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冤罪で追放された伯爵令嬢は、森の奥の診療所で天才医師の胃袋を掴み、愛されながら幸せなスローライフを満喫します  作者: 白月つむぎ


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70 こんなに美しい贈り物をいただいたのは、生まれて初めてですわ

 森の木々が鮮やかな赤や黄色に染まり切り、吹き抜ける風が心地よい冷気を含み始めた秋の午後。

 空は高く澄み渡り、差し込む太陽の光は夏の苛烈さを完全に失って柔らかな陽だまりの温もりだけを大地へと届けていた。


 患者の訪れる予定がない静かな時間帯。

 カエラムとコルネリアが円卓で薬草の整理をしていた時、診療所の分厚い木の扉が外側から勢いよく押し開かれた。


「カエラム先生! コルネリアのお姉ちゃん!」


 元気な声と共に飛び込んできたのは、近隣に住む三人の子供たちだった。

 貧民区から通ってくる空色の瞳を持つ少年ニコと、おっとりとした亜麻色の髪の少年ラケル。

 そして、彼らに手を引かれるようにして中央に進み出たのは、以前、森の岩場で転んで額を切る怪我を負った少女、ルーシーだった。


「いらっしゃい、ニコ君、ラケル君、ルーシーちゃん。今日は三人揃って、どうしたのですか?」


 コルネリアが手元の作業を止め、子供たちの目線に合わせてしゃがみ込んで柔らかな笑みを向ける。

 すると、ルーシーがルビーの瞳を輝かせ、自身の額を指差して見せた。


「先生、お姉ちゃん、見て! おでこの怪我、もうすっかり治ったの!」


 彼女の指し示す先。

 かつて血を流し、カエラムの手によって縫合の処置が施された額の傷跡は、今や完全に皮膚が繋がり、微かな白線を残すのみとなっていた。

 可愛らしい桃色の前髪が風に揺れれば、その痕跡すらも完全に隠れてしまうほどに見事な治癒であった。


 カエラムは立ち上がり、ルーシーの前に膝をついてその額を注意深く観察した。


「ええ、とても綺麗に塞がっています。化膿した形跡もありませんし、これならもう痛みを感じることもないでしょう。よく頑張って安静にしていましたね」


「うんっ! 先生が魔法みたいに縫ってくれたから、すぐに痛くなくなったわ。先生、本当にありがとう!」


 ルーシーが満面の笑みを浮かべてお礼を言うと、その後ろからニコが一歩前に進み出た。


「あのね、先生とお姉ちゃん。今日は、俺たちからどうしても見せたいものがあるんだ!」


「僕たちが見つけた、秘密の場所なんだ。少しだけ森を歩くけれど……一緒に来てくれる?」


 ラケルもまた、控えめながらも期待に満ちた眼差しを二人に手に向けて誘葉を紡ぐ。

 その純粋な招待に、カエラムとコルネリアは顔を見合わせ、同時に穏やかな微笑みを交わした。


「ええ、もちろんです。君たちが案内してくれる秘密の場所がどのようなところなのか、とても興味があります」


 カエラムが普段身につけている白衣を脱いで椅子の背に掛け、外出の身支度を整える。

 コルネリアもまた、少し冷え始めた風を避けるための上着を羽織り、子供たちの後を追って診療所を後にした。


 三人の子供たちを先頭に、秋の森に続く小道を歩いていく。

 乾燥した落ち葉が足裏で心地よい音を立て、色づいた木々の隙間から木漏れ日が降り注いでいる。


 子供たちは「こっちだよ!」「遅れないでね!」と時折振り返りながら、楽しそうに歩みを進めていた。

 森の奥へ進むにつれて道には木の根が複雑に張り出し、少し足場の悪い傾斜が続く場所が現れた。


 ――その時、カエラムが自然な動作で右手を差し出し、コルネリアの細い指をしっかりと自身の掌で包み込んだ。


「足元に気をつけてください。木の葉の下に滑りやすい石が隠れているかもしれませんからね」


「ありがとうございます、先生」


 彼のエスコートに身を委ねながら、コルネリアは前を歩く子供たちの背中を優しく見つめた。


「ニコ君、ラケル君、ルーシーちゃん。みんなすっかり仲の良い兄妹のようですね」


 彼女の言葉が風に乗って届くと、先頭を歩いていたニコが勢いよく振り返り、白い歯を見せて笑った。


「うん! 俺は住んでいる場所違うけど、本当の家族みたいなんだ! マルタのおばあちゃんも、お母さんも、みんな俺たちのことを一番に考えてくれるから!」


「あたしたち、毎日一緒に遊んでるのよ。ニコもラケルも、あたしの大切なお兄ちゃんみたいなものよ!」


 ルーシーが誇らしげに胸を張り、ラケルも照れくさそうに笑いながら深く頷く。


 過酷な環境や孤独を知る子供たちが、互いを思いやり、大人たちの愛情に包まれて確かな居場所を見つけている。

 その事実が、二人の胸の奥を深い安堵と幸福感で満たしていった。


 やがて、少し薄暗かった森の木々が途切れ、視界が急激に開けた場所へと辿り着いた。


 なだらかな丘の頂上。

 そこを越えた瞬間――カエラムとコルネリアの足が完全に止まり、同時に感嘆の息を漏らした。


「うわぁ……! なんて美しいのでしょう」


 丘の向こうに広がっていたのは、視界のすべてを埋め尽くすほどの、見事なコスモスの群生地だった。

 淡い桃色、純白、そして目の覚めるような濃い紅色の花々が、大地を覆い尽くすようにして咲き誇っている。


 秋の涼やかな風が吹き抜けるたびに、細くしなやかな茎が揃って揺れ動き、まるで色鮮やかな花の波が果てしなく続いているかのような、圧倒的で幻想的な光景を作り出していた。


 青く澄み切った空と、広大なコスモス畑の美しい対比。

 王都の整備された庭園では決して見ることのできない、大自然が生み出した極上の芸術品であった。


「すごいでしょ! 俺たち、森の中をたくさん探検して、この場所を見つけたんだ!」


 ニコが得意げに両手を広げてみせる。

 子供たちはコスモス畑の手前で横一列に並ぶと、少し照れくさそうに顔を見合わせ、そしてカエラムとコルネリアに向かって真っ直ぐに向き直った。


「先生、お姉ちゃん。いつも俺たちの病気や怪我を治してくれて、お母さんやマルタのおばあちゃんを助けてくれて……本当にありがとう!」


 ニコの力強い声に続き、ラケルとルーシーも大きな声で感謝の言葉を紡ぎ、三人揃って深く頭を下げた。


「俺のお母さんが倒れた時、先生たちが命を救ってくれなかったら、俺は今頃どうなっていたかわからない。本当に、本当に感謝してるんだ!」


「僕も、先生のところでたくさんのことを教えてもらえて、毎日がすっごく楽しいよ!」


 純粋で――一切の飾り気のない真っ直ぐな感謝の言葉。

 彼らがこの場所へ案内してくれたのは、ただ美しい景色を見せたかったからだけではない。

 自身の足で歩き、自身が見つけた最も美しいものを、恩人である二人に捧げたかったからなのだ。


 さらに、ルーシーが背中に隠し持っていた両手を前に差し出した。

 その手には、色とりどりのコスモスを丁寧に編み込んで作られた、可愛らしい花冠が握られていた。


「これ、お姉ちゃんに! お姉ちゃん、いつも優しく手を握ってくれて、美味しいご飯を作ってくれるから……あたしたちからのプレゼントよ!」


 ルーシーが背伸びをして、コルネリアの頭の上にそっと花冠を乗せる。

 思いがけない贈り物と子供たちの愛情の深さに、コルネリアのペリドットの瞳から大粒の涙が溢れ出しそうになった。

 彼女は両手で口元を覆い、感極まった様子で何度も頷いた。


「ありがとうございます……! 私、こんなに美しい贈り物をいただいたのは、生まれて初めてですわ」


 カエラムは、涙を堪える彼女の肩を優しく抱き寄せると、丸メガネの奥のアンバーの瞳をこれ以上ないほどに和らげて、目の前に立つ三人の子供たちを見つめた。


「素晴らしい景色と、最高の贈り物をありがとう。君たちがこうして元気に笑い、美しいものに心を動かされる豊かな日々を送ってくれること。それが、我々にとって何よりの報酬なのですよ」


 彼が大きな手で三人の頭を順番に撫でると、子供たちは嬉しそうに目を細め、花が綻ぶような笑顔を咲かせた。


 秋の風が、色鮮やかなコスモス畑を再び大きく揺らしていく。

 カエラムが視線を隣へと移すと、そこには子供たちの愛情が詰まった花冠を被り、幸福感に満ちた涙を浮かべて微笑むコルネリアの姿があった。

 花の美しさを遥かに凌駕する彼女の愛らしい姿に、カエラムの胸の奥は言葉にできないほどの激しい熱と愛おしさで満たされていく。


「……とてもよく似合っていますよ。私の目には、この広大な花畑のどの花よりも、あなたが一番美しく映っています」


 彼が甘い声で囁くと、コルネリアは頬を花冠の紅色と同じくらいに染め上げ、幸せそうに視線を落として彼の上着の袖を強く握りしめた。


 一面に広がるコスモスの色彩と、子供たちの無邪気な笑い声。

 かつて孤独だった魂たちが寄り添い合い、互いに愛を与え、受け取りながら確かな幸福を築き上げている。


 澄み切った秋の空の下、彼らの間を流れる時間はこれまでにないほどの穏やかさと多幸感に満たされながら、いつまでも優しく――そして、美しく輝き続けていた。

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