153 今日は本当に、楽しくて幸せな休日でしたわ
強い日差しを遮るために市場の通りにいくつも張られた、色とりどりの天幕。
その天幕が石畳の上に作り出す日陰を辿るようにして歩きながら、カエラムとコルネリアは活気に満ちた市場のさらに奥へと足を進めた。
すれ違う人々の熱気と、夏の果実が放つ甘い匂いが入り混じる路地を抜けると、周囲の雑踏をかき消すような、ひときわ太く威勢の良い声が耳に届いた。
「おおっ! カエラム先生にコルネリアのお嬢さんじゃないか! 良いところに来たな、今日も極上の肉が揃ってるぜ!」
精肉店の前で、巨大な肉切り包丁を布で丁寧に手入れしていた巨漢の店主――アルバーノだった。
丸太のように太い腕と見上げるほどの筋肉質な体躯を持つ彼は、過去に仕事中の大きな怪我をカエラムの治療によって救われて以来、深い恩義と親愛の情を抱いている。
「こんにちは、アルバーノさん。今日も一段と活気がありますね。夕食と、数日間の保存用にお肉を買い求めに参りました」
「アルバーノさん、お勧めの牛肉と豚肉をいくつか見繕っていただけますか? それから……鶏のもも肉を、少し多めにいただきたいのです」
カエラムの穏やかな挨拶に続き、コルネリアが用途を伝えると、アルバーノは豪快に笑いながら顎を撫でた。
「鶏もも肉だな! これだけあれば、二人でもたっぷり食べられるぜ。暑い夏だし、油で揚げて唐揚げなんてどうだい?」
アルバーノの提案に、コルネリアは嬉しそうにペリドットの瞳を輝かせて頷いた。
「ええ! アルバーノさんのおっしゃる通り、今夜は唐揚げにするつもりですわ。ただ、暑い日でも胃に負担をかけずにたくさん食べられるように、香ばしく揚げたお肉の上に、細かく刻んだお野菜を山のように乗せて、お酢を効かせたソースをかけていただく予定なのです」
その言葉を聞いたカエラムも、納得したように丸メガネの位置を直して口を開く。
「夏バテの防止には、お酢の酸味が素晴らしい効果を発揮しますからね。良質な脂の乗った鶏肉と、酸味のある野菜のソース……想像しただけで食欲が刺激されます」
「そいつは美味そうだ! 揚げ物のコクと酢のさっぱりとした風味が合わされば、いくらでも腹に入りそうだな。よし、唐揚げに最適な、一番良い部位を切り分けてやるよ!」
アルバーノは鮮やかな手つきで巨大な肉の塊を切り分け、次々と厚手の紙に包んでいく。
ずっしりと重い肉の束を受け取ったコルネリアは、荷袋の中に両手を入れると、静かに魔力を練り上げた。
指先から生み出された純度の高い冷気が、瞬時にして肉の表面を薄い氷の膜で覆い尽くし、完全な冷凍状態へと変化させた。
炎天下の持ち歩きでも鮮度を一切落とさない見事な魔法の扱いに、アルバーノは何度見ても驚くというように目を見開いた。
「お嬢さんの魔法は、本当に便利だな! 溶けないうちに気をつけて持って帰りなよ!」
「ありがとうございます、アルバーノさん。また伺いますわ」
精肉店を後にした二人が次に向かったのは、ミザリィが営む八百屋の店先だった。
「おや、先生たち! 買い物かい?」
手拭いを頭に巻いたミザリィが、日に焼けた肌に快活な笑みを浮かべて出迎えてくれる。
「ええ。馬留めで待ってくれているファノーネに、彼の大好物のお土産を買って帰りたくて。あの南国の果実をいただけますか?」
コルネリアが指差したのは、木箱の中に並べられた、鮮やかな黄色い皮に包まれた強い甘い香りを放つバナナだった。
さらに、自分たちの菜園では育てていない種類の夏野菜も追加で頼むことにした。
黄色い粒が隙間なく並んだとうもろこしと、星型の美しい断面を持つ緑色のオクラ。
そして、赤や黄色の色鮮やかで肉厚なパプリカである。
これらは、今夜の唐揚げにかける野菜のソースにも彩りを添えてくれるはずだ。
ミザリィが手際よく野菜を袋へと詰めている間、カエラムが彼女に向けて静かに語りかけた。
「ミザリィさん。実は先ほど、お隣のカフェで妹のエメリィさんにお会いしましたよ。彼女が作ってくださった、旬の果実と冷たいミルクジェラートのパフェ……本当に素晴らしい味わいでした」
その言葉を聞いた瞬間、ミザリィは野菜を包む手を止め、自身の顔を今日一番の明るさでほころばせた。
「本当かい! 先生たち、あの子の店に行ってくれたんだね。エメリィは昔からどこか柔らかい雰囲気で、少し引っ込み思案なところがあるけれど、お菓子の腕だけは誰にも負けないんだ。父さんの育てた果物を、あの子が最高に美味しくしてくれる……私の、自慢の妹さ!」
妹を褒められたことが自分のこと以上に嬉しいのか、ミザリィの藤色の瞳には隠しきれない誇りと愛情が溢れていた。
そして彼女は上機嫌のまま、「妹を褒めてくれたお礼と、いつも贔屓にしてくれるお礼だよ!」と言いながら、店先に並んでいたよく冷えたプラムや、甘い匂いを漂わせる桃などの旬の果物を、コルネリアの荷袋の中に次々と追加し始めたのである。
「まあ! こんなにたくさん、よろしいのですか?」
「気にしないで持っていきな! 夏の果物で、しっかりと水分を補給するんだよ!」
街の人々の温かい心遣いと気前の良さに深く感謝し、二人は八百屋を後にした。
買い出しの最後に二人が立ち寄ったのは、エルマーの店である。
日中の強烈な日差しを避けるために預かってもらっていた、柑橘類をはじめとする複数種類の果樹の苗を受け取るためだ。
「未来の果樹園の主たちよ、約束通り、最高の状態で保管しておいたぞ!」
エルマーは大切そうに苗の入った箱をカウンターの上に置き、ガーネットの瞳に相変わらずの圧倒的な情熱を宿して二人を見据えた。
「森へ帰る道中、決して根を揺らしてはならないぞ。この小さな戦士たちは、大地に降り立つその瞬間まで、あなたがたの優しい揺りかごを必要としているのだからな!」
「ええ、重々承知しております。細心の注意を払って運びますね。エルマーさん、今日一日、たくさんの教えをありがとうございました」
カエラムが丁寧に礼を述べ、コルネリアも深くお辞儀をしてから、果樹の苗木が入った箱を大切に抱き抱えた。
すべての用事を終え、街の入り口にある風通しの良い馬留めに戻ると、ファノーネが二人を待ちわびたように長い首を伸ばして迎えてくれた。
コルネリアが早速お土産のバナナの皮を剥いて差し出すと、ファノーネは嬉しそうに鼻先を動かし、その濃厚な甘みを堪能するように満足げに平らげた。
夕食のための豊かな食材と、コユキのための水色の首輪、そして大切に抱えられた果樹の苗木――。
すべての荷物をしっかりと鞍に括り付け、カエラムが先にコルネリアを抱え上げてファノーネの背に乗せる。
続いて彼自身が後ろに跨り、彼女の身体を優しく包み込むようにして手綱を握った。
西の空が少しずつ柔らかな茜色に染まり始め、日中の刺すような暑さが和らいでいく夕暮れ時。
ファノーネの静かな足取りに揺られながら、二人は緑濃き夏の森の小道をゆっくりと進んでいく。
密着した背中から伝わるカエラムの心臓の音と、心地よい揺れ。
美味しい冷やしうどんと冷たいパフェの記憶、エルマーと共に思い描いた数年先の果樹園の約束、そしてユーズヴェンドの街の人々との温かな交流。
今日一日の充実した出来事を振り返るたびに、コルネリアの胸の奥には言葉に尽くせないほどの深い幸福感と大満足の余韻が広がっていく。
「……先生。今日は本当に、楽しくて幸せな休日でしたわ」
コルネリアが少しだけ背中を預けるようにして振り返ると、カエラムの顔がすぐそばにあった。
カエラムは彼女のペリドットの瞳を至近距離で見つめ返し、この上なく優しい微笑みを浮かべた。
「ええ。私も、あなたと一緒に過ごすこの穏やかな時間が何よりも愛おしいです。家に帰ったら、コユキに水色の首輪を着けてあげて……その後は、二人で美味しい唐揚げの夕食にしましょうか」
「はいっ! お野菜がたっぷりと乗った、とびきり美味しいソースを作りますわね」
夏の夕暮れを吹き抜ける涼やかな風が、二人の穏やかな笑い声を優しく森の奥へと運んでいく――。
満ち足りた思いを胸に抱いたまま、愛する人との帰路は、どこまでも安らかに続いていくのだった。




