157 私たちの未来と一緒に、この木も大きく育ってくれると良いですね
分厚い扉を押し開け、朝の光が差し込む外の空気へと足を踏み出した瞬間――。
森の木々という木々から一斉に降り注ぐ、圧倒的な音量の蝉の鳴き声が二人を包み込んだ。
それは夏という季節そのものが持つ暴力的なまでの生命力を、音という形に変換して大気へ叩きつけているかのような、途切れることのない蝉時雨だった。
視界の先では、空を遮る雲を退けた太陽が、その鋭い光を真っ直ぐに大地へと突き刺している。
肌を焼くような夏の熱気が、朝の早い時間からすでに周囲を支配し始めていた。
「いよいよ、本格的な夏がやって来ましたね」
「ええ。蝉の鳴き声を聞いているだけで、身体の奥から不思議と力が湧いてくるようですわ」
カエラムとコルネリアは、強い日差しから頭部を守るために編み込まれた大きな麦わら帽子を目深に被り、動きやすい農作業用の衣服に身を包んでいた。
二人の足元では、昨日買ってもらったばかりの水色の首輪を着けたコユキが、自身の影を追いかけるようにして元気に駆け回っている。
まずは、毎朝の日課であるファノーネの世話から始まる。
カエラムが馬小屋の扉を開けると、待ちわびていたファノーネが嬉しそうに長い首を振って出迎えた。
カエラムは手早く小屋の中を掃き清め、汚れた寝藁を外へと運び出し、よく乾燥した新しい藁をたっぷりと敷き詰めていく。
その間、コルネリアはファノーネの手綱を引き、裏庭に広がる青々とした草地へと連れ出した。
夏の太陽を浴びて一段と色濃く育った牧草を、ファノーネは満足げに食む。
コルネリアは彼が食事を楽しんでいる傍らで専用のブラシを手に取り、陽光を透かして美しく輝く蜂蜜色のたてがみを、毛並みに沿って丁寧に梳かしていった。
「ファノーネ、今日もとても美しい毛並みですわ。美味しい草をたくさん食べて、暑い夏を元気に乗り切りましょうね」
優しく語りかけながらブラシをかけると、ファノーネは心地よさそうに目を細め、短い呼気を漏らした。
馬小屋の掃除を終えたカエラムが合流し、次は二人がかりでの肥料作りの作業へと移る。
裏庭の隅に積み上げられた、ファノーネの落とし物と森の落ち葉を幾層にも重ねた肥料の山。
カエラムがスコップを深く突き立て、底の方から大きく土を掘り返すようにして全体をかき混ぜていく。
発酵が進んでいる肥料の内部からは、微かな白い湯気とともに、強い熱気と土の深い匂いが立ち上ってきた。
「……素晴らしい。内部の熱がしっかりと保たれています。嫌な臭いも完全に消え、山の腐葉土と同じ、命を育む豊かな土の香りに変化していますね」
カエラムが額に滲む汗を腕で拭いながら、その発酵具合に満足げに頷く。
彼らの手作り肥料は、夏の強い日差しと発酵の熱によって、野菜たちに与える最高の栄養へと見事に姿を変えようとしていた。
肥料の切り返しを終え、二人は夏野菜が勢いよく葉を茂らせている菜園へと足を踏み入れた。
そこには、一晩目を離しただけで驚くべき成長を遂げる、強靭な生命力を持った野菜たちの姿があった。
コルネリアはまず、葉の陰に隠れるようにして実を結んでいるズッキーニを探し出す。
種苗商のエルマーが「巨大化するから目を離すな」と熱烈に警告していた通り、昨日まではまだ小さかった実が、今朝にはもう立派な大きさにまで膨らんでいた。
彼女は手にした刃物で茎を丁寧に切り離し、収穫の籠へとそっと収める。
続いて、太陽の光を限界まで蓄えて真っ赤に熟したトマト。
表面に艶を帯びた、深い紫色のナス。
そして、鮮やかな緑色をした肉厚のピーマン。
夏の恵みを次々と収穫していく作業は、どれほど汗をかいても決して苦にはならず、むしろ大地の植物から直接活力を分け与えられているような充実感があった。
収穫を終えると、野菜の根元に生え始めた雑草を指先で一つ一つ抜き取り、最後にたっぷりの水を与える。
乾いた黒土が音を立てて水を吸い込み、野菜の葉に落ちた水滴が、夏の太陽を反射して宝石のように美しく輝いていた。
一通りの朝の仕事を終え、いよいよ今日の特別な作業の始まりである。
二人が取り出してきたのは、二鉢の果樹の苗だった。
「この盛夏という過酷な季節でも、力強く大地に根を下ろすことができる逞しい果樹……柑橘類の苗ですね」
カエラムが、濃い緑色の葉を茂らせた二つの苗を見下ろして静かに語る。
「はいっ。こちらが爽やかな酸味をもたらしてくれるレモン。そしてこちらが、甘い果汁をたっぷりと蓄えるオレンジですわ。どちらも無事に育ってくれれば、お料理やお菓子作りに大活躍してくれるはずです」
コルネリアがペリドットの瞳を輝かせ、数年先に実る果実の姿を想像しながら苗の葉にそっと触れた。
果樹の植え付けは、野菜の苗とは比較にならないほどの大仕事である。
――果樹は、大地に深く力強く根を張らせるための巨大な穴掘りと、数年先の栄養を見据えた徹底的な土壌作りが不可欠だ。
エルマーが熱弁を振るっていたその言葉を忠実に守り、カエラムは菜園の奥にある開けた空間に、スコップを使って深く大きな穴を掘り始めた。
夏の太陽が容赦なく照りつける中、彼のシャツの背中にはすぐに濃い汗の染みが広がる。
しかし彼は作業の手を休めることなく、果樹の根が将来どこまでも自由に伸びていけるよう、大地の奥深くへと丁寧に土を掘り進めていった。
十分な深さと広さを持つ穴が完成すると、そこへ先ほど状態を確認したばかりの、自家製の肥料をたっぷりと投入する。
掘り起こした黒土と肥料を万遍なく混ぜ合わせ、果樹が長い年月をかけて成長するための、栄養に満ちた最高の土壌を完成させた。
「ネリー、準備ができました。苗をこちらへ」
カエラムの言葉に頷き、コルネリアは鉢から慎重に苗を引き抜いた。
根の周りについた土を崩さないよう、そして細い根を一本たりとも傷つけないよう、息を詰めるほどの細心の注意を払って、苗をカエラムの待つ穴の中心へとそっと置く。
二人は協力して、苗の周囲に温かな土の布団を被せるようにして埋め戻していった。
最後に、根が新しい環境にしっかりと定着するように、周囲の土を踏み固め、大量の湧き水をたっぷりと飲ませる。
黒々とした湿った土の真ん中で、小さな二本の苗木が夏の熱風を受けて力強く葉を揺らしている。
今はまだ頼りない大きさだが、数年後には立派な枝葉を広げ、爽やかな黄色と甘い橙色の果実を無数に実らせるはずだ。
「……無事に植え付けが終わりましたね。これから数年、花を咲かせ、最初の果実をその手にするまでの長い忍耐の時間が始まります」
額の汗を腕で拭いながら、カエラムが眩しそうに苗木を見つめた。
「ええ。ですが、この小さな苗木たちが日々成長していく姿を見守る時間は、決して苦しい忍耐などではありませんわ」
コルネリアは麦わら帽子のつばを少し持ち上げ、隣に立つカエラムの横顔を見上げて微笑みを浮かべた。
「私たちの未来と一緒に、この木も大きく育ってくれると良いですね」
その言葉に、カエラムもまた深く優しい笑みで応じ、泥のついた手で彼女の肩をそっと抱き寄せた。
盛夏の強い日差しと、森を包み込む絶え間ない蝉時雨の中――。
愛する人と共に大地へ下ろした新しい命は、これから訪れる豊かな収穫の未来と二人の確かな絆の証として、夏の光をいっぱいに浴びて誇らしげに葉を広げているのだった。




