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冤罪で追放された伯爵令嬢は、森の奥の診療所で天才医師の胃袋を掴み、愛されながら幸せなスローライフを満喫します  作者: 白月つむぎ


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165 お二人の愛情と手間がたっぷりと詰まった贈り物なのですね

 木々の葉を揺らす夏の風が、森の小道を抜けて爽やかな香りを運んでくる午前。

 朝の豊かな食事を終え、食器の片付けを済ませた二人が裏庭へ出ると、牧場の作業着に身を包んだグリンダが快活な笑顔を浮かべて近づいてくるところだった。


「おはよう、先生、コルネリアさん! 新しい小屋での初めての夜はどうだった? 動物たちに変わった様子はないかしら」


「おはようございます、グリンダさん。皆様とても落ち着いて、快適な夜を過ごせたようですよ」


 カエラムが穏やかな声で応じると、グリンダはすぐさま牧場で働く専門家としての真剣な眼差しに切り替わり、一つ一つの小屋を巡回じゅんかいし始めた。

 まずは完成したばかりの真新しい牛小屋へ向かう。

 巨大なサンディーの太い首を優しく撫でながら、彼女の口の動きや足元の力強さ、そして排泄物はいせつぶつの状態を素早く確認していく。


「うん、胃腸の調子も完璧ね。今朝コルネリアさんが搾乳さくにゅうしてくれたおかげで、乳房ちぶさの張りも丁度良いわ」


 続いて、隣に併設へいせつされた鳥小屋へ。

 止まり木から飛び降りてきたキビとアワの羽のつやを確かめ、瞳ににごりがないかを入念に点検する。


 さらに、元の広さを取り戻した馬小屋から顔を出したファノーネのたてがみをかしながら、四つのひづめの削れ具合までしっかりと確認してくれた。


「みんな、これ以上ないくらい健康よ。タツィオが作ってくれた小屋の通気性も抜群だし、何よりコルネリアさんたちの愛情がたっぷり注がれているのが動物たちの落ち着き具合からよくわかるわ」


 すべての点検を終え、安心したように息を吐き出したグリンダは、改めて裏庭の風景をぐるりと見渡した。

 頑丈な丸太で組まれた三つの立派な動物小屋。

 太陽の光を浴びて無数の夏野菜を実らせる広大な菜園。

 冬の備えとして美しく積み上げられた乾燥薪の山。

 そして、昨夜の宴で大活躍したコンロ。


 ほんの数ヶ月前までは手付かずの荒れ地であったこの場所が、今や生きるためのすべての機能を見事に備え、命の活力に満ちた空間へと変貌へんぼうげている。


「……本当に、信じられないわ。カエラム先生の圧倒的な力と、コルネリアさんの豊富ほうふな知識とお料理の腕。二人の力だけで、森の中にこんなに完璧な生活空間を作り上げてしまうなんて。もう完全に、立派な自給自足の開拓村かいたくむらじゃない」


 グリンダが感嘆かんたんの声を漏らすと、コルネリアは少し気恥ずかしそうに微笑み、カエラムは手元にあった丸メガネを定位置に掛け直した。


「すべては、森の豊かな恵みと、あなた方のような心強い友人たちの助けがあってこそですよ。我々二人だけでは、到底ここまで辿り着くことはできませんでした」


「ふふっ、先生ってば本当に謙虚けんきょなんだから。そうだ、今日はその心強い友人として、すっかりお得意様になった二人へのお礼を持ってきたの」


 グリンダは自身の肩に提げていた麻袋の中から、丁寧に紙で包まれた細長い包みを取り出し、コルネリアの両手へと差し出した。

 包みを受け取った瞬間――紙の隙間から上質な肉の脂の香りと共に、森の爽やかな緑を思わせる複雑なハーブの香りと、突き抜けるようなレモンの清涼せいりょうな香りがふわりとただよってきた。


「これは……ソーセージ、でしょうか? とても爽やかで、素晴らしい香りがいたしますわ」


「正解! 私が特別に調合したハーブと、果汁をたっぷりと練り込んだ、特製のレモン風味ソーセージよ。茹でて良し、昨日のコンロで香ばしく焼いて良しの自信作なの」


 グリンダは得意げに胸を張り、その見事なソーセージが完成するまでの過程を嬉しそうに語り始めた。


「中に入っているお肉はね、タツィオが昨夜森の奥で仕留めてきてくれた、最高級の獣のお肉なの。彼が手際よく解体して叩いてくれたお肉に、私が牧場の畑で育てたハーブとレモンを混ぜ合わせてね。腸詰ちょうづめの作業はすごく力がいるから、昨日の夜遅くまでタツィオに手伝ってもらって、二人で一緒に仕上げたのよ」


 その言葉を聞いた瞬間――。

 カエラムとコルネリアの間に、言葉を必要としない深い理解の波動が静かに交差した。


 タツィオが仕留めた肉を、グリンダが味付けし、夜遅くまで二人きりで協力して一つのものを作り上げる。

 それはただの友人同士の助け合いという枠を越えた、親密で――そして、生活の深い部分を当然のように共有している関係性の証明に他ならなかった。


 コルネリアはペリドットの瞳を優しく細め、手に持った紙の包みを大切に胸に抱いた。


「タツィオさんと一緒に、夜遅くまで……お二人の愛情と手間がたっぷりと詰まった贈り物なのですね。本当にありがとうございます、大切にいただきますわ」


「うん! 二人で苦労して作ったから、絶対に美味しいはずよ!」


 無邪気に笑うグリンダを見つめながら、コルネリアはふと、自身の内側に湧き上がった好奇心を抑えきれなくなり、首を小さくかしげて問いかけた。


「タツィオさんとグリンダさんは、いつも息がぴったりで、どんな苦労も自然に分け合っていらして……本当に素敵な関係ですわね。お二人は、その、どのようなご関係でいらっしゃるのですか?」


 何の悪意もない、ただ純粋な興味から発せられたその真っ直ぐな質問。

 その言葉が耳に届いた瞬間――グリンダの全身の動きが、不自然なほどにピタリと停止した。


 数秒の静寂の後。

 日焼けした健康的な彼女の顔が、爆発しそうなほど熱を持って一気に真っ赤に染まっていくのが、誰の目にもはっきりと見て取れた。


「えっ……!? か、関係って……!」


 グリンダは両手を顔の前で激しく振り回し、普段の声音こわねからは想像もつかないほどに上擦うわずった声を上げた。


「と、友達に決まってるじゃない……! あいつはただの腐れ縁っていうか、ほら、獲物を狩る猟師と、動物を育てる牧場って、仕事の相性が凄く良いだけで! それに、あいつは力が強いから力仕事を手伝わせるのに丁度良くて……!」


 聞かれてもいない弁解べんかいを早口でまくしたてるその姿は、彼女がタツィオに対して抱いている感情が、決してただの便利な仕事仲間などではないことを、あまりにも雄弁ゆうべんに物語っていた。

 隣で静かに見守っていたカエラムが、口元に微かな笑みを深め、優しく助け舟を出す。


「ええ、我々もよく理解していますよ。互いの欠点を補い合い、背中を任せられる……非常に素晴らしい仕事仲間ですね」


「そ、そうなの! そういうこと! ああっ、もうこんな時間! 私、午後から牧場の大事な用事があるから帰らなきゃ!」


 完全に逃げ場を失ったグリンダは、これ以上そこに留まることに耐えきれなくなったのか、背負っていた荷袋を慌てて掴み直した。


「そ、それじゃあソーセージ美味しく食べてね! 動物たちに何かあったらまた呼んで! またね!」


 彼女は二人の返事を待つこともなく、まるで追い立てられる小動物のように、凄まじい速度で森の小道へと駆け出していった。

 その嵐のような逃走劇とうそうげきに、カエラムとコルネリアは顔を見合わせ、ついに堪えきれずに笑い声をこぼした。


「本当に、可愛らしいお嬢さんですね。感情がすべて顔に出てしまっていました」


「ええ。タツィオさんのお名前を出した途端、本当に爆発しそうなほど真っ赤になってしまわれて……でも、とてもお似合いのお二人だと思いますわ」


 二人は並んで立ち、グリンダが駆け去っていった森の小道の方向を、微笑ましく見守り続けていた。

 ――すると、診療所から少し離れた場所にある、幹の太い巨木きょぼくの陰に、見慣れた青年の人影があることに気がついた。


 森の住人たちの間でも有名な目印となっているその大樹の根元で背中を預けて待っていたのは、タツィオだった。

 彼は猛烈な勢いで走ってきたグリンダを見つけると、少し呆れたような仕草で身を起こした。


 離れているため二人の声までは聞こえなかったが、グリンダがタツィオに駆け寄るなり、恥ずかしさを誤魔化すように彼の広い肩を軽く叩いているのが見えた。

 タツィオは抵抗することなくその攻撃を受け止め、やがて彼女の持っていた重い荷袋を当然のように自身の肩へと引き受ける。

 そして二人は、肩が触れ合うほどの近い距離で並び立ち、木漏れ日の差し込む森の奥へと連れ立って歩いていった。


「……なるほど。夜遅くまで腸詰めを手伝い、その翌朝には、彼女が牧場へ帰るのを見計らって巨木のところまで迎えに来る、ですか」


 カエラムが、自身の隣に立つ愛する人を見下ろしながら優しい声で呟いた。


「タツィオ君のあの献身と忍耐も、並大抵のものではありませんね。彼らがいずれ互いの気持ちを素直に言葉にする日まで、我々は静かに、そして温かく見守ってあげましょう」


「はいっ。それに、お二人が丹精たんせいを込めて作ってくださったこの特製のソーセージ……今夜は腕によりをかけて調理いたしますわ」


 コルネリアは胸に抱いたレモン香る贈り物の包みを大切に撫で、カエラムの顔を見上げて花がほころぶような微笑みを向けた。


 動物たちの平和な鳴き声と、夏の活気に満ちた森の空気。

 自身の生活を豊かに築き上げながら、周囲の親しい人々の甘酸っぱい未来をも温かく見守ることができる余裕。


 カエラムとコルネリアの森の診療所は、訪れるすべての人々に幸福の余波を与えながら、今日もどこまでも穏やかで優しい時間を刻み続けているのだった。

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