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冤罪で追放された伯爵令嬢は、森の奥の診療所で天才医師の胃袋を掴み、愛されながら幸せなスローライフを満喫します  作者: 白月つむぎ


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78 今朝は一段と冷え込みましたね

 森のすべての音を吸収し、世界を深い静寂で包み込む雪の朝。

 居住区画の窓枠には夜の間に音もなく降り積もった雪が厚みを持って乗り、ガラスの向こう側は完全な白い景色へと変貌していた。


 かまどの火が落ちて凍えるような冷気に包まれた診療所の中で、コルネリアはいつもより早く目を覚ました。

 厚手の毛織りの上着を羽織り、吐く息を白く染めながらキッチンスペースへと向かう。

 彼女の足取りは、寒さに震えるどころか、これから作る温かい朝食への期待で微かに弾んでいた。


 昨日、イザークとジェドを招いて初収穫を祝った菜園の恵み。

 コルネリアは冷暗所に保管しておいた立派なカブを取り出し、丁寧に水で洗い流してから包丁を入れた。

 皮を厚めに剥き、火が通りやすいように細かく切り分ける。


 かまどに薪をくべて火を起こし、鍋に清らかな水を張ってカブを煮込んでいく。

 木べらで触れるだけで崩れるほどに柔らかくなったところで、コルネリアは網目の細かいし器を使い、カブを時間をかけて丁寧に裏ごししていった。


 繊維が取り除かれたカブは、まるで絹のように滑らかな状態へと変わる。

 そこへ、グリンダの牧場から届いた濃厚なミルクをたっぷりと注ぎ入れ、再びかまどの弱火にかけた。

 木べらでゆっくりと掻き混ぜながら、微かな塩で味を調える。

 カブが持つ自然の強い甘みと、ミルクの豊かなコクが見事に調和し、鍋からは身体の芯を温めるような極上の香りが立ち昇り始めた。


 スープの仕上げを待つ間、コルネリアは隣の火口に厚手の鉄の平鍋を乗せた。

 タツィオから贈られた香ばしい燻製肉の塊から、脂の乗った部分を極めて薄く切り出し、熱せられた平鍋の上に並べる。

 肉の脂が熱で溶け出し、透明に透き通っていく。


 そのすぐ隣の空いた空間に、新鮮な鳥の卵を二つ割り入れた。

 透明だった白身が熱気に触れて徐々に縁から固まり、白く変化していく。

 しかし、中央の黄色い黄身には完全に火を通さず、半熟の液状を保った絶妙な状態で見極め平鍋を火から下ろす。


 さらに、菜園で収穫した葉の厚いほうれん草を湯で短時間だけ熱し、別の鍋で上質なバターを溶かして素早く炒め合わせた。

 仕上げに、以前行商人から手に入れた東方の豊かな調味料である醤油を数滴だけ垂らす。

 焦げた醤油と溶けたバターが混ざり合う香ばしい匂いは、それだけで強烈な食欲を喚起する力を持っていた。


 最後に、数日前に患者から治療のお礼としていただいていた、表面に微かな塩の粒が散りばめられた塩パンをかまどの余熱を利用して温め直す。

 表面の皮が熱気で再び硬さを取り戻し、中の生地が空気を含んで温かく仕上がった。


 すべての料理を円卓へと美しく並べ終え、ランプの火を少しだけ明るく調整した頃――。

 居住区画の奥から、緩慢かんまんな足取りでカエラムが姿を現した。

 普段は既に身支度を整えている彼であるが、深い雪がもたらす極端な冷え込みは屈強な大人の男性の身体をも少しだけ微睡みの奥底へと留めていたらしい。

 彼の髪にはしっかりと寝癖が残っており、無防備な表情を浮かべていた。


「おはようございます、カエラム先生。今朝は一段と冷え込みましたね」


 コルネリアが微笑みかけると、カエラムは円卓から立ち昇る凄まじいまでの芳香に気付き、瞬時にアンバーの瞳に生気を取り戻した。

 彼は指先で丸メガネの位置を直し、寝癖を手櫛で整えながら、食卓の前へと座った。


「おはようございます、コルネリアさん。素晴らしい香りです。冬の厳しい寒さも、この食卓を前にすれば完全に吹き飛んでしまいますね」


 二人は向かい合い、手を合わせて朝食を口へと運んだ。

 カエラムが木のスプーンでカブのポタージュを掬い上げる。

 一口含んだ瞬間、彼の瞳が驚きにわずかに見開かれた。


「驚きました。砂糖を一切使っていないというのに、カブの甘みがここまで引き出されているとは。裏ごしされた滑らかな舌触りと、ミルクの濃厚なコクが完璧な調和を生み出しています」


 カエラムの心からの賛辞に、コルネリアは頬を染めて喜んだ。

 彼女自身も温かい塩パンを手に取り、その端をポタージュの液面へと浸す。

 小麦の香ばしさと塩気にカブの甘いスープが染み込み、噛み締めるごとに多幸感が口の中を満たしていく。


 さらに、カエラムが半熟の目玉焼きの黄身に刃先を入れた。

 薄い膜が破れ、濃厚な黄身が液状を保ったまま皿の上へと滑らかに流れ出す。

 それを薄切りの燻製肉にたっぷりと絡め、口へと運ぶ。


「燻製肉の強い塩気と燻煙の香りを、卵の黄身が優しく包み込んでいます。そして、このほうれん草のバターと醤油の風味。完璧な献立です。あなたの手にかかれば、どのような食材も最高の一皿へと昇華されますね」


 温かな朝食が、凍えていた二人の身体の隅々にまで熱を行き渡らせていく。


 ――食後、コルネリアが温かい紅茶を淹れ、二人は湯気を挟んで窓の外の雪景色を眺めながら、穏やかな会話の時間を楽しんだ。


「そういえば先生。昨日、イザークさんから街の新しいお店の噂をお聞きになりましたか?」


 コルネリアがカップを両手で包み込みながら問いかけると、カエラムは記憶を辿るようにわずかに視線を上げ、深く頷いた。


「ええ。ユーズヴェンドの路地裏に、珍しい種や苗を専門に扱う種苗商しゅびょうしょうの店が新しく構えられたという話ですね。確か、店主の名前はエルマー氏でしたか」


 昨日、温かいスープを飲み終えたイザークが、帰り際に熱心に語っていた噂話である。


 イザークの話によれば、その種苗商の店主――エルマーは、深い黒の長い髪を後ろで一つにまとめ、珍しいガーネットの瞳を持つ男性だという。

 彼は基本的に感情の起伏が極めて薄く、口数も少ないため、初対面の者からはひどく冷酷で恐ろしい人物だと勘違いされがちであるらしい。


「イザークさんがおっしゃるには、とても怖そうな方に見えるのに、お野菜の種の話を持ちかけると、まるで別人のように饒舌じょうぜつになるのだとか。誰よりも深くお野菜を愛している、不思議で誠実な方だと伺いましたわ」


「感情表現が不器用なだけで、自身の生業と植物に対して、揺るぎない情熱と愛情を持っているのでしょうね。イザークさんが自身の目で確かめ、評価しているのですから、間違いなく信頼の置ける人物のはずです」


 カエラムは紅茶を一口飲み、アンバーの瞳に好奇心を宿した。


「せっかく菜園の初収穫を終えたのです。我々も、そのエルマー氏の店を訪ねて、冬の間に育てる新しい種や苗を手に入れてみませんか?」


 カエラムの提案に、コルネリアはペリドットの瞳をこれ以上ないほどに輝かせた。


「賛成ですわ! 私、寒さに強くて青々とした葉を広げる小松菜や、雪の下でたっぷりと甘みを蓄えるにんじんを育ててみたいですの。あとは、春に向けて長い時間をかけて土の中で育てる玉ねぎなども良いですね」


 次々と溢れ出す彼女の希望の言葉を聞き、カエラムは口元に優しい笑みを浮かべた。


「小松菜に、にんじん、そして玉ねぎですか。どれも素晴らしい選択です。ですが、新しい命を迎えるためには、それらを育むための豊かなベッドを用意してあげなければなりませんね」


 コルネリアがはっとして頷く。


「おっしゃる通りですわ。今の菜園の広さでは、新しいお野菜たちを植える場所が足りませんし、お土作りから始めなければなりませんね」


 彼女の心配をかき消すように、カエラムは自身の大きな手を円卓の上に置き、頼もしく宣言した。


「心配はいりませんよ。次の休診日は、私が森へ入り、時間をかけて熟成された栄養豊かな腐葉土ふようどをたっぷりと集めてきましょう。そして、裏庭の固い土をさらに広く深く掘り起こし、新しいうねを作り上げます」


 彼の言葉の奥にある、彼女の願いをすべて叶えようとする深い情愛。

 かつて彼が鍬を振り下ろし、額に汗を滲ませながら大地を開墾してくれた雄々しい姿を思い出し、コルネリアの顔が微かに朱色に染まった。


「……先生。お仕事でお疲れのはずなのに、またあのような重労働をお願いしてしまってもよろしいのでしょうか?」


「あなたのためであれば、どのような労働も私にとっては無上の喜びです。土の準備が完全に整い次第、二人で街へ下り、そのエルマー氏の種苗商を訪ねてみましょう」


 カエラムが彼女の不安を優しく払い除けるように甘く囁くと、コルネリアは花が綻ぶような満面の笑みを浮かべ、深く頷いた。


「はい、カエラム先生! 私、新しいお野菜を育てることや、そのエルマーさんという珍しい種苗商の方にお会いすることが、今から楽しみで仕方がありませんわ」


 窓の外では、世界を白く染め上げる雪が依然として音もなく降り続いている。

 しかし、熱々のカブのポタージュで身体を満たし、二人で並んで未来の畑の計画を立てる診療所の中は、厳しい冬の寒さを一切寄せ付けないほどの穏やかさと、互いを思いやる深い愛情の熱によって、どこまでも幸福に満たされていた。

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