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冤罪で追放された伯爵令嬢は、森の奥の診療所で天才医師の胃袋を掴み、愛されながら幸せなスローライフを満喫します  作者: 白月つむぎ


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161 お口に合ったようで何よりですわ

 まだ太陽が東の稜線りょうせんに顔を出す前、森全体が薄青うすあおい闇と冷涼れいりょうな空気に沈んでいる早朝。

 診療所のキッチンスペースには、すでに身支度みじたくを整えたコルネリアの姿があった。


 今日はタツィオたちを交えての、新しい動物たちのための小屋作りという大規模だいきぼな力仕事が控えている。

 カエラムをはじめ、皆が一日中激しく身体を動かすことになるため、彼女は何よりも先に、たっぷりと活力を補うための腹持ちの良い朝食の準備に取り掛かっていた。

 食材を広げる前に、まずは足元で静かに食事を待っている小さな家族の世話から始める。


「コユキ、ご飯の前にご挨拶ですわ。伏せ!」


 コルネリアが低い位置で手のひらを示すと、コユキは彼女の指示の意図を正確に読み取り、前足を前方に伸ばして自身の柔らかい腹部を床に完全に密着させた。

 昨日教えたばかりであるにもかかわらず、その動作には一切の迷いがない。


「素晴らしいですわ、コユキ。本当に賢い子ですね」


 彼をたっぷりと褒め、栄養を考えた肉と野菜の煮込みを器に入れて床に置く。

 コユキは嬉しそうに尻尾を振りながら、一心不乱に朝の食事を平らげていった。


 コユキの食事を見届けた後、コルネリアは本格的な調理を開始した。

 主役となるのは、先日ミザリィの八百屋やおやで買い求めた、黄色い粒が隙間なく並んだ新鮮なとうもろこしである。

 彼女は包丁を使い、芯から甘い粒を丁寧に削ぎ落としていった。


 深い大鍋に研いだ米ととうもろこしの粒をたっぷりと入れ、全体の味を引き締めるために少量の塩を加える。

 そして、かまどの強い火にかけて一気に炊き上げた。


 ふたを開けた瞬間――とうもろこし特有の甘く香ばしい湯気がキッチン全体に広がる。

 コルネリアは炊き上がったばかりの熱いご飯をかき混ぜ、その半分を別の大きな器に移した。

 後で力仕事を手伝ってくれるタツィオやグリンダに差し入れをするため、両手に塩をつけ、力を込めて大きなおにぎりをいくつも握っていく。


 さらに、多めに割った卵に少しの砂糖を加えた、優しい甘さの卵焼きを分厚く焼き上げる。

 裏の菜園で収穫したばかりの完熟トマトは切り分けて酸味を活かしたサラダに仕立て、ズッキーニと肉厚なパプリカは、表面に香ばしい焦げ目がつくまで鉄鍋で時間をかけて焼き上げる夏野菜のグリルとした。


 寝室から起きてきたカエラムは、円卓に並べられた彩り豊かで活力に満ちた朝食の数々を目にして、感嘆かんたんの息を漏らした。


「これは見事な朝食ですね。大仕事の前に、これほど心強いものはありません」


 二人は向かい合って座り、とうもろこしご飯の自然な甘みと、夏野菜の濃厚のうこうな味わいを口いっぱいに広げながら、今日一日のための体力を全身にたくわえていった。


 太陽が木々の高さを越え、夏の強い日差しが裏庭の草地に降り注ぎ始めた頃――。

 森の小道から、重い荷車を引く音と賑やかな話し声が近づいてきた。


「先生、コルネリアさん! おはよう!」


「約束通り、必要な木材と道具を一式持ってきたぞ。さあ、始めるか!」


 グリンダとタツィオが、小屋の骨組ほねぐみとなる太い丸太や板を大量に運び込んでくる。

 カエラムもいつもの白衣ではなく、丈夫な作業用の衣服に身を包み、彼らを出迎えた。


 簡単な挨拶を交わすと、男性陣はすぐさま大工作業に取り掛かった。

 タツィオが長年の狩猟と森での生活でつちかった正確な技術で木材を加工し、カエラムがそのたぐいまれな腕力で重い丸太を容易く持ち上げ、基礎きそとなる穴へと垂直に立てていく。

 二人の息の合った連携により、サンディーやキビとアワが快適に過ごせるだけの広さを持った小屋の骨組みが、驚くべき速さで形作られていった。


 外で力強い作業の音が響く中、グリンダはコルネリアの元へ歩み寄り、背負っていた大きな袋から様々な道具を取り出し始めた。


「コルネリアさん、これがサンディーの乳を搾るための専用の容器よ。雑菌が入らないように特別な工夫がされているの。それから、こっちがキビとアワの当面のご飯になる穀物こくもつね」


 コルネリアは丁寧に使い方を教わりながら、金属製の集乳缶しゅうにゅうかんと、重みのある穀物の袋を受け取った。


「ありがとうございます、グリンダさん。これで動物たちのお世話を始めることができますわ。ただ、この穀物が尽きてしまった後は、どこで新しいものを手に入れればよろしいのでしょうか?」


 コルネリアが今後の冬の間の飼料について尋ねると、グリンダは少しだけ表情を引き締め、真剣な眼差しで答えた。


「動物たちの冬を越すための大量の餌や、専門的な飼育道具は、ユーズヴェンドの街にある迷い仔の納屋なやというお店で買うことができるわ。ただ……そこの店主には、少しだけ複雑な事情があってね」


 グリンダの言葉に、コルネリアは不思議そうに首をかしげた。


「事情、ですか?」


「ええ。お店をやっているのは、チェザーレという名前のハーフエルフの男性なの。彼は人間とエルフの血が混ざっているせいで、過去に王都の人間たちから理不尽で酷い迫害はくがいを受けていた時期があるらしくてね……そのせいで、極端きょくたんなまでに気弱で、初対面の人間をひどく恐れる性格になってしまったの」


 人間の悪意に晒され、心を閉ざしてしまったハーフエルフ。

 その悲しい過去の響きに、コルネリアは胸の奥が痛むのを感じた。


「ですが、それならどうして、商売を続けていらっしゃるのですか?」


「動物への愛情が、誰よりも深いからよ。チェザーレは人間を恐れているけれど、言葉を持たない動物たちのことは心から愛しているの。彼が配合する飼料はとっても質が良くて、どんなに弱った家畜でも見違えるように元気になるわ。いずれ、キビとアワの冬の餌を買いに、彼のお店を訪ねることになると思う」


「……迷い仔の納屋の、チェザーレさんですね。承知いたしました」


 コルネリアは、その傷ついた優しい店主の名前を忘れないように深く胸に刻み込んだ。


 太陽が天頂てんちょうへと近づき、裏庭に巨大な小屋の立派な骨組みが完成した頃――。

 額に大量の汗を流しながら作業に区切りをつけたカエラムとタツィオの元へ、コルネリアが大きなかごを抱えて歩み寄った。


「先生、タツィオさん、グリンダさん。少し日陰に入って、休息になさってください。皆様のために、お食事をご用意いたしました」


 大樹の涼しい木陰に腰を下ろした三人の前に、コルネリアが早朝から準備していたとうもろこしご飯のおにぎりと、山盛りの卵焼きが振る舞われる。

 タツィオは土のついた手を清めると、大きな握り飯を一つ手に取り、豪快ごうかいに口へと運んだ。


「……美味い! なんだこのご飯は。とうもろこしの強い甘みと、それを引き立てる絶妙な塩気……それに、労働で疲れた身体に米の重みが最高に染み渡る!」


 タツィオが感嘆かんたんの声を上げて食べるかたわらで、グリンダもまた分厚い卵焼きを口に運び、幸福そうにエメラルドの瞳を輝かせていた。


「卵の味が濃くて、ほんのり甘くて本当に美味しい! コルネリアさんの料理は、いつも魔法みたいに力が湧いてくるわ!」


「お口に合ったようで何よりですわ」


 コルネリアは嬉しそうに目を細め、自身もカエラムの隣に座って短い休息の時間を楽しむ。

 頭上では真夏の太陽が容赦ようしゃなく照りつけているが、木陰の中を吹き抜ける風は優しく、仲間たちと共につくり上げる新しい小屋の完成はもう目の前に迫っている。


 街で店を営むというハーフエルフとの新たな出会いへの予感を胸の片隅に抱きながら――コルネリアは賑やかで充実した夏の午前の時間を、穏やかな笑顔とともに心ゆくまで味わうのだった。

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