73 先生と一緒に歩む季節が、私は楽しみで仕方がありませんの
深い森の木々が完全にその装いを冬へと移し変え、大地を覆う落ち葉が冷たい霜に濡れて深い褐色へと沈んでいく夕暮れ時。
診療所の中に漂っていた張り詰めた緊張感は、無事に処置を終えた二人の来訪者の安堵した表情と共に、ゆっくりと穏やかな空気へと溶け出していった。
診察台から慎重に身を起こしたグリンダは、カエラムによって丁寧に縫合され、清潔な白い布で包まれた自身の右腕をそっと確かめるように見つめた。
先ほどまでの蒼白な顔には、コルネリアが淹れた温かい薬草茶の熱によって、ようやく彼女らしい快活な血色が戻り始めている。
「先生、コルネリアさん……今日は突然押しかけて、多大な迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい。サンディーも私も救ってもらえて、感謝の言葉も見つからないわ」
グリンダは申し訳なさそうにエメラルドの瞳を伏せたが、すぐに彼女らしい真っ直ぐな光をその奥に宿して顔を上げた。
「今は手ぶらで、きちんとしたお礼もできなくて心苦しいけれど……一週間後の朝。その時に必ず、私の牧場でその日に搾ったばかりの新鮮なミルクと、一番出来の良いチーズをたっぷりと抱えて、改めてお礼に伺うわね」
彼女の力強い約束に、コルネリアはペリドットの瞳を和らげ、優しく頷き返した。
「ええ、楽しみにお待ちしておりますわ。ですがグリンダさん、一週間後とはいえ、決して無理はなさらないでくださいね。まずはそのお身体を一番に労わって差し上げてください」
グリンダの傍に寄り添い、自身の猟銃を背負い直したタツィオもまた、日焼けした顔に深い悔恨と感謝を滲ませながら、カエラムに向かって深く頭を下げた。
「俺からも、重ねてお礼を言わせてくれ……先生、俺も今回の不手際を深く反省している。次にここへ来る時は、この森で俺が仕留めた最高の獲物を、とびきり香ばしい燻製肉にして持ってくる。最高の一品を用意させてもらうよ!」
タツィオの不器用ながらも誠実な申し出に、カエラムは丸メガネの位置を指先でそっと直し、穏やかな微笑みを浮かべた。
「お気遣いありがとうございます、タツィオ君。あなたのその心がこもった贈り物なら、喜んで受け取らせていただきますよ。さあ、日はすでに落ちかけています。道中、彼女の足元をしっかりと支えてあげてください」
タツィオがサンディーの綱を引き、グリンダの歩幅に合わせてゆっくりと森の奥へと消えていく。
その二人の背中と、時折振り返って元気に手を振るグリンダの姿を、カエラムとコルネリアは入り口に並んで立ち、その姿が完全に見えなくなるまで温かく見送り続けた。
診療所の扉を閉め、静寂を取り戻した室内へと戻る。
かまどの中で爆ぜる薪の爆ぜる音だけが、心地よいリズムとなって耳に届く。
コルネリアは使い終えた医療器具を片付けながら、一週間後の未来に思いを馳せて、ふふ、と愛らしい声を漏らした。
「先生。一週間後にグリンダさんが届けてくださるという新鮮なミルク……もし本当にいただけるのでしたら、その濃厚な恵みを余すところなく活かして、身体の芯から温まるような熱々のグラタンを作りたいですわ」
「グラタンですか。いいですね。秋の深まりと共に冷え込みが厳しくなってきた今の季節には、これ以上ないほど贅沢なご馳走になります」
カエラムが温かい茶の入った湯呑みをコルネリアへと手渡し、自身の分も用意して円卓へと腰を下ろした。
コルネリアは湯呑みから立ち昇る柔らかな湯気を見つめながら、指先を顎に当てて思案に耽る。
「菜園で育てているお野菜や、タツィオさんが届けてくださるという燻製肉……それだけでも十分美味しいとは思いますけれど、何かもう一つ、特別な具材を合わせたいのですわ。ミルクの濃厚な白に映えるような、秋ならではの深い味わいを」
彼女の願いを聞いたカエラムは、窓の外の暗闇へと視線を向けた。
「それなら、コルネリアさん。次の休診日は、少しだけ足を伸ばして秋の海へ行きませんか?」
カエラムの提案に、コルネリアはぱっと顔を上げ、喜びの色を顔いっぱいに咲かせた。
「海……! また、あの美しい景色を見ることができるのですね。夏に連れて行っていただいた時の、陽光を反射して青く輝いていた水面が、今でも鮮明に思い出されますわ」
あの時、初めて目にした海の広大さと潮風の香りは、不運という名の牢獄に閉じ込められていた彼女の魂を根底から救い出してくれた特別な記憶である。
カエラムは彼女の喜びを自身の幸福として受け取り、静かに言葉を続けた。
「ええ。秋の海は、夏のような眩しさこそ落ち着きますが、その代わりに計り知れないほど豊かな恵みを我々に与えてくれます。今の時期なら、身が透き通るように美しく、驚くほどの甘みを持つアオリイカが海岸近くまで寄ってきているはずです。さらに、岩場には海のミルクと称されるほど濃厚な旨味を蓄えた真牡蠣も旬を迎えています。これらは、グリンダさんが届けてくれるであろう新鮮なミルクのソースと、この上なく完璧な調和を見せてくれるはずですよ」
「アオリイカに、真牡蠣……! まあ、なんて素晴らしい組み合わせなのでしょう。想像しただけで、お腹の底から幸せな気持ちになってしまいますわ」
コルネリアは、期待に胸を膨らませて居住区画の隅に置かれた細長い布の包みを見つめた。
かつて行商人のウラカから治療のお礼にいただいた、非常に精巧で立派な海釣り用の竿である。
前回の海の時はまだ不慣れで釣りはカエラムに任せきりだったが、今の彼女には彼と共に過ごしてきた日々で培った新しいことへ挑戦する確かな勇気が備わっていた。
「先生、私、今回は先生のお手を煩わせるだけでなく、私自身の力でも、美味しいお魚を釣り上げてみたいですわ」
「ええ、もちろんです。私が傍について、竿の扱い方を一から十まで丁寧にお教えしますよ。あなたが自分の手で釣り上げた秋の恵みをグラタンに加えれば、それはきっと世界で一番美味しい食事になるでしょう」
夜が更けるにつれ、森の周囲を包む冷気は一層その厳しさを増していく。
しかし、ランプの柔らかな灯りに照らされた診療所の中では、二人が囲む円卓の上にこれから訪れる秋の海の情景と、温かな食卓の構想が色鮮やかに描かれていた。
後片付けを終えた後、二人は並んでウラカの釣り竿を取り出し、手入れを始めた。
滑らかに磨き上げられた木材の質感を指先で確かめながら、カエラムは背後からそっとコルネリアの肩を抱き寄せ、その耳元で甘く囁いた。
「夏の海は宝石のように煌びやかでしたが、秋の海は真珠のように奥深く、穏やかな表情を見せてくれます。あなたがまだ見たことのない、この世界の美しい季節の顔を、これから私がすべてお見せしますからね」
カエラムの胸の鼓動を背中に直接感じながら、コルネリアは幸せを噛み締めるように目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
彼の腕の中にいれば、どのような未知の場所へ向かうことも、少しも怖くはない。
「はい、カエラム先生。先生と一緒に歩む季節が、私は楽しみで仕方がありませんの」
窓の外では秋の夜風が静かに枯れ葉を舞い上がらせていたが、診療所の中に流れる時間は、一週間後に届く新鮮なミルクへの期待と、二度目の海釣りデートへの甘やかな約束に満たされながら――。
互いを深く想い合う二人の熱と共に、どこまでも穏やかに、そして幸福な予感を孕んで静かに更けていった。




