第6話 出撃
≪ 登場人物 ≫
◇エイジ・ミツギ 16歳 男性
OMC軌道保安軍、CAYAMBE防衛部隊所属
フォクスター小隊隊員
階級:少尉
HFアルトリウスのパイロット
◇ユイン・ユノス 18歳 男性
OMC軌道保安軍、CAYAMBE防衛部隊所属
フォクスター小隊隊員
階級:少尉
HFランスロットのパイロット
◇ブラントリー・フォクスター 25歳 男性
OMC軌道保安軍、CAYAMBE防衛部隊所属
有人HF部隊フォクスター小隊隊長
階級:大尉
HFトリスタンのパイロット
白灰色の無人HF群が、残存する黒灰色の月側HFを地表近くへ追い立てている。
成層圏から始まった戦場は、軌道エレベーター基部の外周へ降りていた。
月側HFは、基地施設と残骸、砂塵と黒煙が入り乱れる低空へ潜り、地上火器の射線を封じようとしていた。だが、AI戦術補助で連動するOMC無人HFは、回避先を先読みして逃げ道を潰していく。
『敵性HF群、低高度へ移行』
『残存数、8』
『無人HF第二、第三防衛環、包囲追撃を継続』
『地上火器、外周射線へ再設定』
地上防衛基地の大型スクリーンでは、赤い敵性マーカーが小さく分断されていた。対する青の機影は三層の防衛環を保ち、基部側への進路を塞いでいる。
「敵性HF、低空へ逃げ込みます」
「逃げ場ではない。こちらの射線を乱すつもりだ」
軌道エレベーター防衛基地司令官は戦術図を睨んだ。
「無人HFで外へ押し出せ。基部施設に流れ弾を入れるな」
「了解。低高度近接戦闘へ移行」
白灰色の一機が急降下した。青白い推進炎が砂塵を巻き上げる。
月側HFは半壊した搬送施設の上を滑るように抜け、軌道エレベーターの補助構造体を背に取った。追撃機がレールガンを構えるが、射線上に基部施設が重なった瞬間、AIが発砲を禁止する。
『射線制限』
『近接制動へ移行』
無人HFは腕部ワイヤーブレードを展開し、そのまま間合いへ踏み込んだ。
黒灰色の機体が砂煙の中で急旋回する。刃は空を切り、地表に細長い傷を刻んだ。
だが、回避先には二機目が待っていた。
肩から叩きつけるような体当たり。月側HFが開けた外周へ弾き出される。
そこへ、地上対空レーザーの照準が重なった。
白い光が胸部を射抜く。
月側HFは全身を赤く発熱させ、輪郭を保ったまま火球となって地表へ落ちる。
墜落地点に黒い穴が穿たれた。中心だけが赤く燻り、周囲の砂は硝子質に焼き固められている。
『敵性HF、撃墜』
『残存数、7』
同じ黒いクレーターが、基地外周の各所で煙を上げていた。
軌道エレベーター本体、損傷なし。
基部主要施設、機能維持。
残存7機。
数値は勝利を示していた。
OMC中央作戦司令部でも、参謀たちは低空戦闘の映像を見つめていた。コンテナから出現したHF群は包囲の内側で進路を奪われ、外周火器の射線へ追い込まれている。
「ここまで下げれば、もう逃げ場はない」
「推進器を損傷した機体もいる。包囲が閉じる」
「事態は集束だな」
楽観ではなく、戦術図がそう読めた。
地上防衛基地の管制室にも、同じ確信が広がる。
「第二防衛環、包囲位置へ到達」
「第三防衛環、外周射線を確保」
「敵性HF、基部側への進路なし」
司令官は指揮卓へ片手を置いた。
「一か所に集めろ。外周へ押し出し、まとめて叩く」
「了解。無人HF群、包囲圧縮」
低空で白灰色の群れが動く。
上空への離脱路を塞ぎ、基部側へ回り込む敵には体当たりで進路を変えさせる。外周へ逃げれば、対空レーザーと電磁投射砲が待っている。
月側HFの一機が、赤く燻るクレーターの上を掠めた。
煙の向こうから無人HFが現れる。
黒灰色の機体は腕部ブレードを展開し、強引に突破を試みた。正面の無人HFは刃を受けず、AIの予測線に従って半歩引く。
斬撃が空を切った。
二機目が横から右腕を弾き、三機目が脚部推進器を撃ち抜く。
『敵性HF、推進器損傷』
『撃墜可能域へ誘導』
月側HFは姿勢を崩し、外周へ流れた。
勝負は既に決まった。
遠隔操縦者の判断。AIの予測補助。地上火器の射線。
すべてが噛み合い、残存機を一つずつ処理する。
OSF(Orbital Security Force)西方方面即応基地。
有人HF運用区画のブリーフィングルームでも、同じ映像が流れている。
「あと7機だ」
「押し切るぞ」
「俺たちの出番は無いな」
パイロットやクルーに余裕の表情が浮かぶ。
エイジもモニターを見上げていた。軌道エレベーターは守られ、月側HFが追い詰められていく。その光景に、固く握っていた拳がわずかに緩んだ。
隣のユインは、なおも静かに戦況を追っていた。
部屋の後方、フォックスは壁に背を預けたまま、モニターから目を離していない。
勝利は目前。
白灰色の包囲が、最後の隙間を閉じようとした。
その瞬間だった。
戦闘中の無人HFが、一機突如、機動を止めた。
月側HFへ振り下ろされるはずだったワイヤーブレードが、空中で凍りつく。肩関節は回りかけた角度で固定され、肘だけが細かく震えていた。
背部スラスターは噴射している。脚部ベーンも開いている。
だが、次の動作がない。
『無人HF二一番、動作遅延』
「二一番、反応どうした」
「遠隔入力を確認します」
「AI自律制御へ渡せ」
「移行コマンド送信――」
報告が途切れた。
二機目が止まった。
月側HFの逃げ道を塞いでいた無人HFが、横滑りの途中で動作を失う。慣性に流され、遅れて姿勢制御スラスターが噴いた。
戦闘機動ではない。
倒れそうな身体を、反射だけで支えるような動きだった。
三機目。
四機目。
鋭く噛み合っていた包囲が、目に見えてほどけていく。
レールガンの照準が目標を追わない。
振り上げた腕が降りない。
進路を塞ぐはずの機体が、半歩手前で止まる。
白灰色の人型は墜落こそしなかった。最低限の姿勢安定だけが働き、空中で不自然に揺れている。
それは既に、戦う兵器ではなかった。
糸の切れた人形だった。
『無人HF二一番、遠隔入力喪失』
『戦術補助レイヤー、断絶』
『予測照準、停止』
『群制御アルゴリズム、同期不能』
『AI補助サーバ、応答なし』
管制室の空気が凍った。
「何が起きている!」
「無人HF群の戦術補助が切れています!」
「ディープ・ハンドからの管制は!」
「確認中!」
「ローカルAIへ移せ!」
「移行不能! 戦闘判断レイヤーが応答しません!」
「最低限の自律制御は」
「姿勢安定のみです。戦闘行動を継続できません!」
司令官は大型スクリーンを見上げた。
数秒前まで勝利を運んでいた群れは、統率を失っていた。間隔が乱れ、包囲線が開き、敵の正面で棒立ちになる。
残存する月側HF7機は一斉に姿勢を変えた。
異常に乗じてか、あらかじめ予測していた事態かは定かではない。
だが、この隙を見逃す事はなかった。
黒灰色の一機が、地表すれすれから斜め上へ跳ねる。
直前までなら、AIの予測線に捕まり、外周へ押し戻されるはずの軌道。
無人HFは撃たない。
動かない。
月側HFが二一番機の懐へ入る。
腕部ブレードが一閃した。
白灰色の右腕が肩口から切り離され、冷却材が白い霧となって噴き出す。
『無人HF二一番、右腕喪失』
『戦闘行動なし』
「二一番、離脱させろ!」
「反応しません!」
「強制回避!」
「コマンドが通りません!」
月側HFは背後へ回り、無人HFの推進器へ刃を叩き込んだ。
青白い噴射が乱れ、白灰色の機体が傾く。姿勢安定プログラムが補正を試みるが、片側の推進器を失った機体は回転しながら高度を落とした。
『姿勢制御不能』
『墜落予測、基部外周2.7キロ』
『安全誘導、不能』
落ちていく機体の正面へ、月側HFが回り込む。
黒灰色の脚部が胸部を蹴り抜いた。
装甲が潰れ、内部フレームが折れる。
二一番機は地表へ叩き落とされ、舗装面を砕きながら滑った。右腕を失い、背部推進器を潰され、火花と冷却材を撒き散らして停止する。
『無人HF二一番、大破』
『戦闘不能』
勝利寸前だった戦場に、最初の穴が開いた。
「ディープ・ハンドへ繋げ!」
「呼び出しています!」
「応答は!」
「ありません!」
「予備回線!」
「反応なし!」
「中央経由で照会しろ!」
戦術管制官の顔から血の気が引いた。
「ディープ・ハンド、全管制チャンネル沈黙。戦術補助サーバ、接続不能。遠隔操縦リンクは全域で消失しています」
「全域だと……」
「はい。すべてです」
月側HFの残存機が、沈黙した群れへ襲いかかる。
予測線が消える。
射線補正が止まる。
群制御が瓦解してゆく。
残されたのは、墜落を避けるための最低限の飛行制御だけだった。
黒灰色の一機が停止した無人HFの足元を抜け、反転しざまに脚部関節を切断する。支えを失った白灰色の機体が基地滑走路へと落ちる。
別の一機は、硬直した無人HFの胸部へ膝蹴りを叩き込む。そのまま肩を掴み、地上砲座の残骸へ投げ落とした。
機動ユニットが破裂し、黒煙が上がる。
『無人HF一四番、大破』
『無人HF三三番、戦闘不能』
『無人HF〇九番、推進器損傷』
『無人HF二六番、姿勢制御不能』
「退避させろ!」
「退避ルートを送れません! 群制御が死んでいます!」
「ローカル制御で一機ずつ動かせ!」
「戦闘判断レイヤーが空白です! 操作を受け付けません!」
大型スクリーンの青いマーカーが、次々に警告色へ変わっていく。
敵に押し負けているのではない。
自軍の兵器が、突然、兵器であることをやめたのだ。
「ディープ・ハンドはまだ繋がらんのか!」
「状況確認中! 全回線、沈黙です!」
沈黙。
それは通信障害の報告ではなかった。
何かが消えた時の言葉だった。
残存していた月側HFは、今や停止した白灰色の群れの間を自由に走っている。低空を滑り、残骸を蹴り、無防備な機体を切り崩していく。
かろうじてレールガンを動かした無人HFがいた。
照準は遅く、数秒前の敵影をなぞるだけだった。
黒灰色の影が斜め下から入り、頭部センサーを切り落とす。
視界を失った無人HFが傾き、地表へ落ちた。
『無人HF〇五番、墜落』
別の機体は姿勢補正の異常ループに陥り、空中で回転している。その軌道へ月側HFが飛び込み、腕部ブレードを胸部へ突き立てた。
機械的な火花。
冷却材の霧。
墜落。
『無人HF一一番、大破』
『無人HF三〇番、戦闘不能』
『OMC無人HF、損耗急増』
地上近くの戦場に、白灰色の残骸が増えていく。
その映像は戦況共有回線を通じ、中央作戦司令部、各HF運用基地、海上防衛艦隊へ流れた。
数分前まで勝利を確信していたすべての場所で、たった7機の敵機に50機の無人HFが反撃もできずに斬られ、墜とされている。
有人HF運用基地のブリーフィングルームも凍りついていた。
歓声は消えている。
あと7機。押し切れる。勝利は目前だった。
そう確信していた者たちは、いま言葉もなくモニターを見上げている。
「どうしたんだ……」
呟きに、答える者はいない。
エイジは画面から目を離せなかった。
何故、OMC側の機体が落とされている。
ユインの表情が厳しくなる。停止した無人HF、消えた戦術補助、即座に反撃へ転じた月側HF。
エイジとユインの視線が、自然と部屋の後方へ向いた。
フォックスは壁に背を預けたまま、モニターを見据えている。
白灰色の一機が、次々と地表へ叩き落とされる様に目を細める。
「これか……」
低い声だった。
「まだ敵は終わってねぇ。ここまで全部、奴らの予定通りか、無人機を止めるつもりで――」
言葉の途中で、ブリーフィングルームの照明が赤へ変わった。
鋭い警報が鳴り響く。
壁面モニターへ強制表示が重なった。
SCRAMBLE
『有人HF即応部隊、出撃待機解除』
『対象、軌道エレベーター基部防衛戦域』
『全指定パイロットは、直ちに搭乗区画へ移動』
一瞬だけ、部屋の空気が固まった。
最初に動いたのはフォックスだった。
「エイジ、ユイン」
名前を呼ばれた瞬間、エイジは椅子を蹴って立ち上がった。考えるより先に身体が動いている。
ユインも同時だった。
フォックスは壁から背を離し、もうモニターを見ていない。
そこにはOMC軌道保安軍、CAYAMBE防衛部隊所属、有人HF部隊フォクスター小隊隊長の姿があった。
「行くぞ」
「「了解!」」
ブリーフィングルームが一斉に動き出す。
椅子が引かれ、端末が閉じられ、ロッカーが開く。クルーとパイロットが複数の扉へ分かれて走る。
指示と足音が響き渡った。
だが、混乱はない。
誰がどの経路を使い、どの班が兵装確認へ向かい、誰がカタパルト管制に入るのか。反復訓練で身体に刻まれた規律がその場を動かす。
『有人HF第一即応小隊、搭乗準備』
『フォクスター小隊、各機、カタパルトデッキへ』
『カタパルト一番から三番、使用準備』
フォックスを先頭に、三人が通路へ飛び出す。
通路へ出た瞬間、基地の空気が変わっているのが分かった。
基地は既に有人HFの出撃態勢に入っていた。
「俺が一番で出る。ユイン、お前は左後、二番だ。エイジは三番、離れるな」
「「了解」」
「戦場のど真ん中に入る。現地の状況は見えてねえ。敵は待っちゃくれねえぞ」
フォックスの声は荒い。だが、その言葉には一本の芯が通っていた。
有人HF格納庫では、床下の搬送レールが唸り、機体の固定具が解除される金属音が響く。警告灯が壁を赤く染め、誘導表示が搭乗区画への最短経路を示していた。
整備クルーが工具ケースを抱えて走り、兵装管理班が端末を見ながら叫び合う。
「状況、整理だ!」
走りながら、フォックスが声を飛ばす。
「無人HFが停止。遠隔管制とAI補助が同時に消失しています!」
エイジが答えた。
「ディープ・ハンドは応答なし。前線機は姿勢安定以外の制御を失っている可能性が高いです」
ユインが続ける。
「つまり、あの白い連中は使いモノにならねえ。俺たちの任務は?」
「防衛線の穴を塞ぐ。基部への侵入を阻止、敵性HFを無力化します」
「必要なら残存無人HFの退避を支援します」
「上出来だ」
モニターに映っていた、低空戦域へ出撃する。
エイジの胸の奥で、心臓が速く打つ。
「エイジ」
ユインが横目で見る。
「呼吸」
短い言葉だった。
エイジは肺へ空気を入れた。喉は乾き、手のひらに汗が滲んでいる。
搭乗準備区画の扉が開く。
「第一即応フォクスター小隊、こちらへ!」
「生体タグ照合!」
「神経接続パッチ、装着確認!」
三人は待機用フライトウェアの上から接続具を装着し、クルーの確認を受ける。胸部固定具、手首の生体端子、首筋の神経インターフェイス。
『ブラントリー・フォクスター大尉、タグ認証』
『ユイン・ユノス少尉、タグ認証』
『エイジ・ミツギ少尉、タグ認証』
『三名、搭乗許可』
格納庫の隔壁が開いた。
巨大な空間に、三機の有人HFが並んでいる。
無人機より厚い胸部には、パイロットを収めるCellがある。四肢の装甲は重く、背部には有人機用の慣性制御ユニットが組み込まれていた。
一番レーンへ、フォックスのトリスタンが移送される。
重い肩部装甲と近接戦闘用の追加フレームを持つ隊長機。整備アームが離れ、胸部Cellのハッチが開く。
二番レーンには、ユインのランスロット。
細身の機体に大きな姿勢制御翼。前衛を支え、僚機の軌道を守るための反応性と制動性能に優れている。
三番レーンには、エイジの機体アルトリウス。
「トリスタン、Cell開放!」
「ランスロット、搭乗準備完了!」
「アルトリウス、兵装ロック解除!」
フォックスが迷いのない動作でCellへ身体を滑り込ませ、ハッチが閉じる直前、クルーへ親指を立てた。
ユインは確認項目を一つずつ潰してからランスロットへ乗り込む。
エイジはアルトリウスの胸部へ上がった。
開いたCellの内部は狭く、暗く、外の警報だけが遠く聞こえる。
シートへ身体を沈める。
腰部ロック。
肩部ロック。
脚部保持。
首の後ろへ冷たい接続端子が触れた。
『パイロット搭乗確認』
『Cell閉鎖』
機体のハッチが閉まる。
外界の音が一段遠のき、代わりに機体の鼓動が近づいた。
冷却材の流れる音。
慣性制御ユニットの低い唸り。
神経接続の準備信号。
モニターが一枚ずつ灯り、格納庫の景色が視界を満たしていく。
『三機、バイタル許容範囲』
『神経接続、第一段階』
エイジは操縦グリップを握った。
指先の感覚を機体が拾い、微細な補正を返す。
「二人とも、聞こえるか」
隊長、フォックスの声が通信に入った。
『『聞こえます』』
「視界は」
『『クリア』』
「ユイン、エイジ、焦るなよ。俺の後ろにつけ」
軽口の気配が、わずかに戻る。
「二人とも、遊覧飛行じゃねえぞ。実戦だ。無人HFが落ちた穴だらけの防衛線に俺たちは突っ込む」
『『了解』』
「分かってりゃいい。俺のケツだけは見失うな」
三本の搬送レーンは岩盤を貫く発進口へ続き、その先は断崖の中腹に造られた滑走路の射出カタパルトへと接続されている。
エイジは滑走路の画像をモニターで確認した。
滑走路の先、射出口正面は壁で塞がれている。
だが、それは物理的な壁ではない。
外部から入口を隠す光学迷彩と電磁偽装の擬装膜。解除されない限り、基地の出入口は岩壁の一部として存在し続ける。
『発進口、全区画クリア』
『断崖中腹滑走路、射出準備』
『光学擬装膜、開放シーケンス待機』
『戦域航路、三機誘導』
正面視界の端に、軌道エレベーター基部までの高機動航路が表示された。
基地から肉眼で見える距離では無いが、HFの速度なら到達まで長くはかからない。
『カタパルト一番、トリスタン固定』
『二番、ランスロット固定』
『三番、アルトリウス固定』
『射出方位、軌道エレベーター基部戦域』
『発進承認待機』
搬送レールが唸り、三機を断崖内部のカタパルトへ押し出した。
トリスタンの脚部固定具が一番カタパルトへ噛み合う。重い機体が射出姿勢へ沈み込み、背部推進器が低く吠えた。
二番レーンでは、ランスロットが姿勢制御翼を畳む。
三番レーンへ進んだアルトリウスの赤い装甲に、滑走路灯が細長く流れた。
エイジの正面モニターに表示が浮かぶ。
STAND BY
擬装膜は常時開放されない。発進の瞬間だけ解除され、機体が通過すれば即座に岩壁の像を復元する。秘匿基地の位置を外部へ晒さないための、短い射出窓だった。
カタパルトデッキが低く震える。
固定アームが外れ、三機の推進器が点火直前の唸りを上げた。
数秒。
エイジには、自分の心臓だけが大きく聞こえた。
表示が変わる。
LAUNCH PERMISSION
『擬装膜、第一開放』
岩肌が剥がれた。
灰色の絶壁が無数の光粒へ分解され、その奥に青い空と、断崖の下へ落ち込む荒野が現れる。
GO
『一番、トリスタン。出る』
カタパルトが解放された。
轟音とともにトリスタンが滑走路を駆け抜け、擬装膜が消えた一瞬の開口部から空へ撃ち出される。背部推進器が点火し、重い機体は断崖の外で機首――胸部を水平へ返した。
通過と同時に光が走り、開口部は再び岩壁へ閉ざされた。
『擬装膜、第二開放』
『二番、ランスロット。続きます』
岩肌がもう一度だけ消える。
ランスロットが青白い推進光を引いて射出され、先行するトリスタンの左後方へ滑り込んだ。細身の機体が姿勢制御翼を開いた直後、断崖は何事もなかったように元の輪郭を取り戻す。
そして、三番レーン。
アルトリウス。
エイジは操縦グリップを握り直した。
『三番、アルトリウス。擬装膜開放に同期』
一瞬だけ喉が鳴った。
「出ます!」
『擬装膜、第三開放』
岩肌が光へほどけた。
青空が開く。
カタパルトが解放される。
アルトリウスが断崖中腹の滑走路から撃ち出される。
機体を押し潰す加速をCellが圧力を受け止め、慣性を殺す。
暗い発進トンネルが一気に後方へ流れ、赤い機体は光の境界を突き抜けた。
眼下へ、乾いた荒野が広がる。
背後で擬装膜が復元される。三機を吐き出した開口部は瞬時に消え、断崖は自然の岩肌に戻っていた。
『フォクスター小隊、戦術回線接続』
『軌道エレベーター基部戦域、航路更新』
『敵性HF、残存七』
『無人HF、損耗継続』
戦術表示、赤い敵性マーカーが停止した自軍機の間を動き続けている。
「聞け」
フォックスの声がエイジ、ユイン両機の通信を貫いた。
「ユイン、戦場を目で探すな。航路と戦術表示を追え。着くまでに戦術設定を整える」
『了解』
ユインが応じる。
「エイジ、俺の信号から離れるな。戦域へ入ったら、視界はすぐに潰れる」
『了解!』
「よし。ここから先は、巡行モードだ。編隊を崩すな」
トリスタンが高度を落とし、高速巡航へ移る。ランスロットが左後方を固め、アルトリウスが右後方へと軌道を重ねる。
白灰色の無人機が墜ちる場所。
黒灰色の月側HFに強襲されている場所。
地平線の向こうにある、戦場となった軌道エレベーターへ。
三つの機影は荒野を突き進んだ。
≪ 用語・設定 ≫
■有人HF / Humanoid Fighter (人型機動兵器)
CAYAMBE防衛部隊所属の準主力機。OSF(Orbital Security Force)西方方面即応基地に配備されている。
軍備としては“準主力機”の扱いだが、極限状態で“遠隔操縦”や“AIの判断”を信用していないOMC軍は有人HFを最後の切り札としている。
操縦ユニット(Cell)の搭載や年間数名しか排出されないパイロットを要する超高コスト運用のため、配備機体数は無人HFに対し圧倒的に少ない。
有人HFは各パイロット専用機となっており、ペットネームの登録と機体のカラーリングが許されている。
■Cell
有人HFに搭載されている慣性・圧力隔離式操縦殻
耐圧・耐G無効化空間となっているCell内部でのパイロットは、いかなる環境下でも自宅のリビングのような快適さでHFを操縦できる。
2126年現在、人類英知の結晶とも言われ、高純度エネルギー制御、パイロット別調整、軍事機密の塊であり、製造コストが極めて高い。
■OSF(Orbital Security Force)西方方面即応基地。
OMC(大洋自由経済圏)が建造した軌道エレベーター GEV02-CAYAMBEを防衛するための地図には存在しない、軌道保安軍の有人HF運用拠点。
≪ あとがき ≫
第1章、後半に入りました。




