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第6話 決裂

≪ 登場人物 ≫

◇ノア・シュナイダー大佐

◇フォクスター小隊:ブラントリー・フォクスター隊長、エイジ・ミツギ少尉、ユイン・ユノス少尉

◇ピジョン・ブラッド隊:バング隊長、シルバーリング副隊長、カットマン、オールドスピア、ピース、ベン、モニカ、アレックス

◇特使

◆レフトムーン・ロゥ

◆ライトルナ・ソード


「離せ! お前たち、離さんか。私を誰だと思っている!」

 特使が両肩を振る。


 フォックスとシルバーリング。二人に左右を押さえられながらも、なおロゥへ身体を乗り出そうとしていた。


「特使、落ち着いてください」

 ノアが低い声で制する。


「私は落ち着いている!」

「そうは見えませんがね」

 フォックスが小さく返す。


「隊長」

 ユインの声に、フォックスは肩をすくめた。それでも特使から手は離さない。


 テーブルの向こう。


 ロゥは椅子に座ったまま、目の前の騒ぎを冷ややかに見ていた。怒りも困惑もない。傍らのソードも動かない。


「そうだ……今なら、まだ間に合うぞ」

 特使が顔を上げる。

「私がOMCとCMSの双方に口利きをしてやる。月の独立も、貴様の望みも叶えてやろう」

「特使」

「ええい、黙っていろ!」

 ノアの制止を振り切るように声を張る。


「私ほどになると、CMSにも太いパイプがある。どうだ? 私が後ろ盾になってやる」

 ロゥは何も言わない。


「いや――いっそ、貴様と私で結託するのはどうだ」

 特使の口元に笑みが浮かぶ。

「貴様は月。私が地球だ。双方を我々で統治する。悪い話ではあるまい」


 ユインは思わずノアを見る。

 ――この人、本気で言っているのか。


 ノアがユインを見て、ゆっくりと首を横に振る。

 声には出さなかったが、顔には出ていたらしい。


「OMCもCMSも関係ない。私なら、それができる!」

 最後の言葉だけが、空しく室内へ響いた。


 ロゥは、その全てを聞きながらも、表情は変えない。

 ただ、僅かに目を細めた。


 *


 同じ頃。


 月往還シャトル。

 HFハンガー。


 短い電子音とともに、エイジの携行端末へ緊急招集が表示された。


 《ALL STANDBY PERSONNEL》

 《BRIEFING ROOM――IMMEDIATE》


「……ブリーフィングルームに招集?」

「行くぞ」

 声に振り向くエイジ。カットマンが呼んでいる。


「案外、早かったな」

「何かあったんですか」

「行けば分かる」

 カットマンに驚いた様子はない。

 エイジとは違う。何かが起きることを、まるで最初から待っていたような顔だった。


 *


 ブリーフィングルーム。


 エイジが入った時には、バング、アレックス、モニカがすでに待っていた。ほどなくピース、ベン、オールドスピアも揃った。


 雑談をする者はなく、重い空気に包まれた部屋。

 普段の軍人らしからぬ軽さなど微塵もない。

 眼つきも、佇まいも、表情も違う。


 ――ピジョン・ブラッド。


 今、目の前にいるのは、噂でしか聞くことがなかった非情な部隊。

 その本当の姿。

 作戦を遂行するための戦争屋。


「全員いるな」

 バングが正面モニターを起動する。


 《OMC JOINT OPERATIONS COMMAND》

 《SPECIAL OPERATION DIRECTIVE》


「OMC統合作戦本部から新たな命令だ」

 一拍。

「現時点を以って、遂行中の月側との対話は破棄。これより作戦目的を変更する」


 エイジが顔を上げる。

「月側が所有する大型機動兵器を奪取する」


「……!」

「少佐、それは――」

 思わず声が出た。


 だが、隊員の誰も反応しない。据わった眼差しでバングだけを見ている。


「月面の随伴組は――」


 言葉を続けようとするエイジを、バングの視線が捉えた。

 鋭い。

 凄みに圧倒され、エイジの言葉が止まる。


 その時、肩へ手が置かれた。

 カットマン。

 何も言わず、小さく首を横へ振る。


 ――それは、今する話じゃない。


 エイジは唇を噛み、視線を前へ戻した。


「これより各人員は、以下の編成に従って任務を遂行する」

 モニターへ三本の進入経路が表示される。


 《G1/TEAM A》

「エイジ、ピース、アレックス。HF三機で先行。施設外殻から侵入し、大型機動兵器を確保する。アレックスは現地から施設管理網へ直接接続」


 《G2/TEAM B》

「カットマン、ベン。PORT03から内部へ浸透。随伴組を捜索し、シャトルまで連れ戻せ」


 《G3/TEAM C》

「モニカ、オールドスピア。シャトルとともにPORT03へ強襲揚陸。ドック確保、G2の援護と退路維持」


 最後に表示されたのはバング自身。


 《CMD/GABRIEL BANGHEVEN》

「俺はシャトルから全体を指揮する」


 大型機動兵器の奪取。

 随伴組の救出。

 PORT03の確保。


 全てを同時に行う。


「なお、本作戦の最優先目標は大型機動兵器の奪取だ」

 バングが全員を見渡す。


「万難を排し、如何なる犠牲を払ってでも、これを完遂せよ」


 エイジの目が僅かに動く。

 如何なる犠牲。


「以上。作戦開始」

 その瞬間、全員が散った。


 *


 シャトルの航法表示から、L1へ戻る予定航路が消える。


「これより、シャトルをPORT03へ強襲揚陸させる」


 《L1 HOLDING COURSE――CANCELLED》

 《NEW DESTINATION――PORT 03》


 バングの指揮で機体姿勢が変わる。

 月から離れるはずだったシャトルが、再び灰色の地表へ正面を向ける。


 《LUNAR DESCENT――START》


 多くの使命を背負いPORT03へ向け、降下を開始した。


 *


 シャトル内、HFハンガー。


 エイジはアルトリウスのコクピットへ身体を滑り込ませた。


 《PILOT AUTHORIZATION――EIJI MITSUGI》

 《CELL LINK――ACTIVE》


 隣ではピースのアイオーン。

 さらに、電子戦装備を追加したアレックスのアイオーンが起動状態へ入る。


『G1、こちらCMD。発進準備』

「エイジ、準備完了」

『ピース、完了』

『アレックス、いつでも』


 外部ハッチが開く。

 その先。

 黒い空と、迫る月面。


『G1、月面降下中のシャトルから出撃しろ』

 バングの声。


『標的の大型機動兵器を見つけ出せ』

「了解」

 エイジが短く応答える。


 《ALTRIUS――RELEASE》


 固定クランプ解除。

 姿勢制御スラスターを短く噴かし、アルトリウスがシャトルから離れる。


 続いて二機のアイオーン。

 三機が編隊を組む。


 背後では、シャトルがPORT03へ。


 G1は別の進入角へ機首を向けた。

『エイジ、座標送るよ』

 アレックスからHUDへポイントが表示される。


 《G1 ENTRY AREA》


『まずそこまで降りる。僕が施設に繋いで中を見る』

「了解」

 三機が、シャトルから離れ、月面施設外周へ降下を開始した。


 *


 月面施設。

 本来、対話が行われていたであろう部屋。


「そのためにも、まずは貴様たちの持っている情報と技術を渡してもらおう」

 特使はまだ止まらない。


「月で何をしてきたのか。あの大型機動兵器をどうやって造ったのか。全てだ!」

 荒い息。

 赤くなった顔。

 それでも本人は、自分が主導権を取り戻したつもりでいる。

「隠しておくより私へ渡した方がいい。きっと私の方が、それを有用に使える」


「……」

 ロゥの視線が僅かに動く。

 ノアは、その変化を見逃さなかった。

 これまで特使がどれほど声を荒らげても、ほとんど反応しなかった男の変化。


「どうした? ようやく理解したか」

 特使は、それを自分の言葉への反応だと思ったらしい。


 違う。

 ソードの耳元。黒い装備の一部へ小さな光が灯った。

 ソードが一瞬だけ視線を落とし、ロゥを見る。


 月軌道上のシャトルが待機航路を外れ、月面へ降下中。

 さらに三機のHFが出撃。

 その報告がロゥに伝えられた。


 敵対行動か。


 ロゥの顔に、初めて僅かな怪訝さが浮かぶ。


「そうだ。私に任せればいい。貴様は月で好きなように――」


 ロゥがソードを見る。

 それだけだった。


 次の瞬間。

 ソードの右手が動いた。


「――!」

 フォックスが腰の短銃を認識した時には、もう手遅れだった。


 乾いた銃声が一発。

 特使の身体が止まった。


 眉間。

 小さな穴。


「……え」

 その瞬間まで、自分が撃たれるなど、微塵も考えていなかったであろう表情。

 目だけが僅かに開いている。


 両肩から力が抜けた。

 月の弱い重力の中、身体がゆっくりと傾く。


 床へ倒れた。

 見開かれた目は、もう何も見ていなかった。


 同時。

 シルバーリングがテーブルを蹴り上げる。


 浮き上がったテーブルが大きく傾き、ロゥたちとの間で回転する。視線と射線を遮った。


「出るぞ!」

 フォックスはすでに入口へ動いている。


「出口、確保!」

「司令官、こちらへ!」

 ユインがノアを退路へ誘導する。


 ノアは倒れた特使を一度だけ見た。


 これでは即死だ。

 救命の余地はない。

 即座に判断した。


「退避する!」

 フォックス、ノア、ユイン、シルバーリング。

 四人が部屋を飛び出す。


 背後でエコーたちが一斉に動く。


「PORT03まで戻るぞ」

 ノアの指示。


「シャトルとの通信は」

「まだ繋がりません!」


 《NO LINK》


「なら走るしかねぇな!」

 通路の先。


 交差部から黒い人影が現れる。

 ルナリアン・エコー。

 後方からも、揃いすぎた足音。


「止まるな!」

 フォックスが前。

 ユインがノアをカバー。

 シルバーリングが後方。


 特使の死について、口にする余裕は一切ない。

 今は生きて、ここを出る。

 ただ、それだけだった。


 *


 月面上空。

 PORT03へ向け、月往還シャトルは高度を落としていた。


 《PORT 03――APPROACH》

 《DESCENT RATE――HIGH》


「このまま突っ込め」

 バングが航法表示を睨む。


「通常進入速度を超えます」

「分かってる。強襲揚陸だ」

 一拍。

「機体を壊さない範囲で、最短で叩き込むんだ」

「了解」


 *


 シャトル後部、揚陸区画。


 カットマン、ベン、モニカ、オールドスピア。

 四人はすでに装備を整え、身体を固定している。


『全員、衝撃に備えろ』

 バングの声。


 《PORT 03――FINAL APPROACH》


 逆噴射。

 船体全体へ強い振動。


『着底!』


 衝撃。


 四人の身体が固定具へ押し付けられる。

 続く振動が収まるより早く、表示が切り替わった。


 《PORT 03――TOUCHDOWN》


『G2、G3。作戦開始』


 固定具解除。

 後部ハッチが開く。


 G2。

 カットマンが最初に飛び出し、ベンが続く。

 二人はそのまま施設内部へ。


 G3。

『PORT03を維持しろ。ここが全員の帰り道だ』

「了解」


 モニカとオールドスピアは左右へ展開した。

 シャトル周辺と進入口を押さえる。


 カットマンとベンの姿はすでにドックの奥へ消えていた。


 *


 PORT03から離れた月面施設外周。


 三機のHFが着地する。


 噴射ガスに弾かれた砂塵が、灰色の地表へ散った。


『ここ』


 アレックスの声。

 旧OMC規格の保守端子。


『エイジ、ピース。周囲の警戒』

「了解」

『了解』

 アルトリウスとアイオーンが、左右へ分かれる。


 電子戦仕様アイオーンが外壁へ寄り、有線プローブを接続した。


 《PHYSICAL LINK――CONNECTED》

 《LEGACY MAINTENANCE BUS――DETECTED》


『入った』

 施設情報が一気に流れ始める。


 旧有人区画。

 増設区画。

 通路、隔壁、電力、内部センサー。


 シャトルからドローン越しに拾っていた細い情報とは、量も速度も違う。


『もう隠れる必要ないからね。速さ優先で行く』


 《ACCESS PRIORITY――MAXIMUM》


 アレックスは既設ドローンの光通信中継も接続する。


 《OPTICAL RELAY――LINKED》

 《CMD――CONNECTED》

 《G2――CONNECTED》

 《G3――CONNECTED》


『こちらCMD。バングだ、聞こえてる』

「クリア」


『G2』

『聞こえてる。施設内部に入った』

 カットマン。


『G3』

『こっちも良好。PORT03確保中』

 モニカ。


『よし』

 アレックスが施設内部へ検索を広げる。


『次、随伴組を探すよ』


 OMC規格の携行端末。

 軍用識別コード。

 検索。


 《OMC MILITARY DEVICE――DETECTED》


 反応が一つ。

 さらに二つ、三つ、四つ。


『四人。まとまって移動してる』

「随伴組ですか」

『たぶんね。PORT03に向かってる』


 即座にG2へ位置情報を転送。


 《G2――TARGET DATA TRANSFER》


『カットマン、合流対象を候補。位置送った』

『受け取った。ベン、行くぞ』

『ああ』

 G2の反応が随伴組へと進路を変える。


『次は司令官との回線を繋ぐ』

 アレックスがノアの端末へ通信経路を開く。


 《VOICE LINK――ATTEMPTING》


『こちら、アレックス。応答せよ』

 数秒。


 《VOICE LINK――ESTABLISHED》


 雑音。


『待機組か。――こちら、ノア・シュナイダー』


 *


 月面施設内。

 ノアたちは走り続けた。


 先頭、フォックス。

 中央にノアとユイン。

 最後尾、シルバーリング。


 ノアの携行端末へ、新たな表示が割り込む。


 《ROUTE DATA――RECEIVED》


『迎え出してます。カットマンとベンが向かっている』

 通信回線からアレックスの声。


「待機組。月面へ降りたのか」

『それだけじゃない。PORT03にはシャトルも入ってる』


「何?」

 ノアの声が変わった。


『強襲揚陸済み。モニカとオールドスピアがドックを押さえてる』

 ノアの端末にG2とG3のユニットが表示される。


 自分の知らないところで、別の作戦が動いている。


「アレックス。バングヘヴン少佐に代われ」

『了解』


 短い雑音。


『――大佐』

 バング。


「こちらは特使を喪失。ソードに射殺された。現在、我々四名はPORT03へ退避中。月側兵士の追跡を受けている」

『了解。G2を向かわせてる。G3はPORT03を確保中だ』

「確認した」

 一拍。

「バングヘヴン少佐。説明してもらおう。なぜ待機組を動かしている」


 通信の向こう。

 バングが短く息を吐いた。


『統合作戦本部から、作戦が上書きされた』

「上書き?」

『月側との対話は破棄。以降、第二作戦目標へ移行』

 一拍。

『月側が保有する大型機動兵器を奪取し、地球圏へ移送せよ』


「……」

 傍らで通信を聞いていたフォックスとユインが、その内容に耳を疑う。


「いつ、その命令に切り替わった?」

『約1時間前だ。最初から端末に仕込まれていた。暗号化された状態でな』


 ノアが自分の携行端末を操作する。


 《MISSION ORDER――CURRENT》


 表示に変化はない。


 特使護衛の任務中。

 月側と対話中の出来事。


 随伴組には、第二作戦も、大型機動兵器奪取も存在しない。


「私は本作戦司令官だ。作戦目的が変更されたなら、同じ命令が届く」

『普通ならな』


 いくつもの事実が繋がる。


 特使と随伴組を月面へ降ろす。


 通信が途絶える可能性は、統合作戦本部も承知していた。

 その一方、待機組には条件付きの追加命令を仕込んだ。


 対話を破棄し、大型機動兵器を奪取せよ。


「……そういうことか」


「司令官?」

 ユインの表情が変わる。


「おいおい……」

 フォックスの眉が寄った。


 我々は最初から、捨て駒だったのだ。


『シュナイダー大佐』

 端末の先で、バングが低く呼ぶ。

「聞いている」

『この話は戻ってからだ』

 ノアは一瞬だけ目を閉じた。

「そうだな。今は全員の帰艦に集中する」


『アレックスの誘導でG2を送っている。合流して戻ってこい』

「了解した」

 ノアが前を向く。


 果たして、シャトルまで何人が着けるだろうか。

 この先、命の保証はなくなった。


≪ あとがき ≫

この第6話で、第3章は終わる予定でしたが、もう一話追加します。

なので次回で第3章は終わりですね。

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