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FXで破産した俺、地下40kmから人生をやり直す  作者: 旗良北 九内
地下で生きる

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16/26

第4標識

 次に3人で迷宮へ潜ったのは、射撃訓練の2日後だった。

 入口の受付端末へ探索者証をかざすと、いつもと違う表示が1つ増えている。


『固定パーティ:《暁》』


 自分で付けた名前なのに、こうして正式な表示になると少しだけ気恥ずかしい。


「ちゃんと登録されてます」

「嬉しいような、気恥ずかしいような」



 今日の目的地は第4標識。正確には、まずそこまで無理なく辿り着いて帰ること。

 前回より先へ行くのは確かだけど、最初から第4標識の向こう側まで踏み込む予定はない。


「帰りの余裕を見て、昼過ぎには引き返しましょう。戦闘が多かったらもっと早く」

「了解」


 俺も頷く。焦ってはいけない。焦りは更なる損失を生み出すことを俺は知っている。



◇



 第3標識までの道は、もうそれほど緊張しなくなった。

 角兎を2匹。少し先で鉤爪猿が3匹。どちらも今となっては顔見知りだ。

 鉤爪猿の1匹が壁を蹴り、シズルの頭上を越えようとする。


「右」


 まずシズルの位置を見る。ナギの射線を見る。

 2人と重ならない場所へ半歩だけずれる。

 それから魔力銃を抜いた。


 1発。


 魔力弾が鉤爪猿の脇腹へ当たり、空中で身体がぶれる。

 着地したところへナギの手が向いた。


【制御補助】

【水弾】


 水の塊が横から叩きつけ、猿を壁際へ押し込む。そこへシズルが踏み込んだ。

 もう1匹が彼女の死角へ回る。


【加速補助】


 シズルの1歩が伸びた。背後へ回り込もうとしていた猿より先に位置を変え、すれ違いざまに脚を切る。


 3匹目が俺の方へ来た。


 銃口を向ける。焦って引き金を引きそうになって、八代さんの言葉を思い出した。

 敵を見る。射線を作る。撃ったあとも見る。


 1発目は肩。


 猿がひるむ。


 胸元へ狙い直して、2発目。


 照準は少しずれていたはずなのに、白い魔力弾は着弾の直前でわずかに肩側へ寄った。1発目の傷のすぐ近くへ、もう1発が食い込む。


 狙った場所ぴったりではない。

 でも、八代さんに教えられた通りだ。最初の1発さえ当たれば、次はそこへ残った自分の魔力が弾を少しだけ引いてくれる。


 その隙にシズルが入り、短く刃を走らせる。

 静かになった。



 戦闘が終わってから、ナギが俺の銃をちらりと見た。


「前より慣れてきた感じありますね、銃の扱い」

「まだまだだけど、少しは練習の成果が出てるかもな」


 実際、最初の1発はまだ安定して当たらない。

 でも、立ち回り自体は良くなっている気がする。


「前よりいい」


 シズルからも褒め言葉。

 射撃の腕はまだまだだけど、進むべき方向性は間違っていないようだ。



◇



 第3標識を越えてしばらく進むと、迷宮の雰囲気が少し変わった。

 足元の岩が黒っぽく湿り、壁の隙間から細い水が何本も流れている。天井には青白い苔が点々と光り、これまでより空気が冷たい。

 遠くで水滴が落ちる音が、一定の間隔で響いていた。


「この辺、前と全然違うな」

「第4標識の手前は水が多いです。滑りやすいので気をつけてください」


 その直後、シズルが足を止めた。


「いる」


 岩陰の向こうで、硬いものが擦れる音がした。

 現れたのは、大型犬くらいの横幅がある蟹だった。灰褐色の甲殻は岩そのものみたいにごつごつしていて、左右の鋏は俺の前腕くらい太い。


「でかいな」

「岩殻蟹です。正面、硬いですよ」


 岩殻蟹は俺たちへ身体を向けると、鋏を高く上げた。速くはない。ただ、通路の横幅をかなり塞いでいる。


 シズルが先に出た。

 蟹の鋏が横から振られる。


 半歩下がって避け、そのまま側面へ――行こうとしたシズルの剣が甲殻へ当たった。

 硬い音が響く。


「硬い!」

「弱点は脚の付け根か、お腹側です。正面から切るのはおすすめしません」


 蟹は身体を低くし、今度はシズルへ向けて横歩きで詰める。見た目より間合いが読みにくい。

 ナギが足元へ手を向けた。


【制御補助】

【水弾】


 狙ったのは脚の下だった。

 薄く広がった水が岩の表面を滑る。

 右側の脚が一瞬だけ流され、甲殻が傾いた。


「今!」


【加速補助】


 シズルが滑り込んで一気に距離を詰める。

 1歩で側面へ入り、柔らかい脚の付け根へ剣を差し込んだ。

 岩殻蟹が大きく身体を振る。

 シズルはすぐ離れたが、その時だった。


 左の岩陰から、もう1匹出てきた。


「2匹目です!」


 小さい。けど近い。

 新しい岩殻蟹がナギへ鋏を向けた。


 俺は銃を抜く。


 ――急ぐな。


 ナギの前へ撃つわけにはいかない。

 横へ2歩移動する。

 空いた角度から、甲殻ではなく脚の付け根へ銃口を向ける。


 1発。


 魔力弾は前脚の付け根へ当たった。


 甲殻は抜けなかった。でも衝撃で脚が止まる。


「ナギ、下がって!」


 ナギが2歩引く。その瞬間にもう1発。

 2発目の弾丸は、さっき撃ち込んだ場所のすぐそばへ吸い込まれた。

 2発続けて衝撃を受けた前脚が沈み、岩殻蟹が大きく体勢を崩す。


 撃った直後、身体の内側で乱れた魔力が勝手に整っていく感覚がある。

 意識してみると確かに分かる。

 これが【制御補助】。

 でも今はそこへ気を取られない。


 敵を見る。

 シズルが大きい方を引きつけている。ナギの前には小さい方。


「ナギ、ひっくり返せる?」

「やってみます」


 ナギが片手を低く払う。


【制御補助】

【水弾】


 今度の水は横ではなく、斜め下から噴き上がった。

 前脚を傷めていた岩殻蟹の身体が浮く。完全には裏返らない。それでも腹側が大きく見えた。


「行ける」


 シズルが大きい方から1度離れ、そのまま小さい方へ走る。


【加速補助】


 1歩。

 剣先が柔らかい腹側へ入った。

 小さい方が動かなくなる。


 残った1匹は、さっきシズルに切られた脚を庇いながら鋏を振る。それでも正面はまだ硬い。


 俺たちは無理に攻めなかった。

 ナギが足元を崩す。シズルが側面を取る。俺は2人が動きやすい時だけ支援を入れ、蟹がこちらを向いた時だけ銃で牽制する。


 最後はシズルが傷んだ脚の側から潜り込み、腹の付け根へ刃を通した。


 硬い相手だった。

 でも、終わってみれば危なげない勝利だった。


「今の戦い、良かったな」


 ナギが岩殻蟹の甲殻を確かめながら頷く。


「1人だと面倒な相手なんです。甲羅がとにかく硬いので」

「3人だと簡単」



 それからさらに2度、小さな戦闘を挟んだ。

 道が緩く下り始め、青白い苔が増えていく。やがて曲がり角の向こうに、縦長の黒い柱が見えた。

 表面に白く光る数字。


『IV』


「第4標識です」


 思っていたより普通だった。もっと大げさな何かがあるのかと思っていたけど、第3標識と同じような案内柱が立っているだけだ。


 それでも、その向こうへ続く通路は少し暗く見えた。

 標識の脇には探索者協会の記録端末がある。3人で探索者証をかざすと、短い音が鳴った。


『パーティ:《暁》』

『到達記録:第4標識』


 たったそれだけの表示なのに、しばらく見てしまった。



「……待って」


 標識を離れようとしたシズルが、壁際でしゃがみ込んだ。

 黒い岩の割れ目を細い水が流れている。その奥で、青白い苔とは違うものが一瞬だけ光った。


「何かある?」


 シズルが指を入れ、慎重に引っ張る。


 出てきたのは短剣だった。


 刃渡りは30センチほど。

 柄も刃も泥で汚れているのに、灰銀色の刃には錆も欠けも見えない。半分近く岩の隙間に埋まっていたらしい。

 シズルの目の奥がきらりと光った。


「……剣」

「シズル、剣好きすぎだろ」


 ナギも隣へしゃがみ、柄と刃をじっと見る。持ち主を示す刻印や探索者番号らしいものはない。


「これ、たぶん迷宮遺物ですね」

「迷宮遺物?」


 聞き慣れない言葉だった。


「迷宮の中で、たまに見つかる装備や魔道具です。剣とか防具だけじゃなくて、指輪とか腕輪とかもあります」


 武器が落ちている、というより、迷宮そのものから掘り出す感じなのか。さっきまで魔獣と戦っていた場所に、急に宝探しみたいな要素が出てきた。


「高いやつもある?」


 ナギが呆れ顔でこちらを見る。

 俺がそう言うのを予想していたような顔だった。 


「水原さんはお金のことばっかり」

「お金は大事だろ」


 ナギは少し笑ってから短剣へ視線を戻した。


「はい、ありますよ。装備している間だけ魔法を使えるものとか。ものすごく珍しいですけど、使い続けているうちに本人が魔法を覚えた例もあるって聞きます」

「それはすごい。売ったらすごいことになりそう」

「これは?」


 シズルは熱心に短剣を見ている。


「帰って鑑定しないと分かりません。シズル、試し切りしないでくださいね。呪いが掛かってるかもしれないし」


 呪いと聞いて、シズルの手がぴたりと止まった。


「……しない」


 するつもりだったらしい。


 短剣を布で包んで荷物へ入れる。第4標識へ着いただけでも今日は十分だと思っていたのに、思わぬ土産まで増えた。


「少し先、見る?」


 それでもシズルは標識の向こうを見る。

 俺も行ってみたい気持ちはあった。時間はまだ少しある。魔力にも余裕がある。ここまで来たんだから、ほんの少しだけなら――。


 そこまで考えて、やめた。


「今日はここまでにしよう」


 シズルが俺を見る。


「初めてここまで来たし、帰りにまた戦闘あるかもしれない。次、第4標識の先を目標にして準備してまた来よう」


 ナギが小さく頷いた。


「私もそれがいいと思います」


 シズルは少しだけ向こうを見ていたが、やがて剣を収めた。


「じゃあ次」


 それで話は決まった。

 FXをしていた頃の俺なら、ここで1歩進んでいたと思う。

  少しは成長したのかもしれない。



◇



 協会へ戻って素材を出すと、岩殻蟹の甲殻と鋏は思ったより値が付いた。魔石も合わせれば、3人で分けてもいつもの浅い区域より少し多い。

 そして、最後に拾った短剣も鑑定へ回した。


 結果は、低位の迷宮遺物。魔力を流すと刃の縁がわずかに硬くなり、普通の短剣より刃こぼれしにくいらしい。

 魔法が使えるようになるような大当たりではない。でも軽くて扱いやすく、状態もかなり良い。


 鑑定票には『灰銀の短剣』と記されていた。


「売る?」


 そう聞くと、シズルが即座に首を横へ振った。


「圭くん、使う」

「俺?」


 シズルが俺の腰を見る。今あるのは魔力銃だけだ。


「近いと、銃だけじゃ困る」


 ナギも頷いた。


「私もそう思います。水原さん、近接武器持ってませんし。パーティの装備として使った方がいいですよ」

「でも、パーティの戦利品だろ?」


 ナギは少しだけ首を傾げた。


「水原さんが使うなら、《暁》の戦力になるじゃないですか」


 それもそうか。


「じゃあ、ありがたく使わせてもらう」


 受け取って腰へ差してみる。魔力銃とは反対側。思っていたより邪魔にならない。


「似合ってる」

「ありがと」



◇



 帰りに青灯亭《ブルーランプ》へ寄ると、ナギが壁のおすすめ札を見てすぐ足を止めた。


「岩殻蟹の香草蒸し、あります」


 注文後、しばらくして運ばれてきた皿には、赤茶色になった殻の上へ白い身がたっぷり盛られていた。湯気と一緒に香草と溶かしバターの匂いが立ち、細い身を口へ入れると、思ったより柔らかくて甘い。少し強めの鉱泉塩が、その甘さをさらに引き出している。

 ナギは1口食べた瞬間、分かりやすく目を細めた。


「当たりですね」


 その言い方が探索中より少しだけ明るい。

 シズルは黙って2本目の脚へ手を伸ばしている。


「シズルも気に入った?」

「うまい」


 今日1番迷いのない返事だった。


 第4標識まで行って、帰って、さっき戦った蟹を3人で食べる。腰には、迷宮で見つけた短剣まで増えた。

 派手な成果じゃない。

 でも、《暁》として残った最初の1歩は、たぶんこういうのでいい。

 次は、第4標識の向こうだ。

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