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第5話 Pilot vs Pilot

≪ 登場人物 ≫

◇ユイン・ユノス少尉  18歳 男性

OMC軌道保安軍、CAYAMBE防衛部隊所属

フォクスター小隊隊員


◇ピース・ギャラガ 26歳 男性

ピジョン・ブラッド隊隊員

模擬戦でのユインの対戦相手


◇ガブリエル・バングヘヴン少佐 42歳 男性

OMC統合作戦本部直轄、特殊HF戦術部隊所属

ピジョン・ブラッド隊隊長


◇ブラントリー・フォクスター大尉 25歳 男性

OMC軌道保安軍、CAYAMBE防衛部隊所属

フォクスター小隊隊長


◇エイジ・ミツギ少尉 16歳 男性

OMC軌道保安軍、CAYAMBE防衛部隊所属

フォクスター小隊隊員


◇ノア・シュナイダー大佐 34歳 男性

OMC軍作戦指揮官


◇ジュエル・シルバー 35歳 男性

ピジョン・ブラッド隊副隊長

通称“シルバーリング”

 ハッチが閉じ、外の音が消えた。


 ユインの身体をシートが包み込む。操縦桿の基部に光が走り、指の形、握力、脈拍、皮膚電位が記録される。

 起動操作系の配置は、正規軍の有人HFに搭載されるCellと全く同じだ。


 ユインは操縦桿をわずかに倒した。

 入力に応じた抵抗が、遅れなく掌へ返ってくる。

「これは……」

 士官学校時代や、訓練で使用しているシミュレーターとは、明らかに差がある。

 操縦席の形を似せただけではない。機体重量、推進出力、各関節の負荷、形態変換に伴う重心移動まで再現されていた。


 正面の暗闇へ細い光が走る。全周囲モニターが起動し、射出レールと整備用アームがCellの周囲へ現れた。


 ユインが首を動かす。映像に継ぎ目も遅れもない。

 疑似Cellがわずかに傾くと、感覚までも連動した。


「すごいな……」

『ユイン、どうだ?』

 突然、エイジの声が回線へ入った。


「聞こえてるのか」

『今は外部回線が開いてる。反応は? フィーリングに遅れは?』

 質問の勢いに、ユインは小さく笑った。よほど、自分が乗れなかった筐体が気になるらしい。


「まさに、実機だ。フィードバックまで完全に再現されてる」

『操作からのラグは? 疑似Cellから機体のプログラムへシームレスにつながってるか?』

「まだ動かしてないけど、この精度なら――」


『外からの交信は、そこまでだ』

 シルバーリングの声が割り込んだ。


『今回の模擬戦、外部からの通信は無しだ』

『少しくらい――』

『駄目だ』


 短い沈黙の後、エイジが不満そうに息を吐いた。

『……分かった。ユイン、後で全部教えろよ』

「僕は、模擬戦に集中させてもらうから」

『おい――』

 回線が切れた。


 ユインは操縦桿を握り直した。短いやり取りで、肩から余計な力が抜けている。

 対戦システムの待機表示。その向こうにいるのは、私服のままCellへ乗り込んだ男。名前は、――ピースと呼ばれていた。


『両者、聞こえているな』

 シルバーリングが開始前の双方へ通信を開いた。


「聞こえています」

『聞こえてるよ』

 ピースの返事は、相変わらず気だるい調子のままだ。


『対戦条件を説明する』

 格納庫映像が、市街地の立体地図へ切り替わる。

 高層建築群。中層ビル。幹線道路と高架交通網。狭い街路、立体交差、広場、市街地を横切る河川。


『戦闘領域は民間人の退避が完了した市街地。建築物と交通設備への被害制限は設けない』

 地図上へ赤い境界線が浮かんだ。

『使用機体は両者ともOMC軍標準有人HF。性能、燃料、推進出力、装甲強度は同一。武装は主射撃兵装一基、短距離誘導弾四発、近接兵装一基』


 ユインは各操作系へ短い入力を送った。

 照準補助、正常。目標捕捉、正常。近接兵装、正常。推進器、正常。

 機体制御AIは標準支援モード。姿勢維持、衝突回避、脅威度算出、推奨回避経路が有効になっている。


『撃墜、または機動不能判定で終了。判定後の攻撃は無効だ』

「了解しました」

『了解~』


『質問は』

「ありません」

『こっちも、ないよ』

『では外部通信を閉鎖する。念のため言っておくが、機体間のオープン回線も使用禁止だ』

 通信が切り替わり、Cell内部が完全に独立した。


 *


 筐体の外では、二つのカタパルトと機体情報がスクリーンに映し出されていた。

 シルバーリングが管制ブースで最終確認を進める。特別室内に散っているピジョン・ブラッドの隊員たちも、各々の場所から画面を眺めている。


 バングは腕を組んだままモニターを見ていた。フォックスも同じ姿勢で眺めているが、ユインを心配する様子はない。

 フォックスはユインが超一流の有人HFパイロットであることを知っている。


 そんな中、エイジだけが、モニターと管制ブースに表示されるデータと、シルバーリングが操作するコントロールモジュールを、忙しく目で追っていた。

「機体入力まで外へ出るのか……。これなら後から操縦を全部再現できる」


「お前は何しに来たんだ」

 フォックスが、画面を覗き込んでいるエイジに呆れる。

「フォクスター小隊の名誉を守るため。今は、ユインの応援です」

「本当か?」

「……シミュレーターも少々」

「なにが“少々”だ」


 エイジは中央モニターへ視線を戻した。だが興味とは別に、有人HFパイロットとしての本能が視界の端で、筐体の駆動表示を追い続ける。


「最終確認完了。模擬戦闘システム、起動」


 *


 ユインの正面へ赤い数字が浮かぶ。


 5、4、


 カウントダウンが始まる。

 既に戦域となるエリアと、機体性能、武装に関する情報は頭に入っている。


 3


 AIが推奨上昇経路を表示する。

 機体が同じなら分からないのは、ピース。対戦パイロットの技量だけだ。


 2


 ユイン軽く操縦桿を握り直す。


 1


 射出。

 誘導灯が光の帯となって後方へ飛ぶ。


 推進出力、最大。

 瞬間にして、機体が戦域へ放たれた。


 青空。眼下に広がる高層建築群。


 ユインは推奨経路へ従わず、射出の加速を残したまま横転した。機首を下げ、ビル群へ向けて浅く降下する。

 疑似Cellが回転し、横方向の重圧を相殺する。


「本当に実機と変わらないな。これはエイジが――」


 脅威警報。


 正面で光が瞬く。

 射撃。

 ユインが機体を起こした。射線が腹部の下を抜ける。


 機体を狙った弾道ではない。上昇を選ばせ、その先へ二射目を置いている。

 ユインは空中で急停止した。二射目が頭上を抜ける。

「先ずは。空戦で腕試し、か」


 遠方を横切るピース機を捉えた。

 同じ機体。同じ性能。腕が確かなパイロット同士、起動に余計な揺れがない。


 ピースは最初の二射で、こちらの回避速度と判断を測った。


 ユインは三発、撃ち返す。

 上。右。後方。

 回避方向を限定させる射撃。


 ピース機は機体をわずかに傾け、三本の射線の隙間を抜けた。そのままユイン機の下へ潜り込む。


「そこか」

 照準が重なる寸前、ピース機が軌道を変えた。

 四肢を開き、急減速。


 ユイン機が前へ流れ、上下が入れ替わる。

 背後で射線を取られた。


 ユインは機体を横へ旋回させる。弾道が翼端をかすめる。当然、損傷判定はない。

 ギリギリで躱すのは慣れている。ピースからも、まだ仕留めに来る気を感じない。


 何を選ぶか。仕掛ける距離は。回避に使う推進力は。

 互いに、相手の癖を測る。


 ユインはさらに旋回しながら短距離誘導弾を一発放つ。

 背面へ付いているピース機からの一射。弾丸は誘導弾の横を通過し、センサーを乱した。

 軌道が逸れる。


 誘導弾は、急旋回するピース機から外れ市街地上空を通過していった。


 *


「速い……」

 エイジが呟く。

 二機は背後を奪い、機動形態を変え、上下を入れ替えながら高速で交差していた。


 空中での射撃。だが、機体への命中を意として撃たれている弾ではない。

「撃たれれば避ける。避ければ姿勢が崩れ、次に動ける方向が減る。最後に残した道へ追い込んで、近接で仕留める。が、セオリーだからな」

 フォックスが二機の動きを見ながら呟く。


「基本、HFは狙っても当たりませんから」

「ああ。特に、有人機のパイロット同士だと尚更だろう」

「ユノス少尉、上手じゃないか」

 バングがわずかに笑う。

「少佐、分かって言ってるでしょう。この程度、当然の範囲でしょう」

「それもそうだ」

 バングは素直に認め、画面へ視線を戻した。


 *


 ユイン機とピース機が正面から接近する。


 互いに射撃。左右へ散り、旋回し、再び接近。

 一度も同じ高度に留まらない。


 ユインが背後へ入ろうとすれば、ピースは入口へ射撃を置く。ピースが上昇すれば、ユインはその上へ回り込む。


 二手先を塞ぎ、塞がれた側が三手目を選ぶ。

 だが、決定的な距離には入れない。

 空は広すぎた。どちらにも回避する余地が残っている。


 *


 ピースは操縦桿へ軽く手を添えていた。


 ユイン機が右へ回る。

 その先へ射撃。

 ユイン機は、弾が届く前に反転した。


「なるほどな」

 ユイン機から二発の誘導弾。左右から挟み、正面には射撃。

 残されたのは下降――そう見せている。


 ピースは上昇した。

 射線へ自ら飛び込み、弾丸が迫る直前に機動形態を移行。逆噴射で機体を落とす。

 二発の誘導弾が追従する。


 ピースは高層ビルへ向けて加速し、壁面すれすれで機首を起こす。


 一発目が外壁へ激突。爆炎と破片が広がった。

 二発目を引き連れたままビルの陰を回り込むと、正面からユイン機が迫ってくる。


 ピースが一射。

 狙いはユインではない。追尾してきた誘導弾に直撃させる。


 二機の間で爆炎が膨らむ。


 ユイン機は炎の中へ飛び込み、機動形態を変え飛び出した。近接兵装がピース機の胸部へ走る。

 ピースは身体を捻って刃をかわし、同時にユイン機の腕部へ射撃した。


 ユインが刃を引く。その隙に距離が開いた。

 双方、左右へ離脱。


 ユインは短く息を吐いた。

 間合いは取れる。

 問題は、その後だ。ピースは近接へ入っても、回避と反撃を同時に行う。


 ピース機が高度を落とした。

 一時的な回避ではない。次のフィールドへ指定するかのように、高層ビルの間へ滑り込む。


「来いって事か」

 市街地へ入れば射線は短く、回避空間も狭まる。地形と経験が、そのまま差になる。

 ドックファイトでの試し合いは、もう十分だ。

 相手の戦い方を知るための模擬戦では無い。墜とす。

 ユインは操縦桿を押し込んだ。

「いいよ。付き合ってやる」


 *


「入って行った。誘いに乗ったな」

 エイジが身を乗り出す。

「分かって追ってる」

 フォックスが即座に答えた。


「その判断が正しいとは限らんぞ」

 バングが言う。

「正しいかどうかは、後から決まる。誘いに乗ろうが、ユインなら墜とすさ」

「いい部下だ」

「当然です」

 フォックスは平然と答えた。


 *


 ピース機が道路上空へ降りた。ビルの壁面が左右へ流れる。

 ユインも市街地へ突入する。

 ピース機が右の街路へ入り、ユインが追う。

 角を曲がる直前、建物の陰から射撃。


 ユインが機体を左へ振ると、その回避先へ二射目が走った。

 AIが上昇経路を表示する。

 ユインは機動形態を変え、壁面を蹴るように屋上へ飛び出した。


 正面にピース機。

 待っていたか。


 近接兵装が振り下ろされる。

 ユインは機体を後方へ倒し、刃を胸部装甲の前でかわす。だが姿勢を崩した。


 ピースの射撃を避け、隣のビルの陰へ滑り込む。

 加速の直後、ピース機が背後についた。


 射撃で右を塞がれ、左には高架、正面には立体交差。

 AIが立体交差の下を最適経路として示す。

 ユインは道路すれすれまで高度を下げた。


 出口へ近づいた瞬間、警報。

 ピース機が先に回り込んでいる。


「早いな……」

 正面を射撃で塞がれ、ユインは左の街路へ入った。

 その先から短距離誘導弾が迫る。

 近接兵装で切断。

 爆発が機体を揺らし、乱れた視界の横からピース機が現れた。


 ぶつかり合う刃と刃。

 ピースは押し合わず、接触した瞬間に推進力を抜いた。

 ユインの刃が前へ流れ、重心が崩れる。

 下から跳ね上がったピースの刃が、左肩部装甲を切り裂いた。

 損傷表示。姿勢制御系、軽度異常。


 ユインは右脚を振り上げる。ピース機が後退し、蹴りは空を切った。

 生まれた間合いへ最大出力。

 背後のビルへ向かって飛び、すかさずAIの出力抑制をキャンセルする。


 機体を半回転させ、両脚で壁面を蹴り上げた。

 外壁が崩れ、反動で機体が斜め上に跳ねる。ピースの刃が、その下を通過する。

 ユインは機動形態を変え、狭いビルの隙間へ滑り込む。


 肩部損傷で片側の出力が乱れても、速度は落とさない。

 三つ先の街区まで抜け、ピース機と距離を開く。


 機体の損傷は軽微だ。

 だが、相手は市街地へ入ってから、回避するたびに次の攻撃精度が上がっている。

 このまま押されるのは避けたい。

 自分の判断に遅れはない。操作もミスってない。選んだのは、その時点で最適な位置取り。

 だからこそ、相手の攻撃を受けるのなら。


「違うな……」


 ユインは支援表示を見る。

 危険な道よりも、安全な道が規則的に塞がれている。

 同じ機体の同じ判断。

 その先は、ピースは出口で待てばいい。


「読んでいるのは僕の動きじゃない。この機体のAIに選ばせてるのか」

 答えへ辿り着くと同時に、命令を入力した。

「AI支援、解除」


 姿勢安定、衝突回避、推奨経路、負荷抑制が次々と待機状態へ移る。


 操縦桿の反力が変わった。

 損傷した左肩の重さ。左右で異なる推進力。細かな振動。そのすべてが掌へ返ってくる。

 視界中央へ赤い警告。

 完全手動操縦。


「これでいい」

 スタビライザーを切ったのだから、当然、不安定な左の出力の影響が姿勢に反映される。

 ならば、傾いたまま飛べばいい。


 ユインは機体を左へ傾けたまま、道路上空へ落ち、地表すれすれで機首を起こした。


 *


「ユイン、AIの制御を切ったのか」

 エイジが支援率ゼロの表示を見る。


「全支援解除。姿勢制御まで手動か」

 シルバーリングの声に、周囲の空気がわずかに変わった。


「思いきりましたね」

「ああ」

 フォックスは腕を組んだまま動かない。

「支援を切れば誘導から外れられる。その代わり、機体を全部自分で押さえ込むことになる」

 モニターのユイン機は速度を落とさない。左右の出力を意図的にずらし、AIが排除していた揺れまで機動へ組み込んでいる。

「フルマニュアルで、飛んでる有人機を初めて見た」

 エイジはライバルでもあり親友でもある、ユインのパイロットとしての能力に感嘆した。


 沈黙を保つバング。ただ、細められた目は、ユインの操縦入力を追っていた。


 *


 ピースはユイン機の進路予測が何度も書き換わるのを見た。

「切ったか」

 驚きはない。

 AI支援を切れば、まともに有人機が飛ばなくなるだけだ。

 

 ユイン機が大通りへ入った。速度を落とし、損傷した左側を庇うように右へ傾いている。

 そう見える。

 ピースは追った。


 *


 ユインは後方の反応を確認する。

 ピース機は近づきすぎず、反転にも対応できる距離を保っている。


「それでいい」

 左推進器の出力をさらに落とし、機動の不安定さをマニュアルで再現した。


 第一手。速度を失った獲物を演じる。


 ピースの射撃が右の建物を削った。

 右を塞ぎ、左には損傷した推進器。正面には長い直線道路。

 ユインは、そのまま前へ進む。


 第二手。自分が追撃されやすい道に誘い込む。


 道路すれすれまで高度を落とし、前方の高架へ短距離誘導弾を放った。

 爆発。

 崩れた構造材が上方進路を塞ぐ。


 第三手。相手の高度を奪う。


 ユイン機は崩落する高架の下へ飛び込み、粉塵と破片の中へ姿を消した。


 第四手。機影を隠す。


 機動形態を変え、前方へ逆噴射。

 左脚をビルの壁面へ叩きつけた。

 大きく姿勢を崩す機体に、すかさず制御指示を入力する。

 脚部を支点に機体を百八十度反転。


 第五手。これで狩られる側が、狩る側となる。


 ユインは近接兵装を展開させた。

 粉塵の向こうにピース機の反応。

 速度が、わずかに落ちている。

 互いに気づいている。

 それでも来る。

 ここで終わらせる。


 *


 ピースは崩落した高架へ突入した。

 前方の機体反応が反転する。


「だろうな」

 どこまで読めているのだろうか。

 機動形態を変えたピース機が、道路の中央から半身だけ外れる。

 完全には避けない。避ければ、射撃で距離を取られる。

 近接戦闘の距離を保ちたいはずだ。

 ならば、入らせる。

 近接戦闘で勝てると思うな。

 ピースも刃を展開した。


 *


 ユインが至近距離で射撃。

 ピース機は右へ身体をずらし、弾丸が左肩の装甲を削る。

 右側が開いた。

 狙いどおり。

 推進器、最大出力。


 刃が届く距離へ入る。


 六手目。獲物を確実に捉えた。


「取った」

 ユインはピース機の胸部へ刃を振り抜いた。

 刃が左胸部へ食い込み、装甲が砕ける。

 これで機動不能だ。

 だが、ピース機は後退しない。

 ユインの攻撃へ自ら踏み込んだ。


 攻撃軸は僅かにずれている。

 ピースは破壊される場所を選び、左側の装甲をあえて犠牲にしていた。

 刃が深く入り、抜けない。


「くっ――」

 ピース機の右腕が動いた。

 近接兵装がユイン機の左腕を断ち、そのまま推進制御部へ達する。


 衝撃。


 ユインの全周囲モニターが赤く染まった。

 推進系統、停止。姿勢制御、喪失。

 同時にピース機も、胸部中枢と主制御系統を失った。


 二機は互いの刃を突き立てたまま停止した。

 双方機動不能。


 模擬戦終了。


 *


 特別室には、数秒間、機器の作動音だけが残った。


「相打ち……」

 エイジが呟く。


「判定時刻、同一。両機、戦闘継続不能。引き分けだ」

 シルバーリングが告げた。


「相手は避けられなかったんじゃない。避けなかった」

 エイジが言う。

「ああ。ユインの刃を受ければ、自分も攻撃を届かせられると判断した」

「ユインも止められたはずです」

「いや、フルマニュアルの機体で臨機応変な回避と連続攻撃は無理だ」

 フォックスの視線は厳しい。


「実戦では出来そうにない。だからこその判断と戦い方だ」

 バングが腕を解いた。

「ピースも随分と楽しめたようだ」


「ユノス少尉はどうでした」

 ノアが尋ねる。

「強いですよ。それは始める前から分かっていた」

 バングは停止した二機へ目を向ける。

「今ので、どう強いのかが分かった」


 シルバーリングの操作により、模擬戦の環境が消え、二基のシミュレーターのハッチが開く。


 *


 ピースは息を乱すこともなく筐体を降り、ユイン側を見ずに管制ブースへ向かう。

「データ」

「出してる」

 シルバーリングは、AI支援解除から最後の近接攻撃までを展開した。


 ピースは反転の記録を指す。

「支援を切ったのは」

「この直前。姿勢制御まで全部落としてる」

「やっぱりな」

 シルバーリングが最後の攻防を再生する。


「一手早かったら、避けられたか?」

「避けたら、その次で取られる位置だ。何手先まで準備していたか分からない。だから受けた」

「受けるも何も、致命傷だぞ」

「だからこっちも、獲ってやった」

 ピースの口調に相打ちを悔しがる響きはなかった。


 *


 最後の衝撃が腹の奥へ残っているような感覚を振り払い、ユインが固定具を外す。

 筐体から降りると、エイジが近づいてきた。


「お疲れ。凄かったな」

「筐体の話か、戦いの話か」

「両方だ」

「ったく。筐体は最高だったよ。実機とほとんど変わらない」

「やっぱりか」

 エイジの目が輝く。


「戦いは見てたからな。最後、勝てたと思ったよ」

「僕もだ。でも、向こうも同じことを考えてた」

「支援を切った後は、操縦しながら操作入力してたのか」

「近接戦闘に入ったら終わりだから、先行入力含め、突貫の前に全部ね」

 ユインは軽く自慢げな笑みを見せた。


 二人は並んでフォックスのもとへ向かった。

「隊長。戻りました」

 フォックスは、実戦から戻った部下を確かめるようにユインを見た。


「よく気付いたな」

「AI支援のことですか」

「ああ。市街地へ入る判断そのものは悪くねえ。あそこで引いたら、相手の戦い方は分からないままだった」

 フォックスは言葉を継ぐ。

「だが、経験の差を測るのが一手遅い。支援を切った後の組み立ては悪くねえが、損傷した左側を最後まで計算へ入れ切れてない」

「最後の踏み込みで、ズレを調整できませんでした」

 フォックスは一度うなずいた。

「まあ、よくやったよ」

「ありがとうございます」

「相打ちで満足すんな。次は墜とすぞ」

「はい」


 *


 ピースはシルバーリングと短く言葉を交わした後、バングのもとへ向かった。

 距離があり、エイジたちには内容までは聞こえない。


 短い問いと返答。


 バングが一度だけ笑うと、ピースは肩をすくめて管制ブースへ戻った。


 バングがフォックスたちへ歩いてくる。

「見事だったな、ユノス少尉」

「ありがとうございます」

「最初に市街地へ入ったのは少し素直すぎたが、追い込まれてからの切り替えは早い。支援を捨て、損傷した機体を自分で引き受け、その上で罠を組み直した」


 賞賛であり、分析でもあった。


「強いことは、承知していた。軌道エレベーターの戦域から帰還した部隊が、腑抜けなわけないだろう」

「それなら、最初からこんな真似をする必要はなかったでしょう」

「共同任務だ。順調な時だけ動ける相手では困る。その点、貴官の部下は問題なさそうだ」

「上から目線が気に入りませんね」

「俺たちの本拠地だからな」

 互いの言葉に棘は残っている。それでも、互いを知らなかったさっきまでとは、響きがわずかに違っていた。


 バングがノアへ向き直り、姿勢を正す。

「シュナイダー大佐。確認は済みました。ピジョン・ブラッドは命令どおり、フォクスター小隊との共同任務に就きます。異存ありません」

「了解した。それでは、改めてピジョン・ブラッドの戦術情報と機体運用情報を提示してください。フォクスター小隊とも共有します」

「承知しました」


 ノアはフォックスを見る。

「フォクスター大尉にも、異存はありませんか」


 フォックスはピジョン・ブラッドの待機室を見渡す。

「少佐殿の部隊が、情報を隠さなければですが」

「背中を預ける相手へ、必要な弾数くらいは教える」

「最低限すぎますね」

「そこから始めようじゃないか」

 バングの一言に、フォックスは鼻を鳴らしたが、それ以上反論をする事は無かった。


 *


 隊長同士のやり取りをよそに、ユインは管制ブースへ目を向けた。

 シルバーリングの横に立つピースと視線が合う。


 ピースは何も言わず、口元をわずかに上げた。

 挑発でも、己を誇示するためでもない。


 ユインも敬礼ではなく、軽く頭を下げる。

 階級も所属も関係ない。


 有人機のパイロット対パイロット、最後の一手を読み合った者へ向けた、短い挨拶。


 言葉を交わす必要はなかった。

 二人はすでに、戦いを通して互いを理解していた。

≪ あとがき ≫

第2章は、次回のエピローグで終わりです。

登場人物が多くなってきたので、前書きを考えないとです。

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