4 皆様でお昼ご飯を作りませんか?
床に散乱してしまった大量の荷物を三人でなんとか拾い集め、部屋の隅にある小さなキッチンカウンターの上に並べ終えると、コルネリアは思わず目を丸くした。
破れた大きな紙袋の中から出てきたのは、どれもこれも驚くほど新鮮で、色鮮やかな食材ばかりだったのだ。
瑞々しい薄緑色の春キャベツに、太陽の光をたっぷり浴びた赤色のトマト。
確かな重みのある立派な鶏肉の塊。
さらには高価な瓶入りの牛乳や、濃厚な乳白色をしたヨーグルト、甘い香りを放つ果物までがたっぷりと詰め込まれている。
「ずいぶんと新鮮で、豪勢な食材を買われたのですね。これほどの量を一人で消費するのは大変でしょうに」
コルネリアが感嘆と共に問いかけると、カエラムは寝癖のついた翡翠色の髪を軽く掻き、どこか気まずそうに視線を泳がせた。
「ええ、少し奮発してしまいました……骨の再生と深い傷の回復には、良質な栄養素が不可欠ですからね。怪我人が味気ない食事ばかりでは、気分も滅入ってしまうでしょうし」
彼が普段どのような食事を摂っているのか、コルネリアは知らない。
しかし、診療所の乱雑な有様や、数日前まで食事をとることすら忘れて倒れていた彼の様子を思えば――これらが自分自身のために買ったものではないことくらいは容易に想像がついた。
医者としての治療の一環だというもっともらしい建前を並べてはいるが、要するに怪我をしている彼女に美味しいものを食べさせて、少しでも体力をつけさせようとしてくれたのだ。
その不器用で、ひどく遠回りな気遣いが、コルネリアの胸の奥にじんわりとした温かさを広げていく。
「お気遣い、ありがとうございます。せっかくですから、これらの食材を使って、皆様でお昼ご飯を作りませんか? ニコ君も、お腹が空いているでしょう?」
「えっ、俺も食べていいの!?」
コルネリアが微笑みかけると、ニコの空色の瞳が期待に大きく見開かれた。
かくして、狭いキッチンスペースでの慌ただしくも賑やかな調理が始まった。
ニコが木箱の踏み台に乗って、冷たい水で野菜や果物を丁寧に洗い清め、コルネリアが動く右手と口を器用に使って全体に指示を出していく。
カエラムは言われた通りに包丁を握ったが、その独特な手つきを見たコルネリアは思わず深い大きなため息をついた。
「先生、いくら刃物の扱いが完璧だからといって、サンドイッチに挟む鶏肉を、向こう側が透けて見えるほど極薄に切り分ける必要はありませんよ。それは医療用の道具ではありませんから、もう少し厚みを持たせてくださいな」
「む……均等な薄さの方が、中心部までの火の通りが完璧に計算できると思ったのですが。料理というのは、医療とはまた違う奥深さがあるのですね」
真面目な顔で少しだけ悔しそうに引き下がる彼の姿に、コルネリアとニコは顔を見合わせて楽しげに笑い合った。
そんな小さな騒動を経ながらも、やがて二種類の素晴らしいサンドイッチが完成した。
一つは、香草をまぶして表面に香ばしい焼き色がつくまで火を通した鶏肉と、柔らかい春キャベツを酸味のある特製マリネ液で和えたものを挟んだ、食べ応えのあるおかずのサンドイッチ。
もう一つは、新鮮な果物を大きめに切り分け、水切りをして濃厚さを増したヨーグルトと共に柔らかいパンで挟み込んだ、まるで宝石箱のような甘いフルーツサンドである。
「せっかくお天気も良いですし、外でいただきましょう。診療所の裏手に、綺麗な小川が流れていましたよね」
コルネリアの提案に賛成し、カエラムが大きな籠にサンドイッチや飲み物を手際よく詰め込む。
左腕を布で吊り、右足を引きずるコルネリアの背中をカエラムがそっと支え、ニコが先導するように嬉しそうに前を歩いて、三人は春の日差しが降り注ぐ小川のほとりへと向かった。
診療所を抜けた先には、青々とした生命力に溢れる草花が絨毯のように広がり、澄み切った水面が太陽の光を反射して眩いほどに輝いていた。
吹き抜ける春の風はひどく心地よく、頬を撫でる空気に冬の冷たさは全く感じられない。
カエラムが広げた清潔な麻布の上に腰を下ろし、それぞれが好みのサンドイッチを手にとった。
「では、いただきましょうか」
コルネリアが穏やかに微笑み、右手に持ったフルーツサンドを口へ運ぼうとした――まさにその瞬間だった。
穏やかだったはずの風が唐突に向きを変え、鋭い突風となって三人の間を激しく吹き抜けた。
風はコルネリアの手元を正確に狙い打ち、彼女が持っていたフルーツサンドが、指の間から無残にも滑り落ちていく。
またしても、彼女の特異な不運体質の発動だった。
ただ食事をしようとしただけなのに、よりにもよって自分が食べるはずだった甘い果物のサンドイッチが、泥まみれの地面へと落下しようとしている。
「あっ……」
抵抗することもできず、悲痛な声を上げかけたコルネリアの目の前で、信じられない光景が起こった。
隣に座っていたカエラムが、普段のぼんやりとした様子からは到底想像もつかないほどの尋常ではない反射神経で腕を伸ばし、地面に激突する寸前のサンドイッチを空中で見事に掴み取ったのだ。
柔らかいパンの形を崩すこともなく、間に挟まれた果物を落とすこともない。
――それはまさに、数々の命を救ってきた医者としての、神業的な手先の感覚だった。
「危ないところでしたね。落としてしまっては勿体ないですから」
カエラムは何事もなかったかのように平然とした顔で、救出したフルーツサンドをコルネリアの右手へとそっと戻した。
いつもなら、このまま地面に落ちて泥まみれになり、惨めな思いをして諦めるはずの不運。
それが今、この不器用で優しき恩人の手によって、未然に防がれたのだ。
ほんの些細な出来事かもしれないが、コルネリアの心にはこれまでにない確かな安堵が広がっていた。
彼と一緒にいれば、自分の理不尽な不運も、もう決定的な悲劇を迎えることはないのかもしれない。
「……ありがとうございます、先生」
柔らかく微笑み返し、コルネリアは改めてサンドイッチを口に運んだ。
ヨーグルトの爽やかな酸味と、果物から溢れ出す濃厚な甘みが、口の中いっぱいに広がっていく。
隣を見ると、ニコも同じようにフルーツサンドを両手で持ち、夢中でかじりついていた。
彼は大きく目を見開き、何度も瞬きを繰り返している。
「これ……すっごく美味しい! こんなに甘くて美味しいもの、俺、生まれて初めて食べたよ……!」
感動のあまり、ニコの空色の瞳から大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちていた。
国から見放された貧民街でその日暮らしをしている彼にとって、新鮮な果物や乳製品をふんだんに使った甘い食べ物など、夢のまた夢であったのだ。
涙で顔を濡らしながら、それでもニコは幸福に満ちた表情で口を動かし続けている。
「コルネリアさんの的確な指示で作ると、ただの食材がまるで魔法にかけられたように美味しく変わりますね。本当に、素晴らしい腕前です。これなら、あなたの怪我もすぐに良くなるでしょう」
カエラムもまた、香草焼きチキンのサンドイッチを深く味わいながら、心からの称賛を口にした。
丸メガネの奥にあるアンバーの瞳が、春の陽だまりのように温かく細められている。
彼らの飾らない言葉を聞きながら、コルネリアは静かにゼサリア・オル王国での日々を思い出していた。
伯爵令嬢として、そして未来の王太子妃として、彼女はこれまで数え切れないほど豪華絢爛な晩餐会に出席してきた。
王城の厨房では国中から集められた一流の料理人が腕を振るい、平民が一生かかっても目にすることのないような希少な高級食材が、惜しげもなくテーブルに並べられていた。
しかし、美しく飾られたその食卓で交わされるのは、権力者たちの醜い虚栄と、終わりのない足の引っ張り合いばかりだった。
誰が誰を陥れるか、誰が誰に媚びを売るか。
すべての言葉の裏に毒が潜んでいるような緊張と偽りに満ちた空間で、料理の本当の味など感じたことはただの一度もなかった。
――けれど、今はどうだろうか。
身に覚えのない罪で故郷を追放され、片腕の自由を奪われ、椅子すらない粗末な布の上に座っている。
それなのに、不恰好に切り分けられたこの素朴なサンドイッチが、これまでの人生で食べてきたどんなに高価な料理よりも、ずっと深く心を真っ直ぐに満たしていくのを感じていた。
心地よい春の風が、三人の間を再び優しく吹き抜けていく。
小川の絶え間ないせせらぎと、木々の間で歌う小鳥たちの声に包まれながら、コルネリアの胸の奥で硬く凍りついていた孤独と絶望が、確かな温もりによって少しずつ溶け出していくのを感じていた。




