3人で
「固定、組む?」
迷宮から戻って、協会の買取窓口で今日の魔石を精算した直後だった。
唐突にそう言ったシズルを、俺とナギさんは同時に見る。
「俺たちと?」
「うん」
シズルはいつも通りの顔で頷いた。
臨時パーティを転々としていると聞いていたから、てっきり今後も空いている日に声をかけるくらいの関係だと思っていた。
「シズル、固定のパーティは作らないんだと思ってました」
「今までは」
そこで言葉が止まる。
シズルは俺を見て、それからナギさんを見る。
続きを待っていると、少しだけ考えてから口を開いた。
「2人とはやりやすい」
短い。でも、彼女にしてはかなり分かりやすい答えだった。
ナギさんの口元が少しだけ緩む。
「俺は賛成。というか、こっちからお願いしようと思ってた」
「私もです。前衛を毎回探すより、その方が動きやすいですし」
実際、3人で潜るようになってから明らかに戦いやすくなった。
シズルが前を押さえ、ナギさんが水で崩し、俺が2人を支援する。まだ完成には遠いけど、少なくとも役割は見えている。
そもそも、俺もナギさんもシズルのことが大好きだ。
話が決まると、シズルはそのまま近くの案内端末を指した。
「登録、あっち」
「早いな」
固定パーティの登録自体は拍子抜けするくらい簡単だった。
3人の探索者証を読み込ませ、メンバーを確認して、活動記録を共有することに同意する。パーティ名は後からでも付けられるらしく、今日は空欄のままにした。
受付の女性が端末を操作すると、俺たち3人の画面に新しい表示が増えた。
『パーティ等級:初級』
「初級」
「まあ、結成したばかりですからね」
シズルは表示をじっと見ている。
経験だけなら俺よりずっと上だけど、パーティとしての等級は3人の活動実績で決まるらしい。
受付の説明では、初級は浅層を中心に活動する新人パーティ。
一定の共同探索実績、安全な帰還記録、第4標識以降での継続した活動、それから協会依頼の達成実績などが揃えば、中級認定の審査を受けられる。
中級になれば入れる区域も、受けられる依頼の幅も広がるという。
「中級まで、どれくらいかかるものなんです?」
受付の女性は「早いところなら数か月、普通はもっとかかります」と答えた。単に強い魔獣を1匹倒せば上がれるものではなく、このパーティなら少し危険な仕事を任せても大丈夫だと協会に判断されることが重要らしい。
「中級、行く」
「もう決定なんだ」
シズルは当然みたいに頷く。ナギさんも自分の端末を見ながら少し考えていたが、やがて顔を上げた。
「目標としてはちょうどいいと思います。第4標識の先にも行きたいですし」
「じゃあ当面、中級を目指すか」
言葉にすると、急に目標らしい形になった。
昨日までは「次はもう少し奥へ」くらいしか考えていなかった。でも今は、その先に中級という1つの区切りができた。
◇
協会を出たところで、俺は2人を呼び止めた。
ちょうど決めておきたいことがあった。
「俺、日雇いは一旦やめようと思う」
ナギさんが足を止める。シズルは特に驚いた様子はない。
「探索だけにするんです?」
「しばらくは。3人で潜れる日を増やしたいし、中級目指すならその方が早いだろ」
もちろん、迷宮の収入が毎日安定する保証なんてない。
「まず1か月くらいやってみる。それで全然駄目なら、また日雇い入れればいい」
「水原さんにしては、慎重ですね」
「一回、地上で痛い目見たからな」
一発で全部取り返そうとするのは、もういい。3人で潜って、帰って、少しずつ実績と金を積む。その方が今は性に合っている気がした。
ナギさんも「じゃあ私も、しばらく他の仕事は減らします」と言った。完全に辞めるわけではないらしいが、3人で探索する日を優先するつもりらしい。
シズルは元々探索を中心にしているので、特に変えることはない。
「週、何回?」
「いきなり詰めすぎないで、3回くらいから?」
シズルは少し不満そうだった。たぶんもっと行きたいと思っている。
でもナギさんが「休むのも探索者の仕事です」と言うと、渋々頷いた。
こうして話していると、本当にパーティを組んだんだという実感がじわじわ湧いてくる。
◇
その日の夜。俺たちは青灯亭のいつもの席にいた。
理由は単純。パーティ結成祝いである。
テーブルは、3人で食べ切れるのか少し不安になるくらい賑やかだった。
厚めに切った岩猪の炙りは表面に香ばしい焼き目がつき、透明な脂がまだじわじわと浮いている。胡椒に似た香辛料と焦げた肉の匂いが強く、皿が置かれただけで腹が減る。岩鱒の燻製は薄桃色の身がしっとりしていて、煙の香りと塩気が酒を誘った。
発光茸とチーズの焼き物は、焼けたチーズの隙間から茸の淡い青白い光がぼんやり漏れている。見た目は少し怪しいのに、匙を入れると濃いチーズの香りが立ち、茸の柔らかな食感とよく合う。揚げた根菜は外側が薄くぱりっとして、中はほくほくと甘かった。
「これ、冷める前に食べた方がいいですよ。チーズ固くなるので」
「乾杯より先に料理の心配する?」
ナギさんはグラスを持ったまま発光茸の皿を見ている。今日も食べ物が絡むと少しだけ反応が速い。
俺とシズルは地下麦のエール。琥珀色の液体の底から細かい泡が絶えず上がり、鼻を近づけると焼いた麦みたいな香りがした。ナギさんのグラスには赤紫色の果実酒を炭酸で割ったものが入っている。甘い果実の匂いの奥に酸味があり、氷の間を泡が弾けていた。
「じゃあ……正式パーティ結成と、中級目指して」
「はい。無理せず、ちゃんと帰ってくることも忘れずに」
シズルもグラスを持ち上げる。
「乾杯」
3つのグラスが軽くぶつかった。
エールを1口飲む。冷たさのあとに麦の香ばしさが来て、最後にしっかり苦味が残った。探索帰りの身体には妙にうまい。すぐ岩猪を1切れ口に入れると、表面は香ばしいのに中は柔らかく、噛むほど脂の甘みが出てくる。酒が進む味だった。
借金を抱えて地下へ降りてきた時には、こんな乾杯をすることになるなんて考えてもいなかった。
隣を見ると、シズルのグラスがもう半分くらい減っている。
「シズル、飲むの早くない?」
「普通」
そう言って残りも普通に飲んだ。全然普通じゃない気がする。
空になったグラスを置く動きも普段と変わらない。
「強いんですか?」
「うーん」
本人もよく分かっていないらしい。
すぐ2杯目を頼んでいるので、少なくとも弱くはなさそうだった。
ナギさんは果実酒を少し飲んでから、岩鱒の燻製を1切れつまんだ。
しばらく黙って噛み、もう1切れ取る。
「それ、うまい?」
「かなり。燻製の塩気と果実酒が最高のマリアージュですね」
言いながら3切れ目へ手が伸びる。分かりやすい。
料理をつまみながら、次にどこまで行くかを話した。第4標識の手前まで様子を見る。危険そうならすぐ戻る。しばらくは同じ区域で経験を積み、3人の動きを固める。その間に協会から受けられそうな初級向けの依頼も探す。
「名前」
シズルが何杯目かのエールを置いて言った。
「名前?」
シズルが端末を出し、パーティ情報の画面を見せる。
名前の欄だけが空白だった。
「そういえば、決めてませんでしたね」
そのまま3人で少し考えた。中級を目指しているから中級なんとか、3人だから3なんとか。口にしてみると、どれも妙に恥ずかしい。
シズルは真顔で「第3探索班」と提案したけど、さすがに職場の部署みたいなので却下した。
グラスの中の琥珀色を眺めながら、ふと地上の言葉が1つ浮かんだ。
「……《暁》とかどう?」
2人とも反応がなかった。
「あかつき?」
「どういう意味?」
やっぱり馴染みがないらしい。
「地上で、夜が明ける少し前のこと。まだ暗いんだけど、空の端が少しずつ明るくなってくる時間」
自分で説明していて、地下でこの話をするのは少し変な感じがした。
ここには朝も夜もあるけど、それは時計と照明で区切られたものだ。空が暗闇から明るく変わっていく瞬間はない。
ナギさんはしばらく黙っていた。
さっきまで料理を追っていた視線が、少し遠くを見るようになる。
「……これから明るくなる時、ですか」
「まあ、そんな感じ」
シズルは口の中で1度「あかつき」と繰り返した。
「好き」
即決だった。ナギも小さく頷く。
「私もいいと思います。地下のパーティなのに、地上の空の名前っていうのも」
俺は端末の入力欄に2文字を打ち込んだ。
『パーティ名:《暁》』
3人の端末に同じ文字が表示される。たった2文字なのに、空欄だった時より妙にそれらしく見えた。
「じゃあ改めて。《暁》、結成ってことで」
残っていたグラスをもう1度軽く合わせた。
今度はナギも少し笑っていた。
そのあと、シズルが俺ではなくナギさんを指した。
「ナギさんだけ、さん付け」
一瞬、意味が分からなかった。ナギさんの箸が止まる。
「ああ……そういやそうだな」
「別に、私は気にしてませんけど」
そう言いながら、ナギは果実酒を1口飲む。
炭酸が弾ける音のあと、グラスを置くまでがほんの少しだけ遅かった。
「じゃあ、ナギって呼んでいい?」
ナギは俺を見た。すぐには答えない。シズルも黙って答えを待っている。
数秒して、視線が少しだけ横へ逃げた。
「……今さら聞くんですね」
それから、小さく息を吐く。
「いいですよ」
許可が出た。
「じゃあ、ナギ。これ食べる?」
最後の岩猪の炙りを指す。ナギの動きが一瞬だけ止まった。
「……食べます」
返事はいつも通りだった。でも、皿を受け取る手がほんの少しだけ慎重に見えた。受け取った直後には普通に肉を頬張っていたけど。
その隣でシズルが満足そうに頷いている。
「なんでシズルが満足気なんだよ」
シズルは答えず、もう何杯目か分からないエールを飲んだ。
その後は探索の話から、シズルが昔組んだ変な臨時パーティの話、ナギが迷宮で1番食べたくない魔獣の話まで、どうでもいい話が続いた。追加で頼んだ岩芋の薄焼きは端がぱりぱりで、溶かした塩バターをつけると3人とも無言で手が伸びた。シズルは相変わらず口数が少ないけど、剣の話になると少し長くなる。ナギは料理が追加されるたびに機嫌がよくなる。
気づけば、最初に3人で食事をした時よりずっと自然に会話が続いていた。
正式なパーティになったからといって、明日から何かが劇的に変わるわけじゃない。
まだ初級。俺は支援魔法を2つ覚えただけ。ナギもシズルも、俺も、できないことの方が多い。
それでも当面の目標は決まった。
《暁》の3人で潜る。3人で帰る。
まずは、中級まで。
それくらいの目標なら、今の俺にも悪くない気がした。




