第5話 策謀
≪ 登場人物 ≫
◇ノア・シュナイダー大佐
◇フォクスター小隊:ブラントリー・フォクスター隊長、ユイン・ユノス少尉
◇ピジョン・ブラッド隊:バング隊長、シルバーリング副隊長、モニカ、アレックス
◇特使
◆レフトムーン・ロゥ
◆ライトルナ・ソード
白い服の男は、ゆっくりと振り返った。
――この男が。レフトムーン・ロゥ。
ノアは正面から、その姿を捉える。
身長はソードより僅かに低い。細身。肩まで届く金色の髪。仮面で顔を覆うソードとは違い、素顔を隠してはいない。端整な顔立ち。
外見だけなら二十代後半。高く見積もっても三十前後。ソードとほぼ同年代に見える。
そして。その顔にもあった。頬から顎にかけて。白く色の抜けた、痣のような皮膚。先ほどソードの首筋に見たものとよく似ている。
同じ疾患なのか。
それとも、二人に共通する別の理由があるのか。判断できる材料はない。ただ、偶然として片付けるには、あまりに特徴が似ていた。
「私が月面基幹施設群統括、レフトムーン・ロゥです」
その静かな声に、ノアはすぐに気づいた。
聞き覚えがある。
GEV02-CAYAMBE襲撃。通信網を掌握し、月面の独立を一方的に告げた、あの声だ。間違いない。
目の前の青年が、あの宣言を行った本人だ。
落ち着いた口調。言葉遣いそのものは丁寧。
だが、そこに相手への敬意は感じられない。かといって、侮っても、挑発してもいない。ただ、必要な言葉を必要な順番で発しているように聞こえる。
ソードとは似て非なる印象。そして、この男の発言からも意図が読めない。
ロゥの横へソードが進む。
その動きに合わせ、10体のルナリアン・エコーも配置を変えた。ロゥとソード。その両端に1体ずつ。残る8体。4体が特使一行の左右へ2体ずつ。そして、4体が一行の背後へ並ぶ。
音もなく。指示もなく。一糸乱れぬ配置転換。
「そちらの人員構成は把握しています。なので紹介は不要です」
ロゥが言った。
視線を室内中央へ向ける。
「こちらで話を聞きましょう」
広い部屋の中央。簡素なテーブル。その奥。ロゥ側に椅子が一脚。入口側には二脚。それ以外に、会談用と思われる席はない。
ロゥが先に歩き、奥の椅子へ腰を下ろす。ソードがその左傍に無言で位置した。
「……」
特使がノアを見る。自分から座っていいものか、判断しかねている。ノアは一瞬だけテーブルを確認した。
「我々も掛けませんか」
「あ、ああ」
特使が先に椅子へ座る。続いてノアも隣へ腰を下ろした。
フォックス、ユイン、シルバーリング。三人は特使とノアの後方、それぞれ周囲を確認できる位置に並び立っている。
一つのテーブル。巨大な観測窓から見える月面を背にしてロゥ。それに向かい合うOMCの特使とノア。
月。地球。
二つの勢力が、同じ場所で向かい合う。
短い沈黙。誰も、すぐには口を開かなかった。
「あの、ちょっといいかな」
唐突に後ろから声。フォックスだ。ユインが横を見る。
フォックスは気にせず、親指で自分たちの後方、4体のルナリアン・エコーを示した。
「後ろの連中、物騒なので下げてもらってもいいかな」
特使が驚いたように振り返る。フォックスは平然としている。
「我々が客じゃないのは分かるけど」
一拍。
「捕虜でも無いので」
「隊長……」
ユインが小さく呟く。言うか、今それを。
対してロゥは、僅かに反応した。
「……」
ほんの一瞬。口元が緩んだようにも見えた。嘲笑ではない。軽んじた様子もない。
「確かに。あなたの言う通りですね」
ただ、指摘された事実を確認した。
ロゥの言葉を聞いて、ソードが左手を僅かに動かす。
背後にいた4体のエコーが同時に動く。一歩、横へ。
さらに左右に並ぶ2体ずつのエコーと列を合わせる。
数秒。
フォックスたちの後ろが空いた。
「どうも」
フォックスが軽く返す。ロゥは何も答えない。
ユインはフォックスの顔、後方、そして再びフォックス。順番に見る。
「……」
「何だよ」
「いえ」
大した人だと思ったが、ユインはそれ以上言わなかった。
フォックスも何事もなかったように視線を前へ戻す。
僅かに。
特使一行に張り詰めていた空気がほんの僅かに緩んだ。
ノアがロゥを見る。
「Mr.レフトムーン・ロゥ」
ロゥの視線がノアへ向く。
「我々が月を訪れた目的は、OMCとあなたとの対話にあります」
落ち着いた声でノアが語り出す。
「ついては、OMCの代表として、こちらの特使から話があります」
ノアが隣を見る。促された特使が姿勢を正した。
「私が」
僅かに声が震える。本人も気づいたのか、咳払い。もう一度。
「私が今回の特使を任された、OMC中央議会議員――エドガー・ロスウェルだ」
胸を張る。声にも今度は力を込めた。
「OMC中央議会を代表して、ここへ来た」
ロゥは静かに特使を見る。
「……」
何も言わない。歓迎も、挨拶も。ただ、相手の情報を確認するような視線。
「あなた方の希望する対話に入る前に、一つ、認識を合わせておきます」
ロゥが言葉を発し、ノアへ目を移した。
「これ以降、あなた方の発言と行動は、OMCの意思として扱います」
短い間。
「逆に、私の発言も月の意思として捉えて結構です」
部屋が再び静かになる。
これは許可を求めているのではない。会談に入る前提を提示している。つまり、これから発する言葉に個人としての逃げ道はない。
特使がノアへ視線を送る。
どう答える。問うような目に対し、ノアは無言を通した。返答はあなたの役目だ。視線だけでそう返す。
「当然だ」
特使が言った。
「私の発言がOMCの総意と捉えてもらって結構。私は、そのためにここへ来ている」
ロゥは特使を見る。表情は変わらない。
「では」
テーブルの上で静かに両手を組んだ。
「話を聞きましょう」
*
同じ頃。
月往還シャトルの情報管制区画。
月面との正規通信は途絶えたまま。その裏で、ピジョン・ブラッドが放ったステルスドローンだけが光通信の経路を維持している。
《OPTICAL RELAY――STABLE》
《LEGACY MAINTENANCE NODE――CONNECTED》
「隊長、入口見つけたよ」
アレックスが旧有人区画の図面を呼び出す。OMC時代の保守ノードを起点に、現在のネットワークが次々と重なっていく。
「狙い通り。昔の設備がまだ生きてる」
「いきなり深入りして見つかるなよ」
バングが画面を覗く。
「相手が待ち受けているかもしれん」
「そんなヘマはしませんよ」
操作を続けながらアレックスが答える。
「新しい管理網はあるけど、コード自体は追える。壁を壊して入る必要もないから、正規の保守通信に紛れて進むよ」
「見つからずに行けるか」
「当然」
隣でモニカがドローンのリンク状態を確認する。
「二号、四号、安定。シャトルの移動にも追従してる」
「そのまま維持して」
旧図面の上に新しい経路が一本、また一本と浮かぶ。
「ここから先は少し時間が掛かりそうだね」
「どのくらいだ」
「施設構造が見えるところまで、40分弱かな」
「任せたぞ」
「了~解、隊長」
《STEALTH ACCESS――START》
誰にも気づかれないまま、アレックスにより月の内部へ。
細い経路が伸び始めた。
*
月面施設内の一室。
大きな観測窓の外、大気のない月面には、灰色の大地と黒い空が鋭い境界を作って広がっている。
その窓を背に、一つのテーブルを挟んで向かい合っているレフトムーン・ロゥとOMC特使の一行。
静寂とは対照的に、室内には目に見えない緊張で満ちていた。
「レフトムーン・ロゥ」
特使が先に切り出す。
「まず確認したい」
正面の青年を見る。
「なぜ、OMCの軌道エレベーター及び軍事施設に対して攻撃行動を取った」
「それは既に表明しています。月面の独立を、地球へ示すためです」
ロゥが僅かな間も置かず答える。
簡潔な回答。言い訳も、補足もない。特使の眉が僅かに動く。
「では、なぜその対象がOMCだった」
特使が言葉を続ける。
「月面施設はOMCだけのものではない。CMSも同様に月の資源を利用している」
一拍。
「なぜCMSではなく、我々OMCの軌道エレべーターと軍事施設を攻撃対象にした」
「特に理由はありません」
ロゥが答える。
「……何?」
「OMCでもCMSでも、どちらでも良かったのです」
月の独立を地球へ認識させることが目的。攻撃は二つの経済圏のどちらかを対象として、選んだのではないとの答え。
侮辱。そう受け取るには、あまりにも平坦な声。こちらを軽視しているようにも聞こえる。だが、本当にどちらでも良かったのだろう。理由がこれほどまで単純とは。ノアは厄介な相手だと考えながら、ロゥの横顔を見る。
「君は」
特使が声を強める。
「あの攻撃によってOMCがどれほどの損害を受けたか、知らないわけではあるまい」
後ろに立つフォックスの眉が僅かに動いた。
損害、被害じゃなくて損害かよ。
そう思いながら、口には出すのを堪える。
「当然、把握しています」
「ならば――」
「だからこそ、必要な行動でした」
特使の言葉をロゥが遮る。
「月の独立に対し、地球が最も分かりやすく理解できる手段を選んだまでです。最初から、独立の可否について、交渉する考えはありませんでしたので」
「ならば何故、我々をこの部屋に連れてきた」
「あなた方が来たのでしょう。望んで」
即答。
「だから今、あなたはここにいる」
ロゥの静かな物言いに反応し、特使の指がテーブルの上で僅かに動いた。
ノアは隣に座る特使を横目で確認する。
「では」
特使が姿勢を直した。
「独立した月は、何をするつもりだ」
「それはこちらの勝手です。説明する必要はありません」
ロゥは、またしても簡潔に答える。
「地球との関係に大きく関わる話だぞ」
「現在、月から地球へ供給している資源については、従来通り維持します」
「……何?」
「OMC、CMS双方への鉱物資源輸送を停止する予定はありません」
特使が目を細める。
「独立とは関係ないとでも?」
「私にとって、月の独立と地球への資源輸送は別の事象です」
「我々から月を切り離しておきながら、資源の供給だけは続けると?」
「必要としているのは、地球側ですから」
淡々と言葉を続けるロゥ。
「こちらには停止する理由がないので」
一拍。
「地球は今まで通り、月の資源を利用できると考えて結構です」
特使の顔に僅かな苛立ちが浮かぶ。
月の資源。
その施設も、採掘設備も、輸送網も。長い年月をかけ、OMCとCMSが築き上げてきたものだ。それを目の前の青年は、自分たちの所有物のように語る。
特使の身体が少しだけ前へ傾く。
「では」
声の中に、徐々に別の色が混じり始めた。
「月は今後、地球へ一切干渉しない。そう理解していいのか」
「その認識で構いません」
「それ以上の要求も?」
「ありません」
フォックスが僅かに視線を特使へ向ける。特使の呼吸が、最初より少し強くなっている。
「そんな話はありえない」
特使が呟いた。
「ならば、一つ聞こう」
ここぞとばかりに声に力を込めた。
「人間である以上、月だけで生存することなどできない」
ロゥは黙って聞いている。
「水だ」
特使は言った。
「月には、人類が継続的に利用できるだけの水がない」
ノアの目が僅かに動く。作戦前。特使が何度も口にしていた。月側との交渉において、地球側が握っているはずの最も分かりやすいカード。
「こちらからの供給を失えば、いずれ月での生活は維持できなくなる」
特使の口調に少しずつ自信が戻る。
「独立を主張するのは勝手だ。だが現実は違う」
テーブル越しにロゥを見る。
「まさか、自分たちの要求が通らなければ」
皮肉を含ませる。
「また、あの大型機動兵器を使って地球を脅すつもりではないだろうな」
ロゥの反応が僅かに止まった。
「……レヴェリオンで、か」
小さな声。
ノアだけが気付き、視線をロゥへ向ける。
レヴェリオン。
ロゥの口から出た、聞いたこともない名称。だがノアは、会話の流れから、それが大型機動兵器の名を指しているのだと推察した。
「月は地球の衛星であること」
ロゥが静かに口を開く。
ロゥは観測窓の外へ目を向けることもなく、目の前の特使を見る。
「そして、地球が月の鉱物資源に大きく依存していること。その事実は、地球と月の関係そのものです」
「なら――」
「ですが」
ロゥの言葉が特使を止める。
「私の統括する月は、地球にも、その社会にも、何ら関心を持っていません」
静に、そして淡々と。
「地球から供給される水についても同様です」
その言葉に特使の顔が硬直する。
「……何を言っている」
「そのままの意味です」
ロゥの意外な言葉に、ノアが僅かに目を細める。
室内に僅かな沈黙。
特使の表情から、先ほどまでの緊張による硬直が消えていた。代わりに明確な苛立ちが浮かぶ。
問いかける。答えは返る。だが、欲しい答えではない。
交渉材料を提示する。そのカードは使えないと否定される。
月側は欲しがるはずだ。自分は優位な立場のはずだ。
「君は」
特使がテーブルへ手を置く。
「随分と好き勝手なことを言う。月の設備がどこによって造られたと思っている」
「地球側ですね」
「なら、それに対する敬意というものを――」
「敬意」
ロゥが言葉を反復する。その反応に、特使の顔がさらに強張る。
「地球は変わらず月の恩恵を受ける。こちらが表すべき意は、何もありません」
「――!」
言葉を詰まらせる特使。
ソードが僅かに特使の方へ顔を傾ける。その動きを目で追うノア。
「そもそも――」
特使が再び口を開く。
特使の声が少しずつ大きくなっている。言葉の間隔も短くなっている。
対するロゥは何も変わらない。同じ姿勢。同じ声。同じ速度。
「……マズいな」
後方で立っているフォックスは、誰にも聞こえないほどの声で、小さく呟いた。
*
月往還シャトル、情報管制区画。
アレックスの月施設ハッキングが始まってから、30分近くが経過している。
《NETWORK MAP――EXPANDING》
旧有人区画の図面は、現在の施設情報でかなり埋まり始めていた。
「ざっと見たところ、記録にない新造区画は全体の二割くらいかな」
アレックスが範囲を示す。
「残りの多くは旧有人区画を再利用。ただし、使ってる場所の管理系はほとんど月側のものに置き換わってる」
「二割でも、この規模なら相当デカいな」
バングが画面を見る。
「新造区画の詳細は?」
「大まかな位置は分かる。でも、ここだけ別」
アレックスが一箇所を拡大する。
周囲の設備には電力も通信も通っているのに、その区画の手前だけでネットワークが途切れている。
「通信障害じゃない。物理的に外と繋げてない」
「構造は」
「見えない。周りの電力配分を見ると、使われてない場所とも思えないけどね」
バングが目を細める。
「意図的か」
「だね」
「じゃあ、何かあるな」
「そう思う。ただ、これ以上覗くなら、ドローンをもっと寄せる必要がある。見つかる危険も上がるよ」
「なら、今そこは外せ。見えてる範囲を先に取るんだ」
「了~解」
画面上、その区画だけが空白のまま残る。
その横では、統合作戦本部から渡された追加作戦コードの解読も進行している。
《POSITION DATA――VERIFIED》
《COMMAND AUTHORIZATION――CONFIRMED》
《PHASE 01――LOCKED》
「こっちはまだ開かないね」
「なら、月施設内を優先しろ」
「はいよ」
アレックスは施設図へ視線を戻す。
露わになる月面施設の輪郭。だが、その奥にはまだ、隠された空白が残されていた。
*
時を同じくして、月面施設。
対話の部屋に、最初の静けさはない。
「では、聞こう!」
ロスウェルが身を乗り出す。
「OMCが月面施設に対する権利を主張した場合はどうする!」
「認めません。既に施設は私の管理下にある」
「地球側が月の独立を承認しなければ!」
「地球側の承認は必要ないと言っています」
間髪を入れない回答。
「国際社会から孤立するぞ」
「それは月にとっての不都合ではない」
ロゥが僅かに首を傾ける。
「同じ質問の繰り返しですが」
「……!」
赤面する特使。
後方でユインが左右を窺う。フォックスは無言。先ほどまで時折見せていた軽い表情も消えている。シルバーリングは特使の動きを注意深く見ている。
「いい加減にするんだ!」
特使の声がさらに大きくなる。
「月は地球の衛星だ! 資源も設備も、その主導権は地球にある」
「従属せよと?」
ロゥの言葉が重くかぶさる。
「……何を」
一瞬、気圧される特使。
「地球側が建設した設備」
「必要な資源」
「月との経済的な関係」
ロゥは淡々と並べていく。
「それらを理由に、あなたは私が従うと考えている」
一拍。
「何故なら、あなたは私が何かを欲している、と決めつけているからです」
「……何?」
「地球からの承認」
「水」
「物資」
「あるいは、交渉によって得られる何らかの譲歩」
一つずつ並べる。
「だから、それらを与える側の自分たちは優位だと」
「当然だ!」
「いえ、違います」
ロゥが即座に否定する。
「私は、それらを求めていません」
「エドガー・ロスウェル議員、分かりませんか」
テーブルの前で組んでいた両手を広げ、ロゥは伝えた。
「私が、あなたの期待に応えることはないのです」
「貴様――」
特使の握った拳が小刻みに震える。
「特使」
低い声。ノアが呼ぶ。
「何だ!」
「少し冷静になってください」
「私は冷静だ!」
その声量自体が、言葉を否定していた。
「私はOMCの代表なんだぞ!」
「承知しています」
「このような傲慢な態度を認められるか!」
特使が再びロゥを見る。
「君たちが何を手に入れたのか知らん。何を根拠に、これほど強気に出ているのかもな」
「だが!」
両手がテーブルへ強く置かれる。身体が前へ出る。
「地球を敵に回して生きていけるなど、思い上がりも甚だしい!」
ロゥは黙って聞いている。
「大型機動兵器があるぐらいで何を勘違いしている!」
「地球には国家があり、経済圏があり、軍がある!」
「OMCだけではない! CMSもだ!」
「その全てを相手にして、貴様たちが――!」
椅子が僅かに後ろへ動く。特使が腰を浮かせた。両手をテーブルにつき、ロゥへ身体を乗り出す。
「この私を誰だと思って――!」
ノアの視線が後ろの二人に告げる。右、フォックス。左、シルバーリング。言葉はなくとも、それで十分だった。フォックスが一歩。シルバーリングも、ほぼ同時に前へ出た。
特使を月側より先に。こちらで抑えるために。
*
月往還シャトル内。
情報管制区画。
短い警告音が鳴った。バングから預かった端末に、新たな文字列が走る。
「おや?」
アレックスが顔を向ける。バングから預かった端末の追加作戦コード。
《OMC JOINT OPERATIONS COMMAND》
《ENCRYPTED OPERATION PACKAGE》
先ほどまでの封印が解除されている。
《MISSION STATUS――VERIFIED》
《POSITION DATA――VERIFIED》
《COMMAND AUTHORIZATION――CONFIRMED》
「……お」
アレックスが手を止めた。
「どうした」
バングがすぐに反応する。
「こっちも進んだみたいだね」
《PHASE 01――UNLOCKING》
解析中のアレックスはコードを突破していない。
あらかじめ組み込まれていた条件、それが規定値へ達したらしい。
それが時間経過なのか、それとも別の何かか。
「なるほど、これは時限式かな」
アレックスが端末を操作する。
《PHASE 01――OPEN》
画面が切り替わった。数行の文章。
目で追うアレックスの表情が固まる。
「どうした、アレックス」
バングの問いかけに返事がない。
「隊長、これは」
一拍。
「ヤバいね」
その声からは、いつもの軽い調子が消えていた。
バングが画面を覗き込む。
《OMC JOINT OPERATIONS COMMAND》
《SPECIAL OPERATION DIRECTIVE》
その下。新たに開示された命令文。
《月側との対話は、現状をもって破棄》
《以降、第二作戦目標へ移行》
《月側大型機動兵器を奪取し、地球圏へ移送せよ》
「大型機動兵器って」
「分かってる」
バングが低く返す。先の軌道エレベーター襲撃で出現した所属不明の大型機。その常軌を逸した攻撃力と機動性能。OMCが、その存在を見過ごすはずがない。だが、獲ってこいだと?
「対話は破棄……」
この命令は地球から今送られてきたものではない。通信は繋がっていない。暗号化され、条件が揃うまで隠されていただけ。つまり最初から決まっていた。
「……そういうことか」
「隊長?」
アレックスが見る。
「一行を月に送り込んで、その先にこいつを仕込んでやがった」
命令の実行は、即ち月側への敵対行動。
そうなると敵地の奥にはノア、フォックス、ユイン、シルバーリング。
四人の孤立が確定する。
「やってくれるな……、OMCの馬鹿ども……!」
荒げてはいない。だが、バングのその声には、押し殺した激しさがあった。
着地点を失いつつある月面での対話。
その一方で。地球側はすでに。次の行動を決めていた。
≪ 用語・設定 ≫
■レヴェリオン
月で建造された全高20メートル、大型機動兵器の名称。
ライトルナ・ソードが駆るこの物語の主役ロボット。
突如、地球に出現し、OMCの軌道エレベーター軍事施設と無人HF統合管制施設を壊滅させた。
≪ あとがき ≫
小難しい会話がある回は、書くのが疲れますね。
第3章は次で終わる予定です。




