172 コユキは私たちの誇りですわ
トリナと三人の子供たちの姿が夏の森の奥へと見えなくなり、辺りに夕暮れの穏やかな静寂が戻ってきた頃――。
カエラムとコルネリアは、激しい緊張から解放された安堵の吐息を一つこぼし、居住区画へと足を踏み入れた。
キッチンのランプに温かな火を灯したコルネリアは、自身の足元で尻尾を左右に揺らしている小さな家族へ向けて、この上なく優しい微笑みを向けた。
「コユキ、今日の一番の英雄には、とびきり特別なお食事を用意いたしますわ。待っていてくださいね」
巨大な魔物ヨルムンガンドを前にしても決して怯まず、子供たちを守るために勇敢に立ち向かった彼への、最大の賛辞とご褒美である。
コルネリアは新鮮な肉をいつもの倍以上の量で切り分け、細かく刻んだ野菜と共に煮込み始めた。
肉の旨味が極限まで溶け出した濃厚なスープをたっぷりと回しかけ、湯気を立てるご馳走が入った木の器を床へと置く。
「ワフン!」
目の前に置かれた特別なお肉の大盛りに、コユキは目を輝かせて愛らしい歓喜の声を上げた。
そして、その可愛らしい外見からは想像もつかないほどの勢いで肉に噛みつき、夢中になって平らげていく。
時折「キュン」と喉の奥から甘く満足げな声を漏らす姿は、森の深淵に潜む魔物を一鳴きで退散させた存在とは到底思えないほどに愛に溢れていた。
「本当に、怪我一つなくて安心いたしました。コユキは私たちの誇りですわ」
コルネリアが食事に夢中になっているコユキの柔らかな背中を両手でたっぷりと撫で回すと、彼は食べる手を止めることなく、嬉しそうに短い尻尾を振り続けた。
小さな勇者の食事を見届けた後、コルネリアは自分たちのための夕食作りに取り掛かった。
魔物との遭遇や治療の緊張によって、二人の身体は想像以上の疲労を抱え込んでいた。
このような夜には、胃腸に優しく、それでいて心まで温めてくれるような滋養のある料理が必要である。
彼女は今朝サンディーから搾り取ったばかりの濃厚なミルクを鍋に入れ、少量の小麦粉と混ぜ合わせながら火にかけた。
焦げ付かないように木べらで丁寧に底からかき混ぜていくと、やがて滑らかな白いソースが出来上がる。
別の鉄鍋には、裏庭の菜園で収穫したばかりの夏野菜をたっぷりと用意した。
輪切りにした緑色のズッキーニ、赤い果汁を滴らせる完熟のトマト、そして黄色い粒が宝石のように輝くとうもろこしである。
これらを軽く火に通して甘みを引き出してから深めの耐熱皿に敷き詰め、先ほど完成した白いミルクのソースを野菜が見えなくなるまでたっぷりと注ぎ込んだ。
最後に、表面へ削ったチーズを山のように盛り付け、強い熱を放つかまどの中へと滑り込ませた。
しばらくすると、かまどの中から表面のチーズが香ばしく焼け焦げる匂いがキッチン全体へ広がり始めた。
厚手の手袋をして取り出した耐熱皿の中では、見事に焼き色のついた夏野菜とミルクのグラタンが完成していた。
円卓へ運び、カエラムと向かい合って手を合わせ、匙を入れる。
熱々の白いソースが野菜にしっかりと絡みつき、口へ運べばミルクの圧倒的なコクと野菜の自然な甘みが完全に調和して舌の上で滑らかに溶けていく。
トマトの心地よい酸味が全体の味を引き締め、濃厚でありながらも決して重さを感じさせない。
緊張で強張っていた身体の芯に、大地の恵みと温もりがじんわりと染み渡り、二人の口から自然と深い安堵の吐息が漏れ出た。
「……素晴らしい味わいです。サンディーのミルクの力強さと、夏野菜の甘みが見事に引き立て合っている。疲労した身体の隅々まで、活力が戻ってくるようですよ」
「ええ。皆様が無事に帰られて、こうして温かいお食事がいただける。これほど幸せなことはありませんわ」
――夕食を終えた後、コルネリアは湯浴みへ向かう前に、もう一つの大切な食材の調理に取り掛かった。
ニコからお礼として手渡された、二つのイチジクである。
少年の小さなポケットの中で押し潰されてしまったその果実は、そのまま生で食べるには少し形が崩れすぎていた。
しかし、そこから漂う甘く芳醇な香りは本物である。
「火を入れて、甘みをさらに引き出す形にいたしましょう」
コルネリアはイチジクの皮を丁寧に剥き、小鍋の中へ並べた。
そこへ少量の水と砂糖を加え、極めて弱い火で果肉の形を整えるように時間をかけて煮込んでいく。
果実の水分と砂糖が溶け合い、鍋の中の液体が美しい琥珀色のシロップへと変化していく。
果肉が限界まで柔らかくなり、特製のイチジクのコンポートが完成したところで火から下ろした。
粗熱を取った後、コルネリアは鍋の周囲に両手をかざし、自身の内側から氷の魔力を引き出した。
指先から極寒の冷気が放たれ、鍋の表面に白い霜を付着させていく。
内部のコンポートは急速に温度を奪われ、夏の夜の甘味として完璧な冷たさへと変化した。
「これで下拵えは完了です。お風呂上がりの時間が楽しみですわね」
準備を終えた二人は、一日の汗と魔物の臭気を洗い流すため、順番に裏庭の温泉へと向かった。
地下から湧き出し続ける大地の熱を含んだ湯の中へ身体を沈めると、筋肉の奥深くに蓄積していた疲労が優しく溶け出していく。
コルネリアは湯船の縁に寄りかかりながら、今日一日の目まぐるしい出来事を思い返し、誰も命を落とすことなく平和な夜を迎えられた奇跡に心から感謝した。
湯浴みを終え、寝間着に着替えた二人は、庭の片隅に置かれている小さな木製の円卓へと向かった。
夏の夜空には無数の星々が瞬き、柔らかな夜風が火照った肌を心地よく撫でていく。
そしてその風に乗って、周囲から甘く――そして、どこか神秘的な花の香りが運ばれてきていた。
庭の奥で星型の小さな花を無数に咲かせている、ナイトジャスミンである。
太陽が沈むと同時に強い香りを放ち始めるこの花は、夏の夜の空気を甘美なものへと染め上げる不思議な力を持っている。
ナイトジャスミンの香りに包まれながら、二人は魔法で冷やしておいたイチジクのコンポートを口へ運んだ。
冷たいシロップをたっぷりと吸い込んだ果肉は、舌の裏に触れた瞬間に抵抗なく崩れ去り、強烈な果実の甘みと砂糖のコクが口いっぱいに広がった。
ニコの優しい想いと母親への深い愛情がすべて凝縮されたような、極上の味わいである。
「……信じられないほどに甘く、豊かな味がします。ニコ君の純粋な感謝の気持ちが、この果実を特別なものに変えたのかもしれませんね」
「本当に。これほど美味しいイチジクのコンポートは、王都の晩餐会でもいただいたことがありませんわ」
ナイトジャスミンの甘い香りと、イチジクの深い味わい。
そして隣に寄り添う愛する人の存在感。
幸福に満たされ、二人は静かに空の器を重ねて居住区画へと戻った。
ランプの灯りが優しく照らす寝室の扉を開け、二人は寝台へと向かう。
その瞬間――コルネリアの脳裏に、昨夜の一睡も許されなかった甘く過酷な時間の記憶が鮮明に蘇り、彼女の肩が微かに跳ねた。
底なしの体力を持つカエラムは、今夜もまた、情熱的な瞳で自身を求めてくるのだろうか。
疲労と、それ以上の期待に胸を高鳴らせながらコルネリアが寝台の端に腰を下ろした――まさにその時。
彼らの足元から、白い毛玉が勢いよく飛び上がった。
コユキは驚くべき跳躍力で寝台の上へと舞い降りると、あろうことかカエラムとコルネリアのちょうど中間の位置にすっぽりと陣取り、尻尾を床に落ち着けて座り込んだ。
そして、まるで「前夜の疲労が残っている彼女に、これ以上の無理はさせない」とでも言うかのように、カエラムの顔を真っ直ぐに見据えて静かに抗議の意思を示したのである。
「まあ……コユキ? どうしたの?」
突然の行動にコルネリアが目を丸くしていると、小さな番人に完全に進路を塞がれてしまったカエラムは、丸メガネの奥のアンバーの瞳を瞬かせ、やがてすべてを察したように深い苦笑いを漏らした。
今日一番の英雄である小さな勇者の意志を無下にすることなど、誰にもできはしない。
「……どうやら、コユキにも怒られてしまいましたか。昨夜の私の振る舞いは、彼から見ても目に余るものだったのでしょうね」
カエラムは降参するように両手を軽く上げ、寝台の空いた空間へと静かに身を横たえた。
「今夜は大人しく眠りましょう。あなたも一日中動き回って疲労が溜まっているはずですから」
彼は優しい声でそう告げると、間を遮るように丸まっているコユキの背中越しに身を乗り出し、コルネリアの額へと労りを含んだ温かい口づけをただ一度だけ落とした。
「おやすみなさい、ネリー」
「はい……おやすみなさいませ、先生」
コルネリアもまた安心したように微笑み返し、毛布を引き上げて静かに目を閉じた。
夏の夜の静寂の中、開け放たれた窓からはナイトジャスミンの甘い香りが微かに流れ込み続けている。
激しい情熱の夜もあれば、こうして互いの体温を感じながら静かに眠りにつく夜もある。
二人の間には、頼もしい小さな番人が丸くなり、安心しきった寝息を立て始めている。
波乱に満ちた長い一日を終えた森の診療所は、心優しい住人たちの穏やかな呼吸の音に包まれながら、どこまでも甘く平和な眠りの中へと深く沈んでいくのだった。




