第7話 ボーイ・ミーツ・ガール
≪ 登場人物① ≫
◇エイジ・ミツギ 16歳 男性
OMC軌道保安軍、CAYAMBE防衛部隊所属
フォクスター小隊隊員
階級:少尉
HFアルトリウスのパイロット
◇ユイン・ユノス 18歳 男性
OMC軌道保安軍、CAYAMBE防衛部隊所属
フォクスター小隊隊員
階級:少尉
HFランスロットのパイロット
◇ブラントリー・フォクスター 25歳 男性
OMC軌道保安軍、CAYAMBE防衛部隊所属
有人HF部隊フォクスター小隊隊長
階級:大尉
HFトリスタンのパイロット
地表が、後ろへ流れていた。
赤道直下の荒野。
乾いた大地。
そのすべてが、アルトリウスの全天周モニターの端で細長く引き伸ばされていく。
低空を高速で飛翔する三機の有人HF。
背部推進器の噴射が地面を叩き、砂塵が左右へ割れる。
編隊の先頭で隊長機、フォックスのトリスタンが空気の壁を割るように進む。
その左右後方にユインのランスロットとエイジのアルトリウス。
ランスロットはトリスタンの後流を読んで滑らかに位置を保ち、姿勢制御翼を小刻みに震わせていた。
アルトリウスの振動。
Cell内圧。
神経接続の微細な熱。
エイジは呼吸を合わせた。
喉が、わずかに鳴る。
『軌道エレベーター基部まで、残距離32キロ』
『到着予測、45秒』
遠方に、白い線が見える。
雲を貫き、空の奥へ消えていく巨大なワイヤー。
モニター越しに見ていた戦場が、そこにはある。
『第一即応小隊、作戦共有』
アルトリウス、ランスロット両機のCellにフォックスの声が入った。
戦場に立つ隊長の声に、いつもの軽さはない。
『現地には、俺たち以外のスクランブル組も入ってる。有人HFの投入数は月側残存機7を上回る』
モニターの端に、友軍識別が次々と浮かぶ。
青いマーカーが、低空戦域の外周から中へ向かっていた。
『無人機は全滅寸前だ。だが、奴らとの交戦ログはリンク済み。回避癖、降下軌道、近接初動、推進器の使い方。全部だ』
フォックスは続ける。
『だから、現地の殴り合いそのものでは不利じゃねえ。数も、機体の厚みも、こっちが上だ』
「了解」
ユインが短く応じる。
『ただし、忘れるな。最大の不確定要素は、無人機が一斉に黙った理由だ』
フォックスの声が、少し低くなる。
エイジのモニターに、ディープ・ハンド応答なし、という赤い表示が小さく残る。
『ディープ・ハンドは沈黙。遠隔管制も、AI補助も、まとめて消えた。通信障害にしちゃ規模がでかすぎる』
「敵の攻撃と見ますか」
ユインが言った。
『そう見て動く。状況が分かるまで、気は抜くな。恐らく相手は、まだ全部の手札を見せてねえ』
エイジは無意識に操縦グリップのポジションを確かめ直す。
『戦域に入ったら、各個撃破だ。月側HFを孤立させ三機で潰す。無理に追うな。ワイヤー側へ逃げた敵はユインが止める。俺が押し込む。エイジ、お前は隙を突け』
「「了解!」」
『二人とも、俺の指示より先に墜とされるなよ』
「「墜とされません!」」
『ふんっ、その勢いだけは買ってやる』
瞬間、各機の兵装表示が切り替わった。
『トリスタン、近接兵装ロック解除』
『ランスロット、制動ブレード展開許可』
『アルトリウス、腕部レールガン使用許可』
『近接装備、全機セーフティ解除』
アルトリウスの腕部装甲が開く。
短砲身レールガンの稼働確認。
腕部ブレードの展開チェック。
脚部姿勢制御ベーンの応答。
背部推進器の出力上限が一段上がる。
Cell内の音が変わった。
機体内部から戦場へ入る準備が、起動していく。
『到着予測、20秒』
眼前に迫る軌道エレベーター。
地上から天を突き上げる巨大な構造体。その根元には、防衛基地、搬送施設、格納庫、砲座、センサー塔、破損した滑走路、そして無数の残骸が広がっている。
地表の至る所で、黒煙が上がっていた。
その間隙を、黒灰色の月側HFが低く滑る。
迎え撃つように、有人HFの青い識別マーカーが戦場へ突入していった。
『地上防衛火器、一部稼働』
『月側HF、残存数7』
『残存無人HF、戦闘不能』
『友軍有人HF、交戦開始』
『戦域進入。第一即応第一即応小隊、これより戦闘に入る』
フォックスが両機に告げる。
『俺は、中央を押さえる。ランスロット、左翼を制御。アルトリウス、右翼から回り込め』
「ランスロット、了解」
「アルトリウス、了解!」
『交戦規定だ。敵性HFを基部内周へ入れるな。擱座機は後回し。潰すのは動いてる奴を優先』
トリスタンの背部推進器が噴いた。
重装甲の隊長機が、低空戦域へ突っ込んでいく。
『各機散開!』
エイジの視界が大きく傾く。
地表が迫る。
黒いクレーターが横へ流れ、切断された無人HFの腕がモニターの端を掠めた。
その先に、月側HF。
『アルトリウス、敵性HF捕捉』
黒灰色の機体は、空気の隙間へ身体をねじ込むように進んでいた。細い四肢。長い関節。刃のように開閉する背面制御板。
照準が追う。
撃てる距離。
その刹那、射線の先に半壊した搬送施設と軌道エレベーターの補助構造体が重なる。
『射線制限』
「くっ……!」
月側HFがアルトリウスを捉えた。
地表から斜め上へ跳ね、停止した無人HFの肩を踏み台にして左側面へ潜り込む。
「速い!」
エイジは機体を捻った。
赤い機体が横へ流れ、黒い腕部ブレードを紙一重でかわす。刃が左肩装甲を掠め、警告表示が走る。
『正面だけ見るな、エイジ! 横を塞げ!』
フォックスの声と同時に、トリスタンが月側機の進路へ肩から突っ込んだ。
黒灰色の機体が上へ逃げる。
そこに、トリスタンのブレードが置かれていた。
炸裂音。
月側HFの左腕が弾かれる。
『ユイン!』
『カバーします』
ランスロットが左上方から滑り込む。
両腕から放たれた制動ブレードと機体の軌道だけで、敵の逃げ道を狭めていく。
月側HFが下へ逃げた。
その先に待ち受ける、アルトリウス。
『エイジ、今だ』
エイジは引き金を引いた。
腕部レールガンが短く吠える。
金属弾が月側HFの右脚部を貫いた。機体が崩れ、背面制御板が乱れる。
『逃がすかよ!』
トリスタンの蹴りが胸部を穿つ。
月側HFが射線制限域の外へ弾き出される。
即座に照準を重ねた、地上対空レーザーが機体を貫く。
赤い火球が地表へ落ち、砂塵と炎を巻き上げる。
『敵性HF、撃墜』
戦術表示から敵性マーカーが一つ消えた。
「……落とした」
エイジは息を吐いた。
『三機で、だ。気を抜くな』
フォックスがすかさず、釘を刺す。
「「了解!」」
無人HFの沈黙で開いた穴を、次々と有人機が塞ぐ。停止した白灰色の機体を縫い、月側HFを追い込む。
『アルトリウス、右翼残骸帯へ回れ。抜ける敵がいるならそこだ』
「了解!」
エイジは機体を右へ滑らせた。
地表近くを疾走する。
切断された腕。
潰れた推進器。
折れたセンサー塔。
黒煙を上げる地上砲座。
その合間に、月側HFが落ちた黒いクレーターが点在していた。
中心は赤く燻り、周囲の砂は硝子のように焼き固められている。
エイジはモニター越しに、その跡を見た。
「撃墜されたにしても、ほとんど跡形もないなんて……」
溶けたような黒い金属片の熱で、歪む空気。無人HFのような、腕や脚、胴体が形を保った残骸が見当たらない事に、エイジは一瞬、違和感を覚えた。
「有人機なら、生存は絶望的だな……」
思わず言葉が漏れる。
敵。
それでも、中に人の存在を感じた瞬間、ただの標的では無くなる。
胸の奥に僅かな重みがあった。
『未確認機影』
アルトリウスのセンサーが、右前方の残骸帯を拾った。
『IFFなし』
『熱源、微弱』
『機体形状、敵性HFに近似』
エイジは視線を向けた。
距離、700メートル。
崩れた搬送アームと、墜落した無人HFの残骸の間。
そこに、一機の黒灰色のHFが擱座していた。
片膝をつくように地表へ沈み、背面制御板の一部が折れている。右腕はだらりと下がり、頭部センサーブロックは半分ほど砂塵に埋もれていた。
動いていない。
月側HFだ。
「あの機体……?」
エイジは思わず呟いた。
機体がそのまま残っている。
黒灰色の装甲も、細い四肢も、折れた制御板も、確認できる。
違和感が、胸の中で膨らんだ。
『エイジ、右翼どうした』
フォックスの声が入る。
「擱座した敵性機を発見。確認に向かいます」
エイジはすぐに通信を開いた。
『擱座機? 位置を送れ』
「送信します。無人HFの残骸帯に紛れています。熱源微弱。動作反応はありません」
エイジは座標を転送する。
『エイジ、起動してない敵HFがいるのか』
ユインが通信に入った。
「ああ。動いてはいないが、周囲の状況とは違う。隊長、鹵獲できる可能性があります」
『鹵獲?』
「内部データが取れれば、無人HF沈黙の原因や敵性HFの構造が分かるかもしれません」
一瞬、通信が沈黙する。
『理屈は分かる。だが近づきすぎるな』
フォックスが警戒を促す。
「了解」
『反応があれば即離脱。動かなくても油断するな。鹵獲より生きて戻るのが最優先だ』
「動けば撃ちます」
『できねえ奴ほど、言うんだよ』
フォックスの言葉には一部の隙も無かった。
『ユイン、エイジをカバー』
『現在左翼で交戦中。直接援護は10数秒遅れます』
『なら、エイジ。確認は10秒で終わらせろ。少しでもおかしけりゃ戻れ』
「10秒、了解」
背後では、トリスタンとランスロットが別の敵を追い込んでいた。白い閃光が走り、遠くで火球が上がる。
アルトリウスはメイン戦闘区域を外れ、擱座機へ向かった。
瓦礫の中で沈黙する擱座機。
アルトリウスは手前で減速し、脚部を展開する。
地表へ触れる直前、慣性制御が機体の重さを殺した。
赤いHFが、黒い残骸の間へ膝を沈める。
『アルトリウス、降着』
『周辺熱源、多数』
『敵性反応、微弱』
『警戒レベル、維持』
正面モニターに、黒灰色の機体が映し出される。
確かに形を残している。
エイジは、Cell内で眉を寄せた。
「どうして、これだけ……」
光学センサーが、擱座機の胸部周辺を拡大する。
映像が乱れた。
黒いノイズが走る。
輪郭が歪み、擱座機の胸部が波打つように揺れる。赤外線表示へ切り替える。だが、そちらも安定しない。熱源反応は微弱なのに、装甲の周囲だけが異様に白く滲む。
『光学センサー、妨害』
『赤外線解析、不安定』
『電磁ノイズ、局所的に増大』
エイジは通信を開いた。
「こちらアルトリウス。擱座機周辺に電磁妨害。モニターが乱れています」
『なら離れろ』
フォックスが即座に返す。
『確認はそこまででいい。戻れ』
その時、乱れた映像の中で何かが動いた。
本当に動いたのか。
ノイズなのか。
影なのか。
分からない。
ほんの一瞬、胸部装甲の隙間から光が漏れ、内側から押されたように継ぎ目が震えた。
機械の動作ではない。そう感じた。
胸部。
コックピットと思われる位置。
影が、持ち上がったように見えた。
「……今、何か」
『エイジ?』
「近距離で目視すれば、機体状態だけでも確認できます」
『おい、待て!』
「生存者かもしれません」
フォックスの声を背中に、エイジはCellの外部開放を操作した。
『警告。戦闘区域内でのCell開放は推奨されません』
『敵性反応、未確定』
「分かってる」
腰部保持が解放される。
ハッチ開放シーケンス。
圧力が抜ける音。
次の瞬間、Cellのハッチが開いた。
戦場の音と熱が、Cellへ流れ込む。
爆発音。
遠くのレールガン。
推進器の咆哮。
金属が砕ける音。
熱風。
焦げた金属と冷却材の臭い。
足場に手をかけ、装甲の上を滑るようにエイジはアルトリウスの胸部から地表へ降りた。
ブーツが黒く焼けた砂を踏む。
近くの無人HF残骸が、断続的に火花を散らしている。遠方では有人HFと月側機が交差し、白い光が空を切った。だが、この擱座機の周囲だけは、妙に音を薄く感じた。
顔を上げたエイジの前に、黒灰色の月側HFがあった。
アルトリウスよりも細い。
無人HFよりも異質。
装甲の表面は煤け、ところどころが赤黒く焼けている。胸部装甲の継ぎ目から、かすかな白煙が漏れていた。
「あれだ」
エイジは呟いた。
瓦礫を越え、擱座機の胸部へ向かって駆け寄る。
その時。
内部ロック解除の音。
擱座した月側HFの胸部から、鈍い響きがした。
エイジは足を止めた。
胸部装甲の一部が、わずかに浮く。
ガコン。
機械的な衝撃音。
黒灰色の装甲が外側へずれ、内部の暗い空間が露出する。
コックピットハッチが開いた。
そこから、何かが覗いた。
手。
人の手に見えた。
小さな手だった。
エイジの身体が、考えるより先に身体が動いた。
「人が乗っている!」
瓦礫をかき分け、擱座機の胸部へ駆け上がった。黒い装甲の突起に手をかける。焼けた装甲片が剥がれ、砂塵で足場が滑る。
そこに人がいる。
なら、助けなければ。
敵機。
危険。
鹵獲
そんな言葉は消えていた。
「無事か!」
開いたコックピットへ辿り着き、内部を覗く。
暗く狭い。
地球側HFのCellとは違う。人間を保護するための操縦殻というより、何かを機体へ押し込めるための空間に見えた。装置の配置も分からない。黒いケーブルのようなものが壁面に這い、微弱な光が点滅している。
その奥で、何かが動いた。
生存者。
エイジがさらに身を乗り出した瞬間。
目が合った。
息が止まった。
そこには、少女がいた。
年齢は、どう見ても十二歳前後。
小柄な身体。
細い腕。
血色の薄い頬。
少女の瞳に、エイジの顔が映る。
驚愕した、自分の顔。
「え……」
声にならない音が漏れる。
「なっ……」
言葉が続かない。
少女も、エイジを見ていた
エイジの瞳に、少女が映る。
戦場の音が、遠のく。
何もかもが、膜を隔てた向こうへ落ちていくように感じられた。
一瞬だが永遠のような時間が広がる。
無表情に近かった少女の顔が、ほんのわずかに変わった。
ハッとした、ように見えた。
何かを思い出したのか。
何かに気づいたのか。
何かを恐れたのか。
エイジには分からない。
確かに、そう見えた。
『エイジ! 応答しろ!』
次の瞬間、戦場の音が戻った。
フォックスの声だった。
けたたましい警報。
遠くで弾ける爆発。
通信の怒鳴り声。
エイジは我に返った。
少女。
子どもが戦場にいる。
敵性HFのコックピットに。
状況が、理解できない。
理解できないまま、身体だけが動く。
「こんなところで何やってるんだ!」
エイジはコックピットへ手を伸ばした。
「危険だから――早く出ろ!」
少女の腕を掴む。
細い。
軽い。
この腕で、HFを動かしていたのか。
そんな疑問が一瞬よぎる。
少女はエイジの腕を掴み返した。
小さな手が。
だが、その力は驚くほど強かった。
押しのけるように、エイジの手を振りほどく。
「なっ……!」
少女はコックピットへ戻ろうとした。
エイジは慌てて身を乗り出す。
「待て、危険だ!」
手を伸ばす。
少女の肩に触れようとする。
その瞬間、少女は両手で、エイジの胸を押した。
思い切り。
エイジの身体が、強い力で後ろへ弾かれる。
「うわっ!」
擱座機の胸部装甲から落ちる。
黒い装甲片に肩を打ち、瓦礫を滑り、地表へ身体を打ち付けた。
肺から息が抜ける。
コックピット内から、少女は見下ろしていた。
エイジを見つめる瞳。
「ま、待って!」
エイジが声を振り絞る。
その瞬間。
バン。
閉じるコックピットハッチ。
黒灰色の装甲が、少女の姿を遮断した。
「おい……!」
立ち上がろうとした瞬間、擱座機の胸部から細い白煙が上がった。
装甲の継ぎ目から、煙が噴き出す。胸部だけではない。肩部、脚部、背面制御板の根元。機体全体の隙間から、煙が漏れ始める。
熱を感じた。
「っ……!」
エイジは反射的に後ずさった。
白煙の奥から、橙色の炎が粘りつくように装甲を舐める。
内側から湧き出たような炎が黒灰色の機体を舐めるように広がり、包み込んでいく。
急激に上昇する温度。
空気が歪む。
装甲が赤く染まる。
「なんだよ……これ……」
炎が白さを増した。
超高温。
擱座した月側HFの輪郭が、ゆっくりと崩れていく。胸部装甲の縁が溶け、腕部の細いフレームが赤く垂れ、背面制御板が飴のように歪んだ。黒い装甲が、内側から柔らかくなっていく。
中に、少女がいる。
その事実が、頭に入った瞬間、エイジの身体が前へ出ようとした。
だが、熱がそれを拒んだ。
近づけない。
手を伸ばす距離にいるはずなのに、近づけない。
炎が轟く。
エイジの頬を熱が叩く。
視界が揺れる。
「開けろ!」
エイジは叫んだ。
「開けろよ! まだ中に――!」
言葉は炎に飲まれた。
少女を中に呑んだまま、月側HFは、炎の中で溶けていく。
エイジは、後ずさりながら立ち尽くす。
瞳に、炎が映る。
炎の中で、黒灰色の機体の残骸が形を失っていく。
そこに少女がいた。
さっきまで、自分を見ていた。
自分を突き飛ばし、ハッチの向こうへ消えた。
そのすべてが、超高温の光の中で溶けていく。
ただ、燃えて消えていく機体の前で、エイジは、何もできなかった。
≪ 登場人物 ② ≫
◆謎の少女
外見は12歳前後。
月側HFのパイロットと思われる人物。
≪ あとがき ≫
本文でルビを振るのを覚えました。




