第2話 航路
≪ 登場人物 ≫
◇ノア・シュナイダー大佐
◇フォクスター小隊:ブラントリー・フォクスター隊長、エイジ・ミツギ少尉、ユイン・ユノス少尉
◇ピジョン・ブラッド隊:バング隊長、シルバーリング副隊長、カットマン、オールドスピア、ピース、ベン、モニカ、アレックス
◇特使
二つの機影が紺碧の空を切り裂く
多目的攻撃無力化機動兵器、アルトリウスとランスロット。
OSF西方方面即応基地を発進した二機の有人HFは、薄く雲を引きながら東を目指す。
エイジは操縦桿へ軽く力を加えた。アルトリウスの推力が上がる。
「機体の反応はどう」
右後方のランスロットから直接回線でユインの声が入る。
「機動も推力も問題ない。Cellとの接続フィーリングも今まで通り自然だ」
アルトリウスを飛ばしながら、細かな反応を確かめるように、操縦系統を確認するエイジ。
「気になるところは」
「左脚のフィードバックが少し軽い気がする」
「そこはシャトルで整備班に伝えた方がいいね」
「ああ。積んでから調整してもらう」
先の出撃。
帰還した基地では大破していた機体が、今はその影も無く、意のままに動かせる。
エイジに思わず笑みがこぼれる。
「それにしても、凄いな基地の整備班」
「実際、フレームはほぼ全取っ換えで、パーソナライズ調整は徹夜の突貫だったらしい」
「帰ったら、改めて礼言わないとな」
ランスロットが速度を上げ、右後方から一気にアルトリウスの横に並ぶ。
目的地はGEV02-CAYAMBE。
OMCが運用する軌道エレベーター。
その静止衛星軌道上に設けられた軍事宇宙港で、月面へ向かう特使と護衛任務の一団は合流する。
「隊長たちは、もう上に着いてる頃かな」
「7時間前に出発してたっけ」
「ああ。特使と随行員も一緒。衛星軌道上まで、軌道エレベーター内の有人高速昇降機で5時間くらい掛かるから」
「俺たちは」
「上昇回廊の電磁誘導リンクで、だいたい90分くらい。HFだから、だいぶ楽させてもらえる」
「今回は、アルトリウスの機動チェックも兼ねてだから、ありがたいよ」
一拍。
「しっかし、あのメンバーで5時間一緒にいて大丈夫かな」
エイジはふと、思った言葉を口にした。
全員、大人であるとはいえ、クセのある面々。同じ空間に閉じ込めて、何も起こらないワケがない。
それを想像してか、ユインが吹き出した。
「合流したら、隊長からイロイロ言われそうだ」
「そもそも、あの中で話す事あるのか」
「考えない方がいい気がする」
「同感。そうしよう」
エイジは前方へ視線を戻した。
濃い青の先。
地平線へ広がる巨大な人工構造物が見えてきた。
「来たな」
「ああ」
GEV02-CAYAMBE。
軌道エレベーターを支える地上設備群が、真っ先に視界に入る。
資材集積区画。発着施設。防衛基地。管制棟。
そして、月側の攻撃を受けた区域。
焼けた格納庫。崩れた防壁。撤去を待つ大型構造材。
その間を工事車両と無人作業機が行き交い、仮設レーダーや新しい通信アンテナがすでに立ち上がっている。滑走区画では、整備員たちが復旧設備の動作確認を続けていた。
「もう、ここまで――随分進んでいる」
「いつまでも、このままにしておけないからね」
「まだ数日しか経ってないのに」
「アルトリウスの修理といい、ホント凄いね」
ユインの言葉の先で、黒く焼けた外壁の隣に新しい構造材が陽光を返している。
「こうやって、みんな元に戻っていくんだ」
「ああ。そうだな」
感慨深くうなずくエイジ。
警告音。
機体のディスプレイにGEV02-CAYAMBE軍事管制圏への進入境界が表示される。
「CAYAMBE Control。こちらフォクスター02、アルトリウス。フォクスター03、ランスロットと共に接近中」
『フォクスター02、03。識別コードを送信せよ』
「了解」
暗号化された識別情報を送信する。
『識別確認。特務、HF搬入要員。両機、軍事管制圏への進入を許可する。軍用上昇回廊WEST-04へ』
「フォクスター02、WEST-04」
「フォクスター03、同じく」
『上昇開始点まで自機推進。以降は管制誘導に従え』
「了解」
二機が進路を変える。
その先に、白いテザーが現れた。
地上から雲を貫き、青空を貫き、視界の果てで宇宙へ消えていく。
地球と宇宙を繋ぐ一本の道。
「何度見ても変な感じだ」
「まさに、天へと続く道だね」
《WEST-04 ENTRY》
《GUIDANCE LINK――STANDBY》
『フォクスター02、03。上昇回廊への進入を確認。電磁誘導リンク接続まで五秒』
エイジは操縦桿を握り直す。
カウントが進み、機体の奥でCell慣性制御系が立ち上がった。
『リンク』
一瞬、機体が軽くなる。
《GUIDANCE LINK――ACTIVE》
『両機、上昇を許可する』
エイジは上を見る。
白いテザーの先。地球の外。
「さあ行こう、ユイン」
「了解」
アルトリウスとランスロットの推進器が光を放つ。
二機は白いテザーに沿って、一気に空へ駆け上がった。
*
――7時間前。
GEV02-CAYAMBE、軌道エレベーター基部。
月面特使一行とその護衛部隊は、一般利用区画から完全に隔離された特別区画で待機していた。
政府要人や軍高官、機密任務のための専用動線。専用車両を降りた時点から、保安検査、医療チェック、待機、搭乗まで外部の人間と接触はない。
専用ラウンジでは、ピジョン・ブラッドの面々が、思い思いに時間を潰していた。
カットマンは端末。モニカは雑誌。アレックスは技術資料。オールドスピアは目を閉じ、シルバーリングは搭乗予定を確認している。
その一角。
「少佐殿は、バーボン派なんですか」
ひとりの時間を持て余していたフォックスが、向かいに座ってるバングに声をかけた。
「どうした大尉、いきなり」
バングが眉を上げてフォックスを見返す。
「ほら、カウンターに並んでいたでしょう。随分いい酒がズラリと」
「よく見てたな。ウチに置いてるのは基本、バーボンだ。勿論、俺用だ」
バングが笑う。
「大尉は何派だ」
「仕事が終わってりゃ何でも」
「一人で飲む方か」
「外でなら、相手が必須ですね」
「意味深だな。どんな相手が好みだ」
「その時々で。一緒に飲んでくれるなら、それが互いに好みという事で」
フォックスは深く考える事も無く、さらりと答えた。
「博愛主義だな。大尉らしい」
「そう言う少佐殿は?」
「俺ぐらいになると、向こうからお声が掛かる」
「それ、悪行がばれて追い込まれてるだけじゃないか」
バングは声を上げて笑った。
フォックスが周囲を見回す。
「それはそうと、足りない二人は」
「ピースとベンが別行動だ。アイオーンを上げる」
「なるほど」
月へ持ち込むピジョン・ブラッドの専用機。
フォックスの目に、エイジがアイオーンを見て喜ぶ姿が浮かんだ。
「この注射は本当に必要なのかね」
そんな中、ラウンジの反対側で声が上がった。
特使だ。
秘書と随行員、医療担当者。その間にノアが立っている。
「必要です。有人高速昇降機ではCell慣性緩衝系を使用します。Cell適応者以外には位相適応剤の投与が規定されています」
「私は健康だ」
「健康状態とは別の問題です」
「私はOMCの正式な特使だぞ。多少の融通くらい――」
「できません。投与を拒否される場合、搭乗できません」
ノアは表情を変えない。
取り巻きの視線を意識したのか、特使は渋々腕を差し出した。
「……当然、私は規則に従う。ただし痛くないようにしたまえ」
医療担当者が一瞬だけ止まった。
「……可能な限り」
バングがその様子を眺める。
「大変だな」
「何がです」
「位相適応剤を打たなきゃならん連中は」
「そっちですか。司令官に同情しているのかと」
有人HFのCell適応者である二人とピジョン・ブラッドの隊員たちには、昇降機搭乗ための投与は必要ない。
「とは言え、あの姿は見るに忍びない」
その間にも、特使はノアへ荷物、座席、随行員の配置まで次々と確認を求めていた。
「同感です」
フォックスが低く返したところで、ノアの軍用端末が短く振動した。
《GEV02-CAYAMBE/GEO DIRECT》
《BOARDING STATUS:READY》
《SECURE ROUTE:CLEAR》
ノアは表示を確認し、端末を閉じる。
「時間です」
ノアのその一言で、ラウンジの空気が変わる。
ピジョン・ブラッドの隊員たちが一斉に支度を始めた。
「さあ、これから軍事宇宙港まで5時間ある。大尉さっきの話、まだ続けるか」
立ち上がったバングが言う。
「少佐殿がお望みとあらば」
「俺の遍歴を語るなら、5時間全部使うぞ」
「聞くんじゃなかった」
互いに冗談を交わしながら、フォックスとバングも腰を上げる。
「搭乗準備が完了しました。これより移動します」
ノアが特使へ向き直る。
ラウンジ奥の隔壁が開く。
その先は無人の専用通路。分岐は閉鎖され、搭乗区画まで外部との接触はない。
「他との隔離、徹底してますね」
「今回の任務、OMCの公式じゃ無いからな」
カットマンの言葉にバングが返す。
通路の先には巨大な搭乗区画。
軌道索に沿う白い昇降ガイドと、円筒形の有人高速昇降機が静かに待っていた。
「これは、……でかいな」
フォックスが見上げる。
「こいつで上空、36,000㎞か」
バングも頭上へ視線を向けた。
内部は幅広い通路と固定式座席、壁面ディスプレイを備えた上級客室に近い造り。窓の外には、遥か上空まで伸びる白い軌道索。
「5時間だったな」
最前部のVIP席へ座った特使が言う。
「はい。静止衛星軌道上の軍事シャトル港まで約五時間です」
「もう少し速くならんのか」
「安全基準上、この便が最速です」
後方でフォックスがバングへ顔を寄せた。
「注射の次は速度ですか」
「いつだって、言うだけの立場は楽なもんだ」
「少佐殿が言うと説得力が違う」
「そこ、私語は控えていただこう」
ノアの声が飛ぶ。
「失礼しました、司令官」
フォックスの返事に、バングが肩を揺らした。
隔壁が閉鎖される。
《搭乗者確認完了》
《与圧正常》
《固定式Cell慣性緩衝系――待機》
《上昇シーケンス開始》
低い振動。
窓の外で地上施設がゆっくり沈み始めた。
「……動いてる?」
モニカが窓を見る。
「動いてるねぇ」
隣のアレックスが答える。
「もっとドンッて来るかと思った」
「大気があるうちは速度を上げられないよ」
「Cellがあるのに?」
「Cellは外の空気を消すわけじゃない。低高度から加速したら空力加熱と構造負荷がデカい」
「つまり?」
「高度100㎞くらいまではゆっくり。大気がほとんどなくなってから本加速。中間で時速15,000㎞前後まで上げて、後半は減速しながら静止軌道へ合わせる」
「15,000?」
モニカが目を瞬く。
「だから5時間もかかる」
「分かりやすい」
「君に分かるように言ったのさ。かなり省いたけどね」
窓の外では、都市も海岸線も一枚のタペストリーへ変わり始めていた。
青空は紺へ、そして黒へ。
昇降機室内の一同が黙って地球を見ている。
《高度100㎞》
《主加速シーケンスへ移行》
《固定式Cell慣性緩衝系――起動》
微かな共振。
「入ったな」
Cellに慣れたHFパイロットだけが、それに反応した。
速度表示が800、1,200、2,500と上がっていく。それでも身体は座席へ押しつけられず、荷物もほとんど動かない。
「これがCell?なんか変」
モニカがアレックスに再び質問を始めた。
「固定式の慣性緩衝系。HFのCellと原理は同じだけど、こっちは上下の決まった動きだけを装置側が制御する」
「じゃあ、オッサン達が打ってたさっきの注射は?」
「Cellに適応する薬じゃない。加速してるのに身体がそれを感じない、その感覚のズレを抑えるため」
「酔い止めみたいなもの?」
「かなり雑に言えばね」
前方の特使が振り返った。
「騒がしいぞ」
「失礼しました」
アレックスが即答し、モニカは肩をすくめた。
時間が流れる。
地球は遠ざかり、客室の中では重力感も薄れていった。
「……軽い」
モニカが手を持ち上げる。
「Cellは慣性を緩和するだけ。人工重力じゃないからね」
「もっと軽くなる?」
「静止軌道に近づけば」
「HF以外で宇宙へ出るの楽しみ」
「遊びじゃないぞ」
シルバーリングが静かに釘を刺した。
二時間半後。
《高度18,000㎞》
《最高速度 約15,100㎞毎時》
《主減速シーケンスへ移行》
表示は加速から減速へ切り替わったが、乗客にはほとんど分からない。
一団を乗せた有人高速昇降機は、白い軌道索に沿って、静止衛星軌道へ上昇を続けた。
*
時刻は現在へ戻る。
黒い。
アルトリウスの全天周モニターを宇宙が満たす。眼下には巨大な青い弧が広がっていた。
地球だ。
「……着いた」
正確にはあと4分。
高度約36,000㎞。アルトリウスとランスロットは軍用上昇回廊WEST-04の最終区間へ入っていた。
《GUIDANCE VELOCITY――REDUCING》
《GEO APPROACH CONTROL――STANDBY》
「エイジ、前」
「ああ」
白い軌道索の先に巨大な人工構造物が浮かぶ。
GEV02-CAYAMBE静止軌道複合施設。その一角から張り出した軍事シャトル港。
「でか……」
「資料で見たのとは全然違う」
《GUIDANCE LINK――RELEASE》
電磁誘導が切れ、二機は自力推進へ移る。
空気抵抗のない空間で、エイジは姿勢制御スラスターを短く噴かし、相対速度を殺していく。
「CAYAMBE GEO Control。こちらフォクスター02、03。WEST-04より接近。軍事シャトル港への進入許可を求む」
『識別確認。指定進入軸MIL-THREE。相対速度毎秒25m以下。進入を許可する』
「フォクスター02、MIL-THREE。了解」
「フォクスター03、了解」
誘導マーカーに沿って二機が軍事港へ向かう。
HF発着区画、大型ドック、係留アーム。その隙間を小型作業艇や無人搬送機が行き交っていた。
『第六HF搬入口へ。内部誘導に切り替え後、シャトル搭載区画へ移送せよ』
「了解」
巨大な隔壁が開く。
アルトリウスが先行し、ランスロットがそれに続く。
外の黒が消え、無数の作業灯と搬送アームが視界を埋める。
重力のない内部区画で、機体は床へ立たず浮いたまま保持される。
『フォクスター02。搬送クランプ接近』
「姿勢固定」
『確認』
腰部と脚部へクランプが接続。
《EXTERNAL CONTROL――CONNECTED》
「フォクスター02、機体制御を移管」
『受領』
ランスロットも同じ手順で固定され、二機は軍港の搬送システムによって月往還シャトル後部のHF搭載区画へ運ばれる。
*
「アルトリウス、固定確認」
「ランスロットも問題なし」
エイジとユインは各固定具確認の後、整備担当者が提示した書類にサインし、引き渡した。
「両機、主電源停止。推進剤ライン閉鎖。武装系安全装置確認」
並び立つ赤いアルトリウスと青いランスロット。
地上から、ここまで無事の到着。
「それじゃあ行こうか、ユイン」
「ああ」
二人は搭載区画を出た。
微小重力区画では磁気ブーツが床を軽く捉え、歩くたび小さな吸着音がする。
「身体は軽いのに靴だけ引っ張られる。この変な感じ、相変わらず慣れないな」
「有人機パイロットは宇宙施設での活動、滅多にないからね」
通路の先、作戦関係者用待機区画の扉が開く。
「お、機体の持ち込みは、我が小隊が先にご到着だ」
フォックスが壁際で出迎える。
「機体は?」
「積載、固定とも完了しています」
「よし」
短い返事で、フォックスの表情からわずかに力が抜ける。
「隊長たちは随分前に着いてたんですよね」
「ああ」
「有人高速昇降機での移動時間、どうでした?」
「聞くな」
フォックスは即答した。
「大尉はずっと隣で、俺の話す武勇伝を聞いていたのさ。今や大事な教え子だ」
バングの一言にエイジが吹き出し、ユインも口元を押さえた。
「ミツギ少尉」
カットマンが親指で通路の先を示す。
「今からアイオーンの積み込みが始まる。見に行くか?」
「行きます」
即答するエイジ。
喜びを隠しきれていない。
その状況にユインがフォックスを見る。
半ば諦めたように、行ってこいという身振りをユインに返すフォックス。
先程来た道を引き返すエイジとユイン。それに続くカットマン。
「いい傾向だ。少年たちも現場に馴染んでるじゃないか」
後姿を眺め、わざとらしく感心するバング。
「悪い病気をうつされないように注意しときます」
「安心しろ、大尉。手遅れだ」
バングが笑い、フォックスは苦笑した。
*
月往還シャトル、後部HF搭載区画。
すでにアルトリウスとランスロットが輸送姿勢で固定され、その隣に二機分の空間が残っていた。
《HF TRANSFER/INBOUND》
外部隔壁が開き、暗灰色のHFが姿を現す。
ピジョン・ブラッド専用の多目的攻撃無力化機動兵器。
アイオーン。
部隊章も派手な識別色もない。HFとして必要な構造だけを組み上げたような、徹底してプレーンな外形。
だが近づくにつれ、推進器や姿勢制御ノズル、関節ブロックが高密度にまとめられていることが分かる。
「見事なまでに、何もない機体だ」
「失礼だな」
カットマンが笑う。
アイオーンが搬送アームに固定され、作業モニターへ機体情報が表示された。
「推進系の応答値、高いですね。駆動ゲインも……かなりピーキーだ」
エイジの目が止まる。
「お、分かるかい」
「よくこの機体を、隊員同士で使い回せますね」
「そのままじゃ使わねえよ。Cellも推進系も、乗る奴に合わせて設定するんだ」
ユインがモニターを見る。
「機体は同じでも、毎回違う感覚で操縦されている」
「だから、中に誰が乗っているかは、俺たち隊員同士でも分からないときがある」
カットマンが笑った。
特徴がない。誰にでも合わせられる。
だが、誰にでも扱える機体では無い。
「面白い……」
「エイジ、実に楽しそうだ」
ユインが言う。
「HF好きなんだなあ、ミツギ少尉は」
「……はい。」
カットマンの言葉にエイジは素直にうなずく。
その時、アイオーンの搭乗ハッチが開いた。
ピースが機体外装へ身体を押し出す。
相変わらず私服。
ユインを見つけると片手を上げた。
――よう。
ユインが軽く頭を下げる。
ピースも一度だけ顎を引いた。
続いて、二機目のアイオーンも搬入される。
ハッチから降りてきたベンは、誰に声を掛けるでもなく装備確認へ向かった。
「よし、これで完了だ。戻るぞ」
カットマンの言葉に、ピースが無言で手を上げ、ベンも端末を閉じる。
エイジは最後に並び立つ四機を振り返った。
「行こう、エイジ」
「ああ」
ユインの声に押され、先を行くカットマンたちに追いつく。
一同は搭載区画を出た。
*
シャトル搭乗の最終集合区画。
ノアの端末に表記されている確認項目、人員、装備、貨物、HF四機、搭乗者の全てが緑へ変わった。
《DEPARTURE STATUS――READY》
フォクスター小隊。ピジョン・ブラッド。特使と随行員。
ノアが特使の前へ進む。
「出発準備が完了しました」
「そうか」
特使は胸を張り、取り巻きたちを一度見回した。
「諸君。これより我々は月へ向かう」
一拍。
「出発だ」
ノアがわずかに顎を引く。
「全員、搭乗」
特使が意気揚々と歩き出す。秘書、政務スタッフ、随行員が続き、さらにフォクスター小隊とピジョン・ブラッドの面々がシャトルへ入っていった。
「これから月まで24時間か。5時間の移動でウンザリなのに」
フォックスが小声で言う。
「穏やかな航路にならんことを」
バングが大げさに言い放つ。
エイジとユインは顔を見合わせ、小さく笑った。
最後に搭乗するノア。
隔壁が閉鎖される。
《CREW AND PASSENGER COUNT――CONFIRMED》
《ALL HATCHES――SEALED》
月往還シャトルの客室で、特使と随行員は前方、護衛部隊はその周囲と後方へ分散した。
ノアが全員の固定を確認し、自らもシートへ身体を預ける。
《DEPARTURE CLEARANCE――GRANTED》
《UNDOCK SEQUENCE――START》
低い駆動音。
係留アームとアンビリカルが順番に外れ、軍事港との物理的接続が解かれていく。
『月往還シャトル、CAYAMBE GEO Control。係留解除を確認。離脱軸LUNAR-02。相対距離5㎞到達後、月遷移航路へ移行せよ』
『LUNAR-02、了解』
小さな推進音。
窓の外で、GEV02-CAYAMBEの軍事宇宙港と白い軌道索が少しずつ遠ざかる。
その向こうに見える地球。
月へ向けて。
シャトルが姿勢を変える。
《LUNAR TRANSFER CORRIDOR――ENTRY》
《COURSE LOCK》
《MAIN PROPULSION――STANDBY》
ノアがフォクスター小隊とピジョン・ブラッドの面々を見る。
「これより月遷移航路へ入る。到着まで指示された配置を維持。任務開始に備えろ」
「「「了解」」」
複数の声が重なる。
特使は満足そうに、月の方向を見ていた。
《MAIN PROPULSION――IGNITION》
深い振動。
主推進器が立ち上がる。
月へ向かう一本の航路。
そこへ特使団を乗せたシャトルが、静かに滑り込んでいった。
≪ 用語・設定 ≫
■GEV02-CAYAMBE 有人高速昇降機
地上と静止衛星軌道上の軍事・輸送施設を結ぶ高速有人輸送機
地上から高度約36,000kmの静止衛星軌道まで、超伝導リニア同期駆動により、最高速度 約15,100km/hで約5時間を要し到達する。
上下方向のみ機能する固定式Cell慣性緩衝系を搭載、Cell適性の無い一般人でもCell位相適応剤の事前投与で搭乗可能。
≪ あとがき ≫
何だかSFっぽい回でした。




