48 海からの素晴らしい贈り物をいただきましょう
南の海岸から診療所へと戻り、夏の夕暮れが森の木々の輪郭を濃い紫色の影で塗り替えていく頃。
診療所の窓から見える庭先では、カエラムが朝方に予言していた通りノウゼンカズラの蔓が力強く木々に絡みつき、情熱的なオレンジ色の花を無数に咲かせていた。
夕闇が迫る中、その鮮やかな色彩は室内のランプの灯りに照らし出され、まるで静かな森の中に幾つもの小さな炎が灯ったかのように、極めて幻想的な美しさを放っている。
潮風を浴びて心地よい疲労を纏った二人は、交代で手早く身を清め、夕食の準備に取り掛かった。
コルネリアは涼やかな部屋着に着替えると、海から持ち帰ったばかりの瑞々しい海の幸をかまどへと運んだ。
まずは、カエラムが釣り上げた大きなスズキの鱗を刃物で丁寧に取り除き、内臓を処理して、その分厚い白身に火が通りやすいよう数箇所の切り込みを入れる。
十分に熱を持たせた鉄の鍋に、森で摘んだ香草と、鼻を突く芳醇な香りのする薬草の根を細かく刻んで敷き詰め、その上にスズキの身を横たえた。
さらにその周囲を囲むように、彼女が波打ち際の砂浜から掘り出したアサリと、岩場から集めたムール貝を惜しみなく配置していく。
仕上げに、以前の晩酌の際に開栓して残っていた、琥珀色の透き通った上等な白ワインを瓶から贅沢に注ぎ入れた。
かまどの炎が鉄鍋の底を熱し、やがて重い蓋の隙間から、魚介の濃厚な旨味とワインの果実の香りが混ざり合った濃密な蒸気が、診療所の空間の隅々にまで満ちていった。
「先生、準備が整いましたわ。海からの素晴らしい贈り物をいただきましょう」
円卓には、魚の皮目が柔らかく蒸し上がり、貝の口が大きく開いた豪快な料理が運ばれた。
カエラムはグラスに、残りの白ワインを静かに注ぎ分ける。
「……今日、あなたが海で見せてくれたあの無邪気な笑顔に」
「ええ。そして、先生が見せてくださった新しい青い景色に」
二つのグラスが触れ合い、透明感のある澄んだ音が室内に響く。
コルネリアがワインを一口含めば、果実の凝縮された強い甘みが喉を通り、胃の腑へと心地よい熱を運んでいく。
続いて、白ワインで蒸し上げられたスズキの身を口に運んだ。
噛み締めるごとに、淡白ながらも深みのある白身の旨味が溢れ出し、そこに貝から出た濃厚な出汁の塩気が絶妙な調和をもたらしている。
森の香草の清涼感が後味を引き締め、ワインの甘みがそれらすべてを優しく包み込んでいった。
「自分たちの手で収穫したものを、こうして共に味わう。これ以上に満ち足りた食事を、私は他に知りません」
カエラムが心からの充足を口にし、魚の身を丁寧に切り分けながら穏やかな瞳で彼女を見つめる。
――夜が更けるにつれ、診療所の窓の外ではノウゼンカズラのオレンジ色の花が夜風に揺れ、独特の野性味のある甘い香りを室内に送り込んできた。
アルコールの熱が血を巡り、身体の芯から緊張を解きほぐしていく。
二人は食事を進めながら、昼間に共有した特別な時間の余韻を語り合っていた。
「海辺で私のドレスの裾が波で濡れてしまった時は、どうなることかと思いましたわ」
「ええ。ですが、あなたは全く落ち込むことなく、濡れた衣服のまま笑い声を上げていましたね。あの時のあなたの姿は、背後に広がる海よりも遥かに美しく、私の目に焼き付いていますよ」
コルネリアの生来の性質による思わぬ不運すらも、今や二人の間では愛おしい記憶の欠片として、穏やかな笑い話へと昇華されている。
やがて食事が終わり、グラスに残ったわずかなワインを傾けるだけの時間になると、二人の間に流れる空気は言葉を介さない極めて濃密な熱を帯び始めていった。
コルネリアは少しだけ重くなった瞼を上げ、目の前に座るカエラムを真っ直ぐに見つめた。
彼がかけている丸メガネの奥のアンバーの瞳には、かつて医師として自分を救ってくれた時のような冷静な光は存在しない。
そこにあるのはただ一人の女性として自分を求め、自身のすべてを捧げて慈しもうとする、抗い難いほどに深く――熱烈な情愛だった。
アルコールの影響か、普段は理性の奥底に仕舞い込んでいる彼の大人の男としての感情の蓋が、今日はわずかに外れているようだった。
カエラムは一切の迷いのない動作で椅子から立ち上がり、彼女のすぐ隣へと座り直した。
二人の肩が微かに触れ合い、衣服越しに伝わる互いの高い体温が、熱を孕んだ夜風よりも遥かに鮮明に意識を刺激する。
恋愛というものに不慣れで誰かを深く慕う感情に戸惑い続けていた二人にとって、この至近距離はどのような高度な外科手術よりも呼吸を浅くさせるものだった。
「私は……あなたがこの場所へ来てくれるまで、自身の孤独すら自覚せずに生きてきました」
カエラムの声は夜の静寂に溶け込むほどに低く――そして、切実な響きを持っていた。
「不器用で、医療以外の生活能力にひどく欠ける私を、あなたはこうして支え、温かい食事を作り、慈しんでくれる。今の私は、あなたという存在なしでは一日を終えることすらままなりません」
カエラムは自身の大きな手を伸ばし、彼女の白く細い手を優しく包み込んだ。
コルネリアは逃げることなく、熱を帯びて潤んだペリドットの瞳で彼を見つめ返す。
彼女の指先が彼の掌の中で微かに震え、高鳴る鼓動が肌を通じてダイレクトに伝わっていく。
「先生……私も、同じ思いですわ。不運体質に翻弄され、家族からも居場所を奪われた私を、初めてそのままの姿で受け入れてくださったのは、あなただけでした。あなたのその不器用なところも、私を救ってくださった温かな手も、私はすべてをお慕いしております」
互いの視線が深く絡み合い、もはやそれ以上の言葉での説明は不要となった。
カエラムは包み込んでいた彼女の手を一度離し、ゆっくりと自身の腕を上げた。
そして、壊れ物に触れるような細心の注意を払いながら、彼女の艶やかなホワイトブロンドの前髪へと自身の指先を滑らせた。
彼女の白い額を隠していた柔らかな髪を、カエラムの指が優しく横へと払う。
露わになった彼女の額へ向けて、カエラムは自身の顔をゆっくりと近づけていった。
そして、彼女の額の中央に、自身の唇を静かに押し当てた。
――直接的な熱の触れ合い。
コルネリアの全身に、甘い痺れのような衝撃が駆け抜けた。
彼の唇から伝わる柔らかな圧力と、規則正しく刻まれる吐息の熱。
それが自身の肌に確かな印として刻み込まれる感覚に、彼女は息を呑み、自らの瞳をゆっくりと閉じてその温もりを受け入れる。
コルネリアは自身の両手を彼の胸元へと添え、白衣越しに伝わる彼の強い心臓の音を手のひらで感じ取りながら、至上の幸福に身を委ねた。
「……愛しています、コルネリアさん。これからの人生のすべての時間を、私に預けてはくれませんか」
唇を離したカエラムが、至近距離で彼女を見つめながら囁く。
その瞳の奥には、抑えきれないほどの甘美な熱と、彼女を誰にも渡さないという静かな決意が満ち溢れていた。
「はい……喜んで。私のすべては、すでに先生のものですわ」
窓の外では、ノウゼンカズラの鮮やかなオレンジ色の花が、夜の静寂の中でいっそう色濃く咲き誇っている。
上質な白ワインの芳醇な余韻と、夏の夜風の心地よい湿り気。
孤独と不運に傷ついていた二人が、ようやく手に入れた真実の熱。
診療所を包み込む柔らかな灯りの中で、大人の男女の甘やかな時間は、ただ互いの存在を渇望し、深く慈しみ合う――どこまでも満ち足りた夜の底へと静かに更けていった。




