162 お野菜とお肉の準備は私にお任せください
西の空に浮かぶ太陽が稜線へと近づき、森の木々を深く燃えるような茜色へと染め上げ始めた夕暮れ時。
診療所の裏庭に、タツィオが振り下ろす金槌の力強い音が最後に一度だけ高く響き渡った。
「よし……これで完璧だ!」
タツィオが額に浮かんだ汗を腕で拭い、満足げに口角を引き上げる。
彼の視線の先には、早朝からカエラムと共に組み上げてきた巨大な建造物が二つ、夕日を浴びて堂々たる姿でそびえ立っていた。
一つは、見上げるほどの巨体を持つサンディーがゆったりと身体を横たえることができる、風通しと頑丈さを兼ね備えた牛小屋。
もう一つは、キビとアワが外敵の脅威に晒されることなく、安全に夜を明かすための高い止まり木を備えた鳥小屋である。
どちらも森の良質な木材が惜しみなく使われており、新しい木の清々しい香りが周囲の空気に満ちていた。
「素晴らしい出来栄えです。タツィオ君の技術の正確さには、何度見ても感銘を受けますよ」
カエラムが作業着の袖を捲り上げたまま、その見事な構造を見上げて称賛の言葉を送る。
グリンダもまた、完成したばかりの小屋の扉を開け閉めして、その滑らかな動きに感嘆の声を上げた。
「本当に立派な小屋ね! これなら、どんなに大きな嵐が来ても絶対に壊れないわ。さあ、サンディー、新しいお家よ!」
グリンダに手綱を引かれ、ファノーネの馬小屋から移動してきたサンディーは、自身の新しい城の広さを確認するようにゆっくりと足を踏み入れた。
そして、隅に用意された新鮮な干し草の山に顔を突っ込むと、満足そうに口を動かして反芻を始めた。
キビとアワの二羽もまた、鳥小屋の中へと放たれるや否や、素早い身のこなしで一番高い止まり木へと飛び移り、居心地の良さを確かめるように羽を広げている。
彼らが退室したことで、ようやく本来の広さを取り戻した馬小屋では、ファノーネが「これでやっと手足を伸ばして眠れる」とでも言いたげな、深い安堵の息を吐き出していた。
「皆様、一日がかりの大仕事、本当にお疲れ様でした。冷たいお飲み物をご用意いたしましたわ」
コルネリアが大きなお盆を手に、裏庭へと姿を現した。
お盆の上に並べられたグラスには、うっすらと水滴を纏った琥珀色の液体が注がれている。
彼女が用意したのは、特製の梅ネードだった。
初夏に収穫した青梅をたっぷりの砂糖と共に瓶に漬け込み、長い時間をかけて果実の滋養と風味を抽出した自家製のシロップ。
それを冷たい湧き水でたっぷりと割り、仕上げに爽やかな香りを放つミントを添えたものである。
「これは美味そうだ。遠慮なくいただくよ」
タツィオがグラスを受け取り、喉を大きく鳴らして一気に飲み干す。
その瞬間、彼の疲労に満ちた顔に驚きの色が広がった。
「……なんだこれは。強烈な酸味の後に、驚くほどまろやかな甘みが追いかけてくる。労働で熱を持った身体の奥底に、冷たい水が染み渡って……信じられないくらい疲れが引いていくぞ」
「本当ね! すごくさっぱりしていて、いくらでも飲めてしまいそう。コルネリアさん、これすごく美味しいわ!」
グリンダもまた、エメラルドの瞳を輝かせて器を両手で包み込んだ。
梅の持つ疲労回復の効能と、砂糖の良質な甘みが、一日中激しく身体を動かした二人の筋肉に直接的な活力を与えていく。
「お気に召したようで何よりですわ」
コルネリアが微笑んで一礼すると、隣で梅ネードを味わっていたカエラムが、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「お二人とも。これほどの見事な小屋を建てていただいたのですから、梅ネード一杯で帰すわけにはいきません。今夜はここで、完成を祝して夕食の宴を開きましょう。コルネリアさん、例の道具を出してきてもよろしいですか?」
「まあ! それは素晴らしい提案ですわ。お野菜とお肉の準備は私にお任せください」
カエラムの提案に、タツィオとグリンダの顔が歓喜に明るくなる。
カエラムは居住区画の奥の保管庫へ向かい、やがて重々しい黒い鉄の塊を両手で抱えて戻ってきた。
それは過去に、行商人のウラカが手厚い介抱への礼として残していってくれた野外用の調理台だった。
下部に炭や薪を敷き詰めて火を起こし、上部に設置された頑丈な格子状の網で食材を直接炙ることができる、実用的な代物である。
タツィオが手際よくコンロの底に薪を組み上げ、慣れた様子で火打ち石を使って火を放つ。
乾燥した木材が鋭い音を立てて爆ぜ、やがて安定した熱を帯びた赤い炭火へと変化していった。
その間にコルネリアは、キッチンから巨大な木の大皿を両手で抱えて運んできた。
皿の上には、以前アルバーノの精肉店で仕入れた上質な肉が山のように盛られている。
さらにその傍らには、太陽の恵みを限界まで蓄えた夏野菜たちが色鮮やかに並んでいた。
黄色い粒が輝くとうもろこし、肉厚で真紅のパプリカ、そして瑞々しい緑のズッキーニである。
「さあ、焼きましょう!」
グリンダの元気な掛け声と共に、分厚い肉と野菜が次々と熱せられた鉄の網の上へと並べられていく。
食材が網に触れた瞬間、肉の脂が熱狂的な音を立てて弾け飛んだ。
溶け出した脂が下の炭火へと滴り落ちるたび、視界を白く染めるほどの煙と、食欲を直接殴りつけるような香ばしい匂いが立ち上り、夜の森の大気へと広がっていく。
「素晴らしい匂いです。タツィオ君、グリンダさん。今日のお二人の尽力に、心からの感謝を。乾杯しましょう」
カエラムが、湧き水で冷やしておいたエールの瓶の栓を抜き、四つのグラスに並々と注ぎ分けた。
夕闇が深まり始めた裏庭で、四つのグラスが心地よい音を立てて打ち鳴らされる。
冷たい酒を喉の奥へ流し込みながら、熱々の肉を口へと運ぶ。
表面がカリッと香ばしく焼け、内側に溢れんばかりの肉汁を蓄えた肉は、噛み締めるたびに強烈な旨味を放った。
さらに、炭火でじっくりと火を通された夏野菜たちは、余分な水分が飛ぶことで自然の甘みが信じられないほどに凝縮されている。
「このとうもろこし、すごく甘いわ! それに、外でこうやってみんなで火を囲んで食べるお料理って、どうしてこんなに美味しいのかしら!」
「ああ、全くだ。肉の焼き加減も最高だし、先生の用意してくれた酒も格別だ。大仕事の後の野外の宴……こんな贅沢な時間の使い方は他にないな」
グリンダがパプリカを頬張りながら満面の笑みを浮かべ、タツィオもまた手にしたエールのグラスを嬉しそうに揺らした。
コンロの炭火が赤々と燃え、四人の顔を温かく照らし出している。
動物の飼育についての注意点や、次に森で獲れるであろう秋の味覚の話、そしてユーズヴェンドの街の噂話など、とめどなく溢れる話題に花を咲かせながら、宴は夜が更けるまで賑やかに続いた。
――やがて、西の空から完全に赤みが消え去り、森の頭上に無数の星が瞬き始めた頃。
持参した食材と酒を完全に空にし、心地よい満腹感と疲労感に包まれたタツィオとグリンダが、帰り支度を整えて立ち上がった。
「先生、コルネリアさん。今日は最高のご馳走をありがとう! また明日、サンディーたちの様子を見に来るわね!」
「小屋のことで何か不具合があったら、いつでも知らせてくれ。すぐに直しに来るからな」
大工道具を肩に担いだタツィオと、手綱を持ったグリンダが、森の小道へと向かって歩き出す。
「お気をつけて。夜の森は冷えますから、暖かくしてお帰りくださいね」
「お二人とも、今日は本当にありがとうございました」
カエラムとコルネリアは並んで立ち、暗い小道へと吸い込まれていく友人たちの背中へ向かって、大きく手を振り続けた。
二人の姿が完全に闇に溶け込み、森が本来の静寂を取り戻した後も、カエラムとコルネリアはその場に立ち尽くしていた。
背後からは、新しい小屋の中で心地よさそうに眠りについたサンディーの微かな寝息と、まだ僅かに熱を残す鉄コンロからの炭の匂いが漂ってくる。
「……とても賑やかで、素晴らしい夜でしたね」
カエラムが夜空を見上げながら静かに呟くと、コルネリアもまた深く頷き、隣に立つ彼の腕に自身の腕をそっと絡ませた。
「はい。新しい家族も増えて、頼もしい友人たちと火を囲んでお食事をして……私たちの森の生活が、また一つ豊かで温かいものになりましたわ」
満天の星空の下、夏の夜風が二人の髪を優しく揺らしていく――。
温かい人々との交流と、大地の恵み、そして互いの存在への深い愛情。
森の診療所での生活は、新しい季節と新しい命を迎え入れながら、どこまでも満ち足りた幸福な軌跡を描き続けていくのだった。




