164 私、こんなに幸せで良いのでしょうか……!?
朝の柔らかな光が、薄いカーテンを透かして室内を淡く照らし出し、森の木々で目覚めた小鳥たちが澄んださえずりを響かせる早朝――。
シーツの海の中で、コルネリアはゆっくりと意識を浮上させた。
身に纏うものは何もなく、互いの素肌が直接触れ合う密着状態。
カエラムの腕の中にすっぽりと収まり、彼の大きな体躯から発せられる高い体温が、彼女の全身を芯から温め続けている。
少しだけ身じろぎをして毛布を引き上げようとした時、自身の鎖骨から胸元にかけて、小さな紅い花びらのような痕跡がいくつも散らばっているのが視界に入った。
それは紛れもなく、昨夜カエラムが残していった深い愛情の証である。
衣服を着れば完全に隠れる場所にだけ、これほどまでに執拗に刻み込まれた熱情。
その事実を突きつけられ、コルネリアは自身の身体が震えるほどの幸福感と、途方もない羞恥に襲われた。
彼女はたまらず毛布の端を握りしめ、頭の先まですっぽりと潜り込む。
(私、こんなに幸せで良いのでしょうか……!?)
胸の奥でそう問いかけながら、自身を包み込む彼の腕の確かな重みを全身で味わっていた。
毛布の中で息を潜めていると、頭上から微かな衣擦れの音が響き、カエラムが目を覚ます気配がした。
彼は自身の腕の中に隠れたコルネリアの存在に気づくと、毛布の端を静かにめくり上げた。
まだ眠気を僅かに残した彼のアンバーの瞳が、至近距離で彼女を見つめる。
「……おはようございます、私の可愛い人」
朝一番のひどく掠れた低い声。
彼はそのまま顔を寄せ、彼女の唇に鳥がついばむような細かい口づけを何度も落とした。
触れるだけの優しい行為であったが、密着したままの二人の身体は、互いの僅かな変化すらも正確に伝え合ってしまう。
コルネリアの柔らかな太ももの辺りに、何やら硬いものが当てられていることに気づいてしまった。
「あ……っ、あの、先生……っ」
激しい動揺に声を上擦らせた彼女が、逃げ場を探すように視線を彷徨わせた――その時。
部屋の隅に置かれた毛布の上から、一つの静かな視線がこちらへ向けられているのを感じた。
コユキは短い首を伸ばし、寝台の上で密着する二人を不思議そうに――そして、極めて冷静に観察していたのである。
コルネリアと視線が交差した瞬間。
コユキは「あ、お気になさらず……」とでも言うように、自然な動作でスッと視線を逸らし、毛布の端を嗅ぐふりをして明らかな見ないふりをしてくれた。
家族にまで気を遣わせてしまった事実。
そして現在の自身の恥ずかしすぎる状況。
コルネリアの顔面は、爆発しそうなほど熱を持って真っ赤に染まり上がった。
これ以上の羞恥に耐えきれず、コルネリアがいよいよ毛布の中に完全に逃げ込もうとした時のこと――。
窓の向こう側から、巨大な影が室内へと差し込んだ。
カエラムが怪訝に思って視線を向けると、そこには、自身の口に空の飼葉桶を器用に咥えたまま、窓ガラス越しに無言でこちらを覗き込んでいるサンディーの姿があった。
新築の牛小屋へ入ったはずの彼女は、またしても夜の間に自力で脱走を果たし、二人が起きるのを待ちわびて朝ごはんの催促にやってきたらしい。
(皆、起きるのが早すぎますわ……!)
内心で悲鳴を上げたコルネリアを余所に、カエラムは完全に毒気を抜かれたように深い息を吐き出し、身体を起こした。
「……どうやら、朝の穏やかな時間はここまでのようですね。サンディーの胃袋は限界を迎えているようです」
苦笑を浮かべた彼は、コルネリアの耳元へと顔を寄せ、熱を帯びた吐息と共に囁いた。
「……続きは、夜に持ち越しですね」
(今夜も……!?)
その宣告にコルネリアはさらに体温を跳ね上げ、心臓を早鐘のように打たせながら、大急ぎで寝台から飛び降りて衣服を身に纏った。
早朝の涼やかな外の空気を吸い込みながら、二人はまずサンディーを新しい牛小屋へと連れ戻した。
広い空間に満足した彼女に干し草をたっぷりと与え、初めての搾乳作業に取り掛かる。
カエラムの手解きを受けながらコルネリアが優しく乳房を刺激すると、容器の中に真っ白で豊かなミルクが勢いよくほとばしった。
続いてファノーネの馬小屋へ向かい、彼が快適に過ごせるようブラッシングと餌の補充を行う。
最後に、鳥小屋へ。
キビとアワは止まり木の上で元気に羽を動かしていた。
コルネリアが足元の巣箱の中をそっと覗き込むと、柔らかい藁の真ん中に、美しい薄茶色をした丸い卵が一つだけ産み落とされていた。
そっと手に取ると、卵からはまだ母鳥の確かな温もりが伝わってくる。
「先生、見てくださいませ。とても立派な卵ですわ」
「ええ。小さな身体から生み出された、尊い命の恵みですね。大切にいただきましょう」
二人は両手で卵を包み込み、大地の豊かさに深く感謝した。
キッチンに戻ったコルネリアは、まず足元で待機しているコユキに栄養たっぷりの朝ごはんを与えた。
続いて自分たちの朝食の準備である。
サンディーから搾ったばかりの生乳は、そのまま飲むと身体に負担をかける危険があるため、コルネリアは大鍋に移して火にかけた。
表面が小さく波立ち、沸騰する直前の絶妙な温度を見極めて火から下ろし、熱処理を施す。
殺菌を終えたミルクの熱が適度に下がるのを待つ間、先ほど鳥小屋でいただいたばかりの卵をボウルに割り入れた。
そこへ温かいミルクを少量加え、塩で味を調えてよく混ぜ合わせる。
熱した鉄鍋でバターを溶かし、卵液を一気に流し込んで、ふんわりとした小さなオムレツを焼き上げた。
さらに、瑞々しいズッキーニを薄切りのベーコンで巻き、表面に香ばしい焦げ目がつくまでじっくりと火を通す。
ピーマンのほろ苦さを活かした薄切りのサラダを添え、厚く切ったパンにはチーズをたっぷりと乗せてかまどでこんがりと焼き上げた。
冷水に当てて適温まで冷ましたミルクをグラスに注ぎ、すべての料理を円卓へと並べる。
向かい合って座り、二人は静かに手を合わせた。
オムレツに匙を入れると、中から半熟の卵がとろりと溢れ出し、ミルクの優しい甘さとバターの豊かな風味が口の中を至福で満たしていく。
ズッキーニの瑞々しさとベーコンの塩気の調和も見事で、チーズトーストの香ばしさが食事の満足感をさらに高めた。
グラスに注がれたミルクは、これまで飲んできたどんなものよりも濃厚で、命の力強さを直接身体に取り込んでいるような深い味わいがあった。
「……素晴らしい朝食ですね。自分たちの育てた野菜と、新しい家族たちがもたらしてくれた恵み。これ以上の贅沢は存在しませんよ」
カエラムがミルクのグラスを置き、深い感嘆の息を漏らす。
「はい。こんなに豊かな食卓を囲めるなんて、私は本当に幸せですわ」
コルネリアもまた、満ち足りた笑顔で頷いた。
――食事を終え、温かいお茶で一息ついていた頃。
森の小道の方から、落ち葉を踏みしめる軽快な足音と、快活な歌声が近づいてくるのが聞こえた。
グリンダが新しい動物たちの様子を見に訪ねてきたのだ。
夏の朝の静けさは終わりを告げ、今日もまた、賑やかで笑顔に満ちた森の診療所の一日が始まろうとしていた。




