19 ちょうど夕食の準備ができたところですよ
作業開始から数日。
森の診療所は、薬草を煮詰める特有の強烈な香りと、大鍋から立ち上る凄まじい熱気に包まれていた。
赤い針虫の異常繁殖を根本から抑え込むための薬液作りは、カエラムの予想を遥かに超える過酷な労働であった。
森の奥深くに潜む泥地は広大であり、そこに散布して確実な効果を発揮させるためには、樽いくつ分もの濃縮された液が必要となる。
カエラムは不眠不休で巨大な鉄鍋に火をかけ、複雑な手順で香草を調合し続けていた。
コルネリアもまた、彼の指示に従って香草を刻み、途切れることなく重い薪を運び続けた。
ようやく最後の鍋の火を落とし、大量の薬液がすべて完成した時――外はすでに夕暮れの時間を迎えていた。
カエラムは椅子に深く腰掛けたまま、机の上に上半身を突っ伏して深い眠りに落ちていた。
長時間の火の管理と精神を削る調合による疲労が、彼の体力を完全に奪い去っていたのである。
コルネリアは、彼を起こさないよう足音を殺して机に近づいた。
急激に冷え込み始めた秋の夕暮れ時に、薄い衣服のまま眠ればすぐに風邪を引いてしまう。
彼女は部屋の奥の棚から、分厚く温かなブランケットを取り出した。
それは以前、マルタの命を救った際に彼女から深い感謝とともに贈られた大切な毛布であった。
コルネリアは、その温かなブランケットをカエラムの広い背中へ丁寧にかける。
規則正しい寝息を立てるカエラムの顔には、普段彼がかけている丸メガネがそのまま残されていた。
机に押し付けられた拍子に彼の顔に傷をつけてしまわないかと危惧し、コルネリアは彼に顔を近づけた。
緊張した手つきで、彼の耳元から丸メガネのつるを持ち上げ、顔から慎重に外していく。
彼が目を覚ますことはなく、無事にメガネを机の端へ置くことに成功した。
安堵の息を吐き出し、コルネリアは至近距離でカエラムの寝顔を観察した。
無精髭に覆われた顎の輪郭や、鼻筋の通った大人の男性らしい骨格。
しかし、閉じられた瞼の先にあるまつ毛が、女性である彼女の目から見ても驚くほど長く、美しい弧を描いていることに気がつく。
普段は丸メガネの奥に隠されているその無防備な特徴を発見し、コルネリアの唇に自然な微笑みが浮かんだ。
以前のように心臓が狂ったように脈打つことはない。
今はただ、この疲弊しきった不器用な男性を労わりたいという、深く穏やかな愛情が胸の奥を満たしていた。
――彼が目覚めるまでに、夕食の準備を終わらせておかなければならない。
コルネリアはキッチンスペースへと移動し、食材の置かれた籠の中を見た。
そこには、先日毒虫の被害から救った貧民区の農夫が、「先生と助手さんへのお礼に」と言って昨日届けてくれた、泥つきの立派な秋野菜が大量に積まれていた。
オレンジ色の中身を持つ芋、大地の力強さを感じさせる太い根菜、そして甘みを含んだ丸い野菜たち。
コルネリアはそれらを冷たい水で丁寧に洗い、皮を剥いて大きな一口大に切り分けていく。
厚手の鉄鍋をかまどにかけ、少量の油を引く。
以前購入して保存しておいた塩漬けの肉の塩を抜き、厚く切って焦げ目がつくまで火を入れる。
そこへ切り分けた大量の秋野菜を投入し、肉の旨味を絡ませるように炒め合わせる。
全体に火が通ったところで、綺麗な水を注ぎ入れ、蓋をして弱火で長時間の煮込み作業に入った。
時間が経過するにつれ、診療所の中を満たしていた薬草の強い匂いが、次第に料理の香りに上書きされていく。
野菜の持つ自然な甘みと、塩漬け肉の芳醇な旨味が溶け合った、素朴でありながらも心を深く解きほぐすような香りが部屋の隅々にまで広がっていった。
鍋の中の液体が減り、野菜の角が崩れるほど柔らかく仕上がったことを確認し、コルネリアは味を調えて火を止めた。
その温かな香りに誘われたのか、机に突っ伏していたカエラムがくぐもった声を出して身じろぎをした。
「……良い匂いがします」
カエラムは重い瞼を開き、周囲を見渡した。
自身の背中に温かいブランケットが掛けられていること、そして顔から丸メガネが外されていることに気がつき、慌てて机の上を探ってメガネを顔にかけ直した。
「おはようございます、カエラム先生。ちょうど夕食の準備ができたところですよ」
「申し訳ありません。最後の調合を終えたところで、どうやら限界を迎えていたようです。またあなたに世話を焼かせてしまいましたね」
カエラムは寝癖のついた翡翠色の髪を手で整えながら、気恥ずかしそうに椅子から立ち上がった。
机の上に、湯気を立てる熱々の煮込み料理が盛られた木皿が運ばれてくる。
二人は向かい合い、手を合わせてから木の匙を手に取った。
カエラムが大きく切り分けられた芋と肉を口に運ぶ。
長時間の煮込みによって完全に繊維が解けた肉と、舌の上で崩れるほど柔らかい野菜の甘みが、疲労困憊した彼の身体の隅々にまで浸透していく。
「これは……素晴らしい味わいです。野菜の甘みがここまで引き出されているとは」
「先日助けた農夫の方が届けてくださった秋野菜です。大地の恵みが詰まっていますから、きっと先生の疲れを癒してくれますよ」
カエラムは何度も頷きながら、匙を動かす手を止めなかった。
空腹と疲労の極致にあった彼の身体にとって、その温かい煮込み料理はまさに命を繋ぐ糧であった。
器の中をすべて空にしたカエラムは、熱い茶で喉を潤し、深い満足感とともに大きく息を吐き出した。
「こんなに美味しい料理を毎日食べられて、私は本当に幸せ者ですね」
嘘偽りのない、心からの賛辞であった。
彼からの称賛の言葉に、コルネリアは頬を微かに染めて微笑んだ。
「お粗末様でした。ですが、先生。これで終わりではありませんよ。明日は早朝から、森の奥の泥地へ向かわなければなりませんから」
「ええ、分かっています。今日作り上げたこの大量の薬液を泥地に散布して、赤い針虫の繁殖を完全に断ち切る。それが終わって初めて、私たちはこの脅威を乗り越えたと言えるのです」
二人の視線が交差し、互いの決意を確認し合う。
明日の作業は、広大な泥地に重い薬液の入った樽を運んで撒いて回るという、今日以上の重労働になることが予想される。
さらに、道中にはまだ毒虫が潜んでいる危険性も極めて高い。
しかし、二人で共に立ち向かうという事実が、あらゆる恐怖や不安を打ち消していた。
「明日に備えて、今日はもう休むことにしましょう。先生は連日の作業で睡眠が足りていませんから」
「そうですね。君も、薪運びで無理をして腕が疲れているはずです。明日に響いてはいけません」
食卓の片付けを二人の手で手早く終わらせ、診療所の中を整える。
カエラムが水桶から水を汲み、火の気がないことを確認して回る。
コルネリアは明日の朝すぐに着替えられるよう、厚手の衣服と手袋を用意して長椅子の上に並べた。
すべての準備が完了し、カエラムが机の上のランプの火を小さく絞った。
室内の光が落ち、暖炉の奥で燃え残った薪が時折赤い火の粉を上げて爆ぜる光だけが、壁に柔らかな影を作っている。
二人はそれぞれの寝台の前に立ち、互いに向き合った。
「おやすみなさい、カエラム先生。明日は私が早く起きて、出発の準備を整えておきますね」
「おやすみなさい、コルネリアさん。明日の大仕事、よろしくお願いします」
言葉を交わした後、二人はそれぞれの寝台に横たわり、厚い毛布を首元まで引き上げた。
明日の過酷な作業に対する少しの緊張感と、それ以上の深い安心感が診療所の中に満ちている。
窓の外からは秋の冷たい夜風が吹き付ける音が聞こえてくるが、コルネリアの心は信じられないほど穏やかだった。
目を閉じれば、数歩先にあるもう一つの寝台からカエラムの規則正しい呼吸音が微かに聞こえてくる。
その音がもたらす絶対的な安堵感に身を委ねながら、コルネリアは明日から続く新しい日々への希望を胸に、深い眠りの底へと沈んでいった。




