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FXで破産した俺、地下40kmから人生をやり直す  作者: 旗良北 九内
地下で生きる

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10/26

2人で

 2日後。解体場の昼休み、俺はナギさんに探索者登録を済ませたことを報告した。


「装備借りた。あと、そのまま迷宮にも行った」


 ナギさんが止まる。


「……もう行っちゃったんですか?」

「先生に連れていかれて。講習みたいなものだけど」


 ほんの少しだけ間があった。

 なぜか、少し不満げな様子に見えた。


「……そうですか。じゃあ今度の休み、私とも行きます?」

「行く」



◇



 そして休日。

 探索服に短刀を下げたナギさんと、初心者向け迷宮へ入った。

 今日は薬用苔や茸を採りつつ、小型魔獣の魔石も狙うらしい。


「初心者が宝箱探し始めたら止めますからね」

「まだ何も言ってないのに」


 青白い苔の間を進み、教わった薬用苔を少し採る。

 その直後、先を歩いていたナギさんが片手を上げた。


「角兎、2匹います」

「分かるの?」

「水の音が2回途切れました」


 次の瞬間、岩陰から灰色の影が飛び出した。

 前回見た針尾鼠よりひと回り大きい。灰色の毛並みに、発達した後脚。額からは短い角が前へ突き出ている。

 1匹。少し遅れてもう1匹。

 俺が腰の魔力銃へ手を伸ばすより早く、ナギさんが前へ出た。

 右手を軽く振る。

 足元を流れていた水が、まるで最初からそこに用意されていたみたいに持ち上がった。

 細い水の帯が1匹の前脚へ絡みつく。

 踏み込みがずれた。

 そこへナギさんが横へ1歩。

 もう一方の手を返す。


【水弾】


 圧縮された水塊が魔獣の横腹を正確に打ち抜き、岩壁へ叩きつける。

 速い。

 解体場で眠そうに箱を運んでいる人と同じとは思えなかった。

 2匹目が死角から飛び込む。


「ナギさん、右!」


 言うより先に、ナギさんは半身になってかわしていた。

 短刀を抜く。

 でも斬らない。

 切っ先で魔獣の顔を逸らし、その足元へ水を滑らせる。

 体勢が崩れた瞬間、水の塊が真下から跳ね上がった。

 1匹目と同じように、魔獣が転がる。


 ――かっこいい。


 我ながら間の抜けた感想だった。

 でも、それ以外に出てこなかった。


「水原さん」

「ん?」

「見惚れるならあとでにしてください」

「ごめん」


 ナギさんは冗談で言ったと思うけど、本当に見惚れていた。

 ナギさんがもう1度右手を上げる。

 水が集まる。

 今度は分かった。

 俺の出番だ。


 トウカ先生に言われたことを思い出す。

 魔法を見るんじゃない。

 相手を見る。

 ナギさんの呼吸。肩。手首。水を集める速さ。


 前に訓練した時より、不思議なくらい分かる。

 この数日、何度もナギさんの魔法を見てきたからかもしれない。

 次に、撃つ。


 そう感じた瞬間、俺は【制御補助】を重ねた。


 水の揺れが消えた。

 一瞬だけ、世界から余計な音がなくなったように感じる。

 ナギさんの目がわずかに見開かれた。


【水弾】


 さっきより細い。なのに速い。


 真っ直ぐ飛んだ水が魔獣の胸元へ突き刺さり、その身体を数メートル先まで吹き飛ばした。

 岩へぶつかる鈍い音。

 動かなくなった。


 迷宮内に静寂が戻る。

 ナギさんはしばらく倒れた魔獣を見ていた。

 それから、自分の右手を見る。


「……ちょっと待ってください」

「俺、また何かやっちゃいました?」


 ナギさんが俺を見る。


「今の魔法、めっちゃ強くないですか?」

「俺もそんな気がした」

「そんな気がした、じゃないですよ」


 珍しく少しだけ声が上がった。


「水の量はさっきとほとんど同じです。なのに威力が高すぎる」

「支援魔法が上手く入った?」

「それもそうですし、前より合わせるのも早いです」


 そう言われると、俺にも心当たりはあった。

 鳴海先生相手の時より、ナギさんの方が次に何をするか読みやすかった。


「ナギさんの魔法、何回か見てるからかも」


 ナギさんが少し黙った。


「じゃあ、もっと私のこと見ないとですね」


 さらっと言われた。この前も青灯亭《ブルーランプ》で似たようなことを言われた気がする。


「……まあ、極力ね」

「何ですか?」

「いや、なんでもない」


 ナギさんは少しだけ首を傾げたあと、倒した魔獣の方へ歩いていった。

 倒した魔獣から小さな魔石を取り出し、袋へ入れる。


「それが魔石?」

「はい。探索者の基本収入です。普通の魔獣は倒しただけじゃお金出ませんから」

「持って帰って売る、と」

「そういうことです。あと、魔獣によっては特定の部位も換金対象になりますね」


 なるほど。探索者は覚えることが多いようだ。



◇



 採取を再開してしばらくした頃、ナギさんがふと俺の腰を見た。


「そういえば、それ」

「魔力銃?」

「まだ見てないです。水原さんが撃つところ」


 そういえば今日は1度も抜いていない。


「次、出たらやってみます?」

「俺が倒すの?」

「危なかったら私が止めます」


 言い方が完全に先生だった。


 それから10分もしないうちに、前方の岩陰が揺れた。

 さっきと同じ種類の小型魔獣が1匹、低い姿勢でこちらを睨んでいる。

 ナギさんは前へ出ず、俺を見た。


「どうぞ」

「急に任されると緊張するな……」


 腰から魔力銃を抜く。

 前回、トウカ先生と来た時よりは手が動いた。


 構える。

 魔力を流す。

 狙う。


 1発目。


 白い魔力弾が走り、魔獣の左肩あたりへ当たった。

 身体が大きく揺れる。

 倒れない。

 すぐにこちらを向き直った。

 狙い直す。


 2発目。


 白い光が、1発目の跡へほとんど重なるように突き刺さった。

 魔獣の身体が横へ弾け、そのまま岩の上へ転がる。

 動かない。


「……あれ」


 自分でも、思ったよりあっさり終わった。

 横を見ると、ナギさんが倒れた魔獣と俺の銃を交互に見ている。


「今、同じところに2発当てました?」

「たぶん」

「それ、銃使いなら普通にできるんです?」

「わからん」


 2人で少し黙った。


「俺、銃使いの知り合い1人もいない」

「そもそも、水原さんに友達がいないのは知ってます」

「ちくちく言葉禁止ね」


 比較対象がいなかった。

 トウカ先生にも、出力が揃っているとは言われた。

 もしかすると、あれは思っていたより銃向きの性質なのかもしれない。


 ナギさんが魔獣の傷口を覗き込み、小さく頷く。


「……とりあえず、普通かどうかは今度先生に聞いてください」

「そうする」

「普通じゃなかったら、ちょっと面白いですね」


 その言い方が妙に嬉しかった。



 その後は大きなトラブルもなく、予定していた採取を終えて地下都市の街へ戻った。

 協会の窓口に、魔石3個と採取物、それから状態のいい角などの素材を出す。

 魔石が7400円。素材が3100円。薬用苔と茸が2700円。

 合計、1万3200円。


「……1万3000円」

「今日は短時間ですし、こんなものです」

「半分で6600円か」


 解体場の日当と比べれば、特別大きな金額ではない。

 危険もある。

 毎回同じだけ取れるとも限らない。

 でも今日は、お試しみたいなものだった。


「もう少し慣れれば、日雇いより稼げるな」


 ナギさんが俺を見る。


「日雇いやめるんです?」


 少し考える。


「まあ、しばらくは日雇いと並行で潜ってみようかな」

「意外と慎重ですね」

「迷宮は毎日同じだけ稼げるわけじゃないんだろ。慣れて、本当にこっちの方が稼げるなら、その時考える」


 ナギさんが少しだけ目を細めた。


「……ちゃんと学習してますね」

「一応、痛い目は見てきたから」


 それでも、自分で迷宮へ入って、自分たちで採って、戦って、それが金になった。

 妙に嬉しかった。


「どうでした?」

「楽しかった」

「感想、小学生みたいですね」

「いや、でも本当に」


 俺は受取額の表示をもう1度見る。


「迷宮って、本当に金になるんだなって」


 ナギさんは少しだけ笑った。


「まあ。ちゃんと帰ってこられれば、ですけどね」



◇



 協会を出る頃には、すっかり腹が減っていた。

 朝から歩き回って、採って、戦って。身体を動かした分だけ、空腹も分かりやすい。


「このあと、何か食べて帰ります?」

「いいね」


 答えてから、さっき受け取った6600円が頭をよぎった。


「……いやでも、せっかく稼いだ直後に使うのもな」


 ナギさんが少し呆れた顔をした。


「ご飯は迷宮行かなくても食べるでしょう」

「それはそう」

「それに今日は、ちゃんと働いた後なので」


 珍しく、ほんの少しだけ声が弾んでいる。

 食べ物の話になると分かりやすい人だ。


 向かったのは、久しぶりの青灯亭。

 青いランプの灯りと、扉を開けた瞬間に流れてくる温かい匂い。

 迷宮の湿った石の匂いを何時間も嗅いだあとだと、それだけで妙に安心した。


 席につくなり、ナギさんが卓上のメニューを開く。


「今日、岩猪の煮込みハンバーグあります」

「急に元気になったな」

「気のせいです」


 目は完全にメニューへ向いたままだった。


「岩猪って焼くだけだと少し肉質がしっかりしてるんですけど、煮込むと脂がソースに出て美味しいんですよ。青灯亭の茸ソースとも合います」


 食べ物のことになると急に饒舌だ。


「じゃあ俺もそれで」

「真似しなくてもいいですよ」

「そこまで美味そうに説明されたら食べたくなるだろ」



 しばらくして、湯気を立てた鉄皿が2つ運ばれてきた。

 濃い茶色の茸ソースの中に、丸々とした岩猪のハンバーグ。横には焼いた地下根菜と、白い湯気を立てる飯。

 ナイフを入れると、思ったより柔らかく割れた。

 肉汁がソースへ混ざる。


 1口。


「……うま」


 口に入れた瞬間は牛肉に近い濃さがあるのに、噛むと豚肉みたいな甘い脂が出てくる。茸の香りが強いソースもよく合う。

 迷宮を歩いたあとだからか、いつもよりさらに美味く感じた。


 向かいを見る。

 ナギさんは何も言わずに食べていた。

 ただ、普段より明らかに口元が緩んでいる。


「美味しい?」

「……聞かなくても分かるでしょう」

「分かりやすい」


 少しだけ笑った。

 迷宮では見惚れるほど格好良かったナギさんが、今はハンバーグを食べて表情が緩んでいる。

 その落差がなんとなく面白かった。


「次は、もう少し採取場所増やしてもいいかもしれませんね」

「また一緒に行ってくれるの?」


 ナギさんの箸が一瞬止まった。


「……まあ。今日みたいな感じなら」


 そう言って、また何でもないように食事へ戻る。

 俺もハンバーグを1口食べた。


 迷宮で稼いだあとのご飯は、普段よりずっと美味しく感じた。 

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