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FXで破産した俺、地下40kmから人生をやり直す  作者: 旗良北 九内
地下で生きる

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12/26

臨時メンバー

「御影シズル。剣を使う」


 第一声がそれだった。迷宮入口の待合スペース。

 俺たちの前に立った女は、ナギさんよりさらに少し小柄だった。

 黒に近い髪を邪魔にならないよう後ろで1つにまとめ、濃い色の瞳はやや切れ長。

 細い身体に沿う軽装と、腰のやや短めな剣がよく似合っている。


 募集に応募してきた前衛――御影シズル。名前の横には第3標識より先の探索経験あり、と表示されている。


「冬木ナギです。水魔法を使います。今日はよろしくお願いします」


 シズルはこくりと頷いた。


「水原圭です。支援魔法と魔力銃を使います。今日はよろしくお願いします」


 再びこくりと頷いた。


「戦闘中の声かけは大丈夫です?」

「必要なら喋る」


 どうやら随分と無口な性格なようだった。

 ナギさんと目が合った。2人とも、まあいいかという顔になった。


「じゃあ、行きましょうか」


 シズルはもう入口へ向かって歩き始めていた。



◇



 第3標識まではいつもの道だった。

 違うのは、今日は俺とナギさんの少し前をシズルが歩いていることだけ。

 小柄な背中は頼もしいというより、最初はむしろ心配になるくらいだった。でも勝手に距離を離すことはなく、曲がり角では1度止まり、後ろを確認してから進む。足音もほとんどしない。


 やがて岩壁に埋め込まれた第3標識を越える。道幅が少し狭くなり、壁の発光苔もまばらになった。地図上ではほんの少し先へ進んだだけなのに、空気が変わった気がする。


「ここから?」

「はい。今日は深追いせず、この周辺を見たいです」


 シズルは頷き、剣を抜いた。鞘走りの音がほとんどしない。


 その瞬間、さっきまで返事すら惜しんでいた小柄な少女の雰囲気が変わった。

 姿勢が低くなり、視線だけが鋭くなる。


「来る。3」


 低い声と同時に、右の岩壁から黒い影が落ちた。

 猿に似た身体。長い腕。その先に曲がった爪。

 1匹目がシズルへ飛びかかる。


 シズルは受けなかった。


 半歩、外へ。

 爪が空を切る。


 すれ違いざまに剣が走った。

 手首。

 続けて首元。


 1匹目が着地するより先に崩れる。

 2匹目は壁を蹴って頭上へ回った。


「上!」


 シズルはもう動いていた。

 身体を沈める。

 頭上を爪が通過する。

 そのまま懐を抜け、着地する後脚だけを斬る。

 黒髪が1拍遅れて揺れた。

 魔獣が姿勢を崩す。

 ナギさんが右手を上げる。

 俺は呼吸を見る。


【制御補助】


 水が一気に収束した。


【水弾】


 2匹目の胸へ直撃。岩壁へ叩きつけられる。


「左」


 3匹目が俺の方へ抜けてきた。

 魔力銃へ手を伸ばす。

 けれど、シズルの方が速い。

 壁際へ1歩。

 そこから斜めに飛び込む。

 俺と魔獣の間を横切り、足首だけを切った。

 勢いのまま魔獣が転がる。

 シズルは振り返りざまに喉元へ短く突く。


 終わった。



 静かになってから、俺はようやく息を吐いた。

 戦闘時間は1分もない。俺とナギさんだけなら3匹を同時に相手取る時はもっと慌ただしい。

 今日はナギさんが前へ出る必要がなく、俺も自分を狙う相手を気にせず支援へ集中できた。


「これ、何て魔獣?」

「鉤爪猿です。第3標識の先から増えます。壁や岩棚を使うし、2、3匹で死角から飛び込んでくるので、初心者にはちょっと嫌な相手ですね」


 ナギさんは倒れた1匹の腕を持ち上げ、鉤みたいに曲がった爪を見せる。単体の力はそこまで強くないらしいが、群れになると厄介。爪の一部と魔石は換金でき、大きく育った個体ほど腕力も爪も強くなるらしい。


「群れると面倒」

「御影さん、よく3匹相手にあれだけ動けますね」


 シズルは剣についた汚れを布で拭いながら、俺を見る。


「シズルでいい」

「え?」


 シズルが自分を指した。どうやら呼び方の話らしい。


「御影さん、長い」

「じゃあ、敬語もやめていい?」


 こくり、としかけてから、シズルは珍しく言葉で返した。


「好きにして」


 許可が出たので、その後はシズルと呼ぶことにした。

 さっきまで初対面だった相手なのに、1度一緒に戦っただけで少し距離が縮まった気がする。


 ただ、想像していた前衛とはだいぶ違った。シズルは敵を力で止めていない。攻撃を外させ、追わせ、向きを変えさせ続けることで、結果的に1匹も後ろへ通していなかった。


「前衛って、もっと受け止めるものだと思ってた」

「シズルの場合は、捕まらないから前にいられる感じですね」


 シズルは剣を鞘へ戻した。


「重いの、無理」

「まあ、その体格ならそうだよな」


 本人は特に気にした様子もなく、今度は俺の方を見る。


「支援、今の?」

「そう。【制御補助】。ナギさんの魔法を安定させるやつ」


 シズルは少し考えてから、自分の足元を指した。


「加速は?」

「加速?」


 こくり。


「前に組んだ支援役が使ってた。1歩、速くなる」


 さっきまで単語でしか喋らなかったのに、剣の話になった途端ちょっと増えた。


「分からん、習ってもない」


 シズルがほんの少し残念そうに目を伏せる。


「覚えられる?」

「とりあえず、調べてみる」



 さらに20分ほど進んだところで、シズルが急に左手を上げた。


「止まって」


 通路の奥から現れたのは、さっきの鉤爪猿よりひと回り大きな個体だった。

 肩まで俺の胸くらいある。両腕の爪も長く、岩を引っかくだけで白い筋が残る。


「1匹ですけど、かなり大きいですね」

「シズル、いける?」


 シズルは答えなかった。代わりに剣を少し下げ、低く構える。

 小柄な身体が、さらに小さく見えた。


 魔獣が吠える。

 腕を振り上げる。

 シズルは動かない。

 爪が落ちる。


 その瞬間、消えたように見えた。


 轟音。

 さっきまでシズルがいた床を爪が叩く。

 本人はもう右側にいた。

 低い姿勢のまま懐へ潜り込む。


 剣閃。


 脇の下。

 浅い。

 でも魔獣の右腕から力が抜けた。

 左腕が横薙ぎに来る。

 シズルは2歩下がる。

 届かない。

 魔獣が追う。

 その瞬間、シズルは壁を1度だけ蹴った。

 進行方向が横へずれる。

 魔獣の視線が遅れる。

 背後。


 2撃目。


 膝裏。

 巨体が落ちる。

 シズルは止まらない。

 1歩。

 もう1歩。

 倒れ込む身体の死角へ回る。

 最後だけ、真っ直ぐ踏み込んだ。


 喉。剣先が深く入る。

 すぐ抜く。


 距離を取る。


 魔獣は数歩もがき、そのまま倒れた。


 俺もナギさんも、しばらく何も言えなかった。


「……速」


 強い、より先にそっちが出た。真正面から勝った感じがまるでしない。大きな相手の周りを走り回って、触らせないまま必要な場所だけ斬っていた。


「あれ、私なら途中で転びますね」


 シズルが振り返る。褒められたのが分かったのか、ほんの少しだけ視線を逸らした。


「今の、流派とかあるの?」


 首を横に振る。


「独学?」


 こくり。


「どうやって?」

「……ネット」


 もっと何か、すごい師匠とか秘伝とか、そういう答えを想像していた。


「独学であれになるの?」


 シズルは少しだけ首を傾げた。たぶん、何が変なのか分かっていない。


 ただ1つ分かった。

 シズルの剣は、力で相手をねじ伏せる剣じゃない。相手より先に動いて、追わせて、視線の外へ抜けて、身体の弱い場所だけを斬る。小柄なのは不利じゃない。あの戦い方には、むしろ合っている。


 そして同時に、さっきの「加速」という言葉が頭に残った。今でも十分速い。ここにもう一段、踏み込みの速さが乗ったらどうなるんだろう。



 その後も第3標識の先を1時間ほど回った。

 シズルが敵を引きつけ、ナギさんが水で足場と動きを崩し、俺が後ろから支援と魔力銃。初めて組んだはずなのに、役割がはっきりしている分、2人だけの時より動きやすい場面すらあった。


 ただ1つ、俺には引っかかるものが残った。ナギさんには【制御補助】を入れられる。でもシズルが前で剣を振っている時、俺にできるのは敵が抜けた時に撃つくらいだ。支援役なのに、シズルには何も支援できないことがもどかしい。



 入口へ戻った頃には、今日の探索分だけでも十分な魔石と素材が集まっていた。

 初めて第3標識を越えたわりには、危ない場面もほとんどない。


「今日は助かりました。ありがとうございます」


 シズルはこくりと頷いた。端末をしまい、このまま帰るのかと思ったところで、ナギさんが少しだけ間を置く。


「このあと、ご飯どうです?」


 シズルが1度だけ瞬く。それから俺とナギさんを見て、また頷いた。



◇



 入ったのは迷宮口近くの探索者向け食堂だった。昼を少し過ぎていたこともあって店内は混んでいる。俺たちは奥の4人席に座り、岩鱒の香草焼き定食を3つ頼んだ。さっきまで命を預け合っていた3人が、今は狭い卓を囲んでいるのが少し変な感じだった。

 料理が来るまで、シズルは卓上の水を飲んでいるだけだった。誰かが話し始めるのを待っているというより、本当に無言で平気らしい。


「シズルは臨時パーティってよく入るんですか?」


 こくり。


「固定の仲間はいないの?」


 シズルは首を横に振った。会話は苦手でも、前衛募集にはよく応募するらしい。人と組むこと自体が嫌いというわけではなさそうだ。


「シズル、剣はいつからやってる?」

「子どもの頃から」


 魚を1口食べてから短く答える。剣の話だからか、返事が早い。


「ずっとネット見て練習してたんです?」


 こくり。


「休日とかも?」

「だいたい」


 ナギさんが箸を止める。


「……かなり剣好きですね」

「好き」


 その一言だけは、今までで1番迷いがなかった。無表情なのに、なんとなく嬉しそうに見える。


 しばらくは今日の戦闘の話をした。俺が2戦目の動きについて聞けば、シズルは皿の端を指でなぞりながら「ここで外す」「こっちへ追わせる」と珍しく説明する。ナギさんも水魔法を入れるならどの瞬間が邪魔にならないか聞き、気づけば3人で次に組む前提みたいな話になっていた。

 食事が半分ほど減ったところで、シズルがふと箸を止めた。


「今日は、楽しかった」


 俺とナギさんが同時に顔を上げる。シズルは少し気まずそうに魚へ視線を戻した。


「私もです。前を任せられると、かなり動きやすかったです」


 俺も頷く。支援に集中できたし、何より3人で動いた時の噛み合い方が想像以上だった。


「俺も。まあ、会話はこっちが頑張ることになりそうだけど」


 シズルの口元がほんの少し動いた。笑ったのかと思って見ていたら、すぐにいつもの無表情へ戻る。


「また行くなら、呼んで」

「いいの?」


 こくり。今度はナギさんもすぐに頷いた。


「じゃあ、またお願いします」


 シズルはそこで俺を見る。


「加速、覚えたら教えて」

「やっぱり覚えることになってる?」


 こくり。ナギさんが隣で小さく笑った。

 最初は、小柄だしほとんど喋らないし、本当に前衛で大丈夫かと思った。けれど実際は、敵に触らせないまま前を支配する、俺の想像とはまるで違う剣士だった。


 1日だけの臨時メンバーのつもりだったけど、もう少し長い付き合いになりそうな予感がする。

 次に3人で潜るなら、その時はシズルにも何か渡せるようになりたい。

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