初依頼
翌日。俺たちは探索者協会の依頼掲示板の前にいた。
正確には掲示板というより、大きな壁面端末だ。探索者証をかざすと、自分たちが受けられる依頼だけが一覧に残る。
『パーティ:《暁》』
『等級:初級』
その下に、数件の依頼が並んでいた。
『角兎の角 5本納品』
『第3標識西側 白脈草8束採取』
『第4標識東支路 救難備蓄箱補充・破損確認』
『鉤爪猿 指定区域3体以上討伐』
シズルの指が迷わず1番下へ伸びた。
「やっぱりシズルは討伐が気になるんだ」
ナギはその横から救難備蓄箱の依頼を開いた。
「こっちのほうがよくないです?」
「箱に物入れて帰るだけ?」
「それだけなら依頼になってないですよ」
詳細を読む。
第4標識から東へ伸びる支路に、探索者協会が設置した救難用の備蓄箱がある。水、簡易止血材、発光筒、非常食などを置いておくためのものだが、2日前の巡回記録で外装破損が確認されたらしい。
依頼内容は、交換用の補給物資を運ぶこと。破損状況の確認。原因が分かれば記録。危険が大きければ無理に対処せず帰還。
報酬は2万4000円。道中で得た魔石や素材は通常通り俺たちのものになる。
「3人で割ったら8000円か」
「またお金のことばっかり」
「借金の話をした翌日なんだから許してくれ」
ナギは少し笑った。
「初めての協会依頼ならこれがいいと思います。討伐依頼はもう少し慣れてからでいいかと」
中級認定には、第4標識以遠での安全な探索実績だけじゃなく、協会依頼の達成実績も必要になる。
「じゃあ、今日はこの依頼にしよう」
俺がそう言うと、シズルは討伐依頼を名残惜しそうに1度だけ見たあと、素直に頷いた。
「これは次にする」
聞き分けがいい。
◇
受付で受注処理をすると、俺たちは灰色の防水袋を1つ預かった。
中身は密封された飲料水、止血布、消毒剤、栄養食、発光筒。それと、破損した留め金を交換するための金具と工具。
「これ、原因まで倒してこないと未達成になるか感じです?」
聞くと、受付の女性は首を横に振った。
「いいえ。補給と破損確認が主目的です。危険な魔獣が原因なら種類と数、可能なら痕跡を記録してください。追跡は依頼内容に含まれません」
その言い方に少し引っかかった。
「追わなくていい、じゃなくて、追跡は含まれない?」
「はい。依頼にない危険を増やさないことも評価対象です」
なるほど。
強ければ何でもやっていいわけじゃないらしい。
ナギが俺とシズルを交互に見ている。
「ちゃんと聞きました? 追わないんですからね」
「圭くん、分かった?」
「俺だけじゃなくてシズルも言われてるぞ」
◇
第4標識までは、もう道に迷わなくなった。
そこから東支路へ入る。前回俺たちが進んだ道より狭く、天井も少し低い。壁のあちこちに灰色の鉱脈が走っていて、光る苔は少ない。
ナギが地図と壁の番号を照らし合わせる。シズルは先頭。俺は補給袋を背負い、その後ろを歩いた。
途中、角兎を1匹だけ倒した。
それ以外は静かだった。
目的の備蓄箱を見つけるまでは。
岩壁の窪みに、腰ほどの高さの金属箱が固定されている。正面には探索者協会の印。けれど、蓋がわずかに浮いていた。
「……結構やられてますね」
近づく前に周囲を確認する。
箱の右側面に細長い傷が何本も走っていた。留め金の片方は歪み、周囲には細かな金属粉が落ちている。
ナギがしゃがみ、傷へ指を近づけた。
「噛み跡です」
「……金属なのに?」
「たぶん鉱牙鼠ですね」
その名前を聞いた直後だった。
箱の奥。岩と岩の隙間から、硬いものを擦る音がした。
シズルの手が剣へ行く。
「いる」
1匹。
2匹。
3匹。
灰黒い毛の小さな魔獣が、低い姿勢で岩陰から出てくる。大型の猫くらいの身体に対して、前歯だけが妙に白く大きい。
4匹目。
5匹目。
「思ったよりいるな」
「箱から離しましょう。壊されたら依頼失敗です」
ナギが1歩前へ出た。
【水弾】
小さく固めた水の塊が、先頭の鉱牙鼠の胸へぶつかった。
吹き飛ばされた1匹が後ろの2匹へぶつかり、群れが左右へ割れる。
その横から2匹が回る。
「右、2」
シズルが動く。
【加速補助】
1歩。
右から抜けようとした1匹の前へ先回りし、剣の腹で進路を変える。そのまま2匹目の首元へ刃を走らせた。
中央の3匹が立て直そうとする。
ナギが両手を低く広げた。
【水縛】
床を這う水が3方向へ分かれる。
1匹の前脚。
もう1匹の後脚。
3匹目の進路、その少し前。
全部を完全に止める必要はない。走る向きをずらすだけでいい。
1匹が俺の方へ流れてきた。
銃を抜く。
ナギとシズルの位置を見る。
射線は空いている。
1発。
魔力弾が肩へ当たり、鉱牙鼠が横へ転がった。
2発目は撃たない。
起き上がる先へシズルがいた。
短い一閃。
残り2匹。
1匹はナギの【水縛】に足を取られ、もう1匹は岩陰へ逃げ込もうとした。
シズルがそちらへ踏み出す。
「シズル、そこまで」
足が止まった。
鉱牙鼠は岩の隙間へ消える。
追えば届くかもしれない。
でも、その先が巣なのか、別の通路なのかは分からない。
シズルが隙間を見たまま、剣を下ろした。
「追わない」
「うん。依頼にない」
ちゃんと言いつけを守れた。
周囲が静かになってから、改めて備蓄箱を確認した。
中の物資は半分ほど残っていたが、外装の隙間から湿気が入っている。未開封でも使用期限が怪しいものは持ち帰り、全部交換することにした。
ナギが内容を1つずつ確認し、俺が補給袋から新しい物資を入れる。シズルは少し離れて周囲を警戒していた。
最後に壊れた留め金を外す。
「これ、俺やる?」
「工具使えるんです?」
「あまりなめてもらっちゃ困るな」
結局、ナギに説明されながら交換した。
新しい金具を固定し、蓋がきちんと閉じることを確認する。協会の記録端末を箱の印へ近づけると、短い音が鳴った。
『補給完了』
『破損:交換済み』
あとは原因記録だ。
噛み跡。金属粉。倒した鉱牙鼠4匹。逃げた1匹が入った岩の隙間。
ナギが周囲を見回した。
「足跡、まだあります。5匹だけじゃなさそうですね」
湿った地面に、小さな爪跡がいくつも残っていた。
ここで巣を探した方が、次に箱を壊されなくて済む。
そう考えるのは簡単だった。
でも、それは今日の仕事じゃない。
「写真と場所だけ残して帰ろう。数が多いなら、協会が別で討伐依頼出すだろ」
ナギが頷く。
「それがいいと思います」
「依頼にない」
俺たちは箱から離れた。
◇
協会へ戻ったのは、予定していた時刻より少し早かった。
受付へ記録を送る。補給完了。留め金交換。鉱牙鼠を4匹処理。1匹は逃走。周辺に複数の足跡あり。巣の可能性がある岩隙間の位置も添付。
受付の女性が内容を確認し、最後に俺たちを見た。
「問題ありません。依頼達成です」
端末に表示が出る。
『パーティ:《暁》』
『協会依頼達成:1件』
報酬2万4000円。
それとは別に、鉱牙鼠の魔石と前歯の買い取り分が少し。
「討伐依頼じゃなくても、結局戦うんだな」
「そりゃあ、迷宮なので」
身も蓋もない。
シズルは依頼一覧の方を見ていた。
「依頼、出てる」
さっきまでなかった新しい依頼が、1件増えている。
『第4標識東支路 鉱牙鼠群れ調査・討伐』
俺たちが送った記録から追加されたらしい。
「仕事が仕事を生んでる」
「受ける?」
シズルがこっちを見る。目が少しだけ期待していた。
俺は依頼の危険度と条件を見る。初級でも受注可能。ただし推奨人数4名以上。群れの規模は未確認。
閉じた。
「今日はやめとこう」
シズルの目が少し細くなる。
「人数条件もあるし、巣の規模も分からない。別のやつ探そう」
1拍置いて、シズルは頷いた。
「分かった」
初めての協会依頼は、派手な討伐でも、大きな報酬でもなかった。
箱へ物を届けて、壊れた金具を直して、見つけた異常を報告して帰ってきただけだ。
でも端末には、ちゃんと1件と残っている。
こういう1件を、また積めばいい。




