2人で
2日後。解体場の昼休み、俺はナギさんに探索者登録を済ませたことを報告した。
「装備借りた。あと、そのまま迷宮にも行った」
ナギさんが止まる。
「……もう行っちゃったんですか?」
「先生に連れていかれて。講習みたいなものだけど」
ほんの少しだけ間があった。
なぜか、少し不満げな様子に見えた。
「……そうですか。じゃあ今度の休み、私とも行きます?」
「行く」
◇
そして休日。
探索服に短刀を下げたナギさんと、初心者向け迷宮へ入った。
今日は薬用苔や茸を採りつつ、小型魔獣の魔石も狙うらしい。
「初心者が宝箱探し始めたら止めますからね」
「まだ何も言ってないのに」
青白い苔の間を進み、教わった薬用苔を少し採る。
その直後、先を歩いていたナギさんが片手を上げた。
「角兎、2匹います」
「分かるの?」
「水の音が2回途切れました」
次の瞬間、岩陰から灰色の影が飛び出した。
前回見た針尾鼠よりひと回り大きい。灰色の毛並みに、発達した後脚。額からは短い角が前へ突き出ている。
1匹。少し遅れてもう1匹。
俺が腰の魔力銃へ手を伸ばすより早く、ナギさんが前へ出た。
右手を軽く振る。
足元を流れていた水が、まるで最初からそこに用意されていたみたいに持ち上がった。
細い水の帯が1匹の前脚へ絡みつく。
踏み込みがずれた。
そこへナギさんが横へ1歩。
もう一方の手を返す。
【水弾】
圧縮された水塊が魔獣の横腹を正確に打ち抜き、岩壁へ叩きつける。
速い。
解体場で眠そうに箱を運んでいる人と同じとは思えなかった。
2匹目が死角から飛び込む。
「ナギさん、右!」
言うより先に、ナギさんは半身になってかわしていた。
短刀を抜く。
でも斬らない。
切っ先で魔獣の顔を逸らし、その足元へ水を滑らせる。
体勢が崩れた瞬間、水の塊が真下から跳ね上がった。
1匹目と同じように、魔獣が転がる。
――かっこいい。
我ながら間の抜けた感想だった。
でも、それ以外に出てこなかった。
「水原さん」
「ん?」
「見惚れるならあとでにしてください」
「ごめん」
ナギさんは冗談で言ったと思うけど、本当に見惚れていた。
ナギさんがもう1度右手を上げる。
水が集まる。
今度は分かった。
俺の出番だ。
トウカ先生に言われたことを思い出す。
魔法を見るんじゃない。
相手を見る。
ナギさんの呼吸。肩。手首。水を集める速さ。
前に訓練した時より、不思議なくらい分かる。
この数日、何度もナギさんの魔法を見てきたからかもしれない。
次に、撃つ。
そう感じた瞬間、俺は【制御補助】を重ねた。
水の揺れが消えた。
一瞬だけ、世界から余計な音がなくなったように感じる。
ナギさんの目がわずかに見開かれた。
【水弾】
さっきより細い。なのに速い。
真っ直ぐ飛んだ水が魔獣の胸元へ突き刺さり、その身体を数メートル先まで吹き飛ばした。
岩へぶつかる鈍い音。
動かなくなった。
迷宮内に静寂が戻る。
ナギさんはしばらく倒れた魔獣を見ていた。
それから、自分の右手を見る。
「……ちょっと待ってください」
「俺、また何かやっちゃいました?」
ナギさんが俺を見る。
「今の魔法、めっちゃ強くないですか?」
「俺もそんな気がした」
「そんな気がした、じゃないですよ」
珍しく少しだけ声が上がった。
「水の量はさっきとほとんど同じです。なのに威力が高すぎる」
「支援魔法が上手く入った?」
「それもそうですし、前より合わせるのも早いです」
そう言われると、俺にも心当たりはあった。
鳴海先生相手の時より、ナギさんの方が次に何をするか読みやすかった。
「ナギさんの魔法、何回か見てるからかも」
ナギさんが少し黙った。
「じゃあ、もっと私のこと見ないとですね」
さらっと言われた。この前も青灯亭で似たようなことを言われた気がする。
「……まあ、極力ね」
「何ですか?」
「いや、なんでもない」
ナギさんは少しだけ首を傾げたあと、倒した魔獣の方へ歩いていった。
倒した魔獣から小さな魔石を取り出し、袋へ入れる。
「それが魔石?」
「はい。探索者の基本収入です。普通の魔獣は倒しただけじゃお金出ませんから」
「持って帰って売る、と」
「そういうことです。あと、魔獣によっては特定の部位も換金対象になりますね」
なるほど。探索者は覚えることが多いようだ。
◇
採取を再開してしばらくした頃、ナギさんがふと俺の腰を見た。
「そういえば、それ」
「魔力銃?」
「まだ見てないです。水原さんが撃つところ」
そういえば今日は1度も抜いていない。
「次、出たらやってみます?」
「俺が倒すの?」
「危なかったら私が止めます」
言い方が完全に先生だった。
それから10分もしないうちに、前方の岩陰が揺れた。
さっきと同じ種類の小型魔獣が1匹、低い姿勢でこちらを睨んでいる。
ナギさんは前へ出ず、俺を見た。
「どうぞ」
「急に任されると緊張するな……」
腰から魔力銃を抜く。
前回、トウカ先生と来た時よりは手が動いた。
構える。
魔力を流す。
狙う。
1発目。
白い魔力弾が走り、魔獣の左肩あたりへ当たった。
身体が大きく揺れる。
倒れない。
すぐにこちらを向き直った。
狙い直す。
2発目。
白い光が、1発目の跡へほとんど重なるように突き刺さった。
魔獣の身体が横へ弾け、そのまま岩の上へ転がる。
動かない。
「……あれ」
自分でも、思ったよりあっさり終わった。
横を見ると、ナギさんが倒れた魔獣と俺の銃を交互に見ている。
「今、同じところに2発当てました?」
「たぶん」
「それ、銃使いなら普通にできるんです?」
「わからん」
2人で少し黙った。
「俺、銃使いの知り合い1人もいない」
「そもそも、水原さんに友達がいないのは知ってます」
「ちくちく言葉禁止ね」
比較対象がいなかった。
トウカ先生にも、出力が揃っているとは言われた。
もしかすると、あれは思っていたより銃向きの性質なのかもしれない。
ナギさんが魔獣の傷口を覗き込み、小さく頷く。
「……とりあえず、普通かどうかは今度先生に聞いてください」
「そうする」
「普通じゃなかったら、ちょっと面白いですね」
その言い方が妙に嬉しかった。
その後は大きなトラブルもなく、予定していた採取を終えて地下都市の街へ戻った。
協会の窓口に、魔石3個と採取物、それから状態のいい角などの素材を出す。
魔石が7400円。素材が3100円。薬用苔と茸が2700円。
合計、1万3200円。
「……1万3000円」
「今日は短時間ですし、こんなものです」
「半分で6600円か」
解体場の日当と比べれば、特別大きな金額ではない。
危険もある。
毎回同じだけ取れるとも限らない。
でも今日は、お試しみたいなものだった。
「もう少し慣れれば、日雇いより稼げるな」
ナギさんが俺を見る。
「日雇いやめるんです?」
少し考える。
「まあ、しばらくは日雇いと並行で潜ってみようかな」
「意外と慎重ですね」
「迷宮は毎日同じだけ稼げるわけじゃないんだろ。慣れて、本当にこっちの方が稼げるなら、その時考える」
ナギさんが少しだけ目を細めた。
「……ちゃんと学習してますね」
「一応、痛い目は見てきたから」
それでも、自分で迷宮へ入って、自分たちで採って、戦って、それが金になった。
妙に嬉しかった。
「どうでした?」
「楽しかった」
「感想、小学生みたいですね」
「いや、でも本当に」
俺は受取額の表示をもう1度見る。
「迷宮って、本当に金になるんだなって」
ナギさんは少しだけ笑った。
「まあ。ちゃんと帰ってこられれば、ですけどね」
◇
協会を出る頃には、すっかり腹が減っていた。
朝から歩き回って、採って、戦って。身体を動かした分だけ、空腹も分かりやすい。
「このあと、何か食べて帰ります?」
「いいね」
答えてから、さっき受け取った6600円が頭をよぎった。
「……いやでも、せっかく稼いだ直後に使うのもな」
ナギさんが少し呆れた顔をした。
「ご飯は迷宮行かなくても食べるでしょう」
「それはそう」
「それに今日は、ちゃんと働いた後なので」
珍しく、ほんの少しだけ声が弾んでいる。
食べ物の話になると分かりやすい人だ。
向かったのは、久しぶりの青灯亭。
青いランプの灯りと、扉を開けた瞬間に流れてくる温かい匂い。
迷宮の湿った石の匂いを何時間も嗅いだあとだと、それだけで妙に安心した。
席につくなり、ナギさんが卓上のメニューを開く。
「今日、岩猪の煮込みハンバーグあります」
「急に元気になったな」
「気のせいです」
目は完全にメニューへ向いたままだった。
「岩猪って焼くだけだと少し肉質がしっかりしてるんですけど、煮込むと脂がソースに出て美味しいんですよ。青灯亭の茸ソースとも合います」
食べ物のことになると急に饒舌だ。
「じゃあ俺もそれで」
「真似しなくてもいいですよ」
「そこまで美味そうに説明されたら食べたくなるだろ」
しばらくして、湯気を立てた鉄皿が2つ運ばれてきた。
濃い茶色の茸ソースの中に、丸々とした岩猪のハンバーグ。横には焼いた地下根菜と、白い湯気を立てる飯。
ナイフを入れると、思ったより柔らかく割れた。
肉汁がソースへ混ざる。
1口。
「……うま」
口に入れた瞬間は牛肉に近い濃さがあるのに、噛むと豚肉みたいな甘い脂が出てくる。茸の香りが強いソースもよく合う。
迷宮を歩いたあとだからか、いつもよりさらに美味く感じた。
向かいを見る。
ナギさんは何も言わずに食べていた。
ただ、普段より明らかに口元が緩んでいる。
「美味しい?」
「……聞かなくても分かるでしょう」
「分かりやすい」
少しだけ笑った。
迷宮では見惚れるほど格好良かったナギさんが、今はハンバーグを食べて表情が緩んでいる。
その落差がなんとなく面白かった。
「次は、もう少し採取場所増やしてもいいかもしれませんね」
「また一緒に行ってくれるの?」
ナギさんの箸が一瞬止まった。
「……まあ。今日みたいな感じなら」
そう言って、また何でもないように食事へ戻る。
俺もハンバーグを1口食べた。
迷宮で稼いだあとのご飯は、普段よりずっと美味しく感じた。




