。


 短い一閃。 


 残り2匹。


 1匹はナギの【水縛】に足を取られ、もう1匹は岩陰へ逃げ込もうとした。

 シズルがそちらへ踏み出す。


「シズル、そこまで」


 足が止まった。

 鉱牙鼠は岩の隙間へ消える。

 追えば届くかもしれない。


 でも、その先が巣なのか、別の通路なのかは分からない。


 シズルが隙間を見たまま、剣を下ろした。


「追わない」

「うん。依頼にない」


 ちゃんと言いつけを守れた。



 周囲が静かになってから、改めて備蓄箱を確認した。

 中の物資は半分ほど残っていたが、外装の隙間から湿気が入っている。未開封でも使用期限が怪しいものは持ち帰り、全部交換することにした。

 ナギが内容を1つずつ確認し、俺が補給袋から新しい物資を入れる。シズルは少し離れて周囲を警戒していた。

 最後に壊れた留め金を外す。


「これ、俺やる?」

「工具使えるんです?」

「あまりなめてもらっちゃ困るな」


 結局、ナギに説明されながら交換した。


 新しい金具を固定し、蓋がきちんと閉じることを確認する。協会の記録端末を箱の印へ近づけると、短い音が鳴った。


『補給完了』

『破損:交換済み』


 あとは原因記録だ。

 噛み跡。金属粉。倒した鉱牙鼠4匹。逃げた1匹が入った岩の隙間。


 ナギが周囲を見回した。


「足跡、まだあります。5匹だけじゃなさそうですね」


 湿った地面に、小さな爪跡がいくつも残っていた。

 ここで巣を探した方が、次に箱を壊されなくて済む。

 そう考えるのは簡単だった。

 でも、それは今日の仕事じゃない。


「写真と場所だけ残して帰ろう。数が多いなら、協会が別で討伐依頼出すだろ」


 ナギが頷く。


「それがいいと思います」

「依頼にない」


 俺たちは箱から離れた。



◇



 協会へ戻ったのは、予定していた時刻より少し早かった。

 受付へ記録を送る。補給完了。留め金交換。鉱牙鼠を4匹処理。1匹は逃走。周辺に複数の足跡あり。巣の可能性がある岩隙間の位置も添付。

 受付の女性が内容を確認し、最後に俺たちを見た。


「問題ありません。依頼達成です」


 端末に表示が出る。


『パーティ:《暁》』

『協会依頼達成:1件』


 報酬2万4000円。

 それとは別に、鉱牙鼠の魔石と前歯の買い取り分が少し。


「討伐依頼じゃなくても、結局戦うんだな」

「そりゃあ、迷宮なので」


 身も蓋もない。

 シズルは依頼一覧の方を見ていた。


「依頼、出てる」


 さっきまでなかった新しい依頼が、1件増えている。


『第4標識東支路 鉱牙鼠群れ調査・討伐』


 俺たちが送った記録から追加されたらしい。


「仕事が仕事を生んでる」

「受ける?」


 シズルがこっちを見る。目が少しだけ期待していた。


 俺は依頼の危険度と条件を見る。初級でも受注可能。ただし推奨人数4名以上。群れの規模は未確認。

 閉じた。


「今日はやめとこう」


 シズルの目が少し細くなる。


「人数条件もあるし、巣の規模も分からない。別のやつ探そう」


 1拍置いて、シズルは頷いた。


「分かった」


 初めての協会依頼は、派手な討伐でも、大きな報酬でもなかった。

 箱へ物を届けて、壊れた金具を直して、見つけた異常を報告して帰ってきただけだ。

 でも端末には、ちゃんと1件と残っている。

 こういう1件を、また積めばいい。

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