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『異世界転生してみたら、何もおかしくない世界のおかしい国名に俺だけが困惑している2』  作者: スコ平おじさん


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第19話 国土の境界(くにざかい)と、地名の刻印

翌日のサークル室。


ホワイトボードに描かれた大きな日本地図を前にして、部員の一人がノートを片手に頭を抱えていた。


「……なあ、これ、よく見るとめちゃくちゃダイナミックな広がり方をしてないか?」


その呟きに、スマホをいじっていた他の連中も一斉に顔を上げた。


「奈良の大和朝廷と島根の出雲が平和的に合体して、本州の真ん中にデカい土台ができた。ここまでは昨日分かった。でも、その時点じゃまだ九州のクマソとか、東国のエミシとか、朝廷に従わない荒ぶる連中が四方に割拠してたわけだろ。このバラバラだった島国が、どうやって今の一つの巨大な国に広がっていったんだ?」


部員たちがホワイトボードの地図を囲んで、あちこち指を差しながら

「ここが繋がらない」

「どうやって遠征したんだ」

と、作戦会議さながらにあちこちで議論が白熱し始める。


その様子を、ノートPCでスレッドの保守作業をしていた俺――佐藤は、タイピングの手を止めて静かに眺めていた。

彼らは確実に、歴史を自分の頭で考える楽しさに目覚め始めていた。


すると、俺のすぐ隣で『古事記』の本をめくっていた御剣みつるぎ れいが、ハッと目を見開いてホワイトボードへと視線を走らせた。


「――待って。そのバラバラだった列島に、初めて一つの巨大な外枠(国境)を創り上げるために駆け抜けたのって……あ、ヤマトタケル(日本武尊)だわ!」


怜の知的な瞳が、待ってましたとばかりにきらきらと輝きを増す。


「古事記の後半に載っている、あの人間の時代の最強の英雄よね! 父親の天皇に恐れられて、たった一人で日本全国の獰猛な敵を平定しに行かされた悲劇のプリンス。確か、最初は西の果て、九州のクマソの首領を倒しにいったのよね。宴会に女装して忍び込んで、油断した親分を一撃で刺し殺すっていう、冷徹な奇襲戦(ゲリラ戦)のファクトが明確に残っているわ」


「いい着眼点だ、怜」


俺は小さく頷き、穏やかな声で部員たちを振り返った。


「そのヤマトタケルが次に命じられたのが、まだ誰も朝廷の支配を認めていない、東の果て――『東国(関東地方)』の平定だった。その過酷な旅のデータは、皆さんがただのおとぎ話と笑う、今の関東の地名に消えない刻印としてそのまま実在しているんだ」


俺がノートPCの画面に、いくつかの関東の地名をモニターに映し出した。

それを見た瞬間、ソファーでダラダラしていた一人の部員が、首を傾げて画面を覗き込んだ。


「え、ちょっと待って……これ、俺の実家の近所の地名じゃん。静岡の『焼津やいづ』。……でも佐藤、ここってただ魚が美味いだけの普通の港町だぞ? そんな場所が神話と何の関係があるんだよ」


「漢字をよく見てごらん、先輩」


俺はキーボードを叩き、古事記の東征の記述をそっとモニターの横に並べた。「ヤマトタケルが敵の火攻めに遭い、周りの草むらから火を放たれた時、彼が草薙剣くさなぎのつるぎで猛然と周りの草を『焼き払って』さらに向かい火を放って敵を焼き滅ぼした大逆転の地さ。草を焼いた津(港)だから、そこは『焼津』と呼ばれるようになったんだ」


「――ッ!?」


先輩が息を呑み、言葉を失った。


「そこから彼は海を渡る。神奈川県の『走水はしりみず』から、千葉県の『木更津きさらづ』へな」


今度は千葉出身の別の部員が、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。


「木更津って……嘘だろ。荒れる海を鎮めるために、妻のオトタチバナヒメが海に身を投じた、あの神話の……。タケルが愛する妻を失って、悲しんでその地を去りかねたから『君去らず(きさらづ)』……」


地元の名前を出された二人の部員は、あまりの衝撃に顔面を蒼白にさせてモニターを凝視していた。その瞳には、深いショックの色が浮かんでいる。


「俺……自分の実家の住所なのに、今まで何年も、ただの記号としてしかあの地名を呼んでこなかった……」


先輩が、震える声で自分の頭を抱えた。


「毎日当たり前のように使って、当たり前に生きてきた地元の名前に、そんな千数百年前の先祖たちの命懸けの足跡が刻まれていたなんて……。なんで俺、今の今までその意味にすら気づけなかったんだよ。古事記の中身なんてただの一度も学校で勉強してこなかったから、自分の足元の意味すら、何一つ知らなかったんだ……!」


自分たちの無知への強烈なショックと悔しさが、サークル室の部員たち全員に冷たく伝染していく。自分たちの暮らす身近な世界が、実は神話と地続きで繋がっていた。その事実に気づけなかった悔しさに、彼らはホワイトボードの前で立ち尽くしていた。


挿絵(By みてみん)


その時、怜がモニターの地図の上に、一昨日のデータを重ね合わせるようにして、鋭く声を弾ませた。


「すべての地理のつながりが見えたわ、佐藤!」


怜は深く息を呑む部員たちを優しく見つめ、ホワイトボードの地図に綺麗な線を引いていく。


「一昨日、大和朝廷は東の未開の地を開拓するための国防の前線基地として、日本一頑丈な岩盤の上に『伊勢神宮』を建てたって言ったじゃない。ヤマトタケルはその伊勢神宮に立ち寄って、叔母のヤマトヒメから草薙剣を授かって東国へ出陣している。つまり、ヤマトタケルの東征ルートって、朝廷が伊勢を拠点にして、東へ東へと国境(外枠)を押し広げていった、本物の国家統一のプロセスそのものだったのね……!」


「その通りだ、怜」


俺は静かに笑って、ノートPCの画面をスレッドの管理画面へと戻した。


「ヤマトタケルは旅の終わり、三重県の山の中で病のために力尽きる間際、故郷を想ってあまりにも有名な辞世の句を遺している。


――『ヤマトは 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠やまごもれる 倭しうるわし』


彼は国のためにたった一人で全国を回り、ボロボロになりながら『この島国全体が、俺たちのたった一つの麗しい故郷なんだ』という強烈な国防の精神を、日本全国の土地に深く刻み込んだんだ。

奈良から始まり、島根の出雲と合体し、そしてヤマトタケルが命を懸けて九州から関東までの外枠(国境)を繋ぎ止めた。この、先祖たちが命を懸けて広げてきた一つの巨大な故郷ヤマトの地図が、すべての始まりなんだよ」


サークル室に、完璧な静寂が訪れた。

ただの地味な歴史の年表が、自分たちの故郷の地名と、ヤマトタケルの命懸けの旅の地図によって、一本の美しい『国家統一のドラマ』として目の前に完成した。

地名の本当の意味を知ってショックを受けていた部員も、ホワイトボードの前で、自分の血の中に流れるこの国の重みを、今、自らの頭で静かに自覚し始めていた。


「学校の歴史では、ただ『ヤマト王権が国土を統一しました』としか教わらないから、ただの記号の暗記になっちゃうのよね」


怜が自分の歴史のノートをぎゅっと握りしめ、静かに、だが熱い息を漏らした。


「でも、記号の裏にある先祖の命のドラマを繋げば、教科書の文字に本物の輪郭が浮かび上がってくる。ヤマトタケルが全国に遺した地名の刻印こそ、この国が力による虐殺ではなく、一つの壮大な意志で繋がっていった紛れもない物的証拠だわ」


長机の向こうでは、地元の本当の意味を知った先輩たちが、まだ信じられないといった様子でホワイトボードの日本地図に歩み寄っていた。


「木更津が『君去らず』かよ……」

「焼津も、タケルの戦いの跡だったんだな……」


彼らは、自分たちの足元に眠っていた千数百年の歴史の重みを噛みしめるように、それぞれ静かに、熱い吐息を漏らしている。

サークル室の窓の外から、夕暮れの赤い光が差し込み、広げられた古い資料の文字を静かに照らし出していった。ヤマトタケルがその足で日本全国を巡り、文字通り命を懸けて繋ぎ止めた、この麗しき島国の境界線。


その広がった故郷が、いよいよ海の向こうの巨大な大帝国に初めて直面することになる、あの激動の夜明けへ向けて、部室の壁にある時計の針が、静かに、だが確実に次の時代へと進み始めていた。


(第19話 終)

あとがきを書こうと19話にちなんだ事を少し調べていたら・・・なんかいろいろと繋がり始めてかなりのボリュームになってきた。なのでエクストラで最後に書き足そうかと思います。20.5話になると思うので皆様お楽しみに。

追記

明日20話と共にアップしますね。

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