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第3話 ピジョン・ブラッド

≪ 登場人物 ≫

◇OMC統合作戦本部本部長 51歳 男性


◇ノア・シュナイダー大佐 34歳 男性

OMC軍作戦指揮官


◇ガブリエル・バングヘヴン少佐 42歳 男性

OMC統合作戦本部直轄、特殊HF戦術部隊所属

ピジョン・ブラッド隊隊長


◇ブラントリー・フォクスター大尉 25歳 男性

OMC軌道保安軍、CAYAMBE防衛部隊所属

フォクスター小隊隊長

 ノアは正面の本部長、その隣のフォックス、少し離れて立つバングを順に見た。


 つい先ほどまで軍内部の噂にすぎなかった非公然部隊――ピジョン・ブラッド。


 その実在と、目の前のガブリエル・バングヘヴン少佐が部隊長である事実を今、知らされた。しかも、自分が指揮する月面特使団護衛任務に、その部隊を加えるという。


「確認させてください」

 ノアが口を開く。

「ピジョン・ブラッドは、正式な部隊編制表には存在しない。任務記録も人員記録も、統合作戦本部の通常権限では閲覧できません」

「閲覧できないのではない。閲覧資料、そのものが無いのだ」

 本部長は淡々と訂正した。


「自分は統合作戦本部所属です。その司令官でも存在を知らされていなかった」

「知る必要がなかったからだ」

「今、必要になった?」

「ああ」

 短い返答だった。


「自分が問題にしているのは、機密かどうかではありまでん。指揮下へ置く部隊の実態を、指揮官が知らないという現在の状況です」

 ノアの声音は平静だったが、問いの鋭さは隠していない。

「任務中、こちらの把握していない命令を優先されては作戦の成否に関わります。独自の目的を持って動く可能性も排除できません」


 本部長はバングへ視線を向けた。

「バングヘヴン少佐。今回の任務について、別系統から命令を受けているか」

「受けていません」

「月面で独自に遂行すべき任務は」

「ありません」

「今後、シュナイダー大佐を介さず命令を受けた場合は」

「実行前に大佐へ報告します」

 バングは淀みなく答えた。


「自分の判断と衝突した場合は?」

 ノアが直接、バングに問う。

「この任務の指揮官はシュナイダー大佐です。大佐の命令を優先し、部隊にも徹底させます」

 模範的に取り繕った返答ではない。命令系統について、最初から異存がないのだろう。


「指揮系統は理解しました。では、なぜこの部隊でなければならないのですか」

 作戦室に短い沈黙が落ちた。

「可能な限り選択肢を用意する、という説明では不十分です。編入する以上、明確な役割があるはずです」


「ある」

 本部長は、机上の端末を操作しながら短く返した。

「それを伺っているのです」

 大型モニターから月面施設の図が消え、文字も識別番号もない黒い画面へ切り替わる。


「ピジョン・ブラッドは、正規部隊では実行できない任務を遂行するために置かれている。正確には――正規部隊が実行したと認められない任務だ」

 フォックスの表情が険しくなる。バングだけが、変わらぬ姿勢で立っていた。


「軍が公然と動けば、軍事衝突や外交問題へ発展する地域がある。関与を証明されてはならない対象も、任務そのものを後から否定しなければならない状況もある」

「破壊、奪取、障害の排除。必要なら痕跡まで消す」


「それをOMC軍が命じてきたと?」

 フォックスが低く言った。

「過去の作戦内容については説明しない。今話しているのは、部隊が担う機能だ」

 上官同士の会話に、口をはさんだフォックスを咎めることなく、本部長は答えた。

「機能、ですか」

 侮蔑を含んだ響きにも、本部長は反応しない。


「通常の機密部隊は、存在自体は記録される。だが、ピジョン・ブラッドは異なる。隊員の所属は別の部隊や部署へ分散され、移動、機体、補給も独立した部隊活動として残らない」

「戦果は」

 ノアが問う。

「必要なら別部隊のものとして処理する」

「内部の損害は」

「残らない。最初から存在しないからだ」

 本部長は事務的に答えた。


「いつ死んでも、いつ消えても、何も残らない。戦果も、損失も、責任も無い?」

 フォックスが目を細め、バングを見据える。

「そのための部隊だ」

 本部長の言葉に、室内の空気が冷えた。


「バングヘヴン少佐。あなたと部下は、その扱いを承知しているのですか」

ノアがバングへ問いかける。

「もちろんです」

「異議は?」

「ありません」

 バングはわずかに口元を緩めた。


「記録に残るために、軍人をやっているわけではありませんので」

 軽い口調だったが、目に冗談の色はない。自分たちが何者として扱われているかを、すべて承知している。


「部下にも所属を強制してません。辞めたい者は辞められる」

「こんな物騒な部隊、無事に抜けさせてくれるのか?」

 フォックスが尋ねる。


「知ってどうする、大尉」

 バングは穏やかに返した。

「貴官が安心できる答えとは限らない」

「脅しか」

「忠告だ。知らない方がいいこともある」

「都合のいい言葉だな」

「そうかもしれんな」


「現状、開示できるのはここまでだ」

 本部長が会話を引き取った。


 ノアは黒い画面を見つめた。記録されない部隊。帰還しても戦果は残らず、死んでも損失として数えられない者たち。

 軍人の生命を、責任の所在を消すための道具として扱う仕組みに、納得できるはずがない。指揮官として部下に命令を下す以上、その結果を記録し、失った者の名を残すことも責任の一部だとノアは考えている。


「今回の任務は、バングヘヴン少佐の部隊が必要になるほど、公式な枠組みから外れると考えているのですね」


 その一方、軍が公式には手を出せない場所で、誰かが危険を引き受けなければ、被害が拡大する状況が存在するのも確かだ。ピジョン・ブラッドを肯定する気はない。それでも、ノアは、彼らが必要とされてきた事実を、今の説明で納得することもできなかった。


 本部長は月面施設の概略図を再表示した。

「本件は、最初から明確な軍事作戦ではない。だからこそ、途中で何に変わるか分からん」


 特使団は対話を目的に月へ向かう。しかし受け入れの了承も、着陸許可もない。応答がなければ、待機、撤退、強行着陸の判断を現場で下す。施設の調査は軍事偵察と見なされ、拘束されれば救出作戦へ変わる。退路を封じられれば突破や制圧が必要になる。


 対話を求めて降り立ったはずの部隊が、わずかな判断の違いで侵入者となる。月側から最初の一発が放たれなかったとしても、武装したOMC軍が施設内部へ進めば、相手にとっては十分な敵対行動になり得る。逆に、外交を優先するあまり判断が遅れれば、特使団ごと退路を失う。


 ノアに求められているのは、定められた作戦を遂行することではない。外交と戦闘の境界が崩れる瞬間を見極め、その場で任務そのものを組み替えることだった。


「出発時点では外交任務でも、状況次第で軍事介入へ変質する」

 ノアの言葉に、本部長が無言でうなずいた。


「フォクスター小隊は特使と随伴の護衛、退路の確保。ピジョン・ブラッドは、正規部隊では処理できない事態に備える」

「そうだ」


「救出、突破、敵戦力の無力化、情報や物資の回収。作戦後、OMC軍の関与を公表できない場合も含めて」

 ノアが続けた言葉に、本部長は答えなかった。沈黙が肯定に等しかった。


「今回の任務中、ピジョン・ブラッドは自分の指揮下に入る。したがって、任務目的に反する独自行動は認めない。別命令を受けた場合は実行前に報告する。本作戦遂行のため、保有機体、隊員数、指揮系統、装備、通信規格については、必要に応じて開示してもらう」

 ノアが改めてバングへ確認する。

「異存ありません」

「ただし、大佐」

 バングはわずかに笑った。


「現場運用まで正規部隊と同じにされては困ります。命令を達成するために同じ手段しか選べないなら、我々を連れていく意味がない」

「手段は任せます。ただし、目的と限界は私が決める」

「十分です」


 ノアは本部長を見る。

「組織の在り方に納得したわけではありません。ですが、今回の任務における軍事的な必要性は理解しました。指揮権の一元化と情報開示を条件に、編入を認めます」


「待ってください」

 フォックスの声が、それを阻んだ。


「何だ、フォクスター大尉」

「自分はまだ納得していません」

 フォックスは本部長へ向き直る。


「ノア大佐が指揮官である以上、最終的な編成に従う義務は理解しています。ですが、命令に従うことと、命を預ける相手を信用することは別です」

「必要な部隊情報は任務開始までに確認する」

 ノアが言った。


「形式や情報の話ではありません、大佐。互いの背中を預けられるかどうかの話です」

 フォックスの脳裏に、軌道エレベーターでの戦闘がよぎる。

 通信を奪われ、敵の正体も分からないまま崩壊していく戦線。あの場で頼れたのは、互いの動きだけだった。


 エイジとユインは自分の命令を信じ、自分も二人が背後を守ると信じたから前を向けた。


 その二人を、再び渦中へ連れていくことになる。自分が疑念を飲み込み、上層部の決定に従った結果として部下を失うことだけは、決して許せなかった。


「俺たちは実際に月側HFと戦った。機体も通信も、これまでの常識も通用しない戦場でだ。次も同じ状況になれば、戦場を同じくする連中が、信用に足るどうかは生死にかかわる」

 フォックスはノアからバングへ向きを変えた。


「存在するかどうかさえ軍が否定してきた部隊を、今日から一緒だと言われても受け入れられません。少佐殿の部隊が何を優先し、どこまで作戦を共にできるのか分からない。それで部下に、”この部隊と組め”とは言えない」

 バングは力の抜けた姿勢で聞いていた。


「何か言いたいことはありませんか、少佐殿」

「今のところはないな。大尉が部下思いなのは、よく分かった」

「分かったような言い方をしないでいただきたい」

「それは、すまなかった」

 軽く受け流す態度が、フォックスの苛立ちを強める。


「俺は、少佐殿の部隊と組むことには反対です。信用できるというなら、その根拠を示してください」

 フォックスはあえて、ノアと本部長へ向けて要求した。


「信用しろとは命じていない」

 本部長が言う。

「共同で任務を遂行しろと命じている」

「その二つを切り離せる任務ではありません」

 フォックスがしつこく食い下がる。


「それで、大尉は何を知れば俺たちを信用できる?」

 バングがわずかに首を傾けた。


「少なくとも、味方を味方として扱う部隊なのかは知りたいですね」

「なるほど」

 感情の見えない一言だった。その余裕すら、フォックスには不快だった。


「部隊の存在を消されても命令に異を唱えない。何をさせられてきたかも明かさず、誰を守り、誰を殺したかも残らない」

「だから何だ?」

「都合の悪いことは、すべて秘密で済ませるつもりですか」

「貴官たちに情報を渡さなかったのは軍だ。俺たちが隠していたわけじゃない」

「命令に従っただけだと?」

「軍人だからな」

「命令なら何でもするのですか」

「内容による」

「拒否したことは?」

「答える必要は無い」

「答えられないの間違いでは?」


「よく回る口だな、大尉」

 バングは怒らず、かすかに笑った。


「黙らないおかげで、部下を死なせずに済んでいます」

 笑みが一瞬だけ薄れたが、フォックスは気づかない。


「大尉」

 ノアが鋭く警告を発した。

「言葉は選べ」

「はい」

 フォックスは再びバングへ向き直った。


「月側の攻撃が始まった時、俺たちは現場にいた。そこで戦い、生き残った。エイジもユインも死んでいておかしくなかった。その戦場に、少佐殿の部隊はいなかった」

「そう見えたのなら、そうなんだろうな」

「見えたのなら?」

「貴官が見た範囲では、俺たちはいなかった」

 バングの笑みが消える。


「大尉、貴官の知ることだけがすべてじゃない。貴官たちが表で戦っている間、別の場所で何も起きていなかったとは限らない」

「ならば何をしていた」

「答える必要は無い」

「結局、それですか」

「そうだ。貴官を納得させるために、過去を並べるつもりはない」


 目の前の男は、自分たちの知らない戦場を知っている。

 しかも、その事実に後ろめたさは感じられない。秘密を盾に優位へ立とうとしているのではなく、語らないことまで任務の一部として受け入れている。バングの言動は、秘密を抱えた者としてではなく、秘密の中で生きることに慣れきった者のそれだった。


「今回の任務でピジョン・ブラッドは、シュナイダー大佐の指揮下へ入る。大佐が必要と判断した情報は出す。それ以上でも、それ以下でもない」

 事態の異様さに対しても落ち着いた態度を崩さない。フォックスにはそれが異質に見えた。


「ただの戦争屋だな」

 フォックスは吐き捨てるように言った。


 ノアの表情が明確に変わる。

「フォクスター大尉」

 制止されても、フォックスに訂正の言葉は無かった。


「戦争屋か」

 バングは言葉を確かめるように繰り返した。


「違いますか」

「さてな。少なくとも、平和だけを眺めて生きてきた覚えはない」

「味方を守るつもりはあるのか」

「命令の範囲では」

「命令に必要なら、味方を切り捨てる?」

「必要なら、貴官もするだろう」

「俺はしない」

「なら、指揮官には向いていない。全員を守れる戦場ばかりなら、俺たちの出番はない」

「最初から切り捨てることを前提にするのか」

「現実を前提にするだけだ」

「自分たちだけが生き残るためにだろ」


「そこまで言うなら、はっきり言ったらどうだ。遠慮せず」

 バングの目から笑みが消えた。


「どうせ、少佐殿の部隊は自分たちを優先する。任務を口実に味方を盾にし、必要になれば後ろから撃ってでも生き残る。そういう連中ではないのかと言っている」


「大尉」

 ノアが再びフォックスを制するが、バングが片手を上げた。


「構いません、大佐。そう思われる理由は理解している」

「否定しないのですか」

「否定したところで、大尉は信じないだろう。ただし一つだけ訂正しておく」

 バングの目が冷たくなる。


「俺たちは、生き残るために味方を撃つことはない。あるとすれば、任務を終わらせるためだ」

「同じことだ」

「貴官には、そう見えるんだろうな」

 二人の視線がぶつかった。


 フォックスにとって、味方を失う判断は、失敗であり敗北でしかない。守るために戦場へ立つ男と、終わらせるために必要な代償を戦場で選ぶ男。互いに言葉が届くはずもなかった。


「それでは一つ聞かせてください、少佐殿」

 フォックスの声から怒りは消えていないが、問いかける口調は今までと異なっていた。

「少佐殿の部隊は、何を正しいと考えて戦っている。存在を隠され、何をしたかも残らない。それでも命令に従うなら、自分たちなりの基準があるはずだ」

「基準?」

「正義のです。誰を守り、何を許さず、何のために命を懸けるのか。それもなく命令だけで人を殺すなら、やはり少佐殿の部隊は戦争屋だ」


「正義か」

 バングは静かに繰り返した。


「ないな。ピジョン・ブラッドに正義はない。世界平和にも興味はない」

「国を救うためでも、人類を守るためでもない。俺たちは与えられた任務を遂行するために戦う。それだけだ」


「何の疑問も持たずに?」

「疑問を持つことと、任務を放棄することは別だ」

「正しくない命令でも従う?」

「正しいかどうかを決めるのは、貴官か?」

「少なくとも、自分が何をしているのかは考える」

「俺たちも考えるさ。その結果、命令どおりに動くことが多いだけだ」

 作戦室の空気が張り詰める。しかし、バングに感情の起伏は見られない。むしろ興味を抱いたようにフォックスを見た。


「ならば逆に問おう、そんな大尉なら、さぞ立派な考えをお持ちだろな。ぜひ、聞かせてほしい。我々こそ、後ろから撃たれると困るので」

 皮肉を隠す気はない。軍の標語か、士官学校の模範解答か。バングはフォックスを試していた。


「正義は勝たねばならない」

 静かな声でフォックスは答えた。バングの目が冷ややかに細くなる。


「それが貴官の正義か。負けた側には正義は無いと?」

「違います。正義の定義を言っているのではありません。正義は人によって異なる。立場が変われば、信じるものも変わる。そんなことは言うまでもない」

「なら、なぜ勝たなければならない」


「正義が勝たねば、弱い者はどうなる」

 フォックスの言葉には、寸分の迷いもなかった。


 バングの表情が止まった。


「力のある者は自分で戦える。命令を出す者は安全な場所で正しさを選べる。だが、負けた時に代償を払うのは、いつも選べなかった者たちだ」

 命令を選べない兵士。戦場から逃げる術を持たない者。政治と軍の判断で日常を奪われる人々。そして、自分を信じる部下たち。


 フォックスは、正義が常に一つだとは考えていない。勝者が自らを正義と呼び、敗者の言葉を歴史から消すことも知っている。それでも、力のない者を守ろうとする意志まで相対化してしまえば、軍人が武器を持つ理由はただの命令に変わる。


「正しいと信じるものを掲げるなら、勝つ責任がある。負けて理想を語るだけでは、誰も守れない」


「少なくとも俺は、自分の部下に、正義などなかったと諦めさせるつもりはない」

 フォックスはバングを真っすぐに見据えた。


 長い沈黙が落ちた。


 バングの目から冷ややかさが薄れていく。正義を掲げる軍人は何人も見てきた。国、人類、平和――命令を飾り、都合が悪くなれば捨てられる言葉も聞き飽きている。


 そうした言葉を口にした者ほど、作戦が破綻した時には部下へ責任を押しつけた。生還者を英雄と呼び、死者を必要な犠牲と片づけ、自分だけは正しい側へ残ろうとした。


 だが、この男が語ったのは自分の正しさではない。敗北した時、その代償を払う者の話だった。


 守るべきものを掲げるフォックスと、守った事実すら消される自分。正反対の立場。

 だが、互いに自分の後ろにいる者のために敗北を許さず、必要なら自分が最も危険な場所へ立つ。その覚悟だけは同じであることをバングは理解した。


 バングの肩から、ゆっくりと力が抜ける。


「なるほど。期待以上の答えはいただいた」

「期待に応えたつもりはない」

「貴官が先に俺たちを値踏みした。お互い様だろう」

「俺は、少佐殿の部隊を認めたわけではありません」

「知っている」

「信用したわけでもない」

「それも知っている」

「なら、何に納得したのです」

「少なくとも、貴官が正義という言葉を、自分を飾るために使っていないことにだ」

「褒めているつもりですか」

「まさか。戦争屋の褒め言葉など、貴官は嬉しくもなかろう」

「撤回はしません」

「だろうな」

 バングは表情を崩さずうなずいた。


「話は終わりましたか」

 ノアが二人を見た。

「部隊同士の思想を一致させるつもりはない。必要なのは、任務中に互いの命令と行動を理解できることです。意見の違いを理由に指揮系統を乱すことは、今後一切、認めない」


「承知しています」

「了解しました」

 バングが答え、フォックスも姿勢を正した。


「ところで、共同で行動するなら、能力、装備、行動原則を、実際に確認する必要があります」

 バングがノアを見る。


「書類だけでは信用できない、と大尉はおっしゃった」

 次の言葉をフォックスへ向ける。

「当然です」


「それには俺も同感だ。数字と記録だけで人間を判断するのは危険だからな」

「少佐殿が言いますか」

 バングはそれ以上説明せず、作戦室の扉へ視線を向けた。


「確かに、一方的にこちらだけが大尉の部隊を知っているのは、フェアじゃないな」

「急に殊勝なことを言い出しましたね」

「貴官がうるさいからだ」

 バングは軽く返し、ノアへ向き直る。


「シュナイダー大佐。悪いが、少し付き合っていただきたい」

「行き先は?」

「俺たちのところです」


「ピジョン・ブラッドの部隊施設へ案内すると?」

「施設と呼べるほど立派なものではありませんが。保有機体、隊員、運用状況――書類より実物を見た方が、これから指揮する部隊を判断しやすいでしょう」

 提案は合理的だった。ノアは部隊の規模も能力も知らないまま、月面での配置を決めることはできない。フォックスも、書類では測れないという自らの主張を撤回する理由はなかった。


 だが、バングが単なる部隊見学を提案しているのではないことも明らかだった。あえて正規軍の将校たちを自分たちの領域へ招き、何かを見せようとしている。その意図を、表情から読むことはできなかった。


「何を見せるつもりです」

 フォックスが露骨に眉をひそめる。


「来るのが怖いか、大尉」

「安い挑発には乗りません」

「なら、断る理由もなかろう」

 バングの笑みが深くなる。


「シュナイダー大佐、フォクスター大尉。バングヘヴン少佐の案内を受けろ。編成に必要な情報は、その場で確認して構わん」

 本部長がなし崩し的に命じた。


 バングは扉へ向かいかけ、思い出したように振り返る。

「外で待っている少年二人も招待しよう」

「エイジとユインを?」

 フォックスの目つきが変わった。

「これから作戦を共にするのは、貴官だけじゃない。あの二人にとっても同じことだ」


「彼らには、まだ正式な参加命令が出ていません」

 ノアが本部長の方を見ながら制止を促す。

「エイジ・ミツギ少尉は、医療判定も残っています」


「参加しないならそれまでだ。後から知らされるより早い方がいい」

 強引な理屈で押し切る

「あの二人も連れていきます。よろしいですね、本部長」

 確認の形を取りながら、バングの口調はすでに決定事項だった。


「必要な範囲限る事」

 本部長はわずかに間を置いて答えた。

「承知しています」

 バングは扉の開閉操作へ手を伸ばし、固定機構を解除した。重い扉が左右へ開く。


 部屋から出てきた人影に気付き、廊下で待っていたエイジとユインは同時に顔を上げた。

 先ほど入室した謎の少佐。その奥にいるフォックスとノア。予想しなかった顔ぶれに、二人の表情がわずかに変わる。


 先頭を歩いてくるバングが、二人に向けて顎を軽く動かした。


 ついて来い。


 その仕草だけで、意図は十分に伝わった。

≪ あとがき ≫

書いてて、フォックスは部下思いだけど、めんどくさい人だなと思いました。

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