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冤罪で追放された伯爵令嬢は、森の奥の診療所で天才医師の胃袋を掴み、愛されながら幸せなスローライフを満喫します  作者: 白月つむぎ


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77 先生と一緒にいられるのなら、私は何も怖くありませんの

 深い森を支配していた冷気が、ついにその形を視覚的なものへと変えた朝。


 居住区画の窓から差し込む光がいつもより随分と白いことに気づき、コルネリアは寝台から身を起こしてカーテンの向こう側を覗き込んだ。

 彼女のペリドットの瞳に映ったのは、森の木々の枝先から診療所の周囲の大地に至るまで、すべての輪郭を純白で薄っすらと覆い隠した、この冬初めての降雪の景色だった。


「雪が……降ったのですね」


 彼女の呟きに、隣で身支度を整えていたカエラムも窓の外へと視線を向け、丸メガネの位置を指先で直しながら静かに頷いた。


「ええ。本格的な冬の到来を告げる雪です。裏庭の菜園の様子を見に行きましょうか。あの厳しい冷え込みを乗り越えたのであれば、今日が最高の収穫の時のはずですから」


 二人は厚手の上着を羽織り、吐く息を真っ白に染めながら裏庭へと足を踏み出した。


 菜園のうねの上には、ジェドから教わった通りに敷き詰めた分厚い藁が、見事な霜よけの布団として機能していた。

 藁の隙間から顔を出している大根やカブ、そしてほうれん草の葉は、凍てつく寒さに屈するどころか、むしろその身を守るために葉の厚みを増し生命力に満ちた濃い緑色を誇らしげに広げている。


 カエラムが冷たい土の表面を両手で優しくほぐし、コルネリアが大根の葉の根元をしっかりと掴んで、真っ直ぐに上へと引き抜いた。

 大地の奥深くに根を張っていた白い実が、小気味よい抵抗の後に土の中から姿を現す。


 それは、夏の終わりに蒔いたあの小さな種からは想像もつかないほどに太く、ずっしりとした重みと瑞々しさを備えた、見事な大根であった。

 続いてカブとほうれん草も次々と引き抜き、二人は初めて自分たちの手で育て上げた土の恵みを前に、喜びの笑みを深く交わし合った。


 本日は診療所の休診日である。

 この初収穫の喜びを最も分かち合いたい恩人たちを、二人は前もってこの場所へと招待していた。


 太陽が高く昇り、積もった薄雪が日の光を受けて真珠のような輝きを放ち始めた頃――。

 森の道から雪を踏みしめる重い足音が近づき、診療所の分厚い木の扉が開かれた。


「カエラム先生、コルネリアのお嬢さん。お招きいただき、ありがとうございますだ」


「やあ、先生。ずいぶんと冷え込むようになりましたな」


 厚手の外套に身を包んで現れたのは、菜園の種と苗を譲ってくれた農夫のイザークと、藁の霜よけを教えてくれた元荷運び人のジェドであった。

 カエラムが二人を温かい室内へと迎え入れ、外套を受け取る。

 イザークとジェドは円卓の上に並べられた、土を綺麗に洗い落とされた巨大な根菜たちを目にして、顔の深い皺を限界まで寄せて目を細めた。


「こりゃあ、見事な大根とカブですだ。葉の艶といい、実の張りといい……申し分ねえ育ち方をしておりますだ」


「私が教えた藁の布団も、しっかりと役目を果たしてくれたようですな。しかし、これほど立派に育ったのは、他でもない先生とコルネリアさんが、毎日欠かさず土に触れ、愛情を注いで育てた証拠ですよ」


 二人の老人が、まるで自身の孫の成長を喜ぶかのように野菜を褒め称える。

 コルネリアはペリドットの瞳を感謝に潤ませ、深く頭を下げた。


「イザークさんが命の種を託してくださり、ジェドさんがそれを守る知恵を授けてくださったおかげですわ。今日はこのお野菜たちを使って、身体の芯から温まるスープをお作りいたしますね」


 コルネリアがキッチンスペースへと移動すると、カエラムも極めて自然な動作で隣に立ち、小刀を握って野菜の皮剥きを手伝い始めた。

 イザークとジェドは円卓からその微笑ましい夫婦のような連携を眺め、温かい茶を飲みながら穏やかな笑みを交わし合っている。


 大根とカブを大きく乱切りにし、厚手の鍋へと入れる。

 そこへ、以前タツィオから贈られた日持ちのする香ばしい燻製肉を分厚く切り分けて投入した。


 清らかな水を張り、かまどの火にかけて時間をかけて煮込んでいく。

 鍋の湯が煮立ち始めると、根菜が持つ特有の優しい甘い匂いと、燻製肉から溶け出す濃厚な脂と燻煙の香りが完全に混ざり合い、診療所の中をこの上なく幸福な芳香で満たしていった。


 根菜が箸で容易に切れるほどに柔らかくなったところで、最後に鮮やかな緑色のほうれん草を加え、彩りと栄養を添えれば、秋から冬へと向かう季節の恵みがすべて詰まった特製スープの完成である。

 四人で円卓を囲み、木製の深い器にたっぷりと注がれた熱々のスープを前にする。


「さあ、冷めないうちにいただきましょう」


 カエラムの合図と共に、全員が木のスプーンを手に取った。

 コルネリアが自身で育てたカブを口へと運ぶ。

 その瞬間、彼女は信じられないものに出会ったかのように目を見開いた。


「……まあ! 驚くほど甘いですわ。お野菜というよりも、まるで果物をいただいているような……」


「ええ。冬の冷え込みと霜に当たったことで、自身の身が凍らないようにと極限まで糖分を蓄え込んだ結果ですね。口の中で溶けるような柔らかさと、この圧倒的な甘み……燻製肉の強い塩気が、その旨味をさらに高みにまで引き上げています」


 カエラムもまた、その極上の味わいに感嘆の息を漏らした。

 向かいの席では、イザークがスプーンを握りしめたまま、熱い涙を瞳の端に滲ませていた。


「美味え……本当に、美味えですだ。長いこと土と生きてきましたが、こんなに心が温まるスープは食べたことがねえです。お二人の優しい気持ちが、汁の最後の一滴にまで染み込んでおりますだ」


「全く同感ですな。こうして若いお二人が育てた命を、温かい部屋で共に味わうことができる……生きていて、本当に良かったと心から思えます」


 ジェドもまた、深く頷きながらスープを喉の奥へと流し込んでいる。

 コルネリアは彼らの言葉に胸を熱くし、自身の作った料理が人々の心を満たしているという事実を、これ以上ないほどの幸福として噛み締めていた。


 ――食後の穏やかなひととき。

 コルネリアはキッチンの棚から急須を取り出し、熱い湯を注いで美しい深緑色をした緑茶を丁寧に淹れた。

 四つの湯呑みを円卓に並べると、緑茶特有の清廉で爽やかな香りが、スープの濃厚な余韻を漂わせる空気を優しく浄化していく。


「お食事の後は、こちらの緑茶をどうぞ。微かな渋みが、お口の中をさっぱりとさせてくれますわ」


 熱い湯呑みを両手で包み込みながら、四人は窓の外へと視線を向けた。

 朝に一度止んでいた雪が、再び空から静かに舞い降り始めている。

 音もなく降り積もる白い雪片せっぺんが、森の景色をゆっくりと冬の眠りへと誘っていく様は、いつまでも見ていられるほどに美しく――そして、静謐せいひつであった。


 緑茶の爽やかな香りと心地よい渋みを堪能し、二人の老人は大満足の笑顔とともに診療所を後にした。

 帰り際、「またいつでも顔を見せに来てくださいね」と手を振るコルネリアに、彼らも何度も振り返りながら深くお辞儀を返して雪道へと帰っていった。


 すっかりと片付き、静寂を取り戻した診療所の中。

 窓辺に立ち、降り続く雪を静かに見つめていたコルネリアの背後から、カエラムが大きな上着を羽織るようにして近づき、彼女の華奢な肩をふわりと抱き寄せた。


「夏の終わりに、私たちが裏庭の土を掘り起こした日のことを覚えていますか?」


 彼の低い声が耳元に落ち、コルネリアは背中から伝わる彼の体温に自身の身体を深く預けた。


「ええ、もちろん覚えておりますわ。私が、先生の心も身体も芯から温まるようなスープを作りたいと、そう約束した日のことですよね」


「はい。あなたが今日作ってくれたスープは、その約束を遥かに超える、本当に最高の味わいでしたよ。イザークさんたちだけでなく、私の身体の隅々にまで、あなたの深い愛情が染み渡っていくのを感じました」


 カエラムは抱き寄せる腕の力をわずかに強め、彼女のホワイトブロンドの髪に自身の頬を愛おしそうに擦り寄せた。


「あなたが隣にいて、こうして美味しい食事を作り、笑顔を見せてくれる。私の人生において、これ以上の温もりは存在しません」


 彼からの真っ直ぐで甘い囁きに、コルネリアは頬を淡い朱色に染め、彼の手の上に自身の手を優しく重ね合わせた。


「私にとっても、先生の腕の中が世界で一番温かい場所ですわ。これからどれほど厳しい冬が訪れようとも……先生と一緒にいられるのなら、私は何も怖くありませんの」


 窓の向こう側では、凍えるような冬の冷気が森のすべてを白く染め上げようとしていた。

 しかし、緑茶の爽やかな余韻が残る診療所の中だけは、人々との温かい繋がりと、互いをどこまでも深く求め合う二人の強固な情愛の熱によって満たされ、いつまでも穏やかで、この上なく幸福な時間に守られ続けていた。

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