射撃訓練
《暁》を結成してから3日後。今日は迷宮へ潜らない日だった。
だからといって完全に休む気にもなれず、俺は探索者協会の射撃訓練場に来ていた。第4標識の手前まで進むなら、今のままの銃の腕では少し心許ない。
鉤爪猿との戦いでも2発続けて当てられはしたけど、あれは敵がよろけていたからだ。動き回る相手に、支援の合間を縫って撃てるほど上手くはない。
受付で初心者向けの個別指導を申し込むと、通されたのは細長い室内射場だった。奥には人型の標的板が並び、壁際には貸出用の魔力銃が種類ごとに固定されている。
待っていた男は30代後半くらい。
短く切った髪に、使い込まれた革のホルスター。こちらを見るなり俺の腰の銃へ視線を落とした。
「八代だ。今日担当させてもらう」
「水原です。よろしくお願いします」
挨拶はそれだけだった。八代さんは標的を10メートル先へ動かし、顎で射線を示す。
「まず5発。いつも通り撃て」
俺は魔力銃を構えた。両手で握り、照準を合わせる。
1発目は中央より少し左上。2発目も、その近く。
3発目、4発目と撃つうちに、焦げ跡が最初の着弾点の周りへ重なっていく。
5発撃ち終えて銃口を下げると、標的には妙に偏った弾痕が残っていた。
「まあ、下手だな」
「直球ですね」
八代さんは気にせず俺の横へ来る。
「肩に力入りすぎ。握りすぎ。撃つ瞬間に目が照準へ寄ってる。それと、構えてから長い」
1個ずつ言われると逃げ場がない。
「ただ、これは妙だな」
八代さんが標的を近くまで戻し、焦げ跡を指で追った。
最初の1発は少し外れているのに、それ以降だけが、その周囲へ寄っている。
「標的変える。今度は1枚に1発ずつ」
次は、5枚の標的へ1発ずつ撃った。
結果は普通だった。中央に近いものもあれば、端へ寄ったものもある。さっきよりむしろ散っている。
「次。同じ標的に2発。撃ったら標的を変える」
言われた通りに繰り返す。
1発目の位置は毎回ばらばらだった。
けれど2発目だけは、どの標的でも1発目の焦げ跡の近くに当たった。
3枚目では自分でも分かった。2発目の魔力弾が着弾する直前、ほんのわずかに軌道を変えた。
「……やっぱり、2発目が寄ってるな」
「前にも1回ありました。1発目とほとんど同じところに当たって」
「なら偶然じゃない」
八代さんは標的の焦げ跡を指先で示した。
「魔力は、魔力同士で引き合う性質がある。特に同じ人間の魔力ならな。そして魔力弾が当たった場所にも、僅かだがお前の魔力が残る」
「じゃあ、2発目がそこに引っ張られてる?」
「たぶんな。ただ、普通は射撃の軌道が曲がる程の影響はない」
八代さんが少し離れた標的を指す。
「お前の魔力は引き合う性質がかなり強いらしい。使い方次第では武器になる」
ナギさんとの探索で、2発目が同じ傷へ入った時のことを思い出した。
あれは照準が完璧だったわけじゃない。
最初に当てた場所に向かって2発目が引っ張られたのかもしれない。
八代さんはそこで話を切り、俺の構えを指差した。
「でも、今はそっちに頼るな。まず撃ち方を直す」
そこからは、構えから撃った後までを1つずつ直していくことになった。
腰から抜く。銃口を前へ向ける。両手が合流する位置を毎回同じにする。腕だけで照準を合わせず、身体ごと向ける。撃った後にすぐ銃を下げない。
「敵を見ろ。照準器を見に行くな」
言われてやってみると、今まで俺は狙おうとするほど視野が狭くなっていた。シズルやナギの動きを見ながら支援する時とは正反対だ。
八代さんは標的を左右へ動かした。最初の3発は1発しか当たらなかった。
「追いかけるな。先に銃口を置け」
次は2発。当たったけど端だ。その次も2発。
少しずつ、撃つ前に慌てなくなってくる。
さらに厄介だったのが、支援魔法から射撃への切り替えだった。実戦では銃だけ見ていればいいわけじゃない。前にいる2人の動きを見て、必要なら支援を入れ、その直後に抜けてきた敵を撃つ。
八代さんが左右の標的を順不同で動かしながら、手元のランプを点ける。青なら支援魔法を想定して1拍待つ。赤なら撃つ。単純なはずなのに、切り替えた瞬間に1回だけ銃口が泳いだ。
「今の迷宮なら味方の背中だ」
「怖いこと言わないでください」
「だから練習するんだ」
反論できない。
何度か繰り返すうちに、青から赤へ変わっても銃を急いで抜かなくなった。
まず相手を見る。空いている射線へ1歩ずらす。それから撃つ。
命中率はまだ高くない。でも、最初よりは明らかにましだった。
八代さんはそこで訓練を止めた。何か考え事をしている。
「水原。撃ったあと何してる?」
「何って……何もしてないですけど」
「魔力の話だ。撃った直後は崩れてるのに、次を撃つ頃には元に戻ってる」
鳴海先生にも、出力が揃っているとは言われていた。
でも、撃った後に自分の中で何が起きているかまでは考えたことがなかった。
「制御適性が高いからじゃないんですか?」
八代さんは少し考えてから首を横に振った。
「高いだけなら乱れにくいだけだ。お前の場合、一回乱れた魔力が次の弾を撃つ時には戻ってる」
その言い方が妙に引っかかった。
「適性検査担当したの、鳴海だろ」
「はい」
「1回見せてこい。あいつの方が分かる」
◇
新人センターへ行くと、鳴海先生は訓練記録を見ながら昼食のパンを食べていた。丸いパンに焼いた肉と葉野菜が挟まっていて、香辛料の匂いがする。
「八代さんに追い返された?」
「厄介者みたいに言わないでください。ちょっと見てほしいことがあるって」
事情を説明すると、先生は残りのパンを2口で食べ、紙を丸めて屑入れへ放った。
「じゃ、撃ってみて」
やっぱり話が早い。
実技室の簡易標的へ向けて、5発撃つ。今回は命中位置より、撃ったあとの自分の魔力を意識してみた。
1発目。
銃へ魔力が流れ、抜ける。
一瞬だけ身体の内側が揺れる。
でも、その直後にはもう元の感覚へ戻っていた。
今まで、それを『普通』だと思っていた。
5発目を撃ち終わると、鳴海先生が妙に納得した顔で頷いた。
「ああ。なるほどね」
「分かりました?」
「君、自分にも制御補助かけてる」
「……自分に?」
思わず自分の胸を指した。先生は当然みたいに頷く。
「無意識にね。撃った直後に乱れた魔力の流れを、自分で元へ戻してる」
「そんなことできるんですか?」
「普通はやらない。というか、普通はそんな器用なことできない」
支援魔法は相手を見る魔法だと教わった。
呼吸や重心、魔力の流れを見る。
だから自分自身を同じように見るなんて考えたこともなかった。
「ただし、何でも自分に使えると思わないで。今やってるのは射撃で乱れた部分を反射的に戻してるだけ。かなり狭い範囲の補正」
先生は俺の頭を指で軽く示した。
「たぶん君の中では、『ここがいつもの位置』って基準が強いんだろうね。だからズレると勝手に戻す」
「じゃあ、加速補助も自分に――」
「まだ駄目」
最後まで言う前に止められた。
「自分で走りながら、自分が動く瞬間を外から見るように合わせるんだよ。今やったら普通に転ぶ」
「ですよね」
「でもまあ」
先生は少しだけ楽しそうに笑う。
「そのうち面白いことにはなるかもね」
◇
その日のうちに八代さんのところへ戻ると、説明を聞いた彼は驚くより先に「なるほど」とだけ言った。
「なら長所は分かった。使い方を間違えるな」
「というと?」
「魔力が乱れにくいからって連射を急ぐな。それと、残った魔力に弾が寄るからって雑に撃つな。1発目が命中しないと、その特性も意味がない」
耳が痛い。
2発目以降に少し補正がかかっても、そもそも1発目を当てられなければ何も始まらない。
最後にもう1度、動く標的を撃った。
1発目、中央より右。
2発目、外れ。
3発目、胴。
4発目、胴。
5発目、肩。
最初よりはいい。でも、シズルの剣みたいに狙った場所へ全部入るわけじゃない。
「そのくらいでいい」
「良くはなくないですか?」
「昨日までよりはな。初心者が1日で名手になったら、俺の仕事がなくなる」
初めて少しだけ冗談らしいものを聞いた。
「時間ができたらまた来い。俺がいる時ならいつでも相手してやる」
俺は頷いて、ホルスターへ銃を戻した。
◇
夕方、《暁》の連絡グループへ『銃の練習してきた』と送った。
最初に返ってきたのはシズルだった。
『当たる?』
『……前よりは』
少し間があって、ナギからも返ってくる。
『それって信用していいんですか笑』
そのあとシズルから一言。
『じゃあ次、第4標識いこ』




