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冤罪で追放された伯爵令嬢は、森の奥の診療所で天才医師の胃袋を掴み、愛されながら幸せなスローライフを満喫します  作者: 白月つむぎ


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174 すぐにお身体が温まるお食事を用意いたしますわ!

 思いがけない野生の恵みを収穫し、カエラムとコルネリアが診療所へ戻ってきた頃には、太陽が完全に木々の高さを越え夏の鮮やかな光が窓からまっすぐに差し込んでいた。


 コルネリアが腕に抱えたかごの中には、先ほどの不運な事故のおかげで発見することができた野生の木苺が溢れんばかりに収穫されている。

 赤い果実はどれも極限までじゅくしきっており、キッチンに置いただけで、甘酸っぱい香りが部屋全体を満たしていった。


 すぐにでも自分たちの朝食の準備に取り掛かりたいところであったが、コルネリアにはその前に果たすべき大切な日課があった。

 彼女の足元で尻尾を激しく振り回し、期待に満ちた視線を向けている小さな家族への食事の提供である。


「コユキ、お待たせいたしましたね。今朝はまたしても助けていただいたので、特別なお肉を追加しますわ」


 コルネリアの優しい声かけに、コユキは顔を上げて愛らしく鳴いた。


「ワフン!」


 その声に応えるように、コルネリアは木製の器を用意した。

 細かく切り分けた新鮮な赤身肉に、火を通した少量の野菜を混ぜ合わせる。

 そして仕上げに、今朝サンディーからしぼったばかりの濃厚のうこうなミルクを温め、たっぷりと回しかけた。


 栄養満点の朝の食事が床に置かれると、コユキは「キュン」と短く歓喜の声を漏らし、即座に器に顔を突っ込んだ。

 小さな身体からは想像もつかないほどの食欲で肉を噛み砕き、温かいミルクを一滴も残さない勢いで平らげていく。


 彼が満足するまで食事を楽しむ背中を優しく撫でてから、コルネリアは改めて、自分たち二人のための朝食作りに向き直った。

 まずは主菜しゅさいの準備である。


 本日の朝食は、裏庭の菜園で収穫したばかりの野菜をふんだんに使った、具沢山の卵焼き――夏野菜のフリッタータを作ることに決めていた。


 コルネリアは冷水で洗った野菜をまな板の上に並べる。

 緑色の鮮やかなピーマンは、中の種を丁寧に取り除いてから細い千切りにする。

 丸々と太ったズッキーニは、その柔らかな食感を活かすために少し厚みを持たせた半月切りに。

 そして、赤い果汁をたっぷりと含んだ完熟のトマトは、熱が通った時に形が崩れすぎないよう、大きめの乱切りに切り分けた。


 分厚い鉄の平鍋をかまどの火にかけ、少量の油を引く。

 そこへズッキーニとピーマンを滑り込ませ、野菜の表面にわずかな焼き色がつくまで炒め合わせる。

 火を通すことでピーマンの青臭さが消え去り、ズッキーニの内部から豊かな甘みが引き出されていく。


 そこへトマトを加え、果肉のふちがわずかに崩れ始めた絶妙な瞬間を見極め、あらかじめ用意しておいた卵液を鍋全体へと一気に流し入れた。

 キビとアワが産んでくれた新鮮な卵には、サンディーのミルクと、細かく削った塩気のあるチーズがたっぷりと混ぜ込まれている。


 鍋の縁から中心に向かって木べらで静かにかき混ぜ、卵が半熟の状態になったところで火から下ろす。

 そして、平鍋のままかまどの奥の熱だまりへと移し、表面が美しい黄金色こがねいろに焼き上がり、中心までふっくらと火が通るのを静かに待った。


 フリッタータを焼き上げている間に、今朝の主役である飲み物の用意に取り掛かる。

 コルネリアは籠の中から特に大粒で赤みの強い木苺を選び出し、清らかな水で優しく洗い上げた。


 小さなすり鉢に果実を移し、木の棒を使って果肉の形が半分ほど残る程度に粗く潰していく。

 鮮やかな赤い果汁が染み出し、キッチンに夏特有の爽やかな酸っぱい香りが広がった。

 それを二つのグラスに均等に分け入れる。


 ここで、コルネリアは自身のグラスの方にだけ、少量の砂糖を振り入れた。

 彼女の愛するカエラムは、甘味の強い食べ物をそれほど得意としていない。

 木苺の持つ自然な酸味と甘みだけで、彼にとっては十分に美味しく感じられるはずである。

 対してコルネリア自身は、少し甘さを足したものが好みだった。


 それぞれのグラスに、消毒のために加熱した後、冷たい水で心地よい温度に冷やしておいたサンディーのミルクを静かに注ぎ入れる。

 赤い果肉と白いミルクが層を作り、飲む直前にさじでかき混ぜることで、目にも美しい淡い桃色の木苺ミルクが完成した。


 ちょうどかまどの中から、卵とチーズが香ばしく焼ける見事な匂いが漂い始める。

 厚手の手袋をして取り出した平鍋の中では、トマトの赤、ピーマンの緑、ズッキーニの淡い黄色が卵の中に美しく散りばめられた、完璧な焼き加減の夏野菜のフリッタータが出来上がっていた。


 切り分けた厚切りのパンと共に、すべての料理を円卓へと並べる。

 向かい合って席につくと、コルネリアは目を閉じ、胸の前で静かに両手を合わせた。


「この森がもたらしてくれた、すべての豊かなお恵みに感謝して。いただきます」


 彼女の敬虔けいけんな動作にならい、カエラムもまた深く頭を下げてから食事の開始を告げた。

 まずはフリッタータを切り分け、口へと運ぶ。

 卵の柔らかな食感の中に、ズッキーニの瑞々(みずみず)しい歯ごたえとピーマンの爽やかな苦味、そしてトマトの強烈な旨味を伴った酸味が次々と現れ、口の中で完璧な調和を生み出している。

 チーズの塩気が全体の味を力強く引き締め、朝の身体に驚くほどの活力を与えてくれた。


 続いて、木苺ミルクのグラスを手に取る。

 カエラムはさじで底の果肉を混ぜ合わせ、一口飲んでから、その絶妙な味わいにアンバーの瞳を深く和らげた。


「……とても美味しいです。ミルクの濃厚なコクの後に、木苺の爽やかな酸味が口の中をすっきりと洗い流してくれます。甘さも私の好みに合わせて極力控えてくれたのですね。あなたの細やかな気遣いに、いつも救われていますよ」


 カエラムの心からの賛辞さんじに、コルネリアは嬉しそうに微笑んだ。


「先生のお口に合って良かったですわ。私のグラスにはお砂糖を少し足しておりますの。同じ森の恵みでも、こうしてそれぞれの好みに合わせていただけるのは、とても贅沢なことですわね」


 足元では、すっかり自身の食事を終えたコユキが、二人の楽しい会話に混ざるようにゆっくりと尻尾を左右に振りながらくつろいでいる。

 巨大な毒蛇どくへびの魔物に遭遇そうぐうした昨日の出来事が遠い過去のように思えるほど、診療所の朝はどこまでも平和で、静かな幸福に満ち溢れていた。


 ――充実した朝食を終えた後、二人はいつものように診療所の仕事へと取り掛かった。

 コルネリアは先日採取した薬草の仕分けを行い、乾燥が必要なものを丁寧に麻紐あさひもで束ねて風通しの良い窓際へと吊るしていく。


 カエラムは治療に使用した金属の器具を熱湯ねっとうにくぐらせて入念に消毒し、午後の回診に向けて数種類の粉薬を調合する作業に没頭していた。

 薬草の清涼せいりょうな香りと、時折響く金属の澄んだ音が、診療所の中に心地よい静けさを生み出している。


 太陽が高く昇り、昼の休息の時間が近づいてきた頃――。

 開け放たれた窓の外から、森の静寂せいじゃくを破るひどく不規則な足音が近づいてくるのを、二人の耳が同時に捉えた。

 地面を重たげに引きずるようなその足音は、明らかな疲労と限界を訴えかけている。


 カエラムとコルネリアが顔を見合わせ、入り口の方へ意識を向けた直後。

 分厚い木の扉が、外から寄りかかられた重みによって力なく押し開かれた。


「……誰か、いるアルか? 助けるヨロシ……もう、お腹が空いて一歩も動けないアル……」


 扉の敷居しきいまたぐと同時に、長椅子へと崩れ落ちるように倒れ込んだ一つの小さな影。

 その人物の頭部には、独特のおだんご状の髪を包み込む赤い絹の細工が施された飾りがつけられている。

 そこからこぼれ落ちる銀色の髪には、森を長期間彷徨っていた証拠である広葉樹の枯れ葉や、細かい小枝が無数に絡みついていた。


 そして何より目を引くのは、彼女の背丈ほどもある、異国の品々が詰め込まれた巨大な荷袋である。

 かつてこの診療所で保護され、自信満々に街へと旅立っていったはずの、極度の方向音痴を患う異国の行商人――ユエフー。

 彼女はまたしても街へ向かう道を完全に間違え、あろうことか街とは正反対の森の深淵しんえんを数日間も彷徨さまよい続けた挙句、奇跡的に再びこの場所へと流れ着いてしまったのだ。


「ああ……また迷子になってしまったのですね」


 カエラムが手元の作業を止め、苦笑いを漏らす。

 コルネリアもまた、すぐに水と食事の用意をするためにキッチンへと足を踏み出しながら、嬉しそうな声を上げた。


「すぐにお身体が温まるお食事を用意いたしますわ! 少しだけ、待っていてくださいね」


 森の境界で野生の恵みを収穫した平和な朝から一転。

 賑やかで危なっかしい異国の友人の来訪によって、静かだった診療所に再び、活気と笑いに満ちた騒がしい日常の風が吹き込み始めていた。

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