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冤罪で追放された伯爵令嬢は、森の奥の診療所で天才医師の胃袋を掴み、愛されながら幸せなスローライフを満喫します  作者: 白月つむぎ


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76 異国のお米が、私たちの釣り上げた海の幸をこれほどまでに引き立ててくれるなんて

 冬の足音が森の木々の間に静かな冷気を運び込み、診療所の窓ガラスを白く曇らせていた朝。

 居住区画に差し込む淡い光の中で、コルネリアはまぶたを重く覆っていた眠りの淵からゆっくりと浮上した。


 意識が鮮明になるにつれ、彼女は自身の身体が分厚い毛布だけでなく、それをさらに外側から包み込む絶対的な温もりによって冷気から完全に守られていることに気がついた。


 自身の背中に隙間なく密着する、広く逞しい胸。

 そして、華奢な肩から腰にかけてを大切に囲い込んでいる、力強い男性の腕。


 自分が今、一人用の狭い寝台の上でカエラムの腕の中に完全に収まっているという事実を理解した瞬間――コルネリアの脳裏に、昨夜の記憶が奔流となって押し寄せてきた。


 甘い林檎の果実酒に酔いしれ、理性の輪郭を失ってしまった自身のだらしない姿。

 一人用の寝台へと潜り込み、困惑する彼の衣服の袖を強い力で引き留め、「隣にいてほしい」と子供のように甘えきった自身の声。


 普段の彼女からは到底考えられないほどの大胆で恥ずかしい振る舞いの数々を思い出し、コルネリアの真っ白な頬は瞬く間に熟した果実のように鮮やかな赤へと染まり上がった。

 今すぐにでも穴を掘って隠れたいほどの羞恥心に襲われたが、彼女の背中からは、カエラムの規則正しく穏やかな寝息と頼もしい心臓の鼓動が絶え間なく伝わってくる。


 彼の睡眠を妨げてしまうことは何よりも申し訳なく、そして何より、彼の体温に包まれているこの場所が途方もなく幸福であったため、コルネリアは自身の気配を極限まで殺し、彼が自然に目を覚ますまでただ静かにその腕の中に留まり続けた。


 ――やがて、背後の大きな身体がわずかに動き、抱きしめる腕の力が微かに強まった。

 カエラムがゆっくりと目を開け、寝台の上で二人の視線が至近距離で交差する。


「……おはようございます、コルネリアさん。よく眠れましたか?」


 まだ深い眠りの余韻を残す、低く甘い声。

 コルネリアは身を縮め、消え入りそうなほどの小さな声で彼に向かって懺悔の言葉を紡いだ。


「お、おはようございます、カエラム先生……昨夜は私、お酒に酔って、先生に多大なご迷惑を……狭い寝台に無理やり引き留めてしまって、本当に申し訳ございませんでした」


 ペリドットの瞳を潤ませて身を小さくする彼女を見て、カエラムは困ったような――しかし、この上なく愛おしそうな微笑みを浮かべた。

 彼は彼女の背中に回していた腕を動かし、その大きな手のひらで彼女の熱を持った頬を優しく包み込む。


「謝る必要など、どこにもありませんよ。あなたが私を求めてあのように甘えてくれたこと……私にとっては、これまでの人生で最も幸福で、たまらない夜でしたから」


 カエラムは彼女の額に落ちたホワイトブロンドの髪を指先で払い、そこへ慈しむような優しい口づけを落とした。

 額から伝わる熱い感触に、コルネリアの胸の奥が甘く痺れ、二人は新しい朝の光の中で互いの存在の大きさを深く確かめ合った。


 朝の身支度を整え、診療所の空気を入れ替えるために窓を開け放っていた頃――。

 森の道から重々しい足音が近づき、診療所の分厚い木の扉が外側から勢いよく押し開かれた。


「カエラム先生、嬢ちゃん! 朝早くから邪魔するよ!」


 日焼けした肌に豪快な笑みを浮かべて現れたのは、行商人のウラカであった。

 彼女の背中には、以前にも増して巨大な荷袋が背負われている。

 しかし、その顔にはいつもの余裕がなく、扉を開けた彼女の右手首は不自然な角度で庇われていた。


「ウラカさん。その手首、どうされたのですか?」


 カエラムが瞬時に医師の顔へと切り替わり、彼女の荷物を引き取って診察台へと誘導する。

 ウラカは顔をしかめながら、痛む右手首をカエラムの前に差し出した。


「いやね、南の遠い国から珍しい品を大量に仕入れることができたんだが、少し欲張りすぎちまったみたいでね。峠を越える時に、荷物の重みで手首の筋を痛めちまったのさ」


 カエラムは彼女の手首に慎重に触れ、骨に異常がないことを確認すると、痛めた腱を保護するための固定具を手早く用意し始めた。

 コルネリアもまた、彼の指示を待つことなく清潔な布と固定用の添え木を盆に乗せ、彼の手元へと滑らかに手渡していく。


 一切の無駄がない完璧な連携作業を目の当たりにし、処置を受けながらウラカは愉快そうに目を細めた。


「手際が良いのは相変わらずだけど、あんたたち、前よりもさらに空気が柔らかくなったんじゃないかい? まるで、長年連れ添って息の合った夫婦みたいだね」


 ウラカの冷やかしの言葉に、今朝の寝台での出来事を思い出したコルネリアは再び頬を赤く染めて俯いたが、カエラムは丸メガネの位置を指先で直し、隠すことなく堂々と微笑み返した。


「彼女は私の最高の助手であり、私の生活のすべてを支えてくれる大切な存在ですからね。さて、これで手首の固定は完了です。数日は無理な荷運びを控えてください」


 痛みが引いた右手首を回して確認し、ウラカは満足そうに大きく頷いた。

 そして、傍らに置いた自身の巨大な荷袋の奥底を探り、美しい布で作られた一つの袋を取り出して円卓の上へと置いた。


「治療の礼と言っちゃあ何だが、これをあんたたちに置いていくよ。今回、遠い南の国から苦労して運んできた貴重な穀物さ」


 袋の口が開かれると、中から現れたのは細長く透き通るような白色をした米だった。

 それは、ただの穀物ではない。

 空気に触れた瞬間、まるで満開の花園にいるかのような、甘く芳醇な香りが診療所の中に広がったのである。


「まあ……! お米から、お花のような素晴らしい香りがいたしますわ」


 驚くコルネリアに対し、ウラカは得意げに胸を張った。


「ジャスミン米って呼ばれる、特別な米さ。ところで嬢ちゃん、以前私があげた海釣り用の竿は、役に立っているかい?」


「はい! 実は昨日、そのお竿を使って、透き通るような美しいアオリイカを釣り上げたばかりなのです。あの立派なお道具のおかげで、私も海釣りを楽しむことができましたわ」


 コルネリアの報告を聞いたウラカは、両手を叩いて大声で笑った。


「それは素晴らしい偶然だ! 嬢ちゃん、その釣り上げたイカと、海で獲れた他の幸を、このジャスミン米と一緒に大鍋で炊き上げな。海の旨味とこの米の香りが合わされば、パエリアという南の国の最高の馳走になるからね!」


 ウラカの提案により、本日の昼食の献立が決定した。

 コルネリアは早速キッチンスペースへと移動し、昨日海から持ち帰ったアオリイカと真牡蠣マガキ、そして菜園で収穫した彩り豊かな野菜を用意した。


 熱した大鍋に油を敷き、野菜と海の幸を炒めて旨味を引き出す。

 そこへジャスミン米を加え、具材から溢れ出た極上の出汁を米の一粒一粒に吸い込ませるようにして、ゆっくりと火を通していく。


 かまどの火が米を炊き上げるにつれ、アオリイカの濃厚な甘い匂いと真牡蠣の磯の香り、そしてジャスミン米が持つ華やかな花の香りが完全に混ざり合い、異国情緒に溢れるこの上なく贅沢な芳香が室内に満ち溢れた。


 完成した巨大なパエリアの鍋を円卓の中央に置き、三人は席についた。

 黄金に近い色に炊き上がった米の上に、イカの身と存在感のある牡蠣、そして鮮やかな野菜が美しく並んでいる。


「さあ、冷めないうちにいただきましょう」


 カエラムの声と共に、三人は手を合わせてから熱々のパエリアを口へと運んだ。

 ジャスミン米特有の軽い食感に、海の幸の濃厚な旨味が隙間なく染み込んでいる。

 噛むほどに広がる花の香りと海鮮の甘みが、これまで味わったことのない未知の美味しさとなって味覚を圧倒した。


「……信じられないほど美味しいですわ! 異国のお米が、私たちの釣り上げた海の幸をこれほどまでに引き立ててくれるなんて」


「本当に見事な味わいです。ウラカさん、素晴らしい贈り物をありがとうございます」


 二人の賞賛に、ウラカもまた自身の持ち込んだ米の出来栄えに満足そうに頷き、旅の道中で出会った美しい風景や珍しい出来事について、身振り手振りを交えて賑やかに語り始めた。


 外の寒さを完全に忘れさせるような、温かく活気に満ちた食卓。

 自身の手で釣り上げた海の恵みと、遠い異国から運ばれてきた新しい香り。

 そして、それらを結びつける温かい人々の縁。

 カエラムはウラカの話に耳を傾けながら、隣で楽しそうに微笑むコルネリアの横顔を深い情愛を込めて見つめた。


 朝の寝台での甘い時間から始まり、賑やかな昼餐へと続く豊かな時間。

 二人の間にある絆はこのような日々の喜びを重ねるごとに、決して揺らぐことのない確かな形となって彼らの人生を美しく彩り続けていた。

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