150 それじゃあ、次はこの輪っかの中に……あご
木々の隙間から差し込む朝日が、森の診療所を柔らかな光で包み込む休日の朝。
いつもより少しだけ長くまどろみを堪能していたコルネリアは、自身の胸の上にのしかかる確かな重みを感じて、ゆっくりとペリドットの瞳を開いた。
視界が少しずつ鮮明になっていく中、真っ先に飛び込んできたのは、彼女の顔からほんの数寸という至近距離でこちらをじっと見つめ下ろしている、深い海のようなマリンブルーの丸い瞳であった。
あまりの近さにコルネリアは小さく息を呑み、胸の上に陣取っている雪色の毛玉――コユキの身体を両腕で抱え上げた。
その瞬間、彼女は手のひらに伝わる明らかな違和感に気がついた。
初めて森で出会って保護した日から、まだそれほどの月日は流れていないというのに、両腕に伝わってくる重みが、以前とは比べ物にならないほど増していたのである。
細かった足の骨格もしっかりとし始め、抱き上げた時の感触が間違いなく重厚なものに変わっている。
「コユキったら……あなた、ずいぶんと重たくなりましたわね。先生、起きていらっしゃいますか?」
「ええ。あなたの胸の上にコユキが乗った時から、目は覚めていましたよ。ずいぶんと熱烈な朝の挨拶でしたね」
隣で身体を起こしたカエラムが、ケースから取り出した丸メガネをかけながら微笑ましそうに目を細めた。
コルネリアは腕の中のコユキの頭を撫でながら、不思議そうに首を傾げる。
「先生、コユキはまだ赤ちゃんなのに、この短期間で驚くほど急成長しておりますの。もしかして、この子は私たちが思っているよりも、ずっと大きくなる犬種なのかもしれませんわね」
「これほど骨格がしっかりしているとなると、将来はとても頼もしい番犬になってくれるかもしれませんね。これからの成長がとても楽しみです。まずは、腹ペコの小さな家族にご飯を用意してあげましょうか」
カエラムの言葉に頷き、二人は寝間着のままキッチンスペースへと向かった。
コルネリアは小鍋で茹でたお肉と刻んだ野菜を混ぜ合わせ、栄養満点のご飯を器に用意した。
コユキは尻尾をぶんぶんと振り回し、足元で今か今かと待ち構えている。
「コユキ、今日は新しいお勉強をしますわよ。おすわり」
コルネリアが命じると、コユキはすぐさま後ろ足を折りたたんで行儀よく座った。
「上手ですわ。」
コルネリアは両手の親指と人差し指をくっつけて丸い輪っかを作り、それをコユキの顔の前に差し出した。
コユキは不思議そうに首を傾げていたが、大好きなコルネリアの手のひらから良い匂いがしたのか、自ら静かに顔を近づけ、その小さな鼻先と下顎を、コルネリアが作った指の輪っかの上へ乗せたのである。
そして、あごを乗せたままの上目遣いで、マリンブルーの瞳を潤ませて二人を見上げた。
「……っ!」
「……なんという破壊力でしょうか」
あまりの愛らしさに、コルネリアは胸を押さえて絶句し、カエラムもまた口元を手で覆って視線を逸らした。
どんな強面の患者にも動じない高名な医師でさえ、このあまりにも無垢な仕草には完全に打ち負かされてしまったようだ。
よくできたご褒美として器を床に置いてやると、コユキは歓喜の声を短く漏らし、夢中になって朝ごはんを平らげていった。
小さな家族が満足したのを見届け、二人は自分たちの朝食の準備に取り掛かる。
休日の朝の主役は、昨晩の夕食で使った自家製の完熟トマトの残りを贅沢に使った冷製スープ――ガスパチョである。
コルネリアは湯むきした真っ赤なトマトをすり鉢に入れ、そこに少量のニンニクと、昨日モゼからもらっていた新鮮なきゅうり、そして香り高いオリーブの油を加えて、丁寧にすりつぶしていった。
全体が滑らかな液状になったところで、氷の魔法を使って桶の水を冷やし、その中に器を入れてスープ全体をしっかりと冷やし込む。
その間に、カエラムが厚手の鉄鍋で香ばしい小麦のパンをこんがりと焼き上げ、別の小鍋ではたっぷりのバターを溶かして新鮮な卵を流し入れた。
かき混ぜすぎないよう絶妙な火加減で火を通し、空気を抱き込んだ鮮やかな黄色のスクランブルエッグを完成させる。
「冷たいトマトのスープと、熱々の卵とパンですわ。いただきましょう」
円卓に向かい合って座り、手を合わせてから食事を始める。
まずは、鮮やかな赤い色をしたガスパチョを匙ですくい、口へと運ぶ。
その瞬間――完熟トマトの強烈な旨味と爽やかな酸味が、きゅうりの青々しい風味とニンニクの微かな刺激を伴って、寝起きの身体の隅々にまで冷たく染み渡っていった。
「……美味しいですね。冷たいスープが、休日の朝の身体をすっきりと目覚めさせてくれます。トマトの酸味とニンニクの香りが、見事に食欲を刺激してくれますよ」
「本当ですわ。温かいパンに、このバターの風味が効いた卵を乗せていただくと、さらに幸せな気持ちになります」
爽やかな酸味のスープと、コクのある柔らかな卵の相性は抜群であり、二人は穏やかな休日の朝食を心ゆくまで堪能した。
――食後、二人は日課である朝の仕事を行うため、裏庭へと足を踏み出した。
まずはファノーネの馬小屋である。
カエラムが扉を開けると、ファノーネは嬉しそうに鼻を鳴らして擦り寄ってきた。
カエラムは手際よく小屋の中を掃き清め、汚れた藁を新しいものへと交換していく。
その間、コルネリアはファノーネを裏の広い草地へと連れ出し、夏の太陽の下で放牧させながら、陽光を反射して輝く美しい立髪を丁寧にブラッシングしてやった。
その後、先日作った馬糞と落ち葉の肥料の山を二人でかき混ぜ、しっかりと土の匂いに変わってきていることを確認する。
続いて、夏野菜が勢いよく育っている菜園の手入れだ。
コルネリアは大きく葉を広げたトマトやナス、ピーマンの根元にたっぷりと水を与え、周囲に生え始めた小さな雑草を指先で抜いていく。
昨晩からまた少し大きくなった野菜たちの強い生命力を間近で感じることで、彼女自身の身体の奥底からも、不思議と新たな活力が湧き上がってくるのを感じた。
「お野菜たち、今日もとても元気ですわね。太陽の光をたっぷりと浴びて、喜んでいるみたいです」
「ええ。私たちの愛情に、真っ直ぐに応えてくれているようですね。さて、日課の仕事も終わりましたし、そろそろ出発の準備をしましょうか」
カエラムが丸メガネの位置を直し、優しい声で促した。
今日は休日であり、二人は特別な予定を立てていた。
それは、ユーズヴェンドの街へ足を運び、種苗商のエルマーが営む店で、菜園の空き地に植えるための果樹の苗を探すことである。
何年か先に実をつける木を一緒に選ぶという行為は、二人が同じ場所で、共に長い未来を生きていくという約束そのものであった。
「はいっ! 私、果物の苗を見るのは初めてですから、とても楽しみですわ」
コルネリアは弾むような足取りで診療所の中へと戻り、土のついた普段の作業着から、街歩き用の上品な衣服へと着替えを始めた。
カエラムもまた、いつもの白衣を脱ぎ、落ち着いた色合いの仕立ての良い上着に袖を通す。
数年先の未来を想像しながら、愛する人と一緒に木を植える。
そんなささやかで、けれどこの上なく幸福な休日の始まりに胸を躍らせながら――。
二人は身支度を整え、盛夏の始まりを告げる眩しい光が降り注ぐ森の小道へと、揃って足を踏み出すのだった。
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