16 先生のせいではありません
森の木々が鮮やかな赤色や黄色に染まり、足元には枯れ葉が厚い絨毯のように敷き詰められている。
吹き抜ける風は冷気を帯び、冬の足音がすぐそこまで近づいていることを知らせていた。
カエラムとコルネリアは、分厚い外套に身を包み、診療所の裏手に広がる森の奥深くへと足を踏み入れていた。
この短い期間にしか芽を出さない、冬の風邪薬の材料となる貴重な根菜を採取するためである。
「コルネリアさん。落ち葉の下には木の根が隠れていて滑りやすいですから、十分気をつけて歩いてください」
前を歩くカエラムが振り返り、自身の大きな手を差し出した。
コルネリアは短い躊躇の後、彼の大きな手のひらに自らの右手を重ねた。
骨張った感触と、確かな温もりが伝わってくる。
彼の手を取るだけで、コルネリアの心臓は不規則な速さで脈打ち始めた。
――数日前、冬支度の最中に起きた出来事。
踏み台から落下した自分を彼が抱き止め、衣服の紐と髪が絡まり合い、お互いの呼吸が顔に触れるほどの距離で固定されてしまったあの時間。
至近距離で見た彼のアンバーの瞳、そして彼から微かに漂っていた薬草と大人の男性の匂い。
それらを思い出すたびにコルネリアの顔に熱が集まり、思考が白く濁っていく。
彼に対する感情は、もはや命を救ってくれた恩人への感謝や、優れた医師への尊敬という安全な箱には収まりきらなくなっていた。
彼と視線が交差するだけで胸の奥が甘く締め付けられ、彼が他の誰かに優しくしているのを見るだけで得体の知れない痛みが走る。
この圧倒的な感情のうねりに明確な名前をつけることを、彼女は無意識のうちに避けていた。
これ以上彼の手を握り続けていれば、自らの顔の熱が伝わってしまうかもしれない。
コルネリアは安全な平坦な道に出たところで、自ら彼の手を離した。
「ありがとうございます、カエラム先生。私はあちらの倒木の近くを探してみますね」
平静を装って告げると、彼女は足早に歩みを進めた。
腐葉土の匂いが立ち込める中、木の枝で落ち葉をよけながら地面を観察する。
やがて、大きな倒木の陰に目当ての薬草に特徴的な丸い葉が数枚、土から顔を出しているのを発見した。
見事な大きさの葉脈を見て、コルネリアの顔に喜びの笑みが浮かぶ。
彼女は彼を呼ぶ前に、自らの手で周囲の土を退けようと右手を伸ばした。
――しかし、生来の理不尽な不運体質が、この森の静寂の中で容赦なく牙を剥いた。
薬草の葉の裏側に、この季節にしか姿を現さない鮮烈な赤い色をした虫が潜んでいたのだ。
コルネリアが葉に指を触れた瞬間、虫の尾にある鋭利な針が彼女の右手の人差し指の先端に深く突き刺さった。
「ああっ……!」
焼けた鉄の棒を押し当てられたような激しい痛みが、指先から腕へと一気に駆け上がる。
コルネリアは悲痛な叫び声を上げ、落ち葉の上に力なく崩れ落ちた。
右手を押さえ、痛みに耐えかねて呼吸を乱す。
悲鳴を聞いたカエラムが、周囲の木の枝を薙ぎ払いながら凄まじい速さで駆け寄ってきた。
「どうしました、コルネリアさん!」
コルネリアの右手を見るなり、彼の顔色が蒼白に変わる。
人差し指の先端から、どす黒い紫色の変色が恐ろしい速さで手首の方向へ広がっていた。
「これは……猛毒の赤い針虫です」
カエラムの声が恐怖に震えた。
それは猛毒を持つ虫であり、血流に乗れば数分で呼吸を麻痺させる危険な存在だった。
しかし、今日は診療所の裏手での簡単な採取作業だと思い、彼は医療器具が入った箱を持参していなかった。
手元には、毒を吸い出す器具も解毒薬も何一つない。
彼は一瞬の迷いも見せず、コルネリアの右手を自らの両手で強く掴んだ。
そして、彼女の人差し指を自らの口内へ深く含んだのである。
強い吸引力とともに、毒を含んだ血を強引に吸い出す。
顔を背けて地面に黒い血を吐き出し、すぐさま再び彼女の指を口に含む。
傷口の奥深くから毒を絞り出すために――彼は自身の歯と舌を使い、何度も繰り返した。
コルネリアの思考は、毒の痛みと、指先から伝わる彼の熱によって完全に麻痺していた。
自らの指が、カエラムの唇の間に挟まれている。
彼が息を吐き出すたびに、その熱風が直接肌を打つ。
医療行為であることは、頭の片隅で理解している。
しかし、指先から伝わるあまりにも親密な感触と、唇の滑らかな柔らかさが、コルネリアの理性を完全に焼き尽くそうとしていた。
彼の瞳はこれまでに見たことがないほど必死で、恐怖に満ちている。
私を失うことを、これほどまでに恐れてくれている。
自分が死ぬことよりも、彼が悲痛な顔をしている事実の方が、コルネリアの胸を締め付けた。
毒をあらかた吸い出したカエラムは、周囲を見渡し、解毒作用を持つ特定の草を素早くむしり取った。
それを自らの歯で細かく噛み砕き、薬効成分を引き出すと、コルネリアの指の傷口に厚く塗りつけた。
さらに自らの衣服の裾を力任せに引き裂き、傷口の上部をきつく縛って血流を止める。
一連の処置を終え、カエラムは荒い息を吐きながら、地面に座り込んだ。
コルネリアの指の変色は止まり、毒が全身に回る危険は去った。
カエラムは両手で顔を覆い、深い嘆きの息を漏らした。
「……申し訳ありません」
顔を覆う彼の手が、小刻みに震えている。
「私が、あなたに厚手の手袋をさせるべきでした。この森に潜む危険を誰よりも理解していながら、あなたから目を離すなんて。もし処置が間に合わず、あなたを失っていたらと考えると……私は、自分が恐ろしい」
彼はコルネリアの不用意さを叱責するのではなく、自らの注意不足を激しく責め立てていた。
その声はひどくかすれ、かつて母親を救えなかった過去を語った夜と同じような、深い絶望の淵に立っているかのようだった。
これほど優秀な医師が、己の未熟さを呪って震えている。
それほどまでに、彼女の命を重く、かけがえのないものとして扱ってくれているのだ。
コルネリアは痛む右手を庇いながら、左手を彼の方へ伸ばし、震える彼の背中に優しく触れた。
「先生のせいではありません。私の不用意さと、いつもの理不尽な不運のせいです……先生がすぐに助けてくださったから、私はこうして無事でいられます」
彼の背中の広さと、布越しに伝わる体温。
自分を守るために必死になってくれたこの人を、ただ純粋に愛おしいと思う。
彼の唇の感触が、今も指先に明確な熱を伴って残っている。
この胸を焦がす激しい熱情の正体から――彼女はもう目を逸らすことはできなかった。
「帰りましょう、コルネリアさん。しばらくは安静にしていなければなりません」
カエラムは立ち上がり、コルネリアの身体を抱き上げるようにして支えた。
彼の腕の中に収まりながら、コルネリアは彼の手の温もりを強く感じていた。




