81 温かい寝床を準備いたしましょう
雪明かりが窓から差し込む、静かで冷たい冬の朝。
待合室から、頭を抱えるようにして非常に緩慢な足取りでモゼが姿を現した。
漁村で一、二を争う酒豪として名を馳せていた彼女であるが、昨夜のカエラムとの飲み比べの末に完全な敗北を喫し、これまでの人生で一度も経験したことのないような激しい頭痛に苛まれていたのである。
青ざめた顔で円卓の椅子に座り込む彼女に対し、カエラムは苦笑を漏らしながら、鎮痛と解毒の作用が強い酸味のある薬草茶を淹れて差し出した。
「おはようございます、モゼさん。少し、度を越してしまったようですね」
熱い茶を両手で受け取ったモゼは、香りを嗅いだだけで少し顔色を和らげ、深く長い懺悔の息を吐き出した。
「……おはよう、先生。本当に、完敗だわ。先生のお酒の飲み方、まるで水を飲んでいるみたいに表情が一切変わらないんだもの。私の無謀な挑戦のせいで、二人にご迷惑をおかけして本当にごめんなさい」
頭を下げる彼女に対し、コルネリアもまた微笑みながら顔を拭うための温かい布を差し出した。
「お気になさらないでください。私たちも、美味しい寒ブリとモゼさんの楽しいお話のおかげで、素晴らしい時間を過ごすことができましたから」
薬草茶によって少しずつ体調を取り戻したモゼは、身支度を整えて診療所の入り口へと向かった。
帰路につく直前、彼女はカエラムの姿を一瞥した後、コルネリアに向かって歩み寄りその肩に手を置いた。
「コルネリアちゃん。先生、昔とは別人のように、本当に幸せそうな目をしているわ。あなたに出会えたおかげよ。不器用で真っ直ぐすぎる男だけど、これからも先生のことをよろしく頼むわね」
「はい。私の方こそ、先生にたくさん救われております。モゼさんも、どうかお気をつけて海へ出られてくださいね」
女性同士の温かい連帯の微笑みを交わし、モゼは入り口の扉を開けた。
「次は、もっと信じられないくらい美味しい海の幸を持って、必ずリベンジに来るわ! それじゃあね!」
彼女は繋いでいた愛馬にひらりと跨ると、大きく手を振って別れを告げ、冬の冷たい風をものともしない颯爽とした駆け足で、森の道へと帰っていった。
モゼが去った後、本日の業務の準備に取り掛かろうとした時――。
再び森の奥から、再び力強い馬の蹄の音が診療所へと向かって真っ直ぐに近づいてきた。
窓から外を覗くと、栗毛の馬体に明るい金のたてがみをなびかせた、非常に美しい馬に乗ってやって来るグリンダの姿があった。
「おはようございます、先生! コルネリアさん! 朝早くからごめんなさい」
馬から軽やかに飛び降りたグリンダは、入り口の扉を開けて元気に挨拶をした。
カエラムが彼女を迎え入れる。
「おはようございます、グリンダさん。今日はどのようなご用件でしょうか? 腕の傷が傷んだりしましたか?」
「ううん、私の腕は絶好調よ。今日はね、牧場で一緒に働いている仲間が、重い干し草の束を運ぼうとして酷い腰痛になってしまって。先生が作ってくれるという、痛みを和らげる薬草の湿布を分けてもらいに来たの」
グリンダの言葉を聞き、カエラムはすぐさま調合台へと向かった。
コルネリアも手伝いに入り、鎮痛効果のある数種類の薬草をすり潰し、冷却作用のある特殊な軟膏と混ぜ合わせて清潔な薄い布に均等に塗り込んでいく。
待っている間、グリンダは持参した麻袋の中から、今朝搾ったばかりの新鮮なミルクが入った容器と、産み落とされたばかりの鳥の卵をいくつか取り出して円卓に置いた。
「これ、湿布のお礼と、この前助けてもらった時のお詫びの続き。遠慮しないで受け取ってね」
「いつも新鮮な恵みを届けてくださり、本当にありがとうございます。前回いただいたミルクで作ったお料理も、大変美味しく仕上がったのですよ」
コルネリアが感謝を伝えていると、診療所の少し開いていた扉の隙間から、大きな鼻先がのっそりと室内に侵入してきた。
――グリンダが乗ってきた馬であった。
「まあ、可愛らしいお馬さんですね」
コルネリアが微笑みながら見つめると、その馬は吸い寄せられるようにして彼女の傍へと歩み寄った。
そして、彼女が身につけているエプロンの裾を器用に唇で挟み込み、甘えるように食み始めたのである。
驚いたコルネリアが少しだけ後ずさりをすると、馬は彼女の動きに合わせて静かに足音を鳴らし、再び鼻先を彼女の腰元へと擦り寄せてきた。
その光景を見て、グリンダは信じられないものを見るように目を丸くした。
「嘘……この子、ファノーネっていう名前のハフリンガーっていう種類の馬なんだけど。すごく警戒心が強くて、私以外の人間には滅多に懐かないのよ。それなのに、コルネリアさんには初めて会ったのに自分から甘えに行くなんて……」
「ファノーネ、というお名前なのですね。とても温かくて、優しい瞳をしていますわ」
コルネリアが恐る恐る手を伸ばし、ファノーネのたてがみを撫でる。
するとファノーネは心地よさそうに目を細め、彼女の手のひらに自身の鼻筋を強く押し付けてきた。
動物にここまで無防備に愛されるコルネリアの不思議な魅力に、カエラムも調合の手を止めて感嘆の息を漏らした。
やがて、腰痛用の湿布が完成し、カエラムがそれを木箱に詰めてグリンダに手渡した。
「お待たせいたしました。患部を清潔にしてから、これを貼るように伝えてください」
「ありがとう、先生! 助かったわ」
グリンダは木箱を受け取り、帰るためにファノーネの綱を引いた。
しかし――ファノーネはコルネリアの傍から一歩も動こうとしない。
グリンダが少し強めに綱を引いても、四つの蹄を床に踏ん張り、コルネリアの肩に顎を乗せて完全に離れることを拒否している。
「ちょっと、ファノーネ! 帰る時間よ! 困ったわね。ここまで頑固に動かないのは初めてだわ」
グリンダが困り果ててため息をついた時、彼女はふと何かを思いついたように顔を上げ、カエラムとコルネリアを交互に見つめた。
「そうだ。先生とコルネリアさん、街への行き来や遠出をする時、いつも歩きか、わざわざ馬車を借りているんでしょう? 買い出しとか、遠くの森への薬草採取とか、不便じゃない?」
「ええ、まあ。確かに、交通手段の確保には少し苦労している面はありますが」
「うちの牧場は、家畜の飼育だけじゃなくて、ビジネスとして馬の売買も行っているの。もしよかったら……先生たち、このファノーネを買ってくれない?」
グリンダの突然の提案に、二人は顔を見合わせた。
コルネリアから離れようとしないファノーネの様子を見ると、無理に引き剥がすのは忍びない気持ちになる。
さらに、馬がいればこれからの冬の厳しい寒さの中での移動や、大量の荷物を運ぶ苦労が劇的に軽減されることは火を見るよりも明らかであった。
「……確かに、この子がいてくれれば、私たちの生活は格段に豊かになるでしょう。ですが、馬を一頭購入するとなると、それなりに多額の資金が必要になりますよね」
コルネリアが現実的な心配を口にすると、カエラムは彼女の不安を払拭するように、穏やかな微笑みを向けた。
「資金の心配であれば、全く必要ありませんよ。私はこの森へ来る前、王都で長く働いていました。その頃の私は、自分の生活を整えることや食事を楽しむことに一切の興味がなく、昼夜を問わず労働にのみ没頭していたのです。その結果……私の金庫には、使い道のない莫大な報酬が、長年の間手付かずのまま蓄えられているのです」
カエラムの口から語られた、隠された資産の事実。
自身の生活に無頓着であった彼が、無欲ゆえに築き上げていた圧倒的な財力に、コルネリアもグリンダも驚きで目を瞬かせた。
カエラムはファノーネの首元を優しく撫でるコルネリアを見つめ、底なしの情愛を込めた声で告げた。
「私は、あなたとより遠くの美しい景色を見に行き、より多くの人々の命を救うためであれば、その対価を払うことに何のためらいもありません。グリンダさん。このファノーネを、我々に譲っていただけますか?」
「本当!? ありがとう、先生! ファノーネも、コルネリアさんと一緒にいられるなら、それが一番幸せだものね」
グリンダが喜びの声を上げると、ファノーネもまた自身の運命が決まったことを理解したように、嬉しそうに短い嘶きを上げた。
「代金は後日で構わないわ。ファノーネのこと、今日からよろしくね! 私は歩いて帰れる距離だから、気にしないで!」
グリンダはファノーネの鼻先を優しく撫でて別れを告げると、身軽な足取りで診療所を出て、森の小道へと駆け出していった。
残された診療所の中。
コルネリアの傍にぴったりと寄り添う、栗毛と明るい金のたてがみを持つ新しい家族。
「先生……本当に、よろしかったのでしょうか? このような大きなお買い物をしてしまって」
「ええ。ファノーネはすでに、あなたのことを心から慕っています。これからは、彼が我々の足となり、遠くへの旅路を安全に支えてくれるでしょう」
カエラムがコルネリアの肩を抱き寄せ、二人で新しい家族の美しい毛並みを撫でる。
「まずは、彼が冬の寒さを凌げるよう、立派な小屋を建ててあげなければなりませんね」
「はい。ファノーネが快適に過ごせるように、温かい寝床を準備いたしましょう」
冬の朝に訪れた予期せぬ出会い。
冷たい風が吹き抜ける森の中で、診療所の新しい家族となったファノーネと共に、二人の生活はまた一つ温かく――そして、豊かな未来へと向かって力強く歩み始めたのである。




