163 私を……どうか最後まで、甘やかしてくださいませ
外の空気を存分に味わった野外での賑やかな宴が終わり、調理台からわずかに立ち上る残り香だけが夜の裏庭に漂う頃――。
食器や道具をすべて片付け終えたコルネリアは、診療所のキッチンに立ち、本日最後の大切な仕事に取り掛かっていた。
お腹を空かせて大人しく留守番をしてくれていた、コユキの夕食の準備である。
彼女の手元にあるのは、先ほどの宴で焼いた上質な肉だった。
強い香辛料や塩を使う前に、あらかじめコユキのためだけに取り分けて、中までしっかりと火を通しておいた柔らかな部位である。
コルネリアは刃物を使い、消化に負担がかからないよう、その肉塊を細かく刻んでいく。
肉の繊維が断ち切られるたびに、濃厚な脂の匂いが立ち上り、足元で待機しているコユキの短い尾が、自身の身体ごと大きく左右に揺れ動いた。
細かくした肉を、別鍋で柔らかく煮込んでおいた根菜類と丁寧に混ぜ合わせ、人肌程度の温度にまで冷ます。
「コユキ、お待たせいたしました。でもその前に、今日は新しいご挨拶を覚えましょうね。ごろん!」
コルネリアが自身の指先を床に向けて円を描くように動かすと、コユキは即座にその意図を理解した。
彼はまず後ろ足を折って座り込み、そこから自身の背中を床へと滑らせ、完全に仰向けの姿勢をとったのである。
急所である柔らかな腹部を無防備に晒し、短い四肢を天井に向けて投げ出したその姿は、あまりにも愛らしく、彼がこの診療所の住人をどれほど深く信頼しているかの証明でもあった。
「まあ……! なんて賢くて、可愛らしいのでしょう。完璧ですわ、コユキ」
その無防備さに心を射抜かれたコルネリアは、目を細めてしゃがみ込み、彼の腹部を両手でたっぷりと撫で回した。
コユキは心地よさそうに目を細めて存分に甘えた後に、ご褒美である極上の夕食を夢中になって平らげていった。
小さな家族が満足して眠りにつく準備を始めたのを見届け、コルネリアとカエラムもまた、一日の汚れを落とすために順番に温泉へと向かった。
温泉の湯に身を沈めると、大工作業の手伝いや炭火の煙、そして夏の夜の気配が染み付いた身体から、すべての疲労が溶け出していくのを感じる。
薬草を配合した手作りの石鹸で丁寧に髪と身体を洗い流し、湯から上がったコルネリアは、一番肌触りの良い真珠色の寝間着に身を包んだ。
洗い立ての髪からは清らかな花の香りがふわりと舞い上がり、夜の冷気を優しく退けていく。
ランプの灯りが絞られた寝室の扉を開けると、そこにはすでに寝間着姿に着替えたカエラムが、寝台の端に腰を下ろして彼女を待っていた。
部屋の隅の毛布の上では、コユキが小さな背中を丸め、二人の時間を決して邪魔しないとばかりに規則正しい寝息を立て始めている。
「……とても良い香りがしますね。一日中動き回って、さぞ疲れたでしょう」
カエラムはコルネリアの姿を認めると、手元にあったケースに自身の丸メガネを収め、隣の空間を手で示した。
コルネリアが誘われるままに彼の隣に腰を下ろすと、カエラムの大きな手が伸び、彼女のまだ微かな湿気を帯びた髪を優し気な手つきで撫で始めた。
彼の指先が髪を梳くたびに、心地よい安堵感が広がる。
しかし同時に、コルネリアの脳裏には昨夜の寝台での出来事が鮮明に蘇ってきていた。
昨夜、互いの熱がまさに最高潮に達し、これ以上後戻りできない境界線の深淵へと足を踏み入れようとした、あの瞬間――。
予期せぬ闖入者によって、甘く煮詰まっていた空気は強制的に断ち切られ、二人は消化不良を強いられてしまったのだ。
その事実をカエラムが忘れているはずがない。
しかし現在の彼は、コルネリアを抱き寄せる腕に強い力を込めることもなく、ただ優しく、労わるように彼女の髪や肩を撫でるだけに留めている。
彼のアンバーの瞳は、表面上は凪いだ湖面のように穏やかな光を保っていた。
だが、その奥底に封じ込められた熱量の凄まじさは、コルネリアの肌に触れる指先の僅かな震えや、彼の強張った顎の線、そして慎重すぎるほどにゆっくりとした瞬きの動作によって、痛いほどに伝わってくる。
――彼は、我慢をしているのだ。
昨夜の騒動で彼女が驚いてしまったことや、今日一日、野外での宴の準備などで彼女が体力を使っていたことを気遣い、己の内に渦巻く途方もない情熱に、必死に太い理性の鎖を巻きつけて封じ込めようとしている。
その深すぎる思いやりと、自分を大切に扱おうとしてくれる彼の痛ましいほどの自制心を感じ取り、コルネリアの胸の奥で、どうしようもないほどの愛おしさが爆発的に膨れ上がった。
彼がこれほどまでに自分を思い、耐えようとしてくれているのなら――。
今夜は、自分からその鎖を解いてしまいたい。
コルネリアは、彼に撫でられていた頭をゆっくりと上げ、潤みを帯びたペリドットの瞳で、至近距離にあるカエラムの顔を真っ直ぐに見つめ返した。
そして両手を伸ばし、彼の寝間着の袖口の布地を逃さないようにしっかりと掴み込んだのである。
「……ネリー?」
不意の行動にカエラムが微かに目を見開いた瞬間――コルネリアは恥じらいに唇を微かに震わせながらも、決して彼から目を逸らすことなく、甘くねだるような声を紡いだ。
「先生……昨夜の忘れ物。あのまま、終わらせてしまうのは……嫌ですわ」
言葉にした瞬間、自身の顔の中心から猛烈な羞恥の熱が込み上げてくるのを感じた。
しかし彼女はそこで後退することなく、掴んでいた彼の袖を引き寄せるようにして、自身の顔をカエラムの広い胸の中へとすり寄せるように埋めた。
「私を……どうか最後まで、甘やかしてくださいませ」
それは、彼という存在に対する完全なる服従と、無防備さの証明だった。
彼だけに向けられた真っ直ぐな欲求。
己の恥じらいを捨ててまで彼を求めたその健気な姿は、彼女をこの世の何よりも愛らしく――そして、抗いがたい魅力に満ちた存在へと昇華させていた。
その消え入りそうな誘いの言葉が耳に届いた瞬間――。
カエラムの全身を縛り付けていた理性の鎖が、跡形もなく粉々に砕け散った。
彼はコルネリアの背中に両腕を回し、折れてしまいそうなほどに強く彼女の身体を抱きすくめる。
「……あなたがどれほど罪深い愛らしさを持っているか……今夜こそ、徹底的に思い知らせてあげますよ」
地を這うような低い声がコルネリアの耳元で囁かれ、全身に甘い痺れが駆け巡る。
次の瞬間、彼女の身体は寝台の柔らかなシーツの上へと深く沈み込まされ、視界のすべてが彼の存在によって覆い尽くされた。
昨夜の分まで取り戻すかのような、深く、激しい口づけが落とされる。
重なり合う吐息の熱が互いの思考を完全に溶かし、寝台が軋む微かな音だけが夜の静寂の中に溶けていく。
触れ合う肌から伝わる高い体温と、互いを求める切実な鼓動。
もはや誰の邪魔も入ることのない、二人きりの閉じられた空間で――。
どこまでも甘く、そして濃密に溶け合う二人の夜は、森の深い闇の中へと限りなく美しく沈んでいくのだった。




