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冤罪で追放された伯爵令嬢は、森の奥の診療所で天才医師の胃袋を掴み、愛されながら幸せなスローライフを満喫します  作者: 白月つむぎ


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67 先生が私を見つけて、命を救い出してくださったからですわ

 森の木々が鮮やかな赤や黄金色に染まり切り、吹き抜ける風が心地よい冷たさと共に落ち葉の乾いた香りを運んでくる季節。


 カエラムとコルネリアは、以前から約束を交わしていた秋の収穫祭を楽しむため、二人で連れ立って賑わう街へと足を運んでいた。

 街の入り口を抜けると、そこはすでに別世界のような活気に満ち溢れていた。


 通りには色鮮やかな豊穣の旗が風にはためき、夕暮れに向けて準備されたカボチャや木の実を模したランタンがあちこちに飾り付けられている。

 広場に並ぶ無数の屋台からは、香ばしく焼かれた肉の匂いや甘く煮詰められた果実の芳香が絶え間なく漂い、行き交う人々の熱気と笑い声が空高く響き渡っていた。


「すごい人出ですね。はぐれないように、どうか私から離れないでください」


 周囲の喧騒の中、カエラムがスッと右手を差し出す。

 コルネリアが少し照れくさそうにその手を取ると、彼は彼女の細い指を自身の大きな手でしっかりと包み込み、決して離さないように愛情を込めて握りしめた。


 彼の規則正しい体温が手袋越しに伝わり、コルネリアの胸の奥を甘くくすぐる。

 二人は肩を寄せ合いながら、収穫祭の活気の中をゆっくりと歩き出した。

 珍しい工芸品や色とりどりの秋の果実が並ぶ屋台を眺めながら歩いていると、ふいに、人混みの向こうから元気いっぱいの声が飛び込んできた。


「あ! カエラム先生! コルネリアお姉ちゃん!」


 声の主は、貧民区で暮らしている少年――ニコであった。

 彼はカエラムたちの姿を認めるや否や、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。


 その後ろからは、親友のラケルと、意志の強いルビーの瞳を輝かせたルーシーが小走りで追いかけてくる。

 そして三人の子供たちの後ろには、穏やかな微笑みを浮かべたニコの母親――トリナが、しっかりとした足取りで歩み寄ってきていた。


「ニコ君、ルーシーちゃん、ラケル君。それにトリナさんも。皆様、お元気そうで本当に何よりです」


 コルネリアが子どもたちの目線に合わせてしゃがみ込み、柔らかな笑顔を向ける。

 かつて過労と栄養失調で倒れ、死の淵を彷徨っていたトリナの姿はそこにはなかった。

 彼女の頬には健康的な血色が戻り、その瞳には生きる活力と息子への深い愛情がしっかりと宿っている。


「先生、コルネリアさん。その節は、本当に命を救っていただきありがとうございました。夫も出稼ぎから無事に帰ってきまして、今は家族三人で、ささやかですが幸せに暮らしております」


「俺、最近は父さんの仕事や、家の薪割りも手伝ってるんだ!」


 トリナが深く頭を下げる横で、ニコが自慢げに自身の細い腕を叩いてみせる。


「ちょっと薪を割ったくらいで威張らないの! あたしの方が、マルタおばあちゃんのお手伝いでいっぱい荷物を運べるんだからね!」


「ふたりとも、先生たちの前で喧嘩しないでよ……でも先生、ニコのお母さんがすっかり元気になって、僕たちも本当に嬉しいんだ」


 ルーシーが勝ち気な笑みを浮かべてニコをからかい、ラケルが優しく二人を宥める。

 貧しくとも互いを思いやり、笑顔で支え合う彼らの姿を見て、カエラムは丸メガネの奥のアンバーの瞳を深く和らげた。


「ええ。トリナさんがご健康を取り戻され、こうしてご家族で収穫祭を楽しんでいらっしゃる姿を拝見できて、医者としてこれ以上の喜びはありません。どうかこれからも、お身体を大切になさってくださいね」


 トリナと子どもたちに温かい別れを告げた後、二人は街の中央に位置する最も大きな広場へと辿り着いた。

 そこでは、今年の豊かな実りを祝うための、巨大な鉄鍋による秋の振る舞いスープが作られていた。


 数人の屈強な男たちが、大人の背丈ほどもある長い木の棒を使って大鍋の底から具材を力強くかき混ぜている。

 鍋の中では、大きく切り分けられたカボチャやニンジン、カブなどの根菜類が、厚切りの塩漬け肉や森で採れた数種類の茸とともに、ぐつぐつと音を立てて煮込まれていた。

 野菜の自然な甘みと、肉から溶け出した濃厚な脂、そして茸の芳醇な香りが広場全体に充満し、人々の強烈な食欲を刺激している。


「少しここで待っていてください。私が二つ、もらってきましょう」


 カエラムが列に並び、二つの木製の器になみなみと注がれた熱いスープを手にして戻ってきた。

 広場の隅にある木箱に並んで腰掛け、二人は湯気を立てるスープを口に運んだ。


「……とても美味しいですわ! カボチャの甘みがスープ全体に溶け込んでいて、厚切りのお肉の塩気と見事な調和を生み出しています」


「ええ。何時間も煮込まれたことで、根菜の芯まで旨味が染み渡っています。秋の恵みがすべて凝縮されたような、素晴らしい味わいですね」


 秋の冷たい風に晒されていた身体が、温かいスープによって芯からじんわりと解れていく。

 二人で器を抱え、ふうふうと息を吹きかけながらスープを味わっていると、ふと、少し離れた場所に設けられたささやかな出店の前に、見覚えのある老翁ろうおうの姿を見つけた。


「あちらにいらっしゃるのは……ジェドさんではありませんか?」


 コルネリアの声にカエラムが視線を向けると、そこにはかつて夏の猛暑の中で倒れ、二人が命を救った元荷運び人の老人――ジェドが立っていた。

 彼の前にある小さな木台には、色鮮やかな巨大なカボチャや、艶やかな大根、土の香りを残した立派な根菜がいくつも美しく並べられている。


「ジェドさん、こんにちは。素晴らしいお野菜ですね。こちらで出店を出されていらっしゃるのですか?」


 カエラムたちが歩み寄って声をかけると、ジェドは日焼けした顔に刻まれた深い皺を寄せ、相好そうごうを崩して喜んだ。


「おや、カエラム先生にコルネリアさん! お会いできて光栄です。ええ。出店などと大層なものではありませんが、息子夫婦の家の庭で毎日世話をしている家庭菜園の野菜が、今年も随分と立派に実りましてね。自分たちだけでは到底食べきれないものですから、こうして街の人たちにお裾分けをしているのですよ」


 ジェドはかつての孤独で生きる希望を失っていた姿とは別人のように、自身の育てた野菜を誇らしげに見つめていた。

 息子夫婦の家で土に触れ、命を育むという新たな役割を見つけた彼の足取りは、誰よりも力強く、希望に満ちていた。


「まあ、なんて立派なカボチャなのでしょう。ジェドさんが毎日たっぷりの愛情を注いでいらっしゃるのが、お野菜の艶から伝わってまいりますわ」


「お褒めいただきありがとうございます。そういえば、先生たちもご自宅で何かお野菜を育てていらっしゃるのでしたかな?」


 ジェドの問いかけに、コルネリアは嬉しそうに目を輝かせた。


「はい! 実は私たちも先日、診療所の裏庭に小さな菜園を作りまして、カブと大根、ほうれん草の種と苗を植えたばかりなのです。毎日二人でお水をあげて、芽が出るのを心待ちにしているのですよ」


 それを聞いたジェドは、「それは素晴らしい」と深く頷き、菜園の先輩として極めて有益な助言を与えてくれた。


「根菜を育てるのなら、これからの時期は夜の冷え込みに注意が必要です。芽が少し育ってきたら、土の上にしっかりと乾燥させた藁を敷き詰めてあげてください。それが冷たい霜よけの布団代わりになり、土の温度が保たれることで、野菜たちは自ら凍らないようにと糖分を蓄え……驚くほど甘く、美味しい根菜に育つのですよ」


 ジェドの的確なアドバイスに、カエラムとコルネリアは感嘆の声を上げた。


「土の上に藁を敷くのですね。知りませんでしたわ。帰ったら、早速先生と一緒に準備をしてみます」


「お二人が愛情を込めて育てた野菜なら、間違いなく極上の味になりますよ。さあ、これは私からのささやかなおまけです。よろしければ、お持ち帰りください」


 ジェドは一番立派なカボチャを一つ選び、麻の袋に入れて二人に手渡してくれた。

 温かい感謝の言葉を交わし、ジェドと別れた頃には街の空はすっかり深い藍色へと沈み、広場を彩る無数のランタンに一斉に柔らかなオレンジ色の明かりが灯り始めていた。


 幻想的な光の粒が、活気にあふれた街並みを暖かく照らし出す。

 二人は再び手をしっかりと繋ぎ、ランタンの灯りに導かれるようにして森への帰路についた。


「……トリナさんや子どもたち、そしてジェドさん。皆さんが元気で、心から笑っていらっしゃるお姿を見ることができて、今日は本当に素晴らしい一日になりましたわ」


 カボチャの入った袋を片手に持ちながら、コルネリアが幸せそうに微笑む。

 カエラムは歩みをわずかに緩め、繋いだ手の中に自身の指をさらに深く絡ませた。


「ええ。ですが、彼らが今あのように笑って明日を迎えられるのは……あなたが温かい食事を作り、彼らの心に誰よりも深く寄り添い続けてくれたからです。あなたが彼らの暗闇に、優しい光を灯したのですよ」


 カエラムのアンバーの瞳が、ランタンの光を反射してこの上なく甘く、誠実な色を帯びる。


「私の冷え切っていた心を溶かし、生きる喜びを与えてくれたのと同じように……あなたは、この手で数え切れないほどの希望を生み出しているのです」


 彼からの真っ直ぐで深い愛情に満ちた言葉に、コルネリアの胸は甘く締め付けられた。


「……先生が私を見つけて、命を救い出してくださったからですわ。先生の隣にいるからこそ、私は誰かを思う温かさを知ることができたのです」


 冷たい秋の夜風が、二人の間を静かに吹き抜けていく。

 しかし、固く繋がれた手から伝わる確かな熱と、互いを思いやる深い情愛が、いかなる寒さをも寄せ付けることはなかった。


 ジェドから教わった藁の霜よけのこと。

 これから迎える厳しい冬を越えて、甘く育つであろう小さな命のこと。


 明日からの菜園の手入れを二人で楽しみに語り合いながら、ランタンの温かな光に包まれた二人の影は、静かな夜の森へとどこまでも甘く穏やかに溶け込んでいった。

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