69 先生とずっと一緒に、これからもこの美しい月を見上げていきたいですわ
森を吹き抜ける風から湿気が完全に消え去り、肺を満たす空気が氷のように澄み切った冷たさを帯び始めた季節。
日が落ちる時刻は目に見えて早まり、空を覆う雲一つない深い藍色はこれから訪れる長く静かな夜の始まりを告げていた。
本日の診療をすべて終え、かまどの火の加減を調整していたコルネリアの背中に、カエラムが静かに声をかけた。
「コルネリアさん。今夜は、一年の中で最も月が美しく、鮮明に見える夜ですよ。たまには明かりを落として、二人でゆっくりと夜空を見上げませんか?」
彼の提案にコルネリアは弾かれたように振り返り、顔を明るく綻ばせた。
王都の社交界に身を置いていた頃の彼女の夜といえば、人工的な照明で不自然なまでに照らされた大広間での、息の詰まるような晩餐会ばかりであった。
夜の闇に浮かぶ自然の光をただ静かに愛でるという風習に、彼女の心は強く惹きつけられたのである。
「素晴らしいご提案ですわ。お月見をするのでしたら、美しい月を眺めながらいただく、特別なお菓子を用意いたしましょう」
コルネリアの視線の先には、数日前の収穫祭でジェドから譲り受けた立派なカボチャの残りが置かれていた。
前回のシチューで使いきれなかったその半分を使って、今夜の月にふさわしいお団子を作ることに決めたのである。
早速二人は診療所の調理台に並んで立ち、共同作業を開始した。
コルネリアが蒸し器でカボチャにじっくりと熱を通している間、カエラムは彼女の指示に従って、穀物の粉に少量の水を加えながら木べらで練り合わせていく作業を担当する。
彼の手つきには一切の迷いがなく、粉と水は均一に混ざり合い、やがて滑らかな一つの生地へとまとまっていった。
「先生、とてもお上手ですわ。生地の硬さもちょうど良い塩梅です」
「少しは私の手も、生活の役に立つように成長したようです」
カエラムが照れ隠しのように丸メガネの縁を押し上げると、コルネリアは深い愛情と喜びを込めて微笑んだ。
続いて、蒸し上がったカボチャの果肉を丁寧にすり潰し、先ほどの生地の半分にしっかりと練り込んでいく。
こうして、白い生地と、秋の深まりを感じさせる鮮やかな山吹色に染まった生地の二種類が完成した。
これらを小さく千切り、手で転がして丸めていく工程に入る。
コルネリアが手のひらで軽やかに生地を転がし、愛らしい丸い形を作り上げていく。
カエラムもまた、彼女の動作を注意深く見つめた後、自身の長くしなやかな指先を巧みに操り始めた。
医療器具ではなく、ただ愛する人と食べるためのお菓子を作るという、極めて平和で温かな目的のために動く彼の手。
その指先は生地を優しく包み込み、コルネリアが驚くほど滑らかな曲面を持つ、美しいお団子を次々と生み出していったのである。
愛する人のためにと真摯に学ぶ彼の姿勢が、不器用だった過去の彼を完全に過去のものへと変えていた。
「さあ、これらを茹で上げている間に、お月見に飾るための草花を摘みに行きましょうか」
沸騰した湯の中に二色のお団子を滑り込ませた後、二人は少しの防寒着を羽織り、夕闇が迫る森の外れへと足を踏み出した。
目指すのは、診療所から少し歩いた場所にある視界の開けた野原である。
そこには、秋の風に揺れる背の高いススキが群生していた。
空の色が完全に濃紺へと沈みゆく中、野原を埋め尽くすススキの群れは、薄明かりの中で絹糸のように滑らかな穂を揺らしている。
風が吹き抜けるたびに無数の穂が波のようにうねり、秋の夜の幻想的な風景を作り出していた。
「この風情ある植物が、お月見の飾りにふさわしいのですね」
カエラムは群生する中から最も形が美しく、豊かな穂を蓄えたススキを数本選び出し、根元から丁寧に手折ってコルネリアへと手渡した。
彼女はそれを受け取り、柔らかな穂先を指先で愛おしそうに撫でる。
「はい。真っ直ぐに伸びるこの姿が、空に浮かぶお月様への純粋な祈りのように見えて、私はとても好きですわ」
必要な分のススキを抱え、二人は完全に夜の闇に包まれた森の道を、持参した小さなランプの灯りだけを頼りに身を寄せ合って戻った。
診療所へ到着する頃には、鍋の中で茹でられていたお団子が表面に浮かび上がり、完璧な仕上がりを知らせていた。
冷水でしっかりと引き締めたお団子を、美しい木製の平皿の上に交互に積み上げていく。
白いお団子と山吹色のお団子が織りなす対比は、それだけで一つの芸術品のように視覚を楽しませてくれた。
隣には、先ほど摘んできたばかりのススキを細長い陶器の花瓶に活け、秋の設えを完璧なものとする。
すべての準備を終え、二人は診療所の大きく開け放たれた窓際へと並んで腰を下ろした。
室内のランプの火を極限まで絞ると、目の前に広がる夜空の暗さがより一層際立ち、そして木々の向こうからゆっくりと姿を現した巨大な天体の輝きが、圧倒的な存在感を持って二人の視界に飛び込んできた。
それは、真珠のような奥深い光を放つ――見事なまでの満月だった。
澄み切った秋の空気に阻まれることなく地上へと降り注ぐ月の光は、森の輪郭を白く浮き上がらせ、窓際に座る二人の影を室内の床へと長く濃く落としている。
「……信じられないほど、美しい光ですね」
コルネリアが感嘆の溜息を漏らし、夜空を見上げたまま目を細める。
カエラムもまた、温かい茶の入った湯呑みを手に持ったまま、静かに空を仰いでいた。
「王都で生活していた頃の私は、この空を見上げる余裕すら持ち合わせていませんでした。夜はただ、翌日の激務に備えて身体を休めるためだけの暗闇であり、月がどれほど美しく輝いていようとも、私の視界に入ることは決してなかったのです」
彼の低い声が、夜の静寂の中に静かに響く。
カエラムは視線を空から隣に座るコルネリアへと移し、彼女の横顔を月明りよりもさらに優しい眼差しで見つめた。
「ですが今、私はこうしてあなたと共に季節の移ろいを感じ、夜空の美しさに心を動かされている。私の単調だった人生に、上を見上げる喜びを与えてくれたのは他でもないあなたなのですよ」
その言葉に含まれた重みと深い感謝の念に、コルネリアの胸の奥が温かな熱で満たされていく。
彼女は言葉の代わりに、皿の上から鮮やかな山吹色のお団子を一つ摘み上げ、カエラムの口元へと差し出した。
「お味見をどうぞ、カエラム先生。私と先生が一緒に作った、秋の恵みですわ」
カエラムは彼女の手から直接そのお団子を口へと含んだ。
歯を押し返すような心地よい弾力とともに、カボチャの素朴で濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。
一切の雑味がない丁寧に裏ごしされた滑らかな舌触りは、二人が協力して時間をかけて作り上げたからこそ生み出された極上の味わいだった。
コルネリアも白いお団子を口に運び、穀物本来の繊細な甘みを噛み締める。
「……とても美味しいですね。カボチャの風味が全く損なわれておらず、自然な甘さが冷えた身体を優しく満たしてくれます」
「はい。先生が生地を丁寧に練り上げ、お団子を美しく丸めてくださったおかげですわ。一人で作るよりも、ずっとずっと美味しく感じます」
互いの労をねぎらい合いながら、二人はお団子と温かいお茶を心ゆくまで堪能した。
やがて、夜風が少しずつその冷たさを増し、窓から吹き込む空気にコルネリアがわずかに肩を震わせた。
その微かな変化を決して逃さなかったカエラムは、自身の羽織っていた厚手の上着を脱ぎ、彼女の華奢な肩へと掛けた。
それだけでなく、彼は自身の長い腕を彼女の背中に回し、体温を分け与えるようにしてその身体を自身の胸へと静かに引き寄せたのである。
「せ、先生……」
「今夜は格別に冷え込みますからね。こうしていれば、風邪を引くこともありません」
彼の体温と、石鹸の香りがコルネリアの五感を甘く包み込む。
彼女は抵抗することなくその腕の中に身を委ね、彼の胸の鼓動を背中で直接感じながら、再び夜空の満月を見上げた。
「月が、とても綺麗ですね」
カエラムが彼女の耳元で、低く、甘く囁いた。
その言葉の裏に隠された意味を――多くの書物を読んできたコルネリアが知らないはずはなかった。
そして、今の二人には、その言葉の真意を照れ隠しで誤魔化すような距離感はすでに存在していない。
コルネリアは彼の上着の端を両手でぎゅっと握りしめ、彼の胸に自身の背中をさらに深く預けながら、心からの愛を込めて返答を紡いだ。
「ええ……私、先生とずっと一緒に、これからもこの美しい月を見上げていきたいですわ」
その答えに満足したように、カエラムは彼女の髪に愛おしそうに自身の頬を擦り寄せ、抱き寄せる腕の力をさらに強くした。
皓々《こうこう》と照らす満月の光の下、窓際で寄り添う二人の影は完全に一つに重なり合っている。
花瓶に活けられたススキが夜風に微かに揺れる中、欠けることのない見事な月のように、決して揺らぐことのない互いの強い絆を確かめ合いながら――。
静寂に包まれた秋の夜長は、二人の間を流れるどこまでも甘く穏やかな熱と共にゆっくりと更けていった。




